Kanna no Kanna RAW novel - chapter (186)
第百七十四話 もはや手が付けられない状況
挨拶が終わると、
レグルス
の前に盆を持ったエルフが進み出た。
レグルス
は親書を取り出しその上に置くと、エルフは王の下へと進み盆の上にのせた親書を王へと差し出す。
「ディアガル皇帝からの親書、確かに受け取った。後に確認し、返答を書にて
認
める。その間は、我が国での滞在を許そう。旅の疲れを癒やすが良い」
「はい、部下たちも喜びましょう」
前情報では色々不安が募ったし、足を踏み入れてからも懸念はあったが、親書は無事に渡せた。依頼の半分が終わってこれで一段落だな。
後はエルダフォス王から返事の手紙を受け取り、来た道を戻ってディアガルに帰還するだけだ。口ぶりからして数日はこの国に留まることになるだろうが、その間に俺の目的である『現実世界への帰還』に関する手掛かりを探るとしよう。
エルダフォスは魔術に造詣が深い国と聞くし、その辺りはファイマに頑張って貰うしか無いな。
……ただ、皇帝がわざわざ手掛かりを口にするにはこれだけでは少し理由が弱い気もする。魔術の造詣云々の話より、もっと
強い
手掛かりが他にあるのか?
漠然とそんなことを考えていると、王の視線が俺に向いた。
……まだナニモシテナイヨ?
知らず知らずにまたヘマをしたのかと思い内心ビビっていると、王は口を開いた。
「ところで竜剣よ。そなたの直ぐ後ろにいる白髪の若者は誰だ? 見たところ、ディアガルの軍人には見えないが」
良かった、どうやら無意識に失礼な行動を取ってたわけでは無かった──って、俺の話題になった!?
まぁ、鎧をかっちり着込んだ帝国軍の中に、一人だけ軽装な人間がいれば目立つよな。
「彼は、私の護衛として雇われた冒険者にございます」
「冒険者か……。そなた程の武勇を持つ者に護衛として選ばれるほどだ。さぞ名のある冒険者なのだろう」
「冒険者になってまだ日は浅いですが、既にドラグニルの冒険者の間で、知らぬ者がいないほどに名を上げています」
え、そうなの? 俺って本人が全く知らない間に有名人になってたのか!?
や、ちょっと待てよ。それってつまり……。
「ほぅ、それほどか。名は何とも申すのだ?」
「冒険者たちの間では『白夜叉のカンナ』という名で通っております」
やっぱりかぁぁぁ!?
もう冒険者の間で超有名になってるかぁぁぁ!?
そういえば皇帝陛下も知ってるくらいだしなぁ!!
当たり前といえば当たり前かぁ!!
──俺はこの時少しテンパってて気が付かなかったが、この場にはエルダフォス王の他にもエルダフォスの要人が数多く存在していた。つまり、それだけの人数の耳に『白夜叉』の名前が広まったのだが、それを知るのはもう少し後であった。
「では、我らはこれにて失礼──」
「いや。しばし待て、竜剣よ」
頭を下げ広間から退出しようとする
レグルス
を、エルダフォス王が制止した。
「長旅で疲れているとは思うが、この王の頼みを聞いてはくれないだろうか」
「……? 我らに出来ることならば」
さすがに隣国のとはいえ王の言葉を無下に断れるはずも無く、
レグルス
はおずおずと答えた。
それを受け取ったエルダフォス王が、願いを口にした。
「『竜剣』レグルスよ、その顔を覆い隠す兜を取って欲しい」
エルダフォスの願い出に、
レグルス
はもとよりその背後に控える俺やディアガル帝国軍の面々も驚いた。
それはつまり、
レグルス
にこの場で素顔を晒せという意味だ。
「実はな、親書の受け渡しでそなたが選ばれたのは偶然では無い。あらかじめ私がディアガル皇帝に頼んでいたのだよ。親書を持たせるのは竜剣にして欲しいとな」
「王自らが私を?」
エルダフォスは己の隣に立つエルフの男性に目配せをすると、男性は目を何かに思いを馳せるように目を瞑ると、王に対して頷いた。
「そなたがゆえあって顔を隠しているのは知っている。だが、それを承知の上で頼む。我らにその素顔を見せてはくれまいか?」
エルダフォス王の口調は決して強い者では無かったが、静かに押し寄せる波のような圧力を感じられた。隣に立つエルフの男性も強い眼光を
レグルス
に向けている。
どうやら、余興や興味本位に、といった具合では無い。親書の受け渡しよりも、むしろこちらが本題とばかりの雰囲気だ。
「……一つだけ、確認しても宜しいでしょうか」
「うむ、頼んでいるのはこちらだ。申してみよ」
「王は、我が身に流れる血の半身ついては──」
「無論、存じているとも」
レグルス
が
エルフの混血
であることを知っていると、言外に認める王。エルダフォスのエルフは純血主義者が多いと聞いていたが、その王様が
レグルス
の素顔を見たいと来たか。
「………………分かりました」
長い黙考の後、遂に
レグルス
は意を決して答えた。
エルダフォスの王からの願いというのもあったが、何よりも彼女自身にも思うところがあった。俺にはそう感じられた。
レグルス
は首元に手を添えると、兜を固定していた留め具を解き、ゆっくりと
兜
を頭から外した。
長い耳を持った銀髪美女の顔が露わになった。
兜から解放された銀髪を軽く手で纏めて背後に流すと、その美貌を王へと向けた。
王は「ほぅ」と目を細めたが、劇的な反応を見せたのはむしろ隣の男性エルフだ。
レグルスの──レアルの顔が露わになった瞬間、雷で打たれたかのように躯を強ばらせ、驚愕に目を見開いていた。
王や男性だけではなく、この場にいる要人たちも驚きを露わにしていた。その多くがレアルの美貌に見とれ、感嘆の言葉を漏らしているのが俺の耳にも聞こえてきた。
だが、男性エルフの反応は単にレアルの美しさに言葉を失っているようには見えなかった。
「りゅ、竜剣殿に一つ聞きたい……」
この時になって、男性エルフが初めて言葉を発した。先ほどまでの険しい表情はなりを潜め、震えた声を発した。
「貴殿の母親は……レイリーナというエルフではないのか?」
「──ッ、確かに我が母の名はレイリーナですが……」
「……彼女は今どこに?」
「残念ながら、私が幼少の頃に……」
「そうか…………」
レアルの答えを聞いた途端、男性エルフは感情を堪えるようにぐっと目を閉じ、今にも泣き出しそうなほどに悲痛な表情を浮かべていた。
え、なにこれどういうこと?
──そしてこの時、俺は致命的に見逃していた点がある。
王の側に居るもう一人のエルフ。
顔を覆う仮面の奥底から、鋭い視線をレアルの素顔に向けていることを。