Kanna no Kanna RAW novel - chapter (179)
第百六十七話 答えは出ずとも
エルフと竜人の血を受け継ぐハーフ。それがレアルだった。
「そういやぁ、お前の使う魔術式って……」
「『
竜の
怒り
』の事だろう? アレは強靱な肉体を持つ竜人族だけが扱える術式だ」
名前からしてそうだよな。今更ながらに気が付いた。
「他の種族が扱えば、術式が解除されたときに襲ってくる反動で肉体が致命傷を負い、下手すればその時点で命を堕としかねない」
なんつー危険な術式を使うんだよこの女。
「これは師匠──リーディアル様が得意とし、伝授された術式だ。もっとも、あの方が全盛期の頃は私よりも遙かに長時間術式を維持し、反動も格段に減らしていたがな」
なんつー危険な術式を伝授したんだあの婆さん。
俺が横道に逸らしてしまった話を戻し、レアルが続けた。
「〝暴走〟は竜人族の子どもに多く見られる現象だ。どんな子どもでも、大抵一度は〝暴走〟を引き起こすと言われている」
思春期の少年少女が反抗期を迎えるようなものか。ただ、子どもとはいえ竜人族が癇癪を起こした際の被害の度合いはおそらく段違いだろう。
「竜人族はその頃に感情の制御を学び、やがては強い感情を抱いても自制が効くようになり、そう簡単には〝暴走〟に至らなくなる」
「けど、今のお前さんはその自制があまり効かなくなってるってわけか」
「我が身の未熟が恥ずかしい限りだ」
話を聞いた感じだと、レアルも今までは感情への〝自制〟がしっかり働いていたのだろう。ユルフィリアの牢屋で初めて顔を合わせたときも、激しい憎悪に支配されながらもその〝暴走〟とやらを起こした様子は無かった。
それがここに来て不具合を見せた。
その原因を半ば予想しながらも、俺は彼女に聞いた。
「心当たりは?」
「……成人した竜人族が〝暴走〟を引き起こすことを、俗に〝逆鱗に触れる〟と呼んでいる」
魔獣の竜種は強靱な鱗を有しているが、その中に一枚だけ逆さに生えている鱗が存在している。個体によって部位はまちまちだが、共通しているのはその一枚に多くの神経が集中していることだ。これがいわゆる『逆鱗』だ。
この逆鱗に衝撃が加えられると、竜の全身に激痛が生じる。下手をすればそのままショック死に至る場合もある。その為、僅かにでも逆鱗に触れれば竜は怒りだし、周囲にいる全てのものを破壊し安全を確保しようとするのだ。
「……まさしく〝暴走〟だな」
「竜人族のほうが後付けだがな」
レアルの説明を聞き、俺は深く納得した。
「だから〝あの日〟の事に関しては、今は言及しないでくれ。まだ少し、落ち着いて考える時間が欲しいんだ」
「下手に突っつくと〝逆鱗〟に触れちまうか」
「脅すような形になってしまって本当にすまない。私もきちんと君と話をしなければならないと分かっているんだ。だが──」
またもレアルの躯から魔力が漏れるが、彼女は手綱を握る手に力を込め、気を張って抑え込んだ。
「今この瞬間も、私の
躯
にある竜人族の本能が暴れ出しそうになっている。頭では分かっているのに、制御が上手くできないんだ」
レアルがこんなにも力のない言葉を発するのを、俺は初めて聞いた。それだけ今回の件が彼女に大きな負担を掛けているのだ。
俺は吐きそうなほどの自己嫌悪に苛まれ、後ろめたさに顔を伏せる。
「……悪い」
「それは私のセリフだ」
「それでも──悪い」
ファイマやクロエと関係を持ったことを後悔したことはない。だが、真に伝えるべき想いをこれまで口にしなかった事で、レアルを苦しめている。それはファイマとクロエに対しても同じだ。
「……君がなにを考えているか、察しはつく」
「え?」
「私も同じなんだよ、カンナ」
顔を上げると、少しだけこちらを振り返ったレアルと目が合った。兜で彼女の顔は見えないが、そこには今の俺と同じ表情が浮かんでいるのだと分かった。
「自分の気持ちをずっと誤魔化し続けてきた。軽んじて、正面から向き合っていなかった。だが、いざ
それ
を目の前に突きつけられば、暴れ狂う感情を抑えきれずにこの
為体
だ」
「……ああ、そうだな。違いない」
程度の差はあれど、レアルの言葉はほとんど俺自身にも当てはまっていた。本当の気持ちから目を逸らし、気づかないふりをしてきた。
らしくもないヘタレを発揮してしまい、ファイマとクロエに背中を強引に押されなければ、こうしてレアルと話をすることもできなかった。
「はぁ……。最近は白夜叉だ感謝状だと囃し立てられてるけど、実のところはこっちの世界に来てからあまり成長してねぇな、俺」
「それを言ってしまえば、私は騎士団の団長だぞ? それが年頃の娘のような悩みを抱えているなど、滑稽にも程がある」
………………。
「──ふはっ」
「──くくくっ」
何かが可笑しくて、俺たちは揃って吹き出した。張り詰めていた空気が若干だが和らぐ。ついでに、気持ちも少しだけ軽くなった。
「……レアル。この任務が終わったら、落ち着いた場所で二人で話をしないか」
「私も同じ事を考えていたよ。何だったら、冒険者ギルドに依頼を出してもいいぞ」
「はははっ、そりゃぁいいな」
俺たちは笑い合った。何一つ解決していないが、こうして言葉を交わすことができた。それだけでも大きな前進だと思う。
──レアル。
──ファイマ。
──クロエ。
まだ、結論を急ぐ時ではないのだろう。熱に浮かされ状況に流され、その場の勢いで出して良いものではない。だからこそ、己の気持ちを誤魔化さずに、俺が抱いている彼女たちへの気持ちと真剣に向き合おう。
この任務が終わったとき、答えを出すために。
それがどんな形であれ、たとえ後悔することになったとしてもだ。