Kanna no Kanna RAW novel - chapter (18)
第十七話 ドロドロした話は他人事だから楽しめる
病は気からーーと言う言葉があるなら、逆説的に病が治れば気も持ち直る。病とは体力が無ければ治らない。体力を付けるためには美味しい物を食べるべし。
ーーまぁ、ぶっちゃけた話、ご飯を食べろと。
「霊山麓の村に居たときから思ってたんだけどよ」
右腕が回復し、動作に問題なくなるとちょうど晩飯の時間。精霊術を行使した為に消費した精神力を回復するため、また普通にお腹が空いてきたので、晩飯にすることにした。
「ーーレアルの食べる量って明らかに容積をオーバーしてね?」
育ち盛り真っ盛りの俺は、宿に追加料金を払って、通常よりも一・五人前のメニューを頼んだ。中々のボリュームに食べ応えがありそうだ。
「剣士は躯が資本だからな。食べられるときにしっかり食べておかないと、いざというときに力が出ない」
一方レアルも同じメニューだが、こちらはなんと三人前。通常の三倍、俺の倍の量だ。四人席を二人で座ってるのに、テーブルの上は許容一杯一杯。そして、俺とほぼ同時に食べ始めたのに、食べ物が消えていくペースの割合が両者同じと、恐ろしい話である。
「どれだけ燃費が悪いんだその躯は。普通、食った物は燃料になるか肉になるかのどっちかなんだけどな」
排泄の事は、食事時なので省く。
一見すれば、レアルの躯は細い。一目で女と分かる体躯をしている。現実世界であれば『モデル』として名声を得られる事間違いなしの美貌を持っている。一方で、その手足に触れれば、しなやかではありつつ、それでいてあの大剣を自在に操るに足る膂力が秘められているのが分かる。以前にちらっと聞いたことがある、筋肉としては一番理想な形だ。
だとしてもやはり過剰なカロリー量なのは間違いない。
「むぅ、確かに燃費が悪いのは認めざる得ないが、贅肉が全く付かないわけではないのだぞ?」
俺の言葉に、フォークの先端を口に加え、不満を漏らすレアル。服の下に、ちょっとお肉がついているのかも知れないな。
なんて暢気な事を考えていると、彼女は自分の胸当てに手を当てる。
「どうにも、私は食べたら食べただけ『胸』の方に集中してしまう体質のようでな。まったく、これ以上大きくなられても、戦闘の邪魔になるだけだというのに。鎧も服も、既製品では収まらないので特注をしなければならないから金も掛かる。困ったものだ。…………? どうしたカンナ、急に黙り込んで」
もしかしたら、この世界にきて一番の驚愕が、俺を支配していた。
ーーまだ大きくなると言うのか、レアルの『アレ』が。
もはや巨乳としか言いようがないレアルの双丘が、もう一段上の『爆乳』に進化するというのか! 食ったら食っただけ胸が成長するって、世界中の女が泣いて羨ましがるようなスペシャル体質。彩菜の奴が聞いたら、発狂するな。
何気なく周囲に視線を巡らせると、店内に座る野郎達が、無関心を装いつつがっつり聞き耳を立てているのが分かった。二つの果実に対する野郎の関心は、世界を隔てても共通していた。さらに、少なからずいる女性の客も、嫉妬と羨望の目でレアルを眺めていた。今の話と、レアルの素の美しさに対する感情だ。
エルフってのは容姿端麗で痩身なのが特徴だったはずだ。町中で極稀にレアルとは別のエルフとすれ違うが、男はいいとして女の方の胸元もツルペタだったぞ。いや、確かレアルはハーフのエルフだ。ということは、親の片割れに巨乳の遺伝子が濃かったのか。
ーーーーありがとうございます!、とだけ言っておきたい。
腹も膨れて気力も充実。食後の茶を楽しみながら、レアルが話を切りだした。
「で、答えは出たのか?」
無論、先ほど持ちかけられたファイマとの契約だ。
「旅の先輩として、レアル的にはどう思うんだ?」
渋い紅茶っぽい茶をすすりながら、俺は彼女の意見を求める。
「聞いただけなら、破格の待遇だな。経費の全面負担など、普通はそれなりの規模を持つ商隊や、貴族の一家が旅行をする場合が主だ。個人でとなると、普通は成功報酬のみで、他の旅費は自腹がほとんどだ」
「話を聞いていた限りじゃ、育ちは良さそうだったし」
物理的に育ちまくってた胸はともかく、教養とかかなり高そうだった印象がある。初対面の時はかなり砕けた唯我独尊を発揮していたが、礼節を持って相手するとなるほど、言ったとおり名のある家の出だと納得できる。
「個人でそれまでの資産を動かせるなら、余程の親馬鹿か、本人が優秀かのどちらかか」
本人をみる限りは後者だろう。
「強いて言うならば、家名を明かさなかった点が気になるが、貴族が名を伏せて旅をするのは普通にあるからな。それほど不審ではない」
「シガラミがありそうだからねぇ、貴族って」
現実世界の日本にも、旧華族から続く由緒正しき家系があったりするし、由緒だけではなく時代の流れに乗って力を得た家もある。身近な人間にもその一員がいて、よく愚痴を零していた。
「確かに特権階級ではあるが、面倒な身分であるのも否定できない。男であれば、他家との付き合いや領地の運営。女であれば、政略結婚やらで何かと窮屈な生活だ。一見華やかに見えて、内実はどろどろだ」
苦い表情になり、それを誤魔化そうと渋い茶を飲むレアル。世界は違えど、上流社会の闇が深いのは変わらないか。言い換えれば、窮屈な世界であるからこそ、普遍的な人間社会の様々なものが圧縮されているのかもしれない。
「ファイマ嬢もおそらく政略結婚をさせられる身だろう。あれほどの美貌と才気だ。引く手数多に違いない。ディアガルへの旅は、その前に与えられた最後の自由だろうさ」
「やめろ、話を重くするな。決めにくくなる」
それだけ聞くと、引き受けたくなってしまうだろ。
ここにもし有月がいれば、政略結婚云々が出てきた時点で激しく憤っていたはずだ。実際、身内一人の『婚約』騒ぎを派手にぶち壊した実績がある。ぶっちゃけ、あいつは考えなしに暴れただけで、最後のお膳立て諸々は俺と当事者の少女が共同で拵えたのである。やるならやるでもう少し利口的な行動を心がけていただきたい。
「さておいて。彼女ならば、きちんと契約を交わせば、こちらが不義理を働かない限り問題は無いだろう。聞くだけならずいぶんと魅力的な話だ。蓄えに余裕はあるが、緊急の出費を念頭に置くなら金は幾らあっても困りはしない」
諸々経費の全額負担は確かに魅力的だ。現時点での蓄えに手を着けずに旅ができるのだから、普通なら乗らない手はない。
普通ならばーーとの前置きがついてしまう。
「やはり、あの魔力の持ち主が気になるのか?」
「…………気にならない方がおかしいだろ」
先ほど、ファイマに話を持ちかけられた時は、まだ頭が内容を十全に理解できるほど回復していなかった。そして、精神が回復し、腹も満たされ気力も充実した今、それでもやはり迷いがあるのは、襲撃の最後に感じたあの異様な魔力のせいだ。
「あの魔力の持ち主は間違いなく覆面共を助ける為に魔術を使った。レアルも分かってるはずだ。ファイマの護衛を引き受けたら、ほぼ間違いなくあの魔力の持ち主とぶつかるぞ」
ファイマはそれを込みで話を持ちかけてきたんだろう。彼女なら気が付かないはずがない。石畳を溶かすほどの超高熱を発せられる魔術だ。人間に直撃すれば、即座に炭化するか、跡形もなく灰になって消滅する。従者が身を挺して主を守ろうとしても、それごと焼き尽くされてしまう。
「いくら金銭的に魅力的な契約だろうが、リスクがでかすぎる。昨日今日であったばかりのお嬢様の為に命を掛けられるほど、俺達は金には困ってないしお人好しでもない」
あの馬鹿なら一もなく二もなくファイマの護衛を引き受けていただろうが、この場にいないのは幸か不幸か。
「意外に冷たいな。麓の村で迷い無く娘さんを助けに行ったというのに」
「あれは確かにちょいと勢い任せだったが、状況が状況だ。迷ってる時間も惜しかった。そもそも、レアルも引き受ける気満々だったじゃねぇか」
俺の場合、自前の手札が非常に限られているので、必然的に他者の能力を頼らなければならない場合が多かった。だからか、俺は人の手を借りるのには躊躇しない。もちろん、無償で手を借りるつもりはないし、相応の取引もする。あの時、レアルが承諾を濁らせていたら、村人に報酬を要求して釣っていただろう。要求する前にレアルが承諾してくれたので、時間短縮ができて僥倖だった。
これが有月の奴だったなら、思考時間ゼロで即決し、無償奉仕の精神で夜の山に突撃していたに違いない。考えなさには困ったものだが、時折その迷いのなさが羨ましくなるし、それができるだけの能力の高さにも嫉妬が生まれる。自らの無能には随分と付き合いが長いので、羨ましさも嫉妬も直ぐに消え去るし、それらを遙かに凌駕する有月の馬鹿さ加減があるのでむしろ怒りが出てきたりするし。
「結果的に、精霊の婆さんが自作自演してた茶番だったんだけど」
「言ってやるな。精霊殿本人も村人も深く謝罪していたし、君は君で有用な力を得られたんだ。罪に対する報酬としては破格だ」
「そらそうなんだけどな」
なんやかんやと否定的な言葉が口からでているが、理屈抜きの感情論だけを述べれば、ファイマの護衛を引き受けても良いと思っている。有月を何かと引き合いに出しているのがその証拠だ。
結局の所、俺とあいつは根の所では似ているのかもしれない。でなければ腐れ縁とはいえ小学校の頃から現時点まで長くは付き合えないか。
ともあれ、感情論で理屈を押し通せないのが、俺が慎重なのか甲斐性が無いのか判断に困る。有月の事をへたれヘタレと言ってきたが、存外に俺もヘタレなのかもしれない。
「こういうときは…………呑むかっ」
「待て、どうしてそうなる」
「へいッお姉さん。お酒プリーズッ」
レアルの冷静なつっこみは無視し、俺は店員に果実酒を注文。レアルも肩をすくめて同じものを注文した。ちなみに、この世界で飲酒の年齢制限はない。だいたい十五歳ぐらいから嗜むらしいので問題ないーーはず。
「ーーーー私も同席しても良いか?」
店員が酒が注がれた木製の杯を持ってくるのと入れ違いに、俺の背後に声が掛けられる。
振り返ると、見たことのある顔ーーファイマの従者筆頭がそこにいた。