Kanna no Kanna RAW novel - chapter (215)
幕間その八 実録、勇者たちは今どこに!?(4)
後に残された有月達は微妙な雰囲気のままでその場に立ち尽くしていた。まさか過ぎる展開をどう受け止めて良いのか、考えあぐねているのだ。
「とりあえず、ここだと邪魔になるから移動しようか」
有月に促されて、勇者達はギルドの出入り口へと向かう。今日はこれ以上ここに居ても仕方が無いという空気になっていた。何より、今の光景は近くにいた冒険者達にも目撃されていた。居心地の悪さは誰もが感じている。
「……美咲さんが先走った結果ですね」
「──っ。あ、あんただって止めなかったでしょ」
「止める間もなかった、の間違いですね」
「……日和見主義」
「冷静──と言い換えて欲しいところです。あなたほど向こう見ずの直情思考ではないので」
女性陣二人がにらみ合い、有月は気落ちしたような表情で出入り口へと向かう。
「それにしても、あの冒険者。銃を使う人は彩菜さん以外で初めて見たけど、それ以上に凄い早抜きだったな。至近距離使われたら、初動を見極められる自信は無いな」
一方で、有月はむしろ感心したようにルキスを褒めていた。
そんな中、フィリアスの胸中は混乱で一杯だった。
あり得るはずが無かった。
ドラグニルに来てから少なくともしばらくの間は、特に目立った
出来事
は起きなかったはず。少なくとも、本気で無かったとはいえ不意打ちに繰り出された美咲の蹴りを避けるほどの冒険者は現れない。
──
筋書き
ではそうなっていたはずなのだ。
「……何なんですか、あの冒険者は」
「『銃剣士ルキス』──そう呼ばれている、ドラグニル支部の期待の新鋭です」
苛立ちが意図せずに口に出ると、それに答える声があった。フィリアス、有月達が振り返るとそこにはシナディと呼ばれていたギルドの女性職員が立っていた。
「あなたは……」
「先程ぶりですね。後輩に仕事の処理を任せたので戻ってきたところにあなた方の姿が見えたので、声を掛けさせていただきました」
フィリアスは少しだけ間を置いてから、シナディに尋ねた。
「今し方口にしていた『銃剣士』というのは?」
「言葉通りです。Dランクながらも冒険者の間ではほとんど流通していない『銃』と、『剣』を自在に操る様から付けられた二つ名です」
冒険者が『名』を得る場合は主に二通り。
Aランクとなり、ギルドから正式に任命されるもの。
そして、周囲の冒険者が勝手に口にだし始めるもの。
後者は特に、高い功績や実力を発揮したときに付けられ、後に冒険者として名を馳せる者が多い。ようは周囲からの期待の表れとも言えた。
「未だ荒削りなところはありますが、それでも現時点の実力はあなた方と同等かそれ以上ですよ。アヅキ様、ミサキ様、アヤナ様。そして──フィリアス様」
シナディはそれぞれの名前を各々の顔をしっかりと見据えて口にした。有月達は驚きに目を見開く。
「ぼ、僕たちの名前をどうして──っ」
「冒険者様方と円滑な交渉をするために日々の情報収集は欠かせません。アヅキ様方の噂はかねがね
承
っております。ディアガル各地の冒険者ギルドで活躍していると」
だとしても、いきなり名前を呼ばれるとは思っても見なかった。
「それで私たちに何のご用でしょうか。ただ単に噂の冒険者に声を掛けただけ、というわけでもないでしょう」
警戒心を含む視線をフィリアスから受け止めながら、シナディは落ち着いた態度を崩さずに答えた。
「……今回はルキス様が不問としましたが、ギルドの職員として、または私個人的には、何かしらのペナルティがあって然るべきと考えています。ですが、ここで私が余計な手出しをすればルキス様の面子を潰すことになります。なのでこれ以上この件に関してとやかく言うつもりはありません」
具体的に何かを指していたかは口にしなかったが、シナディが言外に美咲の行動を責め立てているのは、誰が聞いても明らかであった。
釘を刺された美咲は気まずそうに顔を逸らす。
「ですが、次に何かがあれば貴方がたにどのような背景であれ、処罰の対象となりますのでご注意ください」
「──っ、それは私のことを言っているのですか?」
「受け止め方はいかように。ですが、ご存じだとかと思われますが冒険者ギルドはあらゆる
国家権力
と切り離された組織です。その点を努々、お忘れ無きようにお願いいたします」
フィリアスを見据えて口にされたこの言葉は、彼女をユルフィリア王家の一員と知っての発言。冒険者として登録する際に貴族出身とは申告したが、王家の関係者であるのは隠していたはずなのだが──。
「……心に留めておきます」
「では、他の業務もありますので、私はコレで失礼させて頂きます」
シナディは恭しく頭を下げて立ち去った。
──有月達は気落ちした様子で冒険者ギルドを後にした。
特に美咲の落ち込み具合は半端ではない。己なりの正義感から発端した行動が全て裏目に出てしまったのだから当然だろう。 有月と彩菜も顔が俯き気味であった。いつもの事だと美咲の行動を野放しにしていた事に責任感を感じていた。
「……ごめん、ちょっと私が馬鹿すぎた」
「いえ、美咲さんを止めなかった私たちも同罪です」
「最近、ちょっとフィーに任せっきりだったからね。もう少し落ち着いて状況を見据えていれば回避できたんだ。僕ら全員の責任だよ」
有月の言うとおり、最近の彼らは考え無しの行動が目立っていた。ただそれを自覚できていなかったのは、行動のほぼ全てが良い結果で収まっていたからだ。
まるで──自分たちの行いが全て正しいと思えてしまうほどに。
そして、良い結果になるよう導いていたのはフィリアスだ。もし何かあれば必ずと言って良いほどフィリアスが助言をし、有月達をフォローしていたからだ。
そんなフィリアスの混乱は悪化の一途を辿っていた。表面上は有月達と同じく落ち込んでいる風であり、しばらくはそっとしておこうと声を掛けるようなことはしなかった。
フィリアスにとってこの気遣いは不幸中の幸いだ。今もし声を掛けられたら、それを切っ掛けにして堪りに堪った混乱が暴発し、下手な事を口走りかねなかった。
(何なのですか今日は意味が分かりません! 全てにおいて理解不能です!!)
あのシナディという女性は、表立っては優秀な職員に過ぎない。だがその正体はドラグニル・ギルドマスターの腹心。ギルドマスターの目となり耳となり、ギルド内部で起こった様々な出来事を報告し処理する立場であり、事実上のギルドトップ2だ。
『本来の
筋書き
』であれば、
ゴブリンの大発生
を解決した有月達は彼女と会い、ギルドマスターに引き合わされる──そのはずだった。
現時点ではその『筋書き』は破綻しており、今必死になって歪みを修整しようとする段階。シナディといつ接触するか判断できなかった。いずれは何かしらの形で接触するとは予想していたのだが。
それが最悪の形で現実となってしまった。
まず間違いなく、有月達の行動はシナディを経由してギルドマスターに報告されるだろう。それも、『期待の新人』などではなく『要注意人物』として。
間違いなく、今後の活動に影響をきたす。
(馬鹿な……先日に視た『
運命
』にこんな
異常事態
は含まれていなかったのに!)
運命
とは本来、決して外れることの無い世界の筋書きだ。一度確認すれば二度も視る必要は無く、強いて言えば定期的に再確認すれば良かった。
だというのに、今日だけでも『手甲』の入手に失敗したことから始まり、予想外の
出来事
に予想外の冒険者が現れた。それに加えてギルドマスターの腹心とも意図せぬ形での接触。
念のためにドラグニルに入る直前に『
運命
』を確認し、今日の行動を取り決めていたはずなのに、全く意味を成さなかった。
(まさか、これもあの『白夜叉』とかいう冒険者の影響なのですか!?)
証拠は無く、今日は名前も出てこなかった。だが、反射的にそう考えてしまうほどにフィリアスは精神的に追い詰められ始めていた。
──己の〝勘〟が完全に正鵠を射ていたとフィリアスが知るのは、コレより先の話である、