Kanna no Kanna RAW novel - chapter (156)
第百四十四話 人間とはちょっとくらい汚れていた方がむしろ健全なのだ
レアルが受けていた任務や王城の牢屋に捕らえられた経緯は聞くことができた。
「レアル殿を助けて頂いた礼、という訳ではありませんが──」
ディアガル帝国は、俺が元の世界に帰るための
手助け
をする約束をしてくれた。
これは好意だけでは無いと皇帝が言った。
俺が勇者召喚で呼び出された異世界人だと知れ渡ると、余計な火種の原因ともなり得るからだ。
「異世界人がもたらす影響力は計り知れん。時には世界のあり方すら覆すような巨大な力をもたらす」
過去には勇者のもたらした技術が起因し、国同士の大きな戦争に発展した記録がいくつも残されている。
「異世界からもたらされる技術の革新が魅力的なのは間違いありませんで。ですが、急な技術の発展は争いを生み出す大きな原因となります」
「故に、我々は異世界人に頼ること無く、自らの力で新たな技術を生み出さなければならないのだ」
異世界転移ネタのライトノベルでは、地球での発展した技術を異世界に持ち込んで発展に役立てる描写が多くあるが、その一方で皇帝や宰相が危惧する面もあるのか。カルチャーショック、というわけでは無いが、改めて気づかされたな。
「──さて、堅苦しい話はここまでにしましょうか。白夜叉殿も、これまでの話を整理する時間も欲しいでしょうしね」
宰相が小さく笑みを浮かべる。俺はいつの間にか肩に入っていた力を抜き、椅子の背もたれに躯を預けた
「確かにそうっすね」
俺の存在が俺の考えていた以上に重要な立ち位置にいることは漠然とだが自覚できた。そして、あの腹黒姫はやはり腹黒であるのだと再確認もできた。
……考えることが多すぎて頭が一杯一杯だ。
ちょっとクロエの耳をモフって癒やされたい。あるいは尻尾をマフマフしてもいい。
「ところで白夜叉よ」
脳内でモフマフを想像していた俺に、皇帝が唐突に切り出した。
「おぬし、恋人はいるのか?」
「はぁ…………。──……はい!?」
あまりにも唐突すぎて俺は変な声を出してしまった。
「ちょっと陛下。いきなり何を──」
「堅苦しい話が終わったのだからいいではないか」
宰相が窘めるも、皇帝は全く取り合わなかった。
「で、どうなのだ? おぬしほどの男なら恋仲の相手、一人や二人はいるだろう」
いきなりなんなんですかこの皇帝さん。なんで人様の恋愛事情に興味津々なの? 一人や二人って……二人も居たら大変だろ。あ、でも皇族(or王族)や貴族だったら跡取り問題として側妃や側室は当たり前なのか。でも俺は平民ですけど。
「私はな白夜叉。おぬしのことを異世界人である事を抜きにしても純粋に評価しているのだよ。実力的には未熟かもしれんが、私の威圧にあれだけの気勢を保てる者はディアガルでも騎士団長クラスでなければおらんだろう」
気合いとか根性とか、そのあたりの精神面でしか取り柄が無い俺ではあるが、遙か目上の人間に言われると少し変な気分になる。
「おぬしが住んでいた世界は、争いとは無縁の平和な世であったとレアルからは聞いている。そのような生まれでありながらこれだけの短期間でディアガル国内に限ってとはいえ冒険者として名を上げるに至った。これほどの逸材ならば、将来はAランク──どころか果てはSランクも夢では無いだろう」
いえ、過剰評価です、と言いたかったが、今の皇帝にとってはただの謙遜に捉えられそうだ。
「おぬしが元の世界に帰る手助けはもちろんしよう。将来有望な人材を簡単に帰してしまうのも惜しいと思ってな」
恋人云々の始まりからいきなり評価話になっていた。話の繋がりがよく見えない。
「……さっきは、異世界人は争いの種って言ってませんでしたか」
「逆を言えば異世界人である事実さえ判明しなければいいのだ。いっそうのこと、ディアガルの名のある貴族の養子として身元を保証すれば問題あるまい。何ならこちらで伴侶を見繕ってやってもいいぞ?」
ああ、なるほど。ここで恋人の話が出てくるのか。
恋人が
幻想世界
にいればそれが
現実世界
に帰るのを躊躇う〝鎖〟となる。俺が前に危惧した事そのままだ。
「残念ながらこっちで恋人を作る気は無いです……」
「そうか? 見たところ、ユルフィリアの第一王女と黒狼族の娘はおぬしのことを憎からず想っているようだったがな」
なんでそんなこと分かるのこの人!?
や、嫌われていないのは自信を持っていえるし、友情よりも先の感情を抱かれているのもなんとなく分かっている。ただ、それを人の口から改めて知らされると恥ずかしいやら照れやらで言葉が出てこない。
俺の無言に、皇帝はまたも笑う。
「はっはっは。伊達に国の長をやってはおらんよ。それに、おぬしも彼女たちを好ましく想っているだろう。……もしや、あの二人はもう抱いたのか?」
この質問はあかん! 答えようによっては泥沼にダイブするぞ!
俺はこれまでの人生で培った理性を総動員し、内心に汗を掻きながら表面上は冷静に答えた。
「俺にあの二人はもったいなさ過ぎですよ」
──ただの友人感覚で接している相手を抱けるほど、俺は器用でない。ファイマとクロエと同じく、俺も彼女たちへの想いを胸に秘めていた。
皇帝の指摘は全てが正鵠を射ていた。しかし、それを素直に肯定することはできない。
「特にファイマに至っては王族ですよ? 俺なんかが恐れ多い」
「……ふむ、そういうことにしておいてやろう」
誤魔化せたのだろうか。誤魔化せた、ということにしておこう。……誤魔化せたと願いたい。
それに、もし仮にファイマとその……恋人同士になったとしても、あいつはユルフィリアの王女でしょ。そうなると俺はユルフィリアの王族に婿入りする形になる。あの腹黒姫と義理とはいえ兄妹関係になるのを想像するとぞっとするが。
それを伝えた皇帝は少し考えると。
「ならば、それに見合う身分におぬしを据え、その上で第一王女をこちら側に嫁入りさせれば良い。面目として、両国における友好関係の証──とでもしておけば問題あるまい」
「……見合う身分って具体的には?」
「最低でも公爵に養子入り。あるいは私の義理の息子という形するか」
成り上がりにも限度ってのがあるだろ!
これも丁重にお断りした。
思っていた以上に皇帝は話しやすい人だったが、それ以上に話をしていて非常に疲れるな。
脱力していた俺だったが、だからこそ油断のようなものがあった。
「では……レアルはどうだ?」
皇帝がその名を口にした瞬間、俺の心臓が大きく跳ね上がった。
考えていなかった──考えないようにしていた存在を、目の前に突きつけられような心境だった。
「あれも年頃の
女子
だ。私としてはそろそろ恋人でも作ってもらえると安心できるのだがな。正体を隠し、団長という重大な役職に就いている以上、難しい事かもしれんのは承知している」
そのときの皇帝は、部下を案ずる上司というよりかは、娘の先行きを心配する父親のような顔をしていた。
「で、全ての事情を承知し、かつ将来有望な
男
の
子
となればまさしくうってつけだろう。どうだ白夜叉。身内贔屓のようなものになってしまうが、あれほどの女はそうはいないと思うぞ」
「確かにレアルはいい女でしょうが、いい女過ぎて俺なんかじゃとてもじゃないが釣り合わないですよ」
自分で言っててもの凄く傷ついたね今。
「つまり、レアルがいい女であるのはおぬしも認めているのだな?」
言葉の揚げ足を取った皇帝が、どや顔でニヤニヤしている。凄いどや顔でニヤニヤしている。皇帝でなかったら氷の塊を投げつけてやりたくなるくらいにどや顔だった。
「そういえば、おぬしとレアルはディアガルへの旅路で寝食を共にしていたのだったな。ならば当然、あやつの鎧の下にある『代物』は見たのだろう?」
脊髄反射的に、俺の脳裏に風呂上がりのレアルが再生された。クロエもファイマも素晴らしい乳の持ち主だが、レアルの乳はその上を行く極上のおっぱいだ。
「恋人ともなれば、当然あの立派な
乳
を自由にできるのだ。男として、これほど魅力的な話はあるまい」
想像したら下半身に血が集中しそうになり、慌ててパンツの中に冷気を発生させて無理矢理沈静化する。寒さに耐性はあるが急所をピンポイントで冷やすとさすがに背筋が震えた。
「陛下、下品です」
「何を言うか。
男
の子は多少助平の方が健全だろう。むしろ、色恋に肉欲を求めない輩よりよほど信用できる」
それは激しく同意するが、話をする相手を選んで欲しい。
こうして、俺と皇帝(と宰相)の会談は終了したのであった。