Kanna no Kanna RAW novel - chapter (168)
第百五十六話 シリアスが栄養失調してるがまだ続くと思う(依頼のお話)
「おい、もうツッコミどころが多すぎて困るんだけど」
「好きなだけツッコミな。小僧に拒否権はないがね」
「拒否権がない時点で既におかしいくね!?」
がばっとテーブルに身を乗り出し、婆さんに詰め寄った。
「俺ぁまだCランクに昇格してからファイマの護衛依頼しか受けてないし、それにしたってまだ遂行中だぞ! なんでもうBランクに昇格する話が出てきてんだよ!」
「言っただろ。皇居からの感謝状ってのは冒険者の実績としては破格の代物だ。まして、Cランクの冒険者でそれを受け取った奴なんざ前代未聞。Bランクへの昇格はギルド側としちゃ妥当な判断だよ」
俺が冒険者になったのは、この世界にいる間誰にも迷惑をかけずに自分一人で生活できる程度の資金を稼ごうとしたからだ。
Cランクの現状は、依頼を定期的に受ければ余程に散財しなければ困窮しないであろうし、それ以前にしばらくは働かなくても全く問題ない貯金もある。これ以上自分から望んで冒険者のランクを上げようとは思っていなかった。
「しかも拒否権がないって……昇格を希望するのも依頼を受けるのも冒険者の自由じゃなかったのか?」
「あんたの向上心のなさを考えたら、いつまで経ってもBランクに昇格しないのは目に見えてる。あいにくと、将来有望な人材をいつまでも遊ばせておく程ギルドも余裕があるわけじゃないのさ」
一流と呼ばれるBランク冒険者だが、だからといって全てのBランクが順風満帆な生活を送っているわけではない。むしろ、Bランク以降の依頼は危険度が跳ね上がり、その結果で大怪我を負って引退したり命を落とす者も少なからずいる。同時に、Bランクに昇格できる人材も豊富にいるわけではない。
聞こえは悪いが、
消費
と
供給
のバランスがギリギリなのだという。
「だったら他のもっと将来有望な奴を昇格させろよ。俺みたいな新参者じゃなくて、もっと古参で腕利きの奴らとかいるだろうが」
「ドラグニル支部に所属している冒険者の中で、最も将来有望なのがあんたなんだよ、白夜叉」
正面からの論ではとても婆さんに太刀打ちできそうにない。人生経験がまるで違うのだから当然か。
「悪い話ではないと思うがねぇ。どれだけランクが上がろうとも、依頼の取捨選択は冒険者自身の自由だ。昇格したって進んでBランクの依頼を受けなければ良いだけだろうさ」
「おい、婆さんの目の前には強引にBランクに昇格させられそうになってる哀れな冒険者がいるんだが」
「細かいこたぁ気にするんじゃないよ」
随分と粒の大きな細かさだな。直径一メートルくらいありそうな細かさだ。
それに、今の話を聞く限り、仮にBランクに昇格したら非常に厄介そうな依頼を回されそうな気がして仕方がない。
とりあえず、別の切り口を探ろう。
「……Bランクに昇格するための実績に関してはまぁこの際おいておくとして。その昇格試験依頼ってのは具体的になんなんだ?」
「お、素直に受ける気になったかい」
「依頼内容をまず聞かせろ。話はそれからだ。先に言っておくけど、無理難題をふっかけようってんなら冒険者を辞めてでも断固拒否するからな」
「小僧は、本当に意に沿わないことは例え相手が皇帝であろうとも首を縦に振らないって事は承知してるよ」
「本当か?」と、疑いの目を向けるも婆さんは全く意に介さなかった。
「実はといえば、この依頼はさっきの感謝状と同じでディアガル皇家からきたものだ」
「……ギルドって、治外法権じゃなかったっけ」
「別に戦争に荷担しろって話じゃない。同盟国に親書を届ける道中の護衛を任されたのさ。で、その皇家は他ならぬあんたをこの依頼に指名してる」
「もの凄く断りてぇ」
厄介ごとの匂いがプンプンする。
「皇家からの依頼を堂々と蹴っ飛ばす発言をできるのはあんたぐらいのもんだよ」
「褒めてもなんにも出ねぇぞ」
「おー凄い凄い、さすがは白夜叉様だねぇ(棒読み)」
ちょっと新鮮な返し方だったが、嬉しくないのはなぜだろうか。
俺の心がダメージを負っているのを、婆さんは欠片も気にしないで先を続けた。
「皇家からの依頼からなんざ、それこそCランクに任せられる代物じゃぁない。だからこの際Bランクに昇格するための試験って事にしちまおうって寸法だ」
「……それは最後まで黙ってほうがよかったんじゃね?」
「下手に隠し立てするよりも素直に教えちまった方が、あんたの場合は前向きに引き受けてくれそうだからね」
──つまり、昇格云々の話は
ついで
、本命は皇家からの依頼だったわけか。回りくどい話だ。
「勝手に昇格させるよりかはいいだろ」
「んなことさせられたら、今度こそ冒険者辞めてやる」
「だから正直に教えたんだよ。あんたなら本気で冒険者を辞めかねないからね」
婆さんは笑っていった。さほど長い付き合いがあるわけではないのによく分かってらっしゃる。やはり年の功というのは侮れない。
「それと、依頼が冒険者に持ちかけられた時に代理人からのあんたへの伝言を預かってる。あんたがグズるようだったら伝えてくれってね」
「俺は子どもか」
「手の掛かるって意味じゃぁどっこいどっこいだ」
さすがにムッとなる俺だったが、反論をする前に婆さんが伝言を告げた。
──彼の国に、貴殿が求めているモノの手がかりがある。
その言葉がなにを意味するのか、深く考えるまでもなかった。
「事の経緯は全く知らんが、おそらくこの依頼は今の小僧にとって渡りに船なんだと思うがね」
婆さんの言葉に俺はガシガシと頭を掻きむしり、観念したように問いかけた。
「具体的にはどこの誰さんにその親書ってのを届けるんだ? それと、護衛って言うからには実際に届けるのは俺じゃなくてその護衛対象なんだろ?」
待ってましたとばかりに、婆さんは笑みを浮かべた。
「親書の届け先はディアガル帝国領と隣接した同盟国。エルフ族の王が支配する『エルダフォス』。でもって、親書を届けるのはディアガル帝国でも名高き武勇を誇る『竜剣』レグルスだ」
「……………………護衛いるのか、それ」
依頼の内容よりも、いの一番にこんなツッコミが出てくる辺りが俺の駄目なところなのだろう。