Kanna no Kanna RAW novel - chapter (191)
第百七十九話 この話、主役はでてこないぞ(カンナとレアルが帰った後です)
──カンナとレアルが王と対面したその日の晩。
夜も更け国民の大半が寝静まった頃合い。
明かりも付けず星の輝きだけが窓辺から降り注ぐ一室──王とその他には限られた者しか入ることの許されないその部屋に、二つの人影があった。
「……てっきり、そなたもあの場に同席すると思っていたのだがな」
「ふふふ、申し訳ありません。あの後、少々体調を崩していまして、自室で休んでおりました」
片方は、この国の長であり、この部屋の主でもあるエルダフォス王。そしてそれに対面しているのは、仮面で表情を覆い隠すエルフの女──謁見の間で王の側に控えていたあの女性だった。
「弟君のお孫様は如何でしたか?」
「……近くで見ればやはり、レイリーナの生き写しであったよ」
「……やはり
彼女
は?」
「ディアガルの地で亡くなったそうだ」
「そうですか……お悔やみ申し上げます」
仮面のせいで女性がどのような感情を浮かべているのかは見て取れない。ただ、その声に落胆の色が強かったのは間違いない事実であった。
少しの沈黙の後に、仮面の女が口火を切る。
「それで、今後はどうするおつもりで?」
「ディアガル皇帝からは『同意』の書状を貰った。よって、当初の予定通りに事を進めるつもりだ。異存は無かろう?」
「異存も何も、私に王の言葉に異を唱える権利などありませんよ」
「権利は無くとも、そなたの言葉に力があるのは誰もが知るところだ」
違うか? と王は胡乱げに仮面の女を見据えた。
王からの視線を受け止めながらも、女は仮面の奥でクスリと笑った。
「それはあくまで『巫女』としての立場があってこそ。そうでなければ、私のような者の声など誰にも届きはしません」
「白々しいことこの上ないな」
仮面の女の言葉通り、彼女には実際に国政へ関わる権限は持たない。だが、彼女の言葉は、あるいは国政に関わるどの要人よりも重要視される。
時と場合においては公務補佐であるフォースリン、そしてエルダフォス王よりも強い力を発揮する。
それだけの力が『巫女』という立場にはあった。
「巫女はただ助言をするだけの役割です」
コロリと鈴の
音
を思わせるような笑み。巫女という立場の特性を彼女自身が一番弁えており、それを知る王からしてみれば確かに白々しいと思うしか無い。
「だが、今でも意外に思うところがある。レアルを我が国に招き入れるのを誰よりも反対するのは巫女であるそなただと思っていたからな」
「あの子の存在は既存の価値観に勝るものがある。ただ、それだけです」
「それがエルダフォス王家の純血性を脅かすことになってもか?」
「彼女の王位継承権の順位は最低位置です。それはあなた自身が良く理解なさっているはずです」
レアルには半分とは言え紛れもなく王家の血が流れている。それはすなわち、彼女にも王位継承権が発生することを意味する。
ただそれも巫女が言ったように順位の最下部に位置する。エルダフォス王には既に跡継ぎ候補である息子娘が何人もおり、王弟であるフォースリンは既に継承権を放棄している。
万が一に、王の子どもが不測の事態で〝全滅〟したとすればその限りではないが、少なくとも現時点で継承権の順位は最下位。その孫であり混血であるレアルが更にその下に滑り込んだ形だ。
「ですが、やはりレアル・ファルベールはエルダフォスにとってこの先重要な存在になるのは間違いありません」
「それは私も承知している。ディアガルとの繋がりをより強固にするには、彼女の存在が必要不可欠だ」
「ですので、ここは一つ思いついたことがあります」
巫女は己の役割を全うし、ある提案を王に持ち出した。
それを耳にした王は最初は驚きつつも、すぐに納得した風に頷いた。
「──なるほど。そなたの提案は至極理に適っている。むしろ貴族の間では常套手段とも呼べるか」
「王族の血筋を保つために、あまり率先して行ってこなかった手段ですので、仕方が無いでしょう」
「……良かろう。そなたの提案も一緒に話を進めておこう。巫女よ、ご苦労であった」
「いえ、それこそが巫女が巫女たる役目でありますから」
──エルダフォスの巫女。
王の助言者として代々受け継がれた地位であり、それと同時にエルダフォス王家の純血性を監視する役割も担っている。
ありとあらゆる権力から切り離され、具体的な実権を持たないがながらも、王に匹敵する発言力を持っているとされている。 歴代の巫女には共通点がある。
それは、立場を受け継ぐ女は、受け継いだその瞬間から仮面を被ること。ゆえに、その素顔を知るものは少ない。
「ところで王よ。聞けばレアル殿と対面した際に、かの白夜叉が同席したようですね」
「巫女はあの者を知っているのか?」
「噂程度には。今現在、ディアガルで最も頭角を現し始めている冒険者であると聞き及んでいます」
「なるほど……な。だが、レアルやそなたが話す程に類い稀な武勇を秘めている様には見えなかったが」
頭の回転は中々に早そうだし、それなりに道理も弁えている。だが王から見てこれといって光る様なものが感じられなかったのも事実。レアルや巫女の話がすべて事実ならば、王が実際に見て何かしらを感じても不思議ではないのだが、それらが一切なかったのだ。
「王よ。あの者に対して油断なさらぬ様に注意された方がよろしいかと」
「何だと?」
「白夜叉は打ち立てた功績の他にも、元S級である『千刃リーディアル』の他に、現役でのA級冒険者である『
後より答えを出すもの
アンサラ』とも個人的な知己であると聞き及んでいます。何よりも、まだC級の身でありながらも二つ名を得ていることから考えて、その実力は決して見てくれだけではございません」
「……分かった。気には止めておこう」
巫女の忠告を受けて、エルダフォス王は神妙にうなずくのであった。