Kanna no Kanna RAW novel - chapter (204)
第百九十二話 この作品って戦闘が見せ場なのに戦闘シーンが超久しぶりだった件について
あの男
の秘めた魔力は相当なものだ。それは間違いない。さすがは一国の王族というだけある。
しかし、今しがた巻き起こった『風』は、魔術と呼ぶには強い違和感を感じた。
「驚いて言葉も無いようだな」
俺の表情を驚愕と受け取ったのか、セリアスは気をよくした風に言った。確かに、驚きもあったがそれよりも戸惑いの方が強い。
「これは『
魔杖
シルヴェイト』。エルダフォスを建国した初代エルダフォス王が『天神様』より賜った由緒正しきものだ」
セリアスは天に掲げるように手に持った杖をかざした。またも彼の周囲で風が吹き荒れた。
天神教という言葉に俺は眉を潜めた。
この世界における『宗教』とは、ほぼこの天神教を指す。
名の通り天神という神様を信奉している宗教だ。
──そういえば、ここ数日間でファイマから教わっていたな。 エルダフォスに住む
国民
の大半はこの世界の最も大きな宗教──天神教の熱心な信徒であり、この国にある天神教支部は各国有数の規模を誇っていると。
奴の言葉が正しければ、あの『シルヴェイト』という杖はその『天神』から授かったのだろうが──魔術などという
神秘
が実在しているこの世界であれば、神の存在など当然なのであろう。
それを言ってしまえば精霊術を扱える俺とて『
現実世界
』の人間からすれば十分すぎるほど
神秘
に足をツッコんでいる。
「感謝しろ。このような
雑事
に使うような代物ではないのだからな、光栄に思うがいい」
「はいはい、そりゃどうも」
少し思考が逸れてしまった。
今は目の前の事に集中しなければ。
親善試合という形にはなったが、セリアスの狙いは相変わらずレアルだ。ここで己の実力を示し、彼女と関係を深める切っ掛けを作ろうとしている。
現時点で既にレアルの奴に対する好感度は下落しており、素の望みが叶うとは到底思えない。
だからといって、奴に勝ち星を譲るつもりもない。
フォースリンは周囲に配置した魔術士たちに目配せをする。
彼らは術式を発動し俺とセリアスを中心とした『結界』を張り巡らせた。屋敷の警備に参加していた彼らだったが、今回の親善試合では戦いの余波が観戦している招待客に届かぬよう、結界を張ってくれることになった。
これで周囲を気にせず戦うことが出来る。
「それでは双方、準備よろしいか?」
結界がしっかりと展開されたのを見届け、フォースリンが確認を取る。俺とセリアスは頷き、互いを見据えた。
セリアスは既に勝利を確信したかのような笑みを浮かべたままだ。あの魔杖はそれ程までに強力な武器なのか。あるいはあいつ自身が卓越した魔術士であるのか。
どちらにせよ、レアルほど表面には出していないが俺だって最高に腹が立っているのだ。
惚れた女とあと少しで──というところで邪魔されたのだ。これで憤らない方がどうかしている。
そして──。
「始め!」
フォースリンの発した開始の合図と共に、俺は事前に溜め込んでいたイメージを一気に解放し、腕を振り上げた。
氷の
刃
を空中に具現する。数にして百にも及ぶ。
これだけの数、以前であれば氷の塊の先端を鋭くし円錐状に撃ち出すのが精々だった。
しかし俺とて以前よりは成長している。今ではもっと具体的な形を与えて生み出すことが出来るようになっていた。
「「────ッ!?」」
初手で相手の度肝を抜こうと目論んでた俺であったが、息を呑んだのはセリアスだけでは無く俺もだった。
セリアスは俺が腕を振り上げるのと同じタイミングで杖を高らかに掲げた。すると、セリアスの頭上に大量の『風の弾丸』が出現していた。
どうやら、互いに考えていたことは同じなのだろう。
驚いたのも束の間、俺は頭上の氷刃を一気に射出した。同時に、セリアスも風の弾丸を俺へと放った。
二つの属性が正面からぶつかり合い、氷が砕け空気が破裂する大音量が響き渡った。
不協和音が鼓膜を揺さぶるが、それ以上に『違和感』に肌がざわめく。
セリアスの今の攻撃……魔力は確かに感じたし、攻撃自体にも魔力は含まれていた。だが、あれだけの規模の魔術を使ったにしては、異様と言えるほど魔力が
希薄
だった。
疑問を抱きつつも、それだけに意識を向けてはいられない。
すぐさま切り替えて反撃に移ろうとしたが、俺は即座に攻撃を中止した。
セリアスの次の『魔術式』が既に完成していたのだ。
初手が物量戦だったのに対して、次手は威力狙い。巨大な風の刃が俺を断ち切らんと放たれた。
咄嗟に俺は氷壁を具現して防いだが……。
奴が魔力を発してから術式の発動までがほんの僅かしか無い。それでいてこの威力なのだ。ファイマも風の魔術士ではあるが、彼女に比べて圧倒的に術式の発動が早すぎる。
そして、初手と一緒で威力の割にやはり魔力が薄すぎる。
俺は
氷の刃
を靴底に具現化し、その場から離れた。様子を伺う意味も含め、動きで攪乱する戦い方に変更だ。
「どうした! 私ばかり攻撃していては試合にならないでは無いか!」
中庭内を高速で移動し、その間にも氷の礫や塊をセリアスに向けるが、どれもが風の魔術で迎撃されてしまう。
ちまちま離れた場所から攻撃しても埒があかない。強引にはなるが接近戦を仕掛ける。
両腕に氷の盾を具現化し、それを正面にかざしてセリアスへ向けて突撃する。
「させると思うか!」
俺のあからさまな行動でこちらの意図を悟ったセリアスは、近づけさせまいと強力な魔術式を発動する。
セリアスの眼前に、風を纏った『槍』が出現した。
ラケシスと戦ったときにファイマが使った『ランペイジ・ストライク』だったか。だが、彼女が使った物よりも遙かに術式を完成させるスピードが明らかに速い。
しまった、と思うよりも早くに魔術式が解き放たれた。初動を見誤った俺は回避する間もなく正面から迫る暴風の槍を氷の盾で受け止めるしか無かった。
「────ッッ!?」
盾こそ破壊されなかったが、凄まじい衝撃と共に躯が後方へと大きく吹き飛ばされた。
「こなくそっ!」
空中に投げされた躯を、両手と足に展開してある氷を使って制御しどうにか地面に両足から着地する。
おいおい、ちょっとこいつ。
──もの凄くやりづらいぞ!