Kanna no Kanna RAW novel - chapter (176)
第百六十四話 贈り物にしては少々デカイし物騒
カンナが仲間二人の通達に絶叫している頃、彼と同じように頭を抱えたくなるような事実がとある人物に伝わっていた。
「なん……だと?」
指揮官クラスの人間が待機する天幕の中で、天竜騎士の一人から報告を受けた
レグルス
は半ば言葉を失っていた。そんな
彼
の様子に首を傾げる天竜騎士は、改めてその事に関して口にした。
「──? ですから、この件に関しては既にレグルス団長に伝わっているはずなのですが……」
「それは分かっているし、了解をした記憶もある。だが──」
今朝方に、物資と人員の運搬を担うはずだった飛竜の一頭が体調を崩したとの報告は伝わっている。いくら健康管理に気を配ってはいても、飛竜が生物である以上突然の急変は十分にあり得た。それを理解しているだけあり、
レグルス
はその飛竜が担うはずだった役割をフォローすることには了承していたのだが……。
その内容が──
白夜叉
を己の飛竜に乗せることだとは予想できなかった。
「もしや、なにか異常が発生しましたか?」
「…………いや、些細な問題だ。その件に関しては改めて了解した。下がってくれていい」
「はっ!」
帝国軍式の敬礼をして、報告に来た天竜騎士は下がった。
その後ろ姿を見送ってから、
レグルス
は天満区内に設置された椅子に腰をかけ、深く溜息を吐いた。
「……ヴァリエは喜びそうな話だが……」
愛竜の懐き具合を思い出しながらも、
レグルス
の心境は晴れなかった。今一番顔を合わせたくない相手と、至近距離で接しなければならなくなったのだ。
ここにきて、
レグルス
は己の行動を悔やんだ。
ドラグニルから軍用列車に乗り、駐屯地に到着してから今の今まで、まともにカンナと話をしていない。仮に話をしたとしても、事務的な話を必要最低限に交わしただけだ。
レグルス
なりに、普通に話そうとはしていた。だが、カンナの顔が視界に入り込む
度
に、先日に見てしまった〝情事〟の光景が脳裏にちらつき、感情が暴れ出しそうになる。それを抑えようとした結果、どうしても一言か二言だけ口に出るだけに止まってしまったのだ。
いずれ顔を合わせて話し合うことは考えていたが、それはこの任務に一区切りが着いてからだとばかり思っていた。それがまさか、こんなに早いタイミングで訪れると誰が予想できただろうか。
〝精神的鍛錬〟と言われてしまえば、思わず納得してしまうほどの苦行だな、とレアルはまたも溜息をついた。
「いかんな、彼にばかり気を取られている暇も無い」
今ここにいるのは幻竜騎士団団長の『竜剣レグルス』であり、『レアル』という一人の女では無い。個人的な事情にばかり思考を傾けてはいられなかった。
今回の任務はただエルダフォスへ向かえば良いわけでは無い。皇帝陛下より預かった親書を無事にエルダフォスの盟主に送り届け、その返事を賜ること。皇帝直々の命ともあり、失敗は決して許されない。
「……しかし、まさか私が
彼
の地に足を踏み入れることになるとはな」
レグルス──レアルが幼い頃に亡くなった彼女の母親は、エルダフォス出身のエルフ。個人的な交友があったリーディアルの話では、それなりに裕福な家の生まれであることは聞いていた。
だが、レアルは母親の故郷を訪れたことは今まで一度もなかった。
生前の母に一度、どうして故郷を出たのかを尋ねた事があったが、彼女は曖昧な言葉で濁し明確な答えは返ってこなかった。ただ、やむにやまれない事情で、父親と半ば駆け落ち同然に実家を飛びだしたということだけは理解できた。
母親が亡くなった後、リーディアルに弟子入りしてからは冒険者として活動し、やがては軍に入隊し一つの部隊を預かる身分となった。その間に、心の片隅では、いつか母親の生まれ故郷に赴こうとは考えていたが、その
都度
に先送りにしてきた。
他の者ならいざ知らず、己には
飛竜
がいる。暇を見てエルダフォスへ向かうことは不可能では無かった。
ふと脳裏に浮かんだのは、母親の懐かしさと悲しさを帯びていた顔だった。
故郷の事を話すときの母親は、いつもその表情を浮かべていた。幼かったレアルにはそれが触れてはならない禁忌にも感じられた。
エルダフォスへ向かうのを何だかんだと先延ばししていたのは母親が己に伝えなかった〝事情〟を無意識に避けてきたのかもしれない。任務ではあるが良い機会だ、とも考えていたが。その一方で母親の心を裏切るような行為をしているような気分にさせられた。
そして、母親のことを思い出すと、必然的に父親のことも思い出す。
彼は母親が亡くなった数日後、己をリーディアルに託すとどこかへ旅立ってしまった。それっきり連絡は途絶えており、現在は生存不明。分かっていることといえば、父親が姿を消した理由は母親が故郷を出た理由に関係している事だけだ。
残されたのは、父親が携えていた一振りの
大剣
。一人娘への贈り物にしては無骨すぎる代物。けれども、今となっては父と己を繋ぐ唯一の品でもあった。
そして更にもう一つ、レアルには予想外すぎる形で父親からの置き土産が残されていた。それが発覚したのは、リーディアルに弟子入りし、冒険者として活動を初めてからしばらくしてからだった。
ある日、父親の血縁を名乗る人物が、レアルに会うために冒険者ギルドを訪れたのだ。
「まさか、私に
あのお方
と同じ血が流れているとはな。とんだ置き土産を残してくれたものだ……と、また横道に逸れてしまったな」
いつの間にか思い出に耽ってしまっていた。天幕の中にいるのは
レグルス
だけとはいえ、今は任務の最中。余計なことばかり考えてしまうのは、任務に集中できていない証拠だ。
だが、任務のことを考えると必然的にカンナのことを思い出してしまい、
レグルス
は頭を悩ませ続けるのであった。