Kanna no Kanna RAW novel - chapter (159)
第百四十七話 勇者召喚の深き闇(コメディさんはまだ息を吹き返していないようです)
「──これが、俺の抱えていた全てだ」
「……ある程度は覚悟の上だったけれど、さすがにこれは予想を遙かに超えていたわね」
話を聞き終えたファイマは、そっと目を閉じ俯いた。血の繋がった姉妹の所業を聞かされたその心境は複雑であろう。
「けど、ようやく合点がいったわ。カンナが時折見せた科学への異常なまでの理解度は、あなたが住んでいた世界では常識レベルの知識だったのね。そのくせ、世情にはとんと疎いから妙だとは思っていたけれど」
口にはしていなかったが、俺の知識が偏っていることに違和感を感じていたようだ。
と、不意に彼女が深く頭をこちらに下げてきた。顔は見えないが、纏っている雰囲気は罪悪感の色が濃かった。
「お、おい……」
「止めないでカンナ。ユルフィリア王家の血を引く者として、妹の愚行に無関係ではいられないわ」
頭を垂れるファイマを慌てて止めようとするも、彼女は頑として受け入れなかった。
「神城神無。あなたの意思を無視して一方的にこの世界に呼び寄せたこと。さらには身勝手な理由でその命を奪おうとした事。深くお詫び申し上げます」
「……とりあえず、頭を上げてくれ」
「でも──」
「いいから! ──知り合いの女の子に頭を下げられるのは、俺の精神衛生面であまりよろしくない」
ファイマは関係者であろうが当事者では無い。言い方は悪いが、俺からしてみれば彼女の謝罪は筋違いに他ならない。
「話を始める前に言ったが、俺はファイマに何ら思うところは無い。というか、お前の妹にはいずれ顔面パンチの後に土下座してもらうからそのつもりでいろ」
頭を上げたファイマの顔には苦笑を浮かんでいた。
「仮にも相手は王族よ? そんなことをすれば不敬罪どころでは済まさないわね」
「そこらへんはお前がどうにかしろ。お前が俺の召喚に関して責任を感じてるなら〝それ〟でチャラにしておけ」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるも、ファイマはその後にクスリと笑いを零した。
「いいわ。ユルフィリア第一王女であるこのファルマリアス・エアリアル・ユルフィリアの名に於いて許可します」
ファイマ直々の許しを得て、俺の中にあった腹黒姫への溜飲が少しだけ下がった。本音を言えば土下座ごと巨大氷槌で
叩きつぶして
やりたいが、さすがにファイマの血の繋がった妹を〝ぴちゅん〟するのは躊躇われた。
運が良かったな、腹黒姫。お前の首は姉の御陰で薄皮一枚で繋がった。もっとも、薄皮一枚にする事を許可してくれたのもその姉であるがな。
空気が和らいだところで、ここからはもっと建設的な話をしよう。
「早速だがファイマ。お前に聞きたい事がいくつかある」
「あの子がどうして『勇者召喚』をしたのかね?」
「話が早くて助かる」
この平和なご時世に行う『勇者召喚』に何の目的があったのか。たとえ俺が偽勇者だったとしても、
勇者召喚
の結果でこの世界に呼び出されてしまったのなら知る権利があるはずだ。
「残念だけれど、あの子が──フィリアスがどうして勇者召喚を行ったのか、その真意は私にも分からないの。おそらく、父上──国王陛下も知らないでしょうね」
ファイマの口から語られたのは、俺にとって予想外の言葉であった。
「……や、ファイマってあの腹黒の姉じゃねぇのか?」
「腹黒ってちょっと……。そもそも、あの子は昔から何を考えているのか、姉の私にも分からないところが多かったの」
私が理論型なら、あの子は直感型ね──とファイマは己の妹を表現した。
「いつどこで魔物が大発生するのか。何年後に農耕の不作が起こるのか。フィリアスは昔からなんの事前情報も知識も無いのに、未来の出来事をぴたりと言い当てたのよ」
ついた二つ名が『時詠み』だったか。
おかげで、フィリアスが国政に携わるようになってからは、ユルフィリアは大きな国難に直面すること無く、万が一避けようのない事態が起こっても、前もって準備をすることで迅速に対処できた。結果として、王国はここ数年でさらなる発展を遂げたのだ。
「……つまり、勇者召喚もその一環か」
「危機が起こってから事を初めても犠牲者が出る。危機が避けられないのならば、万全の準備を整えて被害を最小限にとどめる。それがフィリアスの言葉だったわ」
つまりは、その危機とやらが、俺がこの世界に来た理由なのだろうが。
「……でも、あの子はその『危機』とやらが何なのか、遂に語ることは無かったわ」
「は? また何でさ」
「あの子の言葉では、下手に広まればその『危機』が予期せぬ形で変化をする恐れがあると言っていたわ。だから、勇者召喚を行う事実を知るのは本当に極一部の者に限られ、危機がどのような形で現れるかを知るのはフィリアスだけなの」
彼女の行いは多くの実績を残している。彼女の言うことならば間違いが無いという流れができあがっていた。
「私も、あの子のサポートで勇者召喚の準備を進めていたわ。王国の古い資料には勇者召喚に関しての文献が残されていたけれど、三百年も昔の資料だから読み解くのは大変だったわ」
それでも、やがて訪れる国の危機を救うため。そして純粋に一人の魔術師として、勇者召喚の秘法に興味を抱いていたファイマは熱心に文献の解読と術式の構築に勤しんだ。
やがて、勇者を異世界から呼び寄せる魔術式が完成し、ファイマはその事をフィリアスに伝えた。
だが──。
「実はその時点ではまだ術式の完成度は
半分
だったのよ」
「召喚の魔術式は完成したんだろ?」
「呼び寄せる術式はね」
『召喚魔術』とはそもそも、二つの魔術式で成り立っている。
一つは対象を遠くから呼び寄せる魔術式。
そしてもう一つが、対象を元の場所に送り返す魔術式。
「──つまり、召喚した勇者を元の世界に送り返す魔術式が、完成していなかった?」
「というよりは、送り返す──『送還』の魔術式がどの文献にも残されていなかったのよ」
これでは、役目を終えた『勇者』を元の世界に送り返すことが出来ない。世界的な危機に対処するためだとはいえ、縁もゆかりもない人間をこちらの一方的な都合で呼び出すのだ。送還の術式は必要不可欠だった。
「なのに、あの子は送還術式が完成する前に、勇者召喚を決行すると言い出したの」
ファイマは悔しげに俯くと、膝の上に置いた手を強く握りしめた。
聞き入れない妹では埒が明かないと、ファイマは父である国王に進言したのだ。だが、国王はフィリアスにも考えがあるのだと言って聞き入れてもらえなかった。
この段階に来て、ファイマは妹に言いしれぬ何かを抱き始めていた。
妄信的にフィリアスを信じているのではないのか。勇者召喚の裏には別の真意があるのではと疑いを持ち始めていた。
だが、そんな時に何の前触れもなくファイマに『縁談』の話が持ち上がった。勇者召喚の計画が未だ進行中であるにもかかわらずだ。
突然の話にもちろんファイマは父である国王に抗議しに行ったが、取り合ってはくれなかった。だが、口論の中でファイマはこの縁談の話を裏で画策したのがフィリアスである事を悟ったのだ。
「おそらく、私を勇者召喚の計画から外すためでしょうね。思えば、召喚の術式が完成した時点で私は用済みだったんだわ」
フィリアスの真意は分からず、勇者召喚の計画を止めることも叶わない。その上、もし縁談が進んでしまえばファイマは更に身動きが取れなくなる。
「……もしかして、お前が帝国に来たのは」
「ええ。これが原因よ」
勇者召喚が止められないのなら、せめて呼び出した異世界の人間を元の世界に送り返す術式を完成させなければ。そう決意したファイマは、父に縁談前の最後の自由としてディアガルへの旅を了承させたのだ。
ディアガルには魔獣と契約して使役するための召喚術式がある。その魔術式を深く調べるために彼女はディアガルを目指していたのだ。
「──ごめんなさいカンナ。あなたは私に咎はないと言ってくれたけれど、やはり責任の一端は私にあるわ。勇者召喚を止めることが出来なかったのだから」
「や……お前はその責任をきっちり果たそうとしてくれてたんだ。ことさらに責めるつもりは無い」
ただ、やはりあの腹黒姫は許さん。顔面パンチの前にバックブリーカーを決める権利は追加させてもらおう。