Kanna no Kanna RAW novel - chapter (174)
第百六十二話 第一話から登場してようやく判明した事実について
テオティスは俺に礼を言うと、視線を外し俺にじゃれついてきている飛竜に目を向けた。すると、飛竜は急に怯えたような鳴き声を上げ、俺の背後へと回った。
「キュゥゥ……」
「ちょ、ちょっとどうしたよお前」
飛竜の行動に戸惑う俺に、テオティスが少しだけ感心したような声を発した。
「……レグルスの飛竜か。よもやあやつ以外に
飛竜
が懐く相手がいたとは驚きだ」
「ちょうど良かった。なぁ天竜の団長さんよ。こいつの名前知ってるか? 懐いてくれるのは嬉しいんだが、実は今まで幻竜の団長さんに聞く
機会
が無くてさ」
俺の問いかけに、テオティスは飛竜に視線を向けたまま口をへの字に曲げた。なにかがお気に召さなかったようだが。
「……『ヴァリエ』だ」
「へぇ、お前ってヴァリエって名前だったのか。よろしくなヴァリエ」
「キュイ!!」
俺に名を呼ばれて嬉しかったのか、飛竜──ヴァリエは可愛らしく鳴いた。
それを見ていたテオティスがヴァリエへと唐突に頭へと手を伸ばすが、機嫌がよかったヴァリエは途端にびくりと震えた。首を引っ込めて更に俺の後ろへと躯を隠してしまう。
怯えられるような態度を取られ、テオティスは伸ばした己の手を見つめ、小さく嘆息すると手を下げた。
「これでも飛竜を含め竜種の扱いに自信はあったが、唯一の例外はそいつだ。ご覧の通り、天竜騎士団の団長を務めている私にさえ心を許さぬ気難しい竜だ」
「……初対面の時から妙に懐かれてんだよなぁ。嬉しいちゃ嬉しいんですけどねぇ」
「良ければ、気に入られるコツというのを教授して欲しいくらいだ」
皮肉とも冗談とも受け取れる物言いだったが、ちょっとだけ悔しいんだろうか。
「なにさ、お前って実は凄い子なのか? 超優良種だったりするのか?」
「…………優良種どころの話ではないがな」
「ん?」
ポツリと付け足されたテオティスの言葉だったが、周りの喧噪に紛れて聞き逃してしまった。
「ところで、天竜の団長さんは今回の任務に着いてくるのか?」
「私はこの中継地点の建設等の指揮を任されていただけだ。エルダフォスへ向かう天竜騎士たちの指揮はレグルスに引き継がれる」
腕を組み、テオティスは不満げに言った。
「……まったく、皇帝陛下の命令とはいえ、よもや我らの飛竜が『足』代わりに使われるとはな」
借りるのは『足』ではなく『翼』であるが、と思い浮かべつつもツッコミを入れないのは、俺が空気を読める男だからである。
「用件は先ほどの礼だけだ。貴様と違って忙しいのでな。部下への指示もあるのでこれで失礼する」
地味に突き刺さる台詞を口にし、テオティスは俺に背を向けて去って行った。ヴァリエは天竜の団長さんが離れていくのを見ると安堵したような顔になる。……竜の表情とかよく分からないけど、多分。
「結構律儀な奴なのかね」
ヴァリエの首を撫でながら俺は呟いた。
天竜騎士団は貴族中心に構成されていると聞いていたが、その筆頭である団長様は、上から目線ではあったが義理堅い性格をしているのかもしれない。
礼を言うべき時に、言うべき相手にしっかりと伝えられる人物は、それだけでも十分に立派だと思う。その点で考えれば、テオティスはそれほど嫌な人物でもなさそうだ。
そんなことを考えていると、テオティスと入れ替わるように今度はクロエとファイマがこちらに近づいてきた。
「よぉ、どうした二人とも。さっきから見なかったけど」
近づいてくる二人に手を挙げて声をかけた。
「天竜騎士団の方々と話し合っててね」
「我ら三人がどの方の飛竜に乗せてもらうか、今まで話し合っていたのでござるよ」
「……俺も乗るんだけど」
もしかして俺、ハブられてない? 嫌われてない? や、昨日の今日で色々と思うところがあるのは分かるんだけどさ。
クロエの言葉に思考がネガティブ方向に偏るも、ファイマが苦笑しながら付け足す。
「カンナはほら、その子の相手が忙しかったでしょう?」
ファイマがヴァリエに目を向けると、ヴァリエは俺に身を寄せてきた。ただ、テオティスの時ほど怯えた様子はない。
「で、具体的にどんな話になったんだ?」
「それなんだけどね……」
俺の問いかけに、ファイマが語尾を濁すクロエと共になんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。躯も落ち着きを失って妙にそわそわし始める。
まるで子どもが恐る恐ると親へ悪戯の内容を告白するような様子だ。それを見た俺の中で、嫌な予感が生まれた。
「問題でもあったのか?」
「わ、私たちも私たちに色々と考えたのよ。このままじゃ駄目だって。それなりの落としどころがあると思って。だから……」
「その……魔が差したというか、好奇心に負けたというか、決着をつけて欲しいというか……」
まともな内容でないのは彼女たちの顔を見れば分かる。俺の顔は険しくなっていった。
要領の得ない言葉を口にする二人を前にして、言い訳を重ねる子どもをしかる親の心境とはこのことか。
俺は躯の前で腕を組んで問う。
「いいから、結論を言え。お前らがなにを言っているのか全く分からん」
「「怒らない(でござるか)?」」
「…………怒るもなにも、内容によるだろうが」
ファイマとクロエは互いに向き合い、意を決したようにうなずき合った。そして、ファイマがおずおずと口を開いた。
「……勝手だとは思ったけど、カンナが誰の飛竜に乗せてもらうか、私たちの方で振り分けさせてもらったのよ。だけど──」
──飛竜はパワーと飛翔速度には優れているが、それを継続するための
持久力
が他の飛行魔獣よりも劣っている傾向にある。
それは天竜騎士団の飛竜も同じだ。甲冑と武器を装備した騎手を乗せての戦闘飛行は可能だが、逆を言えばフル装備をした人間一人分を乗せて飛ぶことに特化しているのだ。
「今回は距離を飛ぶために個々人の装備は軽くしているらしいけど、それ以上に物資や幻竜騎士団の人たちを乗せなきゃいけないじゃない?」
「もしかして、重すぎて飛べないのか?」
「そこは大丈夫らしいでござる。目的は違えど幾度か同じような条件で隣国へ渡った事もあるらしいでござるから」
「だったら、なにが問題なんだよ」
〝やらかした〟内容がいまいち掴めないな。
──逆に、それだけ言いにくいことをやらかしてしまったのか、という不安を大きくする材料が増えていくな。