Kanna no Kanna RAW novel - chapter (155)
第百四十三話 ラスボスは君だ!(個人的な意見)
腹が満ちると自然と余裕も出てきた。小さな緊張感は変わらずだが当初に比べれば随分と和らいだ気がする。一通りを食べ終え用意されていたお茶を飲んで、どうにか人心地がついた。
食べるのに区切りがついたのを見計らい、宰相が口を開いた。「すでにお察しだとは思いますが、貴殿をわざわざ一人で呼びつけたのは、一緒に楽しむだけではありません」
単純な昼食会で終わってほしかったかもしれない。果たしてどんな話をさせられるのやら。
「まず前提として、我々は貴殿が──カンナ殿がいったいどこからやって来たのか、どのような経緯でこのディアガル帝国を来訪したのか、すべて知っていると思ってもらって良いでしょう」
宰相が口にした内容を理解するのに少しの間を要した。そして彼の言葉が頭に浸透したところで、ハッとなる。
驚いた目で宰相を見ると、彼は深く頷いた。
「そうです。貴殿がユルフィリアの第二王女によって『この世界』に召喚された『異世界人』であると、私と皇帝はすでに知り得ています」
「──ッ!? ……や、考えてみりゃぁ当然か」
竜剣レグルスがレアルである事実は、ディアガルの上層部なら知っていると当人が言っていた。ならば上層部の最も高位に位置する皇帝やその周辺が知らないはずが無い。
当然、俺がレグルスの正体を知っているのも伝わっているか。
「それに関してまずは礼を言っておこう。レグルスを……いや、レアルをユルフィリアから救い出してくれたこと、誠に大儀であった」
皇帝の言葉には、深い念が込められていた。
「や、俺もレアルがいなかったら死んでたかもしれないんで礼を言われるほどじゃぁ……」
俺は咄嗟に謙遜するが、彼は首を横に振った。
「だとしても、我が忠臣を救い出してくれた事に変わりは無い。一国の主ゆえ軽々しく頭を下げるわけにはいかんが、せめて言葉だけでも受け取ってくれ」
忠臣と称するあたり、レアルは皇帝からの信頼が厚いのだろうか。だが、それにしても皇帝の言葉に本気の感謝が込められているのが感じられた。
「あやつがユルフィリアに潜入していたのは私が秘密裏に指示したことなのだ」
いわゆる『密命』というやつだろうか。俺に聞かせて良いのだろうか。あるいはあえて聞かせるつもりで言ったのか。
……おそらく後者だろうな。
「周囲に悟られぬよう、単独行動が可能で、なおかつ最大戦力を有する者をユルフィリアに送り込んだのだ」
レアルが幻竜騎士団の団長である事実を知るのは、幻竜騎士団の団員を除けば帝国上層部のごく一部。割とガバガバに聞こえるが、幻竜騎士団の結束は鋼よりも堅いそうなのでそこに関しては皇帝は心配していなかったらしい。
幻竜騎士団の評価がものすごく高いのがちょっと気になる。
「……ユルフィリアの第二王女は魔術士としても優秀でありながら、その知謀の深さは有名です」
さすがはファイマの妹。頭の出来は姉妹揃って優秀のようだ。人間性が遺伝しなかったのが非常に残念だ。
「平和な現状である今こそ彼女の知謀は魔獣の討伐や国の執政に向けられているが、もし
戦
ともなればどれほどの難敵となるか……」
皇帝も宰相の言葉を肯定した。
「ついた二つ名が『時詠み』。読んで字のごとく時を詠むかのように未来の展開を予想し、常に二手、三手先を読む采配からきた名のようです」
宰相が険しい表情になった。
腹黒い上に歴戦の勇士すら認めるその天才的頭脳。
奴こそがいわゆる『
魔王
』なのでは?
話の流れに圧倒されていた俺だが、温くなった茶で喉を潤してから改めて問う。
「今更感がもの凄いこと聞いちゃいますけど……この話を俺に聞かせちゃっていいんですかね? や、レアルとはそれなりの付き合いをさせてもらってますけど、国家の重大機密に関われるほどの人間じゃ無いっすよ、俺」
「貴殿は貴殿自身が思っている以上に重要な立ち位置にいます。なぜなら、皇帝がレアル殿をユルフィリアに送り込んだ最たる理由は貴殿の存在なのですから」
宰相の返答に俺は「?」と首をかしげた。
…………────ッ!?
「勇者召喚か!!」
レアルが腹黒姫によって捕らえられたのは俺より前だ。なのに彼女の任務の根幹が『俺』という存在である以上、
勇者召喚
を除いて他に無い。
「『勇者召喚』とはこの世界に住む人間ではどうしようも無いほどの困難が発生した場合に行う最終手段です」
放っておけば世界や世界に住まう人々に死と破壊を振り回す『何か』に対して、一縷の望みを賭けて行うのが『勇者召喚』の魔術式。異世界から強い魔力を持つ人物を『救世主』として呼び出す神秘の術。
「ですが、現在ではその兆しは無く、各国との関係も良好。なのにユルフィリアが『勇者召喚』の魔術式を実行しようとしているとの情報が入りました」
だが、詳しく調べようにもディアガルとユルフィリアは友好的な外交関係を結んでいる。表だっての追求はこの関係に亀裂を入れかねない。
もし本当に勇者召喚が行われれば一大事だ。異世界から召喚された勇者は常にいつの世も大きな影響を残している。すなわち一国が強力無比な力を得る可能性が出てきてしまう。
そこで、探りを入れるために送り込んだのがレアル。万が一に問題が発生しても単独の戦闘力に秀でており、冒険者としての経験もある彼女なら、危機的状況も脱せると考えたのだ。
「冒険者時代も仮面を被っていたからな。『竜剣』の素顔を知るものは少ない。そして、私が信頼する者の一人であり、裏切りの心配はまず無い。だからこそこの任を任せたのだが……」
ユルフィリアの王都へは一人の旅人として問題なく入り込むことができた。数日間の滞在で、己を監視するような影も見当たらない。
ところが、本格的に動き出そうとした矢先だ。
現地で情報屋を営む者と接触を図ろうとし、会う約束をした廃屋で待っていたところに、ユルフィリア国軍の兵士が大挙で押し寄せてきた。
レアルには国家転覆罪の疑いがかけられていたのだ。全く身に覚えの無い罪なのは本人が一番知っていた。
「
当人
の話では、ユルフィリア国軍の動きはなんの前触れも無く、突然の事だったようです。まるで、彼女が動き出す日にちをあらかじめ知っていたかのようだったと」
あえて数日間を要し、周囲の動きに細心の注意を払っていたのにも関わらずだ。
「……けど、あいつならそこらの兵士ぐらい蹴散らして強引に逃げられそうですけどね」
「彼女が正真正銘の全力を発揮できれば、そうだったでしょうね……」
宰相が言葉を濁す。
もし仮にレアルがユルフィリア国軍の兵士を殺傷し、その上で
彼女
がディアガル帝国軍で騎士団を率いる者であると発覚すれば、これがディアガルの破壊工作であると解釈されかねない。
「ですので、彼女にはユルフィリア国軍相手への戦闘行為は無力化にとどめるようにと命じてありました。レアル殿もこの命令には十分の理解を示し、承知していました」
相手を殺さずに無力化するのは、単純に殺してしまうよりも遙かに困難だ。だからこそ手練れのレアルを選んだのだ。
「おそらく、相手の指揮官が並みの者であれば、多勢を相手に手加減しながらでも逃げ切ることは可能だったはずです。しかし、兵士たちを指揮していたのはあの第二王女だったのです」
王族自らが指揮を執り、徐々に包囲網を狭めていった。そして最後には
第二王女
自らが最前線に立ち、大捕物に参加したのだ。
手加減しなければならない大勢の兵士と、宮廷魔術士級の能力を秘めた第二王女。この双方を相手にし、とうとうレアルはユルフィリア王国軍に捕縛されてしまった。
不幸中の幸いは、レアルとディアガル帝国の繋がりを証明する証拠が出てこなかった事だ。レアルはあくまでも所属不明の人物として捕縛されたのだ。
「……第二王女はレアル殿が兵士を殺せないことを知っているかのような采配をしていたようです。そうでなければ、兵士を捨て駒にするような配置の仕方であったと、彼女は怒りをこらえながら報告してくれました。証拠はなくとも、第二皇女の中ではレアル殿の正体にある程度の検討がついていたと今では考えられます」
驚くのは、その布陣が最初から敷かれていた点。逃走の最中の動きからレアルの『枷』である〝非殺傷〟を見抜くならともかく、最初から犠牲を出す事を前提とした布陣だったのだ。
「出動していた兵士たちはレアル殿を捕らえた王女の采配を褒め称えていましたが、下手をすれば大量の犠牲者が出ていた策です」
そしてあろう事か、最後に第二王女は捕らえられたレアルにだけ聞こえるような小声でこう囁いた。
『兵士を殺さないでくれてありがとうございます。おかげでスムーズに事が進みました』、と。
俺も第二王女に対して未だ冷めない怒りを感じている。ただ、レアルも同じく憤怒を抱いている理由が分からなかった。卑劣な手段で捕まったとは聞いていたが、ようやく聞くことができた。
「そりゃぶち切れるわな、うん」
やはり、あの第二王女は清純な美少女に見えて中身は『腹黒』であると再認識させられたのだった。