Kanna no Kanna RAW novel - chapter (22)
第二十一話 インテリ系魔術士
後かたづけを終えた俺は、疲れた腕を数度揉みほぐす。小さな動作とは言え、動かし続けた筋肉が悲鳴を上げており、腕を上げるのも億劫だ。明日は確実に筋肉痛だな、と諦めつつに、俺は『背後にいた人物』に声をかけた。
「で、満足したか」
振り返った背後に人の姿はない。けれども俺は確信を持ってそこにいる『女性』に対して言った。
数秒の時間を起き、星明かりが照らす虚空が『歪んだ』。そして、揺らぎが消え去ると、そこに現れたのは赤毛の女性だった。驚きと警戒の表情を整った顔立ちに張り付いている。
「…………私の『エア・ステルス』をどうやって見破ったの?」
「勘」
「勘って…………」
あまりにも酷い一言にファイマは愕然とした。悪いが誤魔化しではなく本当にそうなのだ。ただ、現実世界にいた頃とは違った、紛れもない確信を伴ったもの。今の俺には人の気配や魔力を感じ取る感覚が鋭敏になっている。いかに姿を消そうとも、彼女がそこに存在している限り見誤ることはない。
「ーーーーそれもあなたの企業秘密が影響してるの?」
「無きにしも非ずってところかな」
「教えてはくれないのね。それにしても自信無くすわね。動かない限り、同じ風使いや空術士以外には絶対に見破られない自信があったのに」
「そりゃ悪いな。興味本位で聞くが、どうやって透明になってたんだ?」
「理屈も分かってなかったの…………。『エア・ステルス』は空気の断層を人為的に操って光の屈折率を変化させ、あたかも透明になったかのように相手の視覚を誤魔化す風属性の高等術式よ」
肩を落としながらも、ファイマは丁寧に説明してくれた。話を聞いて、俺はさらに言葉を重ねた。
「魔術なんて神秘の固まりみたいな物使ってる割に、中身は酷く科学的なのな」
「高等術式なんて言ったけど、光の原理とそれを屈折させる術式制御さえ出来れば割と簡単に出来るのよ。ま、その理屈を理解する時点で、大体の術者が挫折するけどね。私からしてみれば精々中級程度。高等術式なんて、古典的な教えに凝り固まってる時代遅れ共が言い張ってるだけなのよ」
透明化を見破られたショックと、その後の説明で熱が入った為か、ここ数日間の口調から離れたそれになっている。
「…………それがアンタの素か」
「ーーーーーーーはっ!?」
ぼそりと俺が言うと、それまでの自分の台詞を思い出し、彼女は慌てたように口を手で塞いだ。
「…………と、言った理屈なのですよ。ご理解いただけましたか?」
「や、そもそも初対面の時点でかなりぶっちゃけてたからな。今更どう取り繕うとも手遅れだ」
「ーーーーーーーッッ!?」
彼女が羞恥に顔を真っ赤に染め悶えた。その様子が可愛らしく思えた。年上相手に可愛いは失礼か。
「俺は田舎出身のド平民だ。別に畏まった口調は必要ないさ。むしろ、今みたいな砕けた喋り方の方が俺の方は有り難い」
「…………そうね。あなたの言った通り、もう手遅れみたいだしね」
色々と諦めが付いたようで、取り繕った態度を止めたファイマがクスリと笑う。
「お言葉に甘えて、普通に話させてもらうわ、カミシロさん」
「カンナで良い。さんもくんもつけなくて良いぞ、お嬢様」
「分かったわカンナ。じゃあ、私もファイマって呼び捨てでお願い」
「こちらも了解した、ファイマ。改めてよろしくな」
笑い合った俺たちは、どちらともなく握手を交わした。
「で、護衛対象が町の外に一人の護衛も付けずにくるのって、そこんとこどーなのよ?」
「……………………ご免なさい」
常日頃から癖になってるのか、こないだに危ない目に遭っているのにこの始末。今回の場合は、俺が宿をでた時点で彼女が尾行してくるのを感知していたので、これ以上は言わない。
「は、話は変わるけどーー」
ものすごく強引に、ファイマは話題を切り替えた。
「企業秘密、という割に、私がいるのを知っていながら、あなたは私の目の前で魔術を使ってたわね」
「知っててどーこーなるもんじゃねぇしな」
前途の通り、精霊術を扱うのに必要なのは、世界の理をーー精霊を理解する五感の外枠にある感覚だ。俺の場合、霊山に封印されていた魔槍との接触が切っ掛けだったが、ほかに覚醒するパターンなど知る由もない。
まぁ、仮に切っ掛けが合ったとして、『アレ』に耐えきれる人間が果たして存在するのか、不安が残る。俺だって、下手したらーー。
そこまで考えて頭を振る。やめとけ、結果として俺はここにいるしな。
「俺としては、五時間もよく飽きずに眺め続けてたな」
彼女はずっと間近にいたわけではない。俺が振り向いた時以外は、もっと離れていた位置にいたはずだ。
「『エア・ステルス』は長時間維持しているのには適してないの。術式を効率化しても結構な魔力を使うからね。途中までは遠くから『ファントム・スコープ』で観察してたの。蜃気楼って知ってる?」
「砂漠とかで見える、遠くの景色が目の前にあるように見える現象だろ? 実際に見たこと無いけど」
「それを人為的、局所的に展開するのが『ファントム・スコープ』。光の屈折を利用した『エア・ステルス』と術式が結構近いのよ。それでいて『エア・ステルス』よりもよほどに燃費が良い。全身に展開する必要がある『エア・ステルス』に比べて、目の前の一部分に術式を展開すればいいんだから。ただこっちも、理屈が分かってないと魔力を馬鹿みたいに食うから、通常は一部の熟練魔術士しか扱えないけどね」
「理屈が分かってると魔術って効率上がるのか?」
「そうね。難しい計算を暗算で全て進めるのと、要所要所でメモ書きするのとどちらが楽か。もちろん答えは後者よ。速度はともかく、事象にたどり着く課程を明確にしておけば、その後に続く結果を導き出すのは簡単よ。イメージも固めやすいしね」
聞けば聞くほど、魔術というのは科学に近しく聞こえてきたな。違いは、事象の最小単位を魔術式で代用している所か。ファイマの場合、風をーー空気を操作することで、それに追準する自然現象を人為的に引き起こしている。
「…………そういえばカンナ。あなた普通に話に付いてきてるけど、科学を理解できているの?」
ふと、思い出したようにファイマが言った。
「どこまでかってきかれると答えに困るが、触りぐらいなら」
「そうなの…………」
どこかしら彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「今使ってた二つの魔術もそうなんだけど、こういった科学的な話に付いて来れる人って、私の傍にいなかったの。だから、ちょっと新鮮でね」
そういえば、現実世界で『光』の理屈が科学的に説明されたのはいつ頃なのか。俺は覚えていないが、江戸時代にはさすがに解明されていなかっただろう。その時代の人に今の話をしても、たぶんちんぷんかんぷんだ。
「最近は徐々に、だけど自然現象を科学的に証明しようとする人も出てきてる。けど、魔術士の大半は、未だに魔術を神秘の固まりみたいに神聖化してるわ。『魔力』は神の恩恵であり、それを用いて発揮される力は神の代弁であるとかなんとか」
「神の恩恵・・・・ねぇ」
イキナリ出てきた壮大な表現に、俺はどう返したものか迷う。
「ま、別に他人様がどんな宗教や神を信奉しようが気にしないわ。それを否定しようとは思わないし、人によっては心の拠り所になる。けど、それで文化の発展を邪魔するのは止めてほしいわね。お陰で、遙々異国の地にいく羽目になっちゃうし」
今度は腹が立ってきたのか表情が険しくなってきた。本当に、一人語りでテンションがアップしていくなこの赤毛さん。
「ランドから聞いてるでしょ? 私がディアガルに向かってる理由」
「あ、ああ。確かあの国に伝わってる魔術式に興味があるって聞いたが」
「そ。ディアガルにはこの国ではあまり見られない、魔獣との契約と召喚の魔術式が発展してるのよ」
「それこそ神秘の固まりみたいな魔術だな」
レアルが以前に使った、あの癒し系飛竜を召喚する魔術を思い出す。そういえば、あの一度だけでそれ以降は会ってないな。今度レアルに頼んで召喚してもらうか。
「いくら書物を読みあさっても、あの魔術式を解明する手がかりは掴めなかったわ。これはもう、現地に行って調べるしかないじゃない。まさかディアガルの魔術士をこっちに呼び込むわけにも行かないし」
「聞きしに勝るアグレッシブさだなおい」
間違っても、貴族のお嬢様が行き着く答えではない。
「どの属性を元に術式を展開しているのかぐらいは知っておきたいのよ。たぶん、『空』の属性を使っているのだとは思うのだけれど、それだけだと色々と説明しにくい部分もあるし。もしかしたら八属性以外の属性を持っているのかも知れない」
「それ以外って…………八つの属性以外に魔術ってあるのか?」
「もちろん。ただ、八属性使いに比べて圧倒的に使用者が少ないし、効果も癖があって使いにくいのが多いから、あまり有名じゃないの。それに関しても研究を進めたいんだけど、この国は教会の権威が強い。さっき話したとおり、魔力や魔術は神から与えられた恩恵って教えが広まっててね、魔術を科学的に研究するのは忌避されてるの」
「…………どこもかしこも、神様の分野に触れちまうのは異端ってか」
現実世界では、クローン技術等の科学技術は、生命の冒涜とかで最近までは糾弾の対象だった。今では徐々にその意識も薄れてきているが、一部の宗教家にとってはまさに「神への冒涜」だ。
ふと気になることが出来た。
「そーいや、この国ってどんな宗教があるんだ?」
「何でそんな一般常識を今更に…………ってああ、そういえばあなたって田舎出身って言ってたわね」
「名もない山の奥のど田舎のな」
という設定だ。
「だったら知らないのも無理はないわね。いいわ、黙ってあなたの魔術を観察させてもらったお礼に、教えてあげるわ」
そこまで言って、彼女は小さくクシャミをしてしまった。ずずっと鼻を啜り、僅かに震える自分の肩を抱いた。
「ううぅ、忘れてたけど、この辺りってちょっと寒くない?」
「そりゃそうだ。さっき消したが、この辺りは氷が散乱してたからな。ちっとやそっとじゃ気温は元に戻らないさ。むしろ、この寒さを忘れてたアンタに俺はびっくりだ」
日光が注ぐ昼間ならともかく、星明かりしかない深夜ではそれも望めないしな。彼女が寒さを忘れていたのは、喋りに熱が入っていたからだろう。自分に興味が有ることが話題になるとより饒舌になるタイプか。
「いくら氷使いでも、どうしてあなたはそんなにけろっとしてるの? 見たところ、耐性術式を使ってるようには見えないし」
「我慢強いだけだ。男の子だからな」
「意味分からないわ」
三白眼でこちらを睨むファイマに俺は誤魔化し笑いをするしかない。心境的に、今の彼女は精霊と出会った霊山に入ったばかりの俺と同じだ。気持ちは分かるが、同情以外に出来ることはない。
「カカカッ。さ、今日はもう遅いし宿に戻ろう。ファイマ先生の授業は明日に持ち越しってことでいいか?」
「そうね。この寒さの中にいたままじゃ風邪を引いちゃうし、これ以上遅くなったらさすがにランド達に心配掛けちゃうか」
そうして俺たちは、揃って宿に戻ったのであった。
この後、アガット君がこの世の終わりとばかりに怒ってましたが。そりゃそうだ。こんな夜更けに年頃の若者二人がそろって外出してたんだ。ただ、怒りの矛先が俺に限定されていたのがちょっとだけ腹が立った。ファイマを軽く睨むと、彼女は「ごめんね」と手の仕草だけで謝った。その動作が可愛かったので許す。俺ってチョロいかも知れない。
けど結局、彼女は彼女でランドにこってり絞られた。そんな怒られている俺ら二人を、レアルは呆れた顔で眺めていたとか。