Kanna no Kanna RAW novel - chapter (170)
第百五十八話 久々にコメディが復活したぜ
レグルス
はこちらへの視線を切ると、ファイマの方へと目を向けた。
「ファイマ殿。カンナが皇帝陛下の要請を受け、他国へ赴く件は聞いたであろうか?」
「ええ。今まさにその話をしていたところです」
「ならば話は早い。実はその事に関して提案がある」
「提案──ですか?」
ファイマが聞き返すと、
レグルス
は先を続けた。
「もし貴殿が望むのであれば、我々と一緒にエルダフォスへの同行を許可しよう」
「えっ!?」
レグルスの申し出に、ファイマ口に手を当てて驚いた。そりゃ、親書を届ける任務に他国の王女様が同道できるなど予想できるはずが無いだろう。
「無論、条件付きだ。一つ、身分はディアガル帝国に所属する文官とすること。二つ、連れて行ける護衛の数は一人までとする。これらの条件を飲み込んで頂ける──」
「行きます!」
団長殿が最後まで言い切る前に、ファイマは力強く答えを返した。本当にちゃんと考えたのか? と言いたくなるほどだ。美味い餌を目の前にした魚のように、見事な食いつき具合である。
「エルダフォスって、観光名所なのか?」
「エルフは全種族の中で最も魔術の扱いに特化した人種。エルダフォスの魔術水準は世界最高峰。他種族の魔術士にとっては憧れの地なのよ!」
「お、おぅ……」
くわっと目を見開き身を乗り出してくるファイマに気圧され、俺はかくかくと首を縦に振った。好奇心が振り切れているな、これは。
「ファイマ殿の言葉に加えて、ユルフィリア王国とエルダフォスの国交はディアガル帝国とのそれに比べて遙かに薄い。というか、エルダフォスがそもそも独立独歩という気風があるからな」
「だから、ユルフィリアに入ってくるエルダフォスの魔術関連の書物って、ディアガル帝国のものよりも遙かに貴重なの! ユルフィリアに住んでいる魔術士にとっては垂涎の一品! それを現地で入手できるチャンスがあるなら逃す手は無いわ! いえ、仮に持ち帰ることができなくても目にする事はできるはず! ああ、ディアガル帝国に来て良かった!!」
お嬢様──王女様?──のテンションがヤバい。お前さん、この国に来る道中でも来た後でも命狙われてるだろうが。そもそも、ディアガル帝国に来た理由を忘れてません?
「って、大丈夫なのかよ。身分を偽らせるにしても、護衛の数を減らすのはまずいだろ」
「一国家の使者とはいえ、文官に多くの護衛が付いていれば不自然だ。それに、この任務──君にとっては依頼だが他にも冒険者と騎士団の者が同行する手筈となっている。護衛力の面で考えればそれほど劣ることは無い」
「だとしても問題はあるだろうさ」と、口にする前に。
「もしもの時は
カンナ
が守ってくれるんでしょう?」
笑顔と共にファイマがそんなことを言った。
おい、やめろよ。全力で守りたくなるだろうが。
頬が赤くなるのを感じた俺は、ファイマと目を合わせられずにそっぽを向いてしまった。純情少年を気取るようなキャラじゃなかったんだけどな。
「………………」
「や、だからさっきからどうしたよ団長さん」
視線を背けた先で
レグルス
と目が合ってしまったが、
レグルス
は一言も喋らない。だが、部屋に入ってきてからどうにも様子がおかしい。
「──君には関係ない」
けれども、返ってきたのはにべも無い返答と共に視線を外された。正直に言えばかなり気になったが、
「話は聞かせてもらったでござるよ!」
ドバンっと、部屋の扉が勢いよく開かれた。
暴走ワンコ
でした。
「不肖、この大神クロエ! カンナ氏の赴く場所なら例え火の中水の中。地の底だろうが天の果てだろうがお供すわぎゃんっっ!?」
とりあえず、騒がしかったので氷の礫をクロエの額にぶち込んで黙らせた。
「……団長さんよ。もしかして
クロエ
にも依頼を回したのか?」
「ぬぅぅぉぉぉ……」と、乙女らしからぬうめき声を上げながら床で転がり回っているクロエを指さす。
「ギルドマスターからの推薦だ。これまでの騒動を踏まえれば、君と一番相性の良い冒険者は彼女だ。君からしても彼女がいれば心強いであろう」
「まぁ、な」
普段は少しアホな
狼娘
だが、戦闘時に頼りになるのは間違いない。そう思うと自然と口元が笑みを作っていた。
──また、
レグルス
がこちらをじっと見つめていた。そして、視線を合わせようとするとまた逸らされた。
「ところでカンナ氏。少し失礼するでござる」
「おおぅ!? ど、どうした?」
いつの間にか復活したクロエが俺の隣に座っており、いきなりの至近距離に驚く俺を余所に顔を近づけてきた。
「くんくん、くんくん」
「ちょ、人がいるところで匂いを嗅がれると少し恥ずかしいんだけど!?」
「……人がいないところだったら恥ずかしくないのかしら」
「ん?」
ボソリと呟かれた声の方を向くと、ファイマが視線を逸らしている。なんだよ、視線を逸らすのが流行ってんのかこの界隈って。そうしている間にも、クロエは絶えず俺の匂いを嗅いでいた。
おや、なにか忘れてね?
それを思い出したのは、側から発せられた底冷えするような気配を感じ取ってからだ。
「また、女の匂いがしますね」
俺にだけ聞こえる小さな呟き。顔から血の気の引く音が耳の奥に伝わるなか、俺は恐る恐るとクロエの顔を見た。
──微笑を浮かべるクロエが真っ直ぐこちらを見つめていた。ただし、目から
光
が失われている。
「……おっと、俺はちょっと用事を思い出したのでここで一旦失(ガシッ!)──」
………………………………。
「おいクロエ。どうして俺の胴体を捕獲してるんだよ。別に逃げるわけじゃぁ無い。ただちょぉぉっと、リーディアルの婆さんに確認しておきたいことができただけだ」
「それはいったい、どのようなご用件なのでしょうか?」
あくまで声色は優しく、だが俺の胴を摑む腕は万のような力の入ったかのようにびくともしない。
「そ、そりゃお前……アレだよ、アレ。色々とあるだろ。冒険者として、情報の収集は基本中の基本だ。その辺りを婆さんに聞いておこうと──」
どうにか腕を解いて脱出を計ろうとするが、純粋な腕力でクロエに勝てるはずもなかった。
「それよりも、私はカンナ様に色々と問いただしたいことがあるのですが。──以前の件も含めて」
「は、はははははは……」
なんかもう、乾いた声しか出てこない。
もしかしなくとも、この世界に来てから一番の、絶体絶命のピンチかもしれない。ラケシスと戦っていた時の方がずっと気楽だった。
──ビシィィィッ!!
人生の終着点
を半ば覚悟していたその時、固い物に罅が生じるような音が聞こえてきた。
「「……なんの音だ(でござるか)?」」
俺とクロエは揃って顔を見合わせる。ファイマの方を向くが、こちらも首を横に振った。
「──詳しい話は日を改めた方が良さそうだな。今日のところはこれで失礼する」
音の発生源を特定する前に、
レグルス
はそう言い残すと部屋を出て行ってしまった。カクルドとスケリアは慌てたようにそれに続き、最後にこちらに頭を下げてから退出していった。
「なにやら今日のレ──グルス殿は様子が変でござったな」
謎の音を契機にクロエはいつの間にか正気に戻っていた。そのことにホッとするよりも先に俺は彼女の言葉に頷き、
レグルス
の去って行った部屋の扉をしばらく眺めた。
──先行きに不安を覚えるのは俺の気のせいであって欲しいなぁ。
そんなことをぼんやりと考えるのであった。