Kanna no Kanna RAW novel - chapter (173)
第百六十一話 キュ?
明朝に宿泊していた駐屯地を出発し、昼の少し前頃に天竜騎士団が先遣していた地点に到着した。建物は無いが、寝泊まり用の軍用テントがいくつも張られている。鉱山事件の時に訪れた軍の拠点と似たような雰囲気だ。
テントに刻まれている紋章が天竜騎士団の物であり、
轡
と鞍を装備した飛竜が何頭もいるのが大きな違いだ。
ここからは飛竜に乗って国境を越えることになる。
「キュイキュイ!!」
「おお、久しぶりだな。元気だったか?」
「キュイ!!」
俺は霊山を越えるときに乗せてくれた癒やし系の飛竜と戯れていた。人懐っこく顔を擦りつけてくる彼女の頭を撫でてやると、嬉しそうに鳴いてくれる。
同行する俺たちを含む幻竜騎士団の面々は、天竜騎士が呼び出した竜に相乗りして山越えをするが、
レグルス
は自前の飛竜を召喚して飛ぶらしい。
レグルス
が大剣を地面に突き立てて召喚すると、呼び出された飛竜は俺を発見するなり嬉しそうな鳴き声を上げて突撃して来たのだ。
「お前が本当に人見知りする子なのか、俺にはどうにも信じられねぇよ」
癒やし系飛竜の首筋を撫で擦りながら周囲を見渡すと、軍人たちが忙しなく動き回っている。一人だけ遊んでいるような気がしていたたまれない気持ちになるが、俺にできることは無いらしいので飛竜と戯れることに専念する。
『しばらくそいつの相手を頼む。私は天竜の者たちと打ち合わせがあるのでな』
癒やし系
のご主人様は俺に素っ気なく言い残すと、足早に場を離れていってしまった。まるで〝逃げるように〟と感じてしまったのは俺の気のせいだと願いたい。
「……はぁ」
「キュ?」
「や、ごめんよ。ちょぉっと、お前のご主人様とややこしい事になっててな」
首を傾げる癒やし系に苦笑を返しつつも、俺は溜息を堪えることができなかった。
──昨晩にファイマとクロエの友情が芽生えた後、割と早めに正座から解放された。ぶっちゃけ、正座は俺が精神的にしなければならない衝動に駆られていたからであって、二人に強制されたわけではない。……空気的に強制力が働いた感はあったが。
二人とも、俺が告白した事実を一度落ち着いて考える時間が必要だと、部屋を出て行った。二人の、部屋を去る間際に深く思い詰めたような顔をしていたのが心に残った。
俺も部屋で一人になってから改めて色々と考えてみたが、明確な答えはでなかった。そもそも、何をどう考えれば良いかすら曖昧で、そんな状態で答えが出るはずもなかった。
寝不足にはならなかったが、いつもよりも朝の爽快感は皆無だった。そして、今日は起きてから
レグルス
とほとんど会話が成立していない。もっとも、それはドラグニルから出発してからもそうだ。
レグルス
が取る態度の原因は分かっていても、だからといって具体的な対処法は無かった。結局の所、時間をかけるしかないのだろうか。
「恋愛初心者の俺には難しすぎる問題だ……」
異性の友人はいるし、この世界に来てから女性と肉体的な関係をもつにまで至った。それでも、女性と深い部分で関わり合いになった経験はかつてない。
そもそもの話で、俺はレアルに対して想いを抱いているが、レアルは俺の事をどう思っているのだろうか。いの一番に思い浮かぶのは『戦友』の間柄だが、それ以上なのかそれ以下なのかは判断できない。
や、俺がナニやらアレしているときの光景を目撃された結果、ああも余所余所しい態度になってしまったのならば、憎からず思われていたと希望を持って良いのか?
……ナニやらアレを目撃された時点で、その憎からず思われていた部分が暴落した可能性もあるけど。
「って結局駄目じゃん、色々と!」
「キュイッ!?」
「あ、ああ悪い。驚かせちまったな」
俺の奇声で驚かせてしまった飛竜を、謝りながら撫でる。
ところで、先ほどからファイマとクロエの姿が見当たらない。彼女たちとは、列車を降りるなりどこかへ行ってしまった。
レグルス
は幻竜騎士団の団長であり今依頼のキモである親書を届ける大役でもあるので他の者たちとの打ち合わせがあるのは分かる。けど、あの二人は外部協力者扱いだ。ファイマは文官の体裁を取っているが、飛び入りでその仕事を任されるはずが無い。
ただ昨日の事もあるので、俺と顔を合わせ辛い気持ちが強いのかもしれない。俺も今は一人でいるのが精神的に落ち着く。あるいは飛竜を撫でているともの凄く癒やされる。これがデトックス効果という奴であろうか(たぶん違う)。
「……結局お前さんの名前はなんなんだ?」
「キュ?」
「や、『キュ?』って首を傾げられても困る。俺が聞いてんのに──って、お前に言ってもなぁ……」
この子は頭が良いようで、俺の言葉は理解されているように感じるが、俺が飛竜の言葉が理解できないので意味が無い。
さて、どうするかと頭を悩ませていると、こちらに真っ直ぐ向かってくる人の姿を見つけた。他の軍人たちと比べて凝った意匠の鎧だ。すぐに『彼』が誰なのかを思い出したが、だからこそ意表を突かれる形となった。
「こうして顔を合わせるのは二度目だな──白夜叉よ」
天竜騎士団の団長テオティスだ。
「えっと……ご無沙汰してます?」
「先日に顔を合わせたばかりだろうが」
「確かに、仰るとおりで」
最初に会ったのが、ファイマと遺跡に向かう直前に飛び入りの参加の天竜騎士団と合流した時だったか。結局、アレは皇帝の指示だったらしいが。あれから短期間ながら濃密な時間を過ごしていたので随分と久しく感じる。
「元々、冒険者相手に礼儀作法は期待しておらんし、普段通りの口調でも構わん」
この辺りは、この国の軍人とか皇族ってフランクだよな。
「じゃぁお言葉に甘えて……天竜騎士団の団長様が、一介の冒険者になんの用?」
「皇帝陛下から直々の書面を頂いておいて『一介』とは謙遜がすぎるな」
テオティスは小さく不機嫌な感情を滲ませて言った。
「遺跡での一件は私も聞き及んでいる。まさか、冒険者如きに後れを取るとは、派遣した団員たちの不甲斐なさを嘆くばかりだ」
「や、あの状況は仕方が無かったんじゃねぇのかなと……」
「我ら天竜騎士団にとっては『仕方が無かった』では済まされん。あの者たちには任務からの帰還後に厳しい訓練を命じてある。同じような状況に陥った際にも対応できるようにな」
テオティスは不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、改めてこちらの方を向いた。
「不本意で仕方が無いが、皇帝陛下が直々にお認めになった実力は認めざるを得ないようだ。貴様がいなければ、任務を失敗するどころか我が天竜騎士団の団員にも取り返しの付かない被害が出ていた可能性がある。その点に関してだけは礼を言っておこう」
「……そりゃどーも」
とても礼を言っているような態度では無いのだが、その気持ちに偽りはなさそうだった。
……この世界の貴族さんはツンデレが多いのか。