Kanna no Kanna RAW novel - chapter (194)
第百八十二話 読者が「ケッ」とやさぐれそうな甘酸っぱい回です
部屋で待機していると、
女中
がやって来てレアルの準備が終わったことを知らせた。彼女に連れられて、俺らは屋敷内でレアルに割り当てられた部屋へと辿り着く。
「レアル様はこちらでお待ちです。くれぐれも失礼の無いようお願いします」
おいこらメイド。どうして俺の方を向きながら言うんだ。まったく、どいつもこいつも失礼だな。
(形だけでも)恭しく礼をするメイドを一睨みしてから、俺は部屋の扉をノックした。
『誰だ?』
扉越しに聞こえてきたのは、
馴染み
の声だ。
「カンナだ。準備が出来たって聞いたが……」
『か、カンナだと!?』
──何故そこで驚くよ。
「クロエとファイマも一緒だが、入っても大丈夫か?」
『ちょ、ちょっと待ってくれ! こ、心の準備が──』
らしくもないレアルの慌てた声に、俺は背後にいるクロエ達と顔を見合わせてしまった。
扉の前でたっぷり一分が経過する頃。
『……よし、入っても良いぞ』
まるで、これから決戦に挑むような並々ならぬ覚悟を含んだ入室許可。
俺はもう一度クロエ、ファイマと顔を合わせてから扉を開いた。
──本当に覚悟が必要だったのはもしかしたら俺の方だったのかも知れない。扉を開いてから、俺は思った。
そこには、青白いドレスを纏った美の化身がいた。
紛れもなくその正体はレアルなのだが、俺は何度も瞬きをして彼女の姿を見る。
胸元が下品にならない程度に開かれたタイプのドレスで、女性的な魅力を最大限に発揮するようなデザインなのだろう。清楚と艶やかさが両立している。
普段の俺ならその魅惑的な深い谷間に視線を集中しているだろうが、今回ばかりは違った。
「この手の服は──ましてやドレスなど生まれて初めて着るのだが……変ではないだろうか」
恐る恐る、と言った具合にレアルが胸元に手を添えながら聞く。以前にディアガルで女性物のワンピースを着たことがあったが、それを除けばほとんど無骨な格好で通してきたのだ。まったく慣れていない格好に自信が無いのだが。
「変だなんてとんでもない! 凄く似合ってますよレアルさん!」
「そうでござるよ! 拙者、レアル殿の今の姿に感動したでござる!!」
「そうか、そう言って貰えて安心したよ。それに、君たち二人も凄く似合っているぞ」
ファイマとクロエはレアルのドレス姿を絶賛した。女性から見ても今のレアルには見惚れてしまうほどなのだろう。
二人に褒められて照れたレアルの視線がこちらに向き、俺はぎくりと固まった。
「その……どうだろうか、カンナ」
レアルは頬を朱に染めながらドレスの裾を摘まみ、恥ずかしげに身じろぎした。
──なんだろう、この可愛い生物。
「……………………………………」
「か、カンナ?」
「────はっ!?」
二度名前を呼ばれて、俺は我に返った。
信じられるだろうか。俺の目の前にいる絶世の美女は平時は巨剣を担いで戦場の最前線にいるような武人なのだが、今は全身鎧の奥に隠されていた美貌を惜しげも無く晒している。
「や。悪い。あんまりにもレアルが綺麗すぎるからちょっと呆然としてた」
「そ、そうか……世辞でも嬉しいな」
「世辞じゃねぇよ。正直、見惚れてた」
「き、君の姿も中々だぞ。男前が上がったな」
「今のお前の前じゃ、翳んで見える程度だよ」
って、俺ぁ何を口走ってんだ!
ほら、レアルが顔を真っ赤にして俯いちまったじゃねぇか!
多分、俺の顔も同じくらいに真っ赤っかだろうけど!
二人して互いの顔をちらちら、視線が合う度に恥ずかしそうに逸らしてしまう。
「……どう思うでござる、ファイマ殿。この甘酸っぱい雰囲気を」
「私たちの時とちょーっと反応が違いすぎるわね」
「レアル殿の美しさには同意でござるが、この差に女としてちょっと思うところがあるでござる」
「普段のカンナの気持ちが分かる。この空気、あえてぶちこわしたい」
「同感でござる」
ちょっとそこのお嬢さん方! なにやら物騒な事を話し合ってませんかね!? そして一々俺を引き合いに出すの止めてくれませんか!
内心ビビっていると、俺たちをここまで案内したメイドさんがもの凄く気まずそうに、勇気を持って割り込んできた。
「そろそろよろしいでしょうか? 開始時間が迫ってきていますので……」
レアルの美しさにすっかり忘れていたが、本番はこの後にあるお披露目だ。
そっか。この
美女さん
を不特定多数の前に出すのかぁ。
…………………………ムカッ。
その光景を想像した俺の胸の中に、急激に苛立ちが燃え上がった。思わず、氷の精霊を呼び出してしまったほどだ。
「パーティー、ぶっ壊そうかな」
思わず呟きを漏らす。
ファイマが白い息を吐き出しながらクロエに尋ねた。
「……クロエさん、今のどう思う?」
急激に下がった室温にクロエの尻尾がブルリと震える。
「六割は冗談でござろう」
「四割は本気なのね。さすがはカンナ。こちらの予想の斜め上を平気でいくわね」
「実際に周囲が凍っていない辺り、辛うじて理性は残ってる様子でござるがな……へくちっ」
クロエの可愛らしいクシャミに、俺は意図せずに室内の気温を下げていたことに気が付いた。慌てて集まっていた氷の精霊たちを解放し気温を元に戻す。
「まったく……パーティーの中では大人しくしててくれよ」
呆れ果てたように言うレアルに、俺は返す言葉も無く気まずげに頭を掻いた。俺もレアルと同じくらいに情調不安定だな。人様の事をとやかく言える立場でも無いな。
「……そんなに心配なら、君が私を守ってくれ」
そんなレアルの言葉に俺は驚く。彼女は相変わらず顔を真っ赤にしながら笑みをこちらに向けていた。
「剣と魔法が舞う戦場は慣れているが、人の思惑が飛び交う戦場は不慣れでな」
レアルは、手袋に包まれたと手を差し出した。
「カンナがいてくれれば心強い。頼めるか?」
「──ははっ、誠心誠意務めさせて貰いますよ、お姫様」
俺はレアルの手を取ると、芝居めいた礼をするのであった。