Kanna no Kanna RAW novel - chapter (214)
幕間その八 実録、勇者たちは今どこに!?(3)
「これはルキス様。今朝方に向かわれた依頼はもう終わったのですか?」
「それ関して、今まさに面倒事が起こっている最中だ」
冒険者──ルキスは美咲や有月達を一瞥し、腰の後ろに備えている鞄の中から取り出した物を受付の机に置いた。
「これは……『オーガ』の角ですね。それも剥ぎ取ってからさほど時間が経過していない」
角を手に取ったシナディの検分に、ルキスは頷いた。
「……ですが、今回ルキス様がお受けになった依頼は森を荒らすゴブリンの駆除では?」
「貴殿の言う通り、私が受けた依頼はゴブリンの駆除だ。依頼を受ける際に状況の仔細をそこの受付に確認した上で、依頼元の村に赴いた。だが、実際に畑を荒らしていたのはオーガだったのだよ」
「……依頼主はその村の長だったはず。彼が虚偽を?」
討伐依頼において、本来出没する魔獣よりも程度の低い魔獣をギルドに報告し、依頼料を不正に安くしようという者は少なからずいる。もっとも、そう言った場合はギルドは今後の対応を厳しくするので滅多にいない。
「いや、村長は森が荒らされている状況をギルドに報告しただけで、何が出没しているかすら知らなかった。森を荒らす魔獣の正体がオーガだと知れて卒倒しそうになっていたぞ。あの様子だ、嘘はついていないだろうな」
戦闘の素人が魔獣の正体を探ろうとし、深追いが過ぎて魔獣に殺されてしまう
場合
が多々ある。そのため、ギルドへ依頼をする場合は魔獣の痕跡や現場の状況を逐一報告することと各所へと通達してある。
そして、寄せられた情報を元に、討伐対象がどのような魔獣かを最終的に判断するのはギルドの役割だ。
シナディは受付の女性から受け取った書類に目を通しながら、ルキスの話も合わせて分析していく。
その結果──。
「──確かに、ゴブリンと判断してしまえる報告ですが、明らかにオーガの痕跡と思える点もいくつか見受けられます。これは間違いなくギルドの不手際ですね」
この場合、冒険者向けられる依頼状には『討伐対象はゴブリン。ただしオーガの可能性もありうるので注意されたし』と記載すべきであった。そのミスをシナディは認めた。
「私ではなく他のDランク冒険者がこの依頼を受けていたら……下手したら死人が出ていたぞ」
「ルキス様のおっしゃる通りです……大変申し訳ありませんでした」
と、シナディは真摯な態度で深く頭を下げた。それに習い、受付の女性も慌てたようにシナディに続いて頭を下げる。
最初は険しい表情のままであったルキスであったが、少しして眉間のシワを解いた。
「頭を上げてくれ。結果的にこちらには被害がなかったし、強いて言えば少しばかり『弾薬』を余分に消費した程度だ。シナディ嬢には常日頃から世話になっているし、頭を下げさせたままなのはこちらとしても心苦しい」
「では、今回のオーガ討伐で使用した経費を後ほど申請してください。元々の報酬にオーガの討伐及びにこちらの不手際を上乗せした額を合わせて支払いますので」
「ああ、今回はそれで手打ちとしよう。次回以降もよろしくたのむ」
頭を上げたシナディにルキスは笑みを浮かべて答えた。
そこから小走りでギルドの奥へと去っていくシナディを見送ってから、ルキスはずっと黙っている有月たちに振り向いた。
「それで、理解できたか?」
ルキスはギルドの不手際を正面から責めただけであって、不当に受付へ怒鳴りつけていたわけではない。これまでの会話でそれを読み取れないほど有月たちも馬鹿ではなかった。
「だ、だからと言って女の人に怒鳴るほどじゃ……」
「たわけが」
それでも美咲は己の間違いを素直に認めたくないのか反論のようなものを口にするが、ルキスは吐き捨てるように一蹴した。
「ギルドの判断一つで冒険者の負うべきリスクが跳ね上がったのだぞ?」
冒険者のリスクは命の危機にも直結する。冒険者は当然として、その冒険者に依頼を紹介するギルドとて、リスク軽減に手を抜い良い通りは無い。
「それだけではない。最悪の場合、討伐に向かった冒険者がオーガを刺激し、近隣の村にまで被害が及ぶところだったのだ」
「で、でも……」
「良いんですよ、そちらの方」
なおも食い下がろうとする美咲だったが、それに待ったをかけたのはルキスに怒鳴られていた受付嬢だった。
「あの依頼を処理したのも、ルキス様の受注を担当したのも私なんです。ですからルキス様のお怒りはもっともであり、明らかに私の不手際なんです」
受付嬢は震える声で続けた。
「私たちの仕事は単なる書類業務ではない。私たちの仕事一つ一つに、冒険者様方やご依頼人の命が掛かっていると、その自覚が足りなかったんです。この業務に入ってから日は浅いのですが、それを言い訳にはできません」
グッと、今にも溢れ出しそうな涙を堪えるように唇を噛んだ後、受付は再びルキスに勢いよく頭を下げて。
「改めて、大変申し訳ありませんでした!」
「……シナディ嬢にも言ったが、依頼を受けたのが私で良かったな」
受付の後頭部を見据えながら、ルキスは少しだけだが柔らかい口調で言葉をかけた。
「もしこれで死人が出ていたら貴殿の経歴にも深い傷を残していただろう」
「──っ!? 本当にありがとうございました! では、私もこれで失礼します!!」
受付は手元にある書類を大急ぎで纏めると、シナディが向かったギルドの奥へと消えていった。
ルキスと同じくそれを眺めていた美咲達も、嫌でも理解させられた。
あの受付嬢は全面的にルキスに言い分を肯定していた。そして彼の最後の言葉に至っては、本気で感謝を気持ちを抱いていたのは声を聞くだけでも分かる。
ルキスは有月達へと三度振り向いた。
「その様子だと、誤解が解けたようだな」
「……ええ、そうですね。仲間が大変ご迷惑をお掛けしました」
謝罪の言葉を述べたのは彩菜だった。
そんな彩菜を冷たく見据えてからルキスの視線が有月を捉えた。まるで銃口を向けられたかのような緊張感が有月の背筋に走る。
「見たところ、貴様がこいつらのリーダーか」
「あ、ああ。一応、そんなところだ」
「だったら、
仲間
の手綱はしっかり握っておけ。ギルド内での暴力沙汰はご法度だ。どんな身分の者であれな」
罰金なら軽い方で、重ければ一発で冒険者としての資格を剥奪され、それまで積み重ねてきた実績が全てなかったことにされる。
「……肝に銘じておくよ」
頷いた有月にルキスは更に言葉を重ねた。
「貴様らもドラグニルのギルドでは見ない顔だが、当然冒険者なのだろう。ならば覚えておけ。冒険者とギルドは共存関係にある。相手が女性だからと言ってその辺りを曖昧にしていては手痛いしっぺ返しが来るぞ」
最後に強く有月達を睨み付けるルキス。
「今回のことは……私も気が立っていたし、誤解を招くような光景であったのも認めよう。故に、これ以上貴様らを咎めはせん。だが二度目は無いと思え」
そう言って、彼はその場を離れていった。