Kanna no Kanna RAW novel - chapter (172)
第百六十話 正座は叱られる時の異世界共通体勢らしい
魔導列車の終着駅で降りると、時刻は夕暮れ時。
国境近くにある最後の駅であるため、軍の駐屯地が存在している。飛竜に乗って飛び立つ地点はまだ先だが、すでに時間も遅いので今日は駐屯地の部屋を借りて一晩を明かすこととなった。
「──いやはや、まさかカンナ氏が異世界より召喚された勇者であるとは。お伽噺ではよく聞く話でござったが、まさか拙者がその物語に出てくるような御仁と知り合っていたとは露ほど思っていなかったでござる」
「……はい」
「──私も驚いたわ。まさか、レグルスさんがあのレアルさんだったなんて。でも、そう言われればカンナとレグルスさんの親しげな様子も納得がいったわ」
「……はい」
駐屯地で与えられた部屋にて──俺は床に正座をしていた。
目の前には仁王立ちをしたファイマとクロエ。実際に仁王立ちしているわけではないのだが、二人の背後に阿行と吽行が並んで立っているような気がして仕方がない。
魔導列車で錯乱した俺は、その理由を二人に問いただされた。あれだけ大騒ぎをして隠し通せるはずもなく、また隠し事をしている後ろめたさも加わり、この部屋に集まるなり二人に全てを告白した。
──そう、俺の知る限りの全てをだ。
「……で、カンナ様は相手が一国の王女様であるという事実を知りながらも、ファイマ殿と
閨
を共にしたと? しかも、二回も」
「…………その通りです」
「私としては、クロエさんとカンナが関係を持っていることは知っていたし、そこを深く追求するつもりはないわ。でも、年頃の女性二人と関係を持ちながら、その上で本命は別にいるってなると、少し考えるちゃうわよねぇ」
「…………全くもって、仰るとおりです」
クロエには、俺が異世界から召喚された人間であること。ファイマには、レグルスの正体がレアルである事を告げた。この二点に関しては、両者とも驚いていたが素直に受け入れてくれた。どちらも多少は思うところがあったようで、むしろ合点がいったと頷いていた。
ただし、俺の女性関係が爛れ気味であった事実と、本命が別にいる事実に関しては笑って許してもらえなかった。
クロエはまたも瞳からハイライトを失った綺麗な笑みを浮かべており、ファイマは眉間に皺を寄せて腕を組み正座した俺を見据えている。そんな二人を前にした俺は、蛇に睨まれたカエルというか捕食される一歩手前といった心境だ。
ファイマはまだ良い。ご立腹なのは間違いないが、まだ冷静さを保っており、こちらの話を聞いてくれる余地はある。彼女からビンタの一つをもらう覚悟はできていた。
ただ、クロエがかなりヤバい。口元は凄く綺麗な笑みを浮かべているのだが、目の色が底なし沼のように光を失っている。口調も変わっており、明らかにまともな精神状況ではない。次の瞬間に大放電を浴びせられてもなんら不思議ではない。
「手当たり次第に愛を囁いたり気のあるような素振りをせず、きっぱりと肉体関係だけと割り切っていた分、そこらの女っ誑しよりかは幾分かマシかも知れないわね」
額に指を当て、悩ましげにファイマが言った。
「見た目も良く腕も立つ冒険者の男性が、複数の女性と関係を持ち、痴情の縺れの末に身を滅ぼす話は昔からよくあるわ」
「よくあるんだ……」
「男性側が思わせ振りな態度を取っている癖に全然その気がなくて、女性側が勝手に盛り上がっちゃって大変なことになるってパターンもあるわ」
鈍感系主人公のラブコメかよ。
──鈍感でないだけで、俺もその状況の一歩手前まで来てるんだけどな。
「……カンナが私たちと関係を持っても恋愛の話を持ち出さなかった理由は、分かってるつもりだけどね」
そう言って、ファイマは眉間の皺を解いた。
「クロエさんもいい加減に冷静になってちょうだい。私がカンナに最初に抱かれたのは説明したとおり仕方がない状況だったし、二度目も私側から迫ったの。彼だけを責めるのは間違っているわよ」
ファイマの説得を耳にして、クロエの瞳に少しだけだが理性の光が戻る。
「確かにカンナは女性関係ではだらしなかったかも知れないわ。でも、無責任な行動や発言はほとんどなかった。それはあなたの時も違くて?」
「それは……確かにそうでござるが」
クロエが少し拗ねたような表情を見せる。言葉は正しいと判断していても、心根の所では受け入れがたいといった反応だ。「……ファイマ殿は良いのでござるか? カンナ氏がその……他の女子と閨を共にするのは」
「全くなにも感じない……といえば嘘にはなるけれど、王侯貴族の一員であれば、その手の話はよく聞くもの。冒険者でなくとも、愛人を複数囲っている貴族は少なくないし。それはヒノイズルでも代わりはないと思うけど」
「確かにそうなのでござるが……」
ファイマから視線を外し、唇を尖らせるクロエ。そんな彼女にファイマは困ったように眉をひそめてから、また小さく溜息を吐いた。
「あなたの気持ちも分からないでもないのよ。同じ女だもの」
でもね、とファイマはクロエに詰め寄り顔を近づける。その真剣な眼差しを至近距離で受け、クロエは気圧されたじろいだ。
「己の気持ちを伝えていない時点で、カンナを一方的に責めるのはそれこそお門違いよ」
「──ッ!?」
「ま、それを言っちゃうと私自身にも言葉が返ってくるけど」
「ううぅぅぅ……」
クロエは叱られた子どものように声にならない呻き声を漏らすが、やがてはガックリと肩を落とした。
「……ファイマ殿の仰るとおりでござるな。拙者一人だけが舞い上がっていて、その実なにも伝えてはござらんかった。それにカンナ氏自身の考えも何一つ確認していなかった拙者にも十分すぎる落ち度があるでござる」
「それはお互い様よ、クロエさん。むしろ、私はカンナの人の良さにつけ込んだ部分もあるし」
「ファイマ殿……」
なにやら、女性同士の友情が成立し始めたようです。
──ところで、俺はいつまで正座をしていれば良いのでしょうか?