Kanna no Kanna RAW novel - chapter (175)
第百六十三話 相手の逃げ場を塞ぐ時は自分の退路も気をつけろ。たまに自分も脱出不可能になるから
俺はとにかく話を促した。
「今朝方に飛竜の一頭が体調を崩してしまったようなのよ。その飛竜が運搬を担当する物資を他の飛竜にどうにか分配してカバーするつもりだったらしいんだけど……」
「どうしても、人間一人分の重量が超過してしまうようなのでござるよ」
「それって、俺たちの誰かが残されるパターン?」
「いえ……幸いにも、今回の任務に派遣される者の中で、天竜騎士団以外に飛竜を保有する者がいたのでござるよ」
幸い──と口にするにはクロエの表情は明るくなかった。
「じゃぁ、その飛竜に相乗りさせてもらう形になるのか……ん?」
クロエの言葉の中に、今かなり気になる情報が含まれていなかったか? ただ、深く考える前に二人の話が続く。
「それで、でござるな。先方と色々と相談した結果……」
「カンナにその人と一緒に飛んでもらうことになったのよ」
「ふむふむ。んで、俺はどこのどなたとお空のランデブーをすりゃぁいいんだ?」
二人の視線が、同時に俺から小さく逸れた。ほんの少しだけだ。なにも考えず、その視線を追うと。
「キュイ?」
──可愛らしく鳴くヴァリエと目が合った。
顔を上げると、ファイマとクロエの視線が指し示す位置は変わらない。もう一度、彼女たちの視線を辿ると。
「キュイキュイ!」
またもヴァリエと目が合った。
普段なら心が癒やされる場面であったが、今回ばかりは違った。背筋がヒヤリとする。
「……確認していいか?」
「どうぞ」
「……俺が乗る飛竜って、まさか
ヴァリエ
の事か?」
「……そうでござる」
──俺は天を仰ぎ、一度心を落ち着かせた。そして、じわりじわりと事実が頭に浸透してきて、俺は絶望的な心境に陥った。
「……
ヴァリエ
が誰の飛竜か、お前ら分かってるよな。だってお前ら、召喚される場面を見てたし」
問い正すと、二人がさっと視線を逸らした。ただし、その目は明らかに「やべ、やっちまったよ」と言った具合に落ち着きがなかった。
…………………………。
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
僅かな静寂の後、俺は腹の底から絶叫した。俺の発した突然の絶叫にヴァリエが驚き躯を震わせたが、気にしている余裕はなかった。
──ヴァリエの背中に乗ると言うことは、
レグルス
と一緒に乗るのと同じ事だ。
俺は二人に詰め寄り、身振り手振りを加えながら叫ぶ。
「ちょ、お前ら! 今の俺と
レグルス
を一緒にするとかなにしてくれちゃってんの!?」
昨日お前らに説明したばっかりじゃん! お昼に奥様が茶菓子つついて楽しむようなドロドロのドラマみたいな展開みたいになってんだぞ!
「「……正直、悪かったと思ってる(でござる)」」
「悪かったで済んだら軍人も警邏もいらねぇよ!!」
俺の叫びに周囲を忙しなく動いていた帝国軍の面々がびくりと反応するが無視する。
「だ、大丈夫でござるよ。あのお方とてそこまで短絡的な行動にはでないでござるよ。……きっと。…………おそらく」
「そこは断言してくれよ頼むから!」
クロエの全く頼りないフォローに俺の絶望度は更に上昇した。下手したら超高度を飛行中に
飛竜
の背中からたたき落とされかねない。
よしんば墜落死の危険がなくとも、飛竜による国境越えは数時間に及ぶ。その間、今一番顔を合わせたくない相手と至近距離で相乗りしなければならないのだ。気まずいってレベルの話じゃねぇぞおい。
なにが辛いって、空の上で逃げ場がないのが本当に辛い。
「け、けど。考えようによってはチャンスだと思うのよ、私としては」
「どんなチャンスだ!?」
これを機に彼女たちは、不貞を働いた俺を亡き者にするつもりか。そのチャンスが巡ってきたというのか!?
「落ち着いて欲しいでござる! 拙者たちはなにもカンナ氏を害そうと思っていたわけではないでござるよ!」
ファイマの
暗黒計画
に
戦慄
していると、クロエが慌てたように言った。どうやら、顔色から俺の心境を察したのかもしれない。
クロエの制止に、俺は表面上だけでも冷静さを取り戻し、彼女の話に耳を傾けた。
「……カンナ氏とレグルス殿の問題はお二人の間で解決すべき事でござる。ですが、両者と少なからず繋がりを持つ拙者たちとしては、このままお二人がいがみ合いが続く状況は忍びないのでござるよ」
「けど、カンナはともかくレグルスさんはずっとあの調子でしょう? 話し合いの場を設けようにもあちらがカンナを避け続けては成立しないわ」
ようやく思考が正常回転に戻り始めた俺は、彼女たちの話を聞いてその意図を理解することができた。
「……つまり、話し相手が逃げるなら逃げられない状況を作ろうって魂胆か?」
「おおむねそんな感じよ」
「だからってお前……それって俺も逃げ場がない状況ってことじゃねぇか」
「「あ……」」
「今気づいたのかよ!?」
助け船だされたのか、助け船と見せかけた泥船に乗せられたのか判断しかねる。ただ、彼女たちなりの気遣いあっての行動だというのは分かった。
そもそも、事の発端は俺が曖昧な関係、態度に甘んじ続けていたからだ。これ以上ファイマたちを責めていい道理はない。
道理はないのだが──それでも素直に感謝しきれないのが人間というもの。いきなりすぎて心の整理が追いついていないのもある。
「ったく、余計な気を回しやがって」
ただ、そう思う一方でこれはこれでいい機会だとも考えられた。昨晩からずっと考えていても、解決策が浮かんでこない。そもそも、なにが問題でなにが解答なのかすらもあやふやなのだ。
ここは一発、体当たり気味にレアルと話をする気持ちでいた方が前向きだな。
……実際に体当たりしたら、俺の方が一方的に吹き飛ぶだろうけど。