Kanna no Kanna RAW novel - chapter (216)
第二百話 祝二百話!
「では、ゆっくりと休んでくれ」
「はい。お気遣いありがとうございます……お爺さま」
レアルにおずおずと、だがはっきりと呼ばれ、フォースリンは満足げな笑みを浮かべながら退出していった。
扉が閉まり、フォースリンの足音が遠ざかっていく。それがやがて聞こえなくなってから、レアルはホッと安堵の息を漏らした。
「……どうやら、カンナが忍び込んだことはばれていないようだな」
カンナがベランダから部屋を去ったのとフォースリンが扉をノックするのはほとんど僅差であった。
フォースリンがレアルの部屋を訪れたのは特別な理由があってではない。パーティーの最後の後始末を終え、改めてレアルに労いの言葉を掛けに来ただけだった。
お披露目
は八割方は大成功。残りの二割はもちろん、曖昧になった『
親善試合
』への不満。このことに関してはフォースリンは相変わらず渋い顔をしていた。
フォースリンはカンナに対して、今後王子に対してあのような事は控えてくれるようにと、レアルから釘を刺して欲しいと頼まれた。レアルはとりあえずは頷いたが、内心では『絶対に無理』と肩を竦めた。
そしてフォースリンが去った今……遠慮無く表情を崩すことが出来る。
「ふふ……ふふふふっ」
フォースリンと話している間にも、頬がだらしなく緩むのを堪えるのにかなりの精神力を消費した。それ程までに今のレアルは上機嫌であった。
お披露目
が終わり、部屋に帰ってきた時とは雲泥の差だ。
普段の彼女ならこれすらも〝だらしない〟と断じ、己を律しようとしていた。だが、今回ばかりはそれも〝無し〟だった。
「細っチョロいとばかり思っていたが……存外に悪くなかった。ああ、悪くなかった」
己の躯を抱きしめると、『先程』の感触が蘇ってくる。
こちらの世界に来た当初は精神的にはともかく、肉体的には頼りない印象が強かった。
だが、これまでの幾多の戦いが彼を鍛え上げたのか。カンナの腕の中は考えていたよりも遙かに力強く、それでいて〝温もり〟があった。
悪くなかったと口にはしつつも、内心では歓喜で一杯だ。その証拠に、レアルの顔は今まさに真っ赤に染まっており、頬もゆるゆるだ。
そして──。
「……我ながら大胆だったか」
己の唇に指を添える。
頬とは言え、男性に『口付け』をした経験など無かった。
その初めての経験が──意中の相手となれば。
もはや、認めるしか無い。
──己はカンナという男に慕情を抱いているのだと。
母親と死別し、父親が去ってからレアルは戦いの日々を過ごしていた。冒険者を経て軍人になってからというもの、常に仮面と鎧を纏い、女として扱われることはほとんど無かった。そうならないように振る舞っていた。
自分自身も、生物学的には『女』である自覚はあったが最低限の意識でしか無く、女としての振るまいとは無縁であった。内心では女を捨てた気にすらなっていた。
だからこそ、最初は気が付かなかった。
気が付かない振りをしていた。
カンナが
他の女性
と仲睦まじくしているのを見て嫉妬を抱き、己がやはり『女』であるという事を突きつけられた。
「認めるのが遅すぎるだろうが、この『馬鹿女』が」
レアルは自らを罵るも、その顔は嬉しげであった。
ここ最近の精神的な不調が嘘のようだ。
まるで心と躯の〝ズレ〟がぴたりと収まったかのような感覚。奥底から強い熱がこみ上げてくるようであり、その感覚は好ましいものであった。
実のところ、お互いにしっかりと想いを伝え合ったわけではない。しかし『気持ち』が同じであるのはもはや疑いようのない事実。
カンナは言った。
──ディアガルに帰ったら。今晩できなかった話をしたい。
その話の内容が察せないほど、無粋でも鈍感でもない。
むしろ、だ。
「……話だけで終わるのか? もしかしたら──」
ただでさえ赤かったレアルの顔が、更に〝ボンッ〟と音を立てるほどに更に赤みを増した。長い両耳の先端まで真っ赤だ。
色々と想像を巡らせた結果『話のその先』までを頭の中に思い浮かべてしまったのだ。
「生娘か! ……いや、経験は無いけども! 間違いなく生娘だけれども!!」
書物で『男女の情事』は知識として知っていたし、幻竜騎士団の部下達が色街で女を買ったときの話も耳に入ってくる。冒険者時代から、その手の話は聞き慣れていた。何せどちらも荒事を生業とし、下手をすれば明日の命も知れぬ職業だ。それを理解しているだけに、忌避感も無かったが自分とは無縁だと半ば思い込み、興味すら抱けなかった。
それがこの様である。
「うぁぁ……」と、恥ずかしさのあまりに己の両手で顔を覆ってしまう。完全に、それまで抑え込められていた『乙女心』が暴走していた。
彼女もそれは自覚していた。普段に比べて言動や思考がかなり残念になっているのなんとなく理解できていた。けれども、務めて冷静になろうとも思っていなかった。それ程までに彼女の心は舞い上がっていた。
「ふふふ……あの王子殿下には感謝しないとな」
最初はぶっ殺してやろうかと半ば本気で考えたが、見方を変えれば彼のおかげでカンナとの仲が進展したのだ。次に会ったときは無下に扱うのでなく、もう少し丁寧な対応をしよう。
もちろん、婚約の話が来れば絶対に断る方向でだが。
──コンコン。
「──ッ」
扉のノック音が軽く響き、レアルは肩を震わせた。
「ど、どなたでしょうか?」
「私だ」
声を投げかければ、扉の外から帰ってきたのは先程部屋を後にしたはずのフォースリンだった。
レアルはそれまでの浮ついていた気分を深呼吸の一つで平常通りの状態に切り替えた。この辺りはさすが騎士団の長。どんな状況でも冷静な判断を下せるように気持ちの切り替えは手慣れたものだった。
数秒前までの乙女心全開な様子は無くなり、普段通りの凜とした雰囲気を纏ってから扉を開いた。