Kanna no Kanna RAW novel - chapter (178)
第百六十六話 その身に宿すは魔の因子
腹の中で〝ストン〟と何かが落ちたような気分だった。
一人で悩んで答えが出ないのなら、結局の所は言葉を交わすしか無い。それでも答えが出ないなら、答えが出るまで話し続けるしかない。そんな当たり前の事にようやく行き着いた。
それまでの躊躇いが嘘のように消え、自然と口が開いた。
「なぁ
レアル
。どうせ国境を越えるまで時間があるんだ。少し、話をしないか?」
あえて、幻竜騎士団の団長としてではく、一人の女性として名前を呼んだ。俺が今話をするべきなのは、『
彼女
』なのだから。
「……そうだな」
返ってきのは諦めたような声色であったが、代わりに発せられた拒絶の気配は薄れていた。レグルス──レアルも、眼下に広がる光景に何か思うところがあったのか。もしかしたら、俺と同じ事を考えていたのかも知れない。
「すまなかったな」
それから、最初に口火を切ったのはレアル。始めに出たのは謝罪の言葉だった。
「ここ数日間は君に不快な思いをさせていただろう。自覚はあったが、君にどう接すればいいか、私自身も上手く判断できなかったんだ」
「あー、その……原因を聞いてもいいか?」
もしかしたらこの直後、ヴァリエの背中から叩き落とされ、パラシュート無し
空中遊泳
を決行することになるが、俺は腹を括って問いかけた。
レアルは一瞬だが凄まじい怒気を発した。それを至近距離から浴びせられた俺は、腹を括ったと言いつつちょっぴり後悔した。だが、半ば死を覚悟した直後、彼女は大きく深呼吸をして怒気を収めた。
「……カンナが皇帝と謁見した日の夜に、ファイマ嬢の部屋へと訊ねた。リーディアル様から君宛の言伝を預かっていたのを思いだしてな」
「あぁぁ……やっぱりあの時かぁ」
やはり、ファイマとニャンニャンしていた光景をばっちり目撃されてしまったのだ。惚れた女に他の女とよろしくやっているシーンを見られるとか、どんな罰ゲームだよ。
「って、ちょっとレアル! なんか漏れてますけど!?」
怒気が収まったと思いきや、今度はレアルの躯から魔力が発せられていることに気が付く。まるで、溢れ出しそうになる魔力を強引に抑え込んでいるかのようだ。下手に手を触れれば弾け飛びそうな印象を受ける。
「──ッ、悪いが少し待っててくれ。……〝暴走〟を抑えるだけでかなりの精神力を使う」
「あ、ああ。分かった。……って〝暴走〟?」
目を
瞬
かせるが、レアルは苦悶に満ちた声を絞り出すだけで答えはすぐに返っては来なかった。
やがて、溢れ出ていた魔力は引っ込み〝爆発〟の気配は無くなる。レアルは疲弊したのか少し呼吸を乱していた。
「ハァ……ハァ……ハァ……。ここ数年〝暴走〟とは無縁だったのだが。先日に君とファイマ嬢の〝アレ〟を見てしまったときから、感情の抑えが効かなくなってしまってな」
「なんだったんだよ、今のは。それに〝暴走〟って……」
単なる癇癪とは一線を介するほどの物々しさに、俺は恐る恐る聞いた。こんな彼女は知り合ってから今の今まで見たことが無かった。
「そうだな。君には話しておこう。……いや、話しておきたい」
レアルはそこからしばらく時間をおき、呼吸が整ってから口を開いた。
「……私の躯には半分、エルフの血が流れている」
「そりゃぁ、出会ったばかりの頃に聞いたが」
ちょうど、大精霊の住む霊山を越えたときだな。
「問題なのは、私の躯に流れるもう半分の血筋だ」
「母方の血筋は聞いたが、父親側の話はまだ聞いたことが無かったな」
先日にリーディアルの婆さんから少しだけレアルの両親に関して話が出たが、その時も話の焦点は母親側であり父親に関しては少し出てきただけだった。
「君は疑問に思った事は無いか? 半分とはいえ、エルフの血が流れているこの身に宿る、不釣り合いな膂力と頑強さに」
「まぁ……失礼を承知で言えば気にしない方が無理だよな」
レアルの並外れた膂力と頑強さは、彼女の父親から受け継いだものだと婆さんは言っていた。
「……つまり、その二つと今出てきた〝暴走〟ってのは、父親側の血筋が由来してるってのか」
「正確に表現するのなら、父の〝種族〟だ」
レアルは手綱から右手を離し、その手をぐっと握りしめた。
「──その種族は『とある魔獣』の因子を宿しており、産まれながらにして強靱な肉体を有している。こと戦闘に関してはおそらく全種族中で頂点に位置するだろう」
俺は息を呑んだ。
魔獣の因子と聞いた時点で、彼女の父親が何の種族であったのか、予想がついたからだ。
「だが、その魔獣の因子は肉体面だけでは無く精神の面にまで影響を及ぼしていた。強い感情を抱くと、その感情に心の全てを支配され、身に宿した力を無為に撒き散らし、破壊の限りを尽くすまで止まらなくなる」
「それが……〝暴走〟か」
「そして、その因子を宿した種族こそが──」
彼女は、ゆっくりとこちらを振り返り、その名を口にした。
「──竜人族。私の躯に流れる、もう一つの血脈だ」