Kanna no Kanna RAW novel - chapter (158)
第百四十六話 コメディさんが窒息中
「今日はいろいろとすまなかったな」
皇帝との食事が終わった後、俺の隣を歩く
レグルス
が申し訳なさそうに言った。
少しだけ咎めの感情を視線に込める。
「勘弁してくれよ本当に。……ご馳走は美味かったけどさ」
「陛下を目の前にしながら料理の味を楽しめる君の図太さは、たまに羨ましくなるな」
「褒めてる?」
「半分程度は呆れてる」
「────////(テレっ)」
「半分は呆れだと言ってるだろ!」
皇帝との食事は、最後の最後に悩ましい話題で盛り上がってしまったが、それを抜きにすれば多くの情報を知ることが出来て非常に有意義な時間だった。
「分かっていると思うが、今回の会談は非公式なものだ。特別に秘匿する義務は無いが、喧伝するのも控えて欲しい」
「わぁってる。あんまり人様に言いふらせる内容じゃ無かったのは俺も承知してるよ」
この後にファイマと改めて話をするつもりであったし、意図せずだがユルフィリアに関する事情を知れたのは僥倖だ。結果として、泥沼に足を踏み入れているような気もするが、よくよく考えてみるとこの世界に召喚された時点で手遅れだ。もはやこれに関しては開き直るしか無いだろう。
ファイマの元には、一足先にレグルスの部下である幻竜騎士団の一人が使いとして向かっている。俺が食堂に入った後、追加要因として
レグルス
と一緒に扉の前で警備してた人員だ。
「俺はこのままファイマの所に行くけど、お前はどうするんだ?」
「屯所に戻るさ。この後にも仕事があるのでな」
「団長様ってのは何かと大変だな」
「全くだ。自ら進んでこの役を担ったとはいえ、たまには気ままに剣を振るっていた冒険者の頃が懐かしくなるよ」
俺たちはそれから軽い言葉を交わしてから別れた。
……
レグルス
の姿が見えなくなってしばらくしてから、俺は胸中に蓄積していたものを大きな息と共に吐き出した。
ストレスと呼ぶほど陰鬱では無いが、緊張に近しい感情が貯まっていたのだ。
「はぁ……あの
皇帝
。余計な事言いやがって」
誰もいない廊下で、俺は壁に背中を預けてもう一度深く息を吐いた。
皇帝が口にした恋愛の話題。
そこで名前の挙がった内の一人が、仮面を被ってはいるもののすぐ隣にいたのだ。意識しない方が無理だ。こみ上げてくる気恥ずかしさを内心に押さえ込みつつ、俺は普段通りの調子を装っていた。
最後までこちらの内心は、
レグルス
に伝わっていないようだ。それはそれで隠し事をしているようにも感じて申し訳なくなるが、さすがにこの気持ちを知られるよりかは良いだろう。
──この際、認めてしまおう。
俺はレアルという女性に惚れている。
いや、本当はずっと前から自覚していた。俺がそれを認めようとしていなかっただけの話だ。
──一目惚れなのだろう。
ユルフィリアの地下牢で最初に出会った時点で、彼女に憧れを抱いていた。
一緒に旅をして、背中を預けられる安心感が心地よかった。まるで長年に肩を並べていたような心の繋がりを感じていた。
だが……非常に不誠実な事ではあるのだが。
実はクロエやファイマたちにも似たような気持ちを抱いていた。肉体関係を交わしたから、というのも少なからず影響しているだろうが、だとしても彼女たちに想いを抱いているのは間違いなかった。
「ぉぉぉぉぉ……、改めて考えると俺って屑じゃね? エロゲのヒロイン選ぶのとはわけが違うんだぞ……」
自己嫌悪がこみ上げてきて、俺はその場で頭を抱え込んだ。仮に告白したとしても成立するとは限らないのにだ。というか、俺がえり好みできるような軽い女性たちでは無い。
誰もが魅力的な女性だ。それは最初から分かりきっていた。今まであえて目を背けていた感情が、皇帝の一言によって認識させられたのだ。
粋のある
主人公
なら元の
世界
を捨てて
女性
と一緒に生き抜く覚悟をするのだろう。
……俺には無理だ。
有月たちが
居るはず
の元の世界に大きな未練がある。少なからずの友人たちも、両親も絶対に心配しているはずだ。それらを全て放り投げてこちらの世界に永住する気にはなれない。
──元の世界に帰れるか否か。
これが判明するまではどうしようも無い。判明した時点でまた十分に悩むことは明白だったが、それはその時に考えよう。
問題を先送りにしている自覚はあったが、だからといってここで悩んでいたって答えは出ないのだから。
「
恋愛
に関しちゃぁ、やっぱり俺も有月をヘタレ呼ばわりできねぇな」
最後に呟いてから、俺はこみ上げていた気持ちに蓋をした。
今から、この気持ちを抱いている内の一人に会わなければならないのだから。
客間を訪れると、部屋の中にはファイマがソファーに座っていた。他に人の姿は無い。
「待たせたな。他の面子は?」
「今日一日は席を外すように頼んだわ。これからする話は、いくら従者であろうともあまり聞かせたくないから」
「……や、護衛を外しちゃいかんだろ」
「あら、ここに一人、心強い護衛がいるようだけれど?」
からかうような、それでいて信頼感を含ませたファイマの物言いに俺は苦笑した。俺がいるから心配ないと。
「ご期待に添えるよう、誠心誠意勤めさせて頂きますよ、お姫様」
「お姫様……か」
「あ、ちょっと不敬すぎたか?」
「いえ、気にしてないわ。ただ、あなたの口から姫と呼ばれると少し感慨深いものがあるわね」
寂しさを含ませた表情になるファイマ。俺はそんな彼女の正面にあるソファーに腰を下ろす。
どちらが話を切り出すのか、しばしの沈黙が流れた。
や、彼女の大きな秘密は謁見の間で聞かされた。
ならば、次に大きな秘密を明かすのは俺の番だ。
腹をくくった俺は、口を開いた。
「ファイマ。これから話すのは、お前にとっちゃかなりキツい話になると思う。それは覚悟しておいて欲しい」
「────ッ」
ファイマが小さく顔を歪めるが、俺は更に付け加えた。
「ただ、最初に言っておくぞ。俺はお前がユルフィリア王女であったとしても、お前は俺の友達だ。それだけは分かって欲しい」
「……ありがとう」
彼女は泣きそうな顔をしながら、礼を言った。
これからする話の先に、彼女はどのような感情を抱くのか、俺には分からない。それでも言わなくてはならない。
前に進むために。
そして俺は──。
「俺は……この世界の人間じゃぁ無い」
──とうとう告げた。
「神城
神無
は、ユルフィリア第二王女によってこの世界に召喚された、異世界の人間だ」
俺はこの世界に呼び出されてから、現在に至るまでの全てを、ユルフィリア第一王女──ファルマリアスに告白したのであった。