Kanna no Kanna RAW novel - chapter (152)
第百四十話 虫のライブは突然に
ただ、皇帝の言う『措置』とは何なのだろうか。
「ファルマリアス王女の身に万が一が起こるのは我々としても本意ではありませんでした。それゆえ、隠密行動に秀でた者に護衛を負かせようとしていたのですが──」
と、宰相が複雑な表情をこちらに向けてきた──って、俺?
「──君がファルマリアス王女の護衛を引き受けた初日に、天井裏に忍び込んだ諜報員がいただろう」
「いたけど、それが?」
レグルス
の言葉に要領を得ず、俺は問い返した。
「あれは、宰相殿が放ったファルマリアス王女の『護衛』だ」
「…………え、嘘でしょ?」
「私が真実を知ったのはつい先日のことだ。宰相から聞かされたときは本気で頭が痛くなったよ」
つまり、俺は皇家が万が一の事態を防ぐために用意していた手札を、知らず知らずのうちに見つけだし、裸にひん剥いていたらしい。
──俺も頭が痛くなってきそうだ。
「白夜叉殿が責任を感じる必要はありませんよ。見つかってしまったの彼自身の未熟です」
頭を抱えてしまった俺に、宰相がフォローの言葉を掛ける。
「それに未熟とは言いましたが、彼は私が動かせる配下の中で屈指の手練れ。それをいとも簡単に見つけだし、なおかつ無力化してしまうとは思いませんでしたよ。ですがおかげで、彼ほどの手練れを察知できる実力の持ち主がファルマリアス王女の護衛をしてくれるという安心材料にもなりました」
以降、ファイマを影から護衛する人員は、ファイマの周囲に関する情報収集に専念していたようだ。
「──あ、もしかして天竜騎士団も?」
ファイマの遺跡観光に同行した天竜騎士団も宰相の手によるものと考えるのが妥当だ。
「おそらくはね。レグルスさんからは天竜騎士団のほうから願いでがあったと聞きましたが、おそらくは宰相が裏で手を回していたのでしょう」
俺とファイマの見解に宰相は頷いた。
「テオティス団長には少し無理を聞いてもらいました。これに関しては、効果があったのかは微妙なところですがね」
そんなことはない。幻竜騎士団の個人の能力は高くても、遺跡で襲いかかってきた魔獣の数は圧倒的だ。天竜騎士がいてくれたからこそ、俺たちはラケシスとの戦いに集中できたのだ。
「あそこまで相手が本格的に動くとは予想外でしたが、そのおかげで奇しくも二つの事実が判明しました」
遺跡での襲撃で、ファイマを狙う存在の正体が掴めた。
それが──
大いなる祝福
。
皇帝にファイマに関する報告書を提出したのは
大いなる祝福
か、その関係者と考えるのが自然だ。正体不明な組織なら、正体不明の手段で書類を用意したのだろう。
……や、待て。
宰相は判明したのが『二つの事実』と言った。
「敵の正体が判明したのは暁光でした。それと同時に今回
大いなる祝福
が狙った意図にも見当が付きました」
「……〝楔〟を撃ち込むこと、ですか?」
淡々としたファイマが口にした解に、宰相が僅かにだが
強
ばった。
「気づいていたのですか」
「というよりも、話の流れから推測した結果です」
──仮にユルフィリアの第一王女がディアガルで暗殺された場合、その責任問題は間違いなくディアガルにある。
けれども、王女は身分を偽り、伯爵令嬢としてディアガル帝国を訪れていた。当然、ディアガルはユルフィリアに説明を求める。最初から王女として迎え入れていれば、相応の待遇をし万全の体制で守護にあたったと反論もするだろう。むしろ、第一王女の我が儘を許したユルフィリア王家にも問題がある。
「──なんか、素人が聞いててもグダグダになってるのが分かる」
「というか、友好関係を結んでいるから、下手にどちらかを明確な悪者にしちゃうと、今後の関係に大きな影響がでるから仕方がないんだけどね」
ファイマは肩を竦めた。
「〝これ〟は間違いなく後々に尾を引くわ。一度相手に抱いた負い目や不信感を払拭するのは並大抵じゃない。国家間ともなればなおさらね」
話を統合すると、
大いなる祝福
の目的はユルフィリアとディアガルの友好関係に亀裂を、あるいはそれに類するなにか──すなわち『楔』を撃ち込むことだった、というわけか。
「……それに、今の話は最善の可能性よ」
本題はここからだ、と言わんばかりにファイマが続けた。
「私が王女であるという事実をディアガルが関知していた事実が発覚した場合、責任の所在はどうなると思う?」
「ディアガルが不利になる形で話が拗れるな。でもどうやって?」
「簡単よ。ユルフィリアの国王に『ディアガルは王女の身分を既に把握していた』という情報を与えればいい。皇帝陛下に出所不明の報告書を提出した時と同じ手段でね」
相手は百年以上も昔から歴史の裏で暗躍する組織だ。そのくらいの芸当はできるだろう。
「まさかその若さで我々が導き出した結論と同じ答えに達するとは。さすがはアルナベス家が理事を務める学園を首席で卒業した才媛だな」
「しょせんは机上の論を述べる場所です。実際に外の世界に足を踏み出せば、己の未熟を痛感するばかりです」
皇帝の口からでた褒め言葉に、ファイマは謙遜で答えた。
「それに、ここまで答えを導き出しても、
ここから先の答え
にはたどり着けていません」
「……どういう意味ですか、それは」
宰相の漏らしたその言葉は、ファイマの思考がディアガル帝国の導き出した解よりも一歩先を進んでいた証左であった。
「
大いなる祝福
は、ディアガル帝国とユルフィリア王国の間に楔を撃ち込もうとした」
──では、と。
ファイマは一呼吸を終えてから言った。
「
大いなる祝福
の
本当の目的
はなんだったのでしょうか?」
「……『楔』は〝手段〟であって〝目的〟ではないと?」
「私はそう考えています」
──ものすごくシリアスな会話がされる一方で、俺は内心に大きな不安を抱えていた。
俺は空気が読めない男では無く、空気を読まない男。今の話がとてつもなく重要で重大な事実であるのは承知している。よって、極力この空気を壊さないように真面目に話を聞き入っていた。
けれども、
限界
は刻一刻と我が身に迫っていた。
そもそも、最初から限界は近かった。謁見の間に入ってからずっと続いていく緊張感の中で忘れ続けていたが、気が付けばもはや取り返しの付かない事態に陥っていた。
「……『楔』は〝手段〟であって〝目的〟ではないと?」
「私はそう考えています」
マズい……。話はまだ続きそうな気配。
や、分かるよ?
大いなる祝福
の思惑とか色々と大事なのは。俺だって知りたい。
でも……もう無理っす。
「ではファルマリアス王女。あなたのお考えを聞かせてもらえますか?」
「……これはあくまで私見で────」
──ぐごぉぉぉごごごごごごるるるるぁぁぁぁぁぁぁっっ!!
ファイマの言葉が、突如として謁見の間に響いた謎の怪音によって遮られた。
腹
の奥に直接響きわたるような、表現しがたい音だ。
──もちろん、この音の正体を俺は知っている。
謎の音が聞こえなくなると、謁見の間は静寂に包まれた。
誰もが「今の音は何だ! どこから聞こえてきた!?」という顔をしている。
俺は全身に冷や汗を掻きながら、極力物音をたてないよう静かに顔を伏せた。
「────…………」
「──ッ」
クロエがじっとこちらを見ている!
あいつは狼の獣人だ。他の人間よりも聴覚が優れている。音の発生源が俺であると気が付いたか。
だが、音の正体まではたどり着いていないようだ。
よし、このまま黙ってやり過ご──。
「……おい、カンナ」
──ませんね、はい。耳がいいのはクロエだけじゃなかった。
顔を上げると、
レグルス
がすぐ側まで迫っていた。全身鎧に付加されている能力で見た目では分からないが、あいつはハーフエルフ。その長い耳の聴力は並みではない。
明らかに怒気を纏ってる。確実に、音の発生源が俺で、音の正体がなんなのか分かってるな、あれ。
「陛下、申し訳ありませんが彼と共に少し席を外します。すぐ戻りますので少々お待ちください。──行くぞカンナ」
「…………うっす」
有無いわさぬ口調で命じられ、俺は
レグルス
の後に続いて謁見の間から一時退出した。気分はまるで売られていく子牛である。だって、頭の中に「ドナドナ」って流れてるもん。
──そして、謁見の間からでて扉を閉めると。
「自重しろと言っただろ!! なんでおまえはこうも真面目に徹しきれないんだ! さすがの私も怒るぞ!」
「こちとら味気のない病院食ばっかりで飢えてんだよ! ようやくご馳走にありつけると思った矢先に有無言わさずに連れてこられたんだぞ! これでも必死で耐えてたんだよ! むしろ今の今まで耐え抜いていた俺を褒めてくれ!!」
「開き直るな馬鹿者ぉぉぉぉぉぉおっっ!!」
ドゴンッッッッッ!!
「「「────ッッッ!?」」」
レグルス
による
折檻
の音は、扉越しにも聞こえるほどであったという。
──まぁ、
怪音
の正体は、俺のお腹の虫が大合唱していたわけですよ。
お腹減ったんだよ!