Kanna no Kanna RAW novel - chapter (212)
幕間その八 実録、勇者たちは今どこに!?(1)
──フィリアスはディアガル帝国の首都ドラグニルの一角で愕然としていた。
「……いま、何と仰いましたか店主」
「だから、『あの手甲』は売った。というかおたく、良くあんな骨董品の事を知ってるな。売れるはずが無いと思ってたから宣伝も何もしてなかったってのによ」
武器屋の店主は感心したように言う。
フィリアスはわなわなと小刻みに躯を震わせる。彼女の内心に蠢くのは驚愕と──憎悪だった。
「……なんという……事をしてくれたんですか」
「ん?」
「……いえ、こちらの話です」
一瞬だけ、射殺さんばかりの視線を向けたフィリアスだったが、店主に気づかれる前に目を閉じ、瞼の奥へ怒りに染まった瞳を隠す。
──冒険者としての活動を重ねていた勇者一向は、遂にドラグニルへと足を踏み入れた。
彼らは列車での移動は行いつつも直接ドラグニルには向かわず、各地の駅で降りるとその付近の町や村の冒険者ギルドにて依頼を受け、着実に実績を積んでいた。
おかげで勇者達の冒険者ランクは既にCにまで到達していた。冒険者となり一年未満にしては破格の昇格速度。実力に限ればBランクの冒険者にも匹敵する新鋭だ。
しかも勇者達の容姿は非常に優れており、雑踏の中でも際立った雰囲気を放っている。各地の冒険者ギルドで彼らの噂は広まっていた。
通常であればドラグニル入りした時点で話題になってもおかしくは無い実績を積み重ねてきている。
だが……それを遙かに上回る話題の冒険者がいた。
『白夜叉のカンナ』だ。
鉱山に大量発生したゴブリン討伐に大きく貢献。国賓として招かれているとある貴族ご令嬢を護衛し、彼女を狙う魔の手から見事に救って見せた。
他にも、Aランク冒険者『
後より答えを出す者
アンサラ』に一太刀を入れるほどの実力者。その上で友好的な関係を結んでいる。彼のみならず、元Aランク冒険者であり、現帝国騎士団の一つを率いる『竜剣レグルス』。冒険者ギルドドラグニル支部のギルドマスター。更にはディアガル皇帝とも面識があるという。
現時点でCランク。Bランクへの昇格も時間の問題だともっぱらの噂。
これだけの富んだ話題を前にすれば、勇者達の活躍が翳んでしまっても無理はなかった。
そもそも『勇者』というのは、極一部を除けば秘匿されている。よって、大半の冒険者にとって現在の勇者達は『期待の新人』の域を超えていないのだ。
──フィリアスの『
目論見
』では『
ゴブリンの大発生
』を解決するのは白夜叉では無く勇者達が成すべきだった。
この事件の解決に大きく貢献したことで白夜叉がCランクに昇格したように、勇者達もコレを機にディアガル帝国で大きな名声を得るのが本来の〝
筋書き
〟。やがては冒険者として名を馳せ、皇家すら無視できぬような存在となるはずだったのだ。
そしてまた一つ──シナリオが覆された。
高ぶった感情を制御し、意識して冷静さを取り戻したフィリアスは目を開く。柔らかさには些か欠くが、相手を不快にさせない程度の理性の光がそこに宿っていた。
ちらりと、フィリアスは背後を振り返る。
「有月ぃ。そっちになんか面白いのあったぁ?」
「……見た限りだと、彩菜さんの作ってくれた防具に匹敵するものはないね」
「…………当然です」
一緒に店にやって来ている有月、美咲、彩菜は店の品揃え眺めており、こちらに注意を向けている様子は無い。
この店の質はかなり高いが、有月たちが身に纏っているのは彩菜自らが元属性魔法を使って加工して作った物。武器としての性能はもはや一国の王が家宝にしても何ら不思議では無いほどの一品だ。
有月らもその事を理解しており、フィリアスがこの店に入ると言いだした時は怪訝な表情をした。もちろんフィリアスとてそれは承知していた。
結局、フィリアスを含む勇者一行は何も購入せずに武器屋を後にした。品物を物色し好き勝手に言い放っていた有月達を見送る店主の顔は微妙に引きつっていたが、彼らが気づく事は無かった。
「ねぇフィー。どうしてあの店に入ったんだい? 確かに置かれてる品の質は良かったけど、僕らが使ってる彩菜さん手製の装備には届かなかったよ」
見た目の上ではまさに美青年である有月は周囲の視線を集めるが、既に慣れたもの。気にした素振りも無くフィリアスに問いかけた。
「…………申し訳ありません。店頭から中を見たときは良い物が見えたように思えたのですが……どうやら気のせいだったようです」
フィリアスは申し訳なさそうに言ったが、おくびにも出さない内心には激しい苛立ちが膨れあがっていた。ここが人通りで無ければ……人目のつかない場所であれば爪を噛んでしまいたいくらいだ。
店主がとある冒険者に売ってしまったという手甲。重魔鉱と呼ばれる特殊な素材でできた代物で、装備した者の魔力を吸い取り重量を増大させる、誰もが『呪いの装備』と称するような欠陥品。
──それは誤りだ。
そもそも重魔鉱で生み出された装備は、限られた者にしか扱えないのだ。相応しくない者の手に触れた場合にのみ、触れた者の魔力を吸い取り、その魔力を使って重量を増すのだ。
(これも……シナリオの歪みとでもいうのですか)
誰もが扱えなかった手甲を有月が偶然に発見。そして見事に装備し、店主が快くそれを譲ってくれる──本来のシナリオではこうなるはずだったのだ。
それが蓋を開ければ、手甲は既に売り払われており所在は不明。売った先である冒険者の名を聞こうにも、店主は何も教えてはくれなかった。何も買おうとせず品揃えに不満を漏らすような客と友好的な関係を結ぼうと思えるほど、店主もお人好しではなかったからだ。
商売人として物腰は丁寧だったが、快く思われていないのはフィリアスにも感じられた。下手に話を拗らせてより強い警戒心を抱かれるのも悪手と判断。目立つ行為を避けるために店外に出たのだ。
「それで、これからどうするのよフィー。もう宿とって今日は休む?」
「……まずは冒険者ギルドに向かいます。しばらくはドラグニルで活動するのですから、依頼を受けないにしても雰囲気だけでも確認しておきましょう」
美咲の言葉に、フィリアスは少しだけ間を置いてから返したのだった。