Kanna no Kanna RAW novel - chapter (190)
第百七十八話 初めて会う孫に虫がこびり付いてたら気になるだろうさ
俺の出した答えに、エルダフォス側の二人は首肯した。
レアルが、神妙な様子で言った。
「……私に、エルダフォスとディアガルの架け橋になれと?」
血筋はともかく、レアルは今や帝国軍に所属する軍人であり団を率いる立場にいる。エルダフォス側の要請を素直に受け入れる義理は無いのだが──。
エルダフォス王がとんでもないことを口にした。
「このことに関してはディアガル皇帝とも話が付いている」
「なん──ッ」
驚きのあまり身を乗り出そうとするレアルだったが、さすがに無礼だと思ったのか、咄嗟に出た言葉と共に寸前で飲み込んで元に戻る。ただ、驚いていたのは俺も同じ。レアルが隣で身を乗り出さなかったら、俺が代わりに声をあげていただろう。それだけここで皇帝の名前が出てくるのが意外だったのだ。
表面上だけでも落ち着きを取り戻したレアルに、エルダフォス王が答えた。
「そなたが届けてくれた親書は、他ならぬこの件に関してのディアガル皇帝の答えであるからな」
王が目配せをすると、フォースリンは一枚の手紙を取り出した。
「親書の中に収められていた竜剣宛ての手紙だ」
「……この場で拝見しても?」
「無論だ」
フォースリンから手紙を受け取ったレアルは封蝋を切り、すぐさま中の文面に目を通してく。
その顔が徐々に強ばっていくのが傍目から見ても分かった。
「ディアガル皇帝に
竜剣
の血筋に関して探りを入れたらあっさりと認めおった。おそらく皇帝も永遠に隠し通せるとは思っていなかったのだろうな」
エルダフォス王の言葉を聞きながらも手元の手紙に一通り目を通すと、彼女は疲れたようにこめかみに手を添えた。内容は推して計れたが、俺はあえて聞いた。
「渡された手紙の内容はどんなんだったさ?」
「皇帝陛下からの勅命だ。端的に訳すれば『エルダフォス王からの要請に従い、エルダフォス、ディアガル両国間の関係を深める事に協力せよ』とな」
「そりゃまた難儀だな」
手紙の内容を口にしたレアルの表情は、複雑な感情を形作っていた。
当初はただ親書を届ける筈だった任務が、実際には国家間の関係に影響を及ぼす大規模な代物へと発展したのだ。当然であろう。
「話には聞いているだろうが、我が民たちが抱く帝国への悪感情は未だ晴れぬ。他の種族と比べて我らエルフの世代交代は遅い。あの戦争と無縁の存在がまだ少ないのだ」
これはファイマも言っていたな。戦争の憎しみを減らすのに必要なのは長い時間。だが、寿命の長いエルフにとって、その時間は他の種族よりも更に長い。だから、友好国となった今でもエルダフォスの中に憎しみが色濃く残っている。
「かくいう私も当時はまだ王では無く、一介の将として我が弟とともに戦場に赴いた。帝国軍と矛を交えた経験も幾度となくある。その中で多くの戦友を失った……。本音を言えば、帝国に対して、未だやりきれぬ思いはこの胸に残っている」
だが、とエルダフォス王は言葉に力を込める。
「そろそろ我らも憎しみを乗り越えねばならん。その為に、レアルよ。そなたの存在が必要なのだよ。これは我がエルダフォスだけではなく、ディアガル帝国の望みでもあるのだからな」
エルダフォスからの一方的な要請ならともかく、皇帝からのレアルへの勅命が下った以上、彼女はこの話を拒否できない。
問題なのは、これが正式な婚姻では無く、駆け落ちという点だが──。
「貴族たちへの根回しは済んでいる」
と、フォースリンが俺の危惧を先回りした。
レイリーナは行方不明という扱いであるがそれは表立っての理由であり、本来は将来的に友好国同士の繋がりを強固にしようと、レイリーナをディアガル皇族に嫁がせていた、という噂を流していたのだという。
「そんなご都合主義みたいな話がまかり通るんですかねぇ」
フォースリンの説明に俺は顔を顰めたが、彼は些かも調子を変えずに答えた。
「事実はどうあれ、何よりも王が認めているのだ。多少の波乱はあろうとも受け止められるだろう」
あくまで噂であり、真実はもちろん違う。表立っての理由こそが事実であり、噂話は真っ赤な嘘だ。
しかし、〝火の無い所に煙は立たない〟という例えの通り、噂が流れるのはそれなりの根拠があると誰しもが考えるだろう。そして王はこの国で最も地位が高く、尊い血筋の持ち主。それが大々的に宣言すれば、頭から否定する者はいなくなるだろう。
「ディアガル皇帝とはこのことに関して秘密裏に話を進めていたのだ。そしてようやく根回しも終わり満を持して竜剣を呼び寄せたというわけだ」
「や、ちょい待ち。……やっぱり俺が聞いて良い類いの話じゃ無いだろ、これは」
国家規模の機密情報を聞かされて、俺はまた頭を抱えた。レアルがエルフと竜人族のハーフであるのは、以降に公表するから問題ないとしても、エルダフォス王が作ったシナリオは聞いちゃ駄目だろ。
「本来であるなら、千刃の知己であり名を上げ始めたとはいえ、一介の冒険者──しかも人族の者に聞かせられる話では無い」
フォースリンは素直に肯定する。
「だが、おそらく竜剣に同行した者たちの仲で彼女が一番信頼しているのは貴様であろう」
「「え?」」
俺とレアルは揃って声を発した。
それに対するフォースリンは腕を組みやや憮然とした態度を取った。
「……彼女の態度を見ていれば嫌でも分かる。だからこそ、この場に居合わせる事を許可したのだ。身近に相談できる者がいなければ参ってしまうであろう」
その時になってようやく、フォースリンが俺に対して小さな嫌悪感を抱いている理由に思い当たった。
──多分、孫娘が連れてきたボーイフレンドを警戒するお爺ちゃん的なアレなんだろうなぁ。