Kanna no Kanna RAW novel - chapter (19)
第十八話 なんだかんだ先生
従者筆頭さんーーランドは俺らが座るテーブルの一席に腰を下ろすと、自分の分の酒を注文した。程なく彼の分が届くと、誰からともなく杯を持ち上げると。
「じゃ、とりあえず乾杯な」
杯を打ち合わせる。器が木製なので鈍い音がし、俺達は酒を一口煽った。働いた後の一杯は最高だね。…………昼間の一件は、働いたと言ってもいいのかね。
ランドは、イケメンが順当に年を重ねたようなナイスガイな顔立ちをしていた。というか、ファイマの従者一同は全体的に整った顔立ちをしており、その筆頭であるランドは顔立ちも筆頭であった。どうでもいいか。日々の鍛錬を惜しまないのか、爽やかと言うよりは精悍な印象を受け、鎧を着ていない軽装だと引き締まった体躯が一層に見受けられる。いわゆる細マッチョか。男の理想的な体型の一つだ。俺が女だったらちょいと見惚れていたね。
「まずは昼間の一件の礼を言いたい。お嬢様からもあっただろうが、改めて言わせてくれ。カンナ君がいなければ、我々はお嬢様を守ることすらできず全滅していただろう。我々従者の筆頭として、心より感謝する」
深々と頭を下げるランドに、俺は手を振って答えた。
「その件はもう良いさ。それなりの報酬はもらってるからな」
「これはケジメの問題だ。悪いが素直に受け取ってくれ」
困った俺はレアルに目を向けるが、彼女は微笑しながら頷くだけだ。仕方がないな、と俺は黙って彼の礼を受け入れた。
「で、それだけを言いに来たと言う訳では無かろう。それとも、ただ純粋に酒を呑みにきたのか?」
レアルは呑んでいた器を置きながら言った。俺も柑橘系の味わいがある果実酒をさらに一口。上手い。
「礼を言いに来たのも間違いではないが、本題は別だ」
ですよねー。
整っていつつ生真面目な顔立ちをさらに真面目に引き締め、正面から俺の目を見てくる。酒の席で馬鹿話をするつもりは毛頭ないか。
「他でもない、改めて君にお嬢様ーーファイマ様の護衛を依頼しにこの場に来た。これは従者達全員の総意ととってもらって構わない」
「従者全員ねーー」
どうにも含みのある言い方だ。
「肝心のお嬢様は?」
「ーーーーお嬢様は、私がこの場に来ていることは知らない。これは私の独断だ。できればお嬢様には内密にお願いしたい」
展開的に、そうだと思ったよ。
「結論は明日の朝までには出すって言ったでしょ」
「だが、それだと君が護衛を引き受けてくれるとは限らないだろう?」
「や、だから迷ってる最中なのよ、これが」
あんたが来るまでの間もずっと迷っていたんですよ。
「…………お嬢様のことだ、君達に護衛の依頼こそしたが、色良い返事が貰えるとは期待してはいないだろう。我々も同感だ。幾ら報酬が高くとも、場数を踏んだ冒険者であるなら安請け合いはしない。その点、即座に承諾しなかった君達はむしろ信頼できる」
場数は場数でも、路地裏喧嘩やらですけどね。
「諦め半分かい。だったら何でランドさんはこの場にいるわけ」
「望みが薄くとも、主のために最善を尽くすのが我々の勤めだ」
乾いた唇を酒で湿らせる。
「それだけ事態を重く見ているということかな、ランド殿」
「…………我々もお嬢様も、同一の認識です」
レアルの言葉に重く頷くランド。
「ファイマ様は、さる高貴な家の出身。その身を狙う者は、それこそ星の数もいるだろう。実際、これまで何度か此度のような暗殺や、誘拐の企てもあった」
「実家に帰れ」
あ、やべ、思わず素で言ってしまった。
頭痛を抑えるように額に手を当てるレアル。
「…………君は時折怖いくらいに正直になるな」
「いや、彼の言うとおり。実際問題、今回の襲撃は、一歩間違えればお嬢様の身も危ぶまれた。本当にお嬢様の身を案じるのであれば、それが一番なのだろう。だが…………」
ぐっと、テーブルにおいた器を握る手に力が籠もる。内心の複雑な思いを乗せるように。
「…………我々としては、お嬢様の望みを叶えて差し上げたいのだ。これがあの方の最後の我が儘であるのだから」
そこから先はだいたい予想通りだった。
ファイマは今年で十八歳(年上っ!?)。貴族の娘として生まれた彼女にも縁談の話が持ち上がっている。十六歳の時点で結婚しても普通な貴族社会の中で、むしろ遅い方。でなくとも婚約ぐらいはしている。だが、彼女はそれを今まで突っぱねて来たらしい。
「魔術士としての類稀なる才能を有していたお嬢様は、兼ねてより国外の魔術にも大変興味を持っていた。だが、書物だけの知識だけでは限界がある。それに、国外の魔術書本となれば入手自体が困難だ」
俺もざっくりとしか教わっていないが、魔術は国によって独自の体系を取っていることもある。同じ効果のある魔術でも、それを構成する術式の構成が、国ごとに差異が生じるのだ。魔術が使えない俺には想像するしかないが、多分日本語をアメリカ人が発音する、ぐらいの違いがある。構成が違えば、得手不得手も存在するし、規模や詠唱速度にも差が出てくる。
「結婚がなされてしまえば、お嬢様の身は一層に御家に縛られる。だからこそ、ファイマ様はお父上であるへーーご当主に願い出ていたのだ。縁談の前に国外の魔術を学びたいと。だが、先にも述べたように、お嬢様を狙う者は多い。おいそれとご息女を国の外に出すわけにはいかなかった」
どこのご当主さんかはしらないが、妥当な判断だ。
「なるほど、読めたな」
レアルが合点が行ったように頷いた。
「ファイマ嬢は婚約の承諾と、己の自由を取り引きしたのだな?」
「その通りです。認めなければ、出家するとまで」
…………どゆこと?
「つまりだ。彼女は国外に魔術を学びにいく代償として、それまで突っ張ってきた婚約を受け入れると、当主に持ちかけたんだ。それが受け入れられなければ、教会に入信しシスターになるとまで言ってな。長々と縁談の延期を持ちかけるより、事後に縁談の話を確約してしまえば、親としては安心できる」
「…………行動力のあるお嬢様だな」
としか俺には言えない。
「実際に、それが脅し文句ではなく実行してしまう辺りが、ただの温室育ちのお嬢様ではないな」
俺もレアルも半ば呆れた。
「そういった経緯があり、我々としてはせめてこの旅を無事に終わらせたいのだ。この旅が終われば、ファイマ様に待っているのは窮屈な結婚生活。ならば、僅かの間でも自由を謳歌していただきたい。その為に、我々はこの旅に同道することを志願したのだ」
「そこに命を賭ける価値があると?」
「少なくとも、我々はそう思っている」
愛されてんなファイマお嬢様。と、素直に感想を抱く。
ーーーーが、これが単純な美談にならないのが世の悲しいところか。
それらはどこまでいってもファイマ周辺の事情であって、俺らはどこまでいっても部外者である。お涙頂戴の情が溢れるお話であろうとも、俺らが関わり合いになる義理はない。
義理はないんだがーーーー。
「正直に言わせてもらえば、同じ女として彼女の願いを叶えてやりたいという気持ちはある。状況が違えば力を貸すのもやぶさかではないが」
レアルは言いながら俺の方を向く。俺と一緒に旅をしていなければ、引き受けていたという意味だろう。
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五分ほどを使って、一通りの考えを纏めて、俺は心を決めた。
卑怯だ、と心の中だけでランドに叫んでおこう。
「なんだかんだで君はファイマ嬢の護衛を引き受けていたと思う」
ランドが引き上げていった後、俺とレアルは二杯目の酒を注文していた。もちろん、彼への返事は「YES」である。幾つかの条件を追加してもらうのを前提で契約を結ぶのを約束した。元々天秤の揺れ具合は偏っていた。そこにランドの口にした話がとどめを刺したのだ。
「なんだかんだって」
「君は自身が思っている以上に義にアツい男だ。でなければ、あんな状況の城から私を連れ出そうとは思わないだろうし、麓村でも娘さんを助けにいこうとはしない。口では文句を散々言っていても、助けを求める手を取らずにはいられないのさ」
「…………分かったようなことを言いやがって」
レアルから顔を背けて、俺は酒を煽る。先ほどよりも強い酒が俺の喉を焦がし胃を熱する。不機嫌になりつつも、内心ではレアルの言うことが的を射ているのを認めていた。
本音を言えば、ファイマの話が転がり込んでこなければ、あの異様な魔力と関わりを持とうとは思わない。我関せずを貫いていた。ファイマと出会うことなくあの魔力と相対していたなら、極力避ける選択をしていたに違いない。
それでも引き受けたのはーーたぶん『精霊術』って便利な力を手に入れたからだろう。俺自身は無能でも、あの力は誰かの助けになれる。
出来る事があって、求められる願いがあって、成す為の意志があるならば、そこに躊躇う必要はないのだ。
ーーただ、ちらっとだけ。
あの異質な魔力と俺は、ここから先々でいろいろな関係を持っていくのではないかという予感を抱いていた。すぐに否定したが。
…………結局は儚い望みでした。