Kanna no Kanna RAW novel - chapter (213)
幕間その八 実録、勇者たちは今どこに!?(2)
「さすがに大きいね。ユルフィリアにあるギルドと同じかそれ以上だ」
入り口の手前から冒険者ギルドを見上げた有月が言った。美咲も彩菜も同じく見上げて「おー」と施設の大きさに感心している。
ドラグニルの冒険者ギルドは支部という肩書きはつくが、実質的にディアガルの各地に点在する冒険者ギルドの要。そして、国内一の面積を誇る帝都から集まる依頼をカバーするため、国内における他の支部よりも数倍以上の規模を誇っている。
「入り口の付近にずっと立っていては他の人の邪魔になります。入りましょう」
フィリアスの言葉に促されるように、有月達はギルドの中へと歩を進めた。
足を踏み入れた途端、一斉に中に居た者たちの視線が有月ら四人に集中した。
冒険者にとって武具は商売道具。それだけ一般人に比べて遙かに目利きの能力が高い。一見しただけで有月達の装備品が超一級品であるのを察した。そしてそれらを纏う見慣れぬ冒険者が全員飛び抜けた容姿をしているとなれば、注目を集めるのも無理からぬ事。
とはいえ、この程度はどの冒険者ギルドでも似たような反応だ。当初は一々に身構えていたが今では慣れたもの。気にした素振りを見せずに有月達はギルドの内部を進む。
今日はギルドの下見だけで本格的な活動は明日以降だ。とりあえずどんな依頼があるかを確認するために、依頼状の張られている掲示板の場所に向かう四人。
「──ふざけるな!!」
怒声が聞こえてきたのは、受付窓口の側を通りかかったときだった。
「あ、いえ。その……」
「こちらは少なからずのリスクを背負って依頼をこなしているのだ。その辺りの謝罪をしっかりして貰わんと納得できんぞ!」
怒鳴っているのは冒険者。隠さぬ怒気を発揮しており、怒鳴られている側の受付はもはや泣き出す寸前と言った風の顔だ。
どちらが悪者であるかは、
傍から見れば
一目瞭然だった。
見れば彼の装備している質の低そうな鉄製防具。大方、駆け出しの冒険者が気に入らない依頼に対して文句を付けているのだろう。
この手の輩はどこにでも存在する。そして、荒事を生業にしている冒険者であれば、戦闘とは無縁の相手に対しては傲慢に迫ることも珍しくは無い。
「──ちっ」
忌々しげに冒険者を睨み付けた美咲は、舌打ちをしてから一人歩み出た。彩菜は『またですか』と頭痛を抑えるように額に手を当てた。ただ、進んで止めようとはしなかった。面倒くさいというのもあるが、彼女に待ったをかけるのは自分の役目で無いからだ。
その止め役である有月は、困ったような顔をしてからフィリアスに目を向けた。
「大丈夫かな?」
「…………ええ、問題ないでしょう」
冒険者の背後に近付いていく美咲の背中を見据えながら、フィリアスは言った。
美咲は元々から正義感が強い。特に、あの冒険者の様に女性に対して高圧的に振る舞う男性に強い嫌悪を抱くタイプだ。
以前からその手の光景を目の当たりにすると、矢面に立って女性を守ろうとしていたが、最近では問答無用で手が──正確には足が出るようになっていた。
はっきり言って短絡的では済まない行動だが、コレまで大きな問題に発展したことは無かった。
もしもの時は有月が止めに入るのだが、その判断を下しているのはフィリアス。彼女が黙認しているのは、それは美咲の短絡的行動が正しいと判断しているからだ。
(少なくとも、ドラグニルに入ってから数日は特に問題は起こらないはずです)
どうせ今回も美咲が一撃入れた後に有月と彩菜が話を纏め、あの冒険者が処断されて終わりだ。
フィリアスの思考は既に怒鳴り散らしていた冒険者から次の行動に移行していた。ただでさえ予定が遅れているのだ。明日以降からはいかに最短で冒険者の階級を上げるか。その事に集中していた。
視線だけは美咲と怒鳴っている冒険者に向けられていた。
彼女の目には、背後から繰り出された不意打ちでの上段蹴りを身を屈めて回避した光景が映り込んだ。
「────っ!?」
美咲は驚愕する。
完全に不意打ちだったはずの攻撃を防がれたのもそうだが。
「常識がなってないな。親の顔が知りたいくらいだ」
美咲を鋭く睨み付ける冒険者は手に持っている『拳銃』の先端を彼女の眉間に定めていた。動体視力に自信のある美咲からして、いつ抜きはなったのか全く分からないほどの早業だ。
予想外の流れに有月は唖然としていたが、美咲に向けられている物が銃だと分かると、剣の柄に手をかけて叫んだ。
「美咲さんから離れろ!」
「離れろ? こいつはお前の
仲間
か。だったらそれはこちらの台詞だ。訳も分からずいきなり頭を蹴り砕かれそうになったのだから、むしろ謝罪の一つは欲しいほどだぞ」
ギロリと、冒険者は有月達を睨み付けた。駆け出しと呼ぶにはあまりの眼力に気圧され、有月はたじろぐ。
いくらあの冒険者が
狼藉
を働いているとはいえ、一般的常識的に言えば背後からいきなり襲いかかった美咲に非があるのは明白だ。
「確かにやり過ぎではあるでしょう。ですが、美咲さんがそんな行動に出るような事をしていたあなたにも非があるのではないですか?」
「何だと?」
彩菜の発言に眉をつり上げる冒険者。心当たりが無いようだ。「そ、そうよ! あんたが受付の女の子に怒鳴ってるから、助けようとしたんじゃ無い!!」
銃口を向けられており内心に冷や汗を掻きながらも、彩菜の言葉に便乗した美咲も声を発した。
「「………………?」」
首を傾げたのは冒険者と、あと何故か怒鳴られていたはずの受付だった。
このままでは話ができないだろうと冒険者は銃を下ろした。撃たれる心配が無くなった美咲は調子を取り戻したのか、冒険者の隣を抜けて受付に詰め寄った。
「ねぇあなた! さっきこの男に怒鳴られてたわよね!」
「へっ!? あ、はい……確かにそうなんですけど──」
「ほらやっぱり! あんたが悪いんじゃ無い!!」
『正義は我にあり』と言わんばかりに美咲は冒険者へと叫ぶが、肝心の冒険者はすっかりと醒めた表情をしていた。
「なによその顔は。この期に及んで言い逃れするつもり?」
「いや……だんだんと相手にするのが面倒くさくなってきてな」
「何ですって!?」
怒りを発する美咲は冒険者に詰め寄ろうとするが、先程の事もあって寸前で思い止まった。代わりに殺意を込めて冒険者を睨み付けるが、彼は「やれやれ」と肩を竦めるだけだ。受付はそんな二人を見て「あわわわわ……」と大いに焦る。
「何なのですか騒ぎですか、一体」
「あ、シナディ先輩!!」
「おお、シナディ嬢。丁度良いところに」
新たに現れたのは、ギルドの職員らしき女性だった。彼女を目にした途端、受付は九死に一生を得たような顔になる。冒険者もシナディと呼ばれた女性の登場にホッとしたような表情を作った。