Kanna no Kanna RAW novel - chapter (23)
第二十二話 いつか出会うケモフサマフマフを求めて(訳:人種のお話)
それから二日後。相も変わらず俺たちは馬車に揺られて平原を進んでいた。特に問題は起こっていない。強いて言えば変わらぬ光景に飽きがきていたぐらい。
ただ、俺個人としてあまり退屈していなかった。その間、ファイマの個人授業を受けていたからだ。
「先に注意しておくと、私たち以外の人種を『亜人』なんて呼ぶと、場合によってはその時点で殺し合いに発展する程の侮辱になるから気をつけた方がいいわよ。『亜人』という呼称は、一部の人族主義者が呼び出した彼らへの蔑称だから」
約束通り、彼女はまず俺にこの世界の宗教に関して一般的な常識を教えてくれた。彼女の説明は簡単でありながら非常に分かりやすかった。これは彼女が非常に高いレベルでその知識を持っていた証拠だ。
現実世界には国によって多数の宗教が存在していた。一方この幻想世界には基本的に宗教が一つしかない。教えや戒律に多少の違いはあるが、信仰されている神の根っこはほとんどが同一の存在だ。
細かい教えは今は省くが、どうもこの世界の神様はこの世界を生み出した創造主として崇められている。創造主は世界と大地を生み出し、その後に人間を含む様々な生物を自らの肉体から生み出した。万物に魔力が宿っているのは、これが要因とされている。その後、神はこの世から姿を消すが、今でもこの世界に住まう万物を見守っていると、そう締めくくられた。
(やっぱり、俺は神様に愛されてなかったのかね)
別世界の宗教だから世界の成り立ちも違ったりするかも知れないが、自分の零魔力を考えると冗談混じりにそう考えてしまった。
一通りの説明を終わった後、俺はほかの一般知識を教えてほしいと申し出た。それを彼女は『暇潰しには丁度いい』と快く承諾してくれた。彼女も、自分の話を真剣に聞く俺の態度が嬉しかったらしい。
そんなこんなで、昨日は大まかな貴族制度を習った。こっちは現実世界で聞きかじった昔の貴族制度とほとんど変わらないので省く。
本日は人種の勉強である。昼の休憩兼訓練タイムを終え、その後に馬車の中でファイマから話を聞くのが一日の流れになっていた。ちなみに、本日のアガットとの訓練内容は一勝四敗。これも大体いつもの流れ。
「了解だ。具体的にはどんな種族がいるんだ?」
「そうねぇ。未開の地には私たちがまだ見ぬ種族がいるかも知れないけど、既存の種族をあげるとすれば…………」
この世界にはケモミミがいるらしい。や、二つ前の大きな町でちらほらいたから知ってたけどね。ケモフサモフモフしたい。
まず、俺たちのような人族。そして獣人族、水人族、エルフ族。ドワーフ族。そして竜人族。この六種族が人間の大まかな代表種族だ。と、言うのも、これらの種族はそれぞれに独立した国を立ち上げている。
「私たちがいまいるのが、人族中心国家の『ユルフィリア』よ。種族の特長としては、環境への適応力よ。よほど過酷な環境じゃない限り、どんな場所でも生きていけるの」
「なにげに逞しいな人間」
「身体能力に大きな特徴はないけど、それを補ってあまりある成長力が持ち味ね。後、エルフほどじゃないけど比較的に魔力が高いのが特徴よ」
獣人種は、その名の通りに獣の各部が体のどこかしらに持つ人種だ。大体が獣の耳と尻尾を持っている。中には、獣をそのまま二足歩行にしたような体躯の持ち主もいるらしい。種族の特徴は、その個人が持つ獣の部位の特徴をそのまま引き継いでいる。たとえば犬の特徴が濃い個人は嗅覚が優れていたり、兎であれば聴覚が強い。身体能力に関しては一長一短で、人種より一回り強い力を持っていても打たれ弱かったり、またその逆もあり得る。また、彼らの中には、今上がった犬や兎の獣人をそのまま犬族、兎族と呼ぶが、それはそれで正しいとされている。個体によってもっとも差がでる種族だ。耳とか尻尾とかケモフサケモフサしたい。
水人種は、水際で生活するのに適した種族だ。ベースは人族に近いが、手足の指の間に水掻きが付いており、肺呼吸も出来るが水中では首筋についている『エラ』で同じように呼吸が出来る。また、深海で活動できる様、水圧に負けない様強靱な筋力を有している。ただし、炎や熱に対して多種族よりも弱く、体中の水分が抜けると身体能力が大きく減少してしまう。ちなみに、魚の特徴を持った獣人族と水人族は別種族だが、同じく水中での活動が可能なので同じ場所に住んでいることが多いとか。どちらも『魚野郎』って呼ぶと速攻で殺し合いに発展するようで気をつけなければならない。『亜人』呼ばわり以上の侮辱と取られる。普通に失礼だよな。
ご存じエルフ族は、現実世界で一般的に伝わっているのと大体同じだ。耳が長く華奢の容姿端麗(ついでに女性はペタパイ)。そしてに長寿。ただ、思っているよりは超絶に長生きではないようだ。平均寿命はおよそ百八十歳ほど。この世界の人族平均寿命が八十歳なので、二倍と+ちょいぐらいの差だ。生まれてから二十歳ぐらいまでは人族と同じペースで成長するが、それ以降は人族の半分ほどのペースで歳を取っていくらしい。種族の特長は、手先の器用さと高い五感、俊敏性に今説明した長寿。加えて高い魔力が特徴。やはり茂った深い森に住んでおり、身体能力故に狩猟生活が中心らしい。弱点としては、華奢故の打たれ弱さと寿命故の繁殖力の弱さ。ただ、極端に生まれないわけではないらしい。レアルも半分はこのエルフの血が流れている。あんな巨乳なのにな。
ドワーフ族がちょっと意外だった。エルフよりもさらに手先が器用で、かつ力持ち。ただ、別に野郎が毛むくじゃらとか女性がでっぷりしているとか、そんなことはないらしい。逆に男性も女性も非常に細身で、成人の身長も人族の子供とさほど変わらないらしい。ただ老化がエルフ以上に見られない。歳を重ねた老人であっても、人間の三十代前半程の外見という。思わず『合法ロリショタ』かッ、と突っ込みをいれそうになった。現実世界にいなくて良かったと思う。ちなみに足は遅いとか。
そして最後は竜人族だ。一見した特徴として、頭部から二つの角が生えているいがいはさほど人族と変わりはない。ただし、この種族の本当の特徴は『変身』能力だ。ある程度の歳を重ねた竜人族は、名を冠する竜の力を解放し、体の一部を『竜』と同一の物に変身させることが出来る。この『変身』能力が反映される部位は個人で様々であり、腕が変身したり背中から翼が生えたり、または一見しては分からない部位が変化を起こす場合がある。ただし、変身するのは一部分でも、その時の能力はあらゆる面でほかの種族を越えた力を宿している。さらに、彼らはエルフに匹敵する魔力を有し、自らが宿す竜の属性に関して他の種族を大きく越えた能力を発揮できる。ここまで聞くと、完全に戦闘特化種族だな。髪が逆立って金髪になるパワーアップとかあるのかね。や、あっちは猿でこっちは竜だからないか。ただ、こと戦闘においてのプライドが非常に高く、集団戦闘に適していない。一人一人は一騎当千の能力を秘めていながらも、戦力の絶対数が他の国家よりも劣っている。そうでありながら、ほかの国と戦力が劣っていないのだから、竜人族一人の能力が破格なのが推し量れる。
「竜人族に関しての説明がやけに長かったな」
ファイマ先生の『この世界の人種』に関しての授業が終わって、俺は率直な感想を述べた。文字数にすると、他の種族よりも二倍ぐらいあったような気がする。
「こと戦闘に置いて、竜人族は逸話が多いから。それに、彼らの生態はここ百五十年ほどで解明されたもので、それ以前は伝説の種族みたいな扱いだったわ。人種族にとっても、他の四種族にとってもね。当時の人間にとって、魔獣の中でも最強の部類にはいるドラゴンの因子を持った人種が存在するなんて考えられなかったのよ。遭遇した当初なんて、そもそも対話ができる人種だなんて思われていなかったらしいわ」
この幻想世界に住まう人間にさえ伝説とされていた種族か。ケモフサもいいが、彼らに会ってみたい気持ちが強まった。やっぱり『ドラゴン』という響きはかっこいいしな。
「ん? どうしたレアル」
何気なくレアルの方に目を向けると、彼女は複雑な表情になっていた。内側から出てくる羞恥を強引に押し殺しているような、そんな様子。
「…………いや、なんでもない」
堪えていたのを一緒に溜息で吐き出した。
「それにしても、ファイマ嬢とずいぶん仲良くなったな、カンナ」
「話の内容がおもしろいからな」
青空授業ではあるが、知識が増えるのがおもしろいと思ったのは初めてだ。たぶん、ファンタジーな世界の知識であるが故だとは思うが、ファイマの教え方も要因の一つだ。
「私としては、カンナが聞き上手で話甲斐があるわ。まるで子供に勉強を教えるみたいで楽しいわ」
「俺は子供と同列かッ・・・・知識量は大してかわんねぇか」
「そこで真面目に返されると困るんだけど。少しぐらいは否定しなさい」
「田舎出身者が見栄張ってどうするよ」
「清々しい程の開き直りね」
「余計な見栄を張らない正直なところが、俺の数少ない取り柄の一つだ」
見栄で致命的な失敗するより、一時の恥に身を晒す方が余程にマシだ。どれだけの恥辱に沈んでも、最後の最後に笑っていられるならなんの問題もない。少なくとも俺はそう信じている。
そんな一幕からさらにさらに一週間が経過。アガット君にぼっこぼこにされたり、ファイマ先生の楽しい授業やらを過ごし、俺たちは深い渓谷に差し掛かった。
「ここを越えて、さらに一週間ほど行けば国境に差し掛かる。それをさらに進めばディアガル領内の南端にたどり着く」
御者席のランドの説明を、何となく同じく御者席の端に座った俺は聞いていた。御者の役をやるつもりはないが、どんな風に馬を操っているのかがちょっとだけ気になったのだ。よく分からなかったが。
霊山の麓からこの地点まで掛かったのがおよそ三週間弱だ。もし仮に俺が召喚された王城から正式なルートを辿ると、さらに三週間ほどの時間が掛かったとレアルから影で教えてもらった。あの霊山を迂回するとなるとかなりの時間が掛かるらしい。霊山の麓で一週間過ごしたが、それを差し引いても二週間繰り上げだ。城の奴らはまさか俺たちがもうここまできているとは思うまいよ。
「道中の間に何かしらのトラブルが起こると思っていたが、拍子抜けだったな。悪いな、あんまりお役に立てなくて」
時折出てくる魔獣も、従者三人でまったく問題ない程度の強さしかなかった。護衛の追加戦力として雇われていながら、俺とレアルはほとんど活躍していないに等しい。つまり、無駄飯ぐらいである。
「いや、君たちの出番がないのは、それはそれで有り難い。いざという時のための備えは、結局は無用の長物であるのが一番望まれる。人によっては、無駄な出費だったと思うだろうが、私は必要経費だと考えるよ」
俺の皮肉に対して、ランドはもっともな答えを返した。いちいちに立派な考えを持っていらっしゃる。卑屈ではなく、素直に尊敬できる。
「それに、君にはアガットの訓練やファイマお嬢様の話し相手になってもらっている。無駄飯ぐらいではないさ」
「おいおい、それでは私だけが無駄飯ぐらいみたいな言い方ではないか」
話を聞いていたレアルが不満そうに言った。
「これは済まない、気を悪くしたか?」
「いや、基本はランド殿の言うとおりだからな。護衛が本領を発揮する事態が起こらないのが一番なのは、私も同感だ。ただ、言ってみただけさ」
苦笑したレアルは、それから少し真面目な顔になる。
「正直に言うと、ここまでの順調さが私にはむしろ不気味に感じている」
「そうさなぁ。襲撃が無いに越したことはないが、逆に無いなら無いでちょっと気になる」
定番の言い回しだが、まさに嵐の前の静けさを彷彿させる。
俺とレアルの同意見に、ランドも意を同じくした。
「何かあるとすれば、ここから先だ。これまでは見晴らしの良い平原が続いたが、あそこからは打って変わって死角の多い渓谷が続く。馬車を通すための道はある程度整備されているが、奇襲を掛けるには絶好の立地条件だろう」
「ワザワザそんなとこ抜けないで、もっと安全なルートとかねぇのか?」
率直な疑問を述べると、今度はファイマが会話に参加した。
「ユルフィリアからディアガルへと繋がる道はそんなに多くないわ。その中で馬車が通れるような広い道となると、この場所を除くと危険度が跳ね上がるの。道の険しさもそうだけど、問題なのは魔獣よ。ルートによっては凶暴な竜種の縄張りと被っている場所もあるの。下手に進入しようとしたら、その時点で蹂躙されるわ」
「…………このルートが一番マシ、ってことか」
「この道だって、百年近く前までは殆ど通れなかったのよ。道も殆ど無かったし、凶暴な魔獣も多かった。それを、当時にいた腕利きの冒険者がこの地を支配する魔獣を討伐して、そこからようやく開発が始まったの。以降、この渓谷はその魔獣の名前をとって『ブレイズリザード渓谷』って呼ばれてるわ」
「ブレイズリザード…………岩盤に匹敵する強度の鱗と、体内に持つ火炎袋で獲物を焼き尽くす、危険度の高い大蜥蜴だな。本来なら火山地帯に生息する魔獣だ。かつてこの地に住んでいた個体は、ほかの地域から流れてきたはぐれだったのだろう」
「あら、詳しいんですねレアルさん」
「詳しい、という程に知っているわけではない。ただ、職業柄に魔獣の簡単な特徴ぐらいは把握しておかないと死活問題だからな。詳しい生態までは知らんよ」
一応、レアルは旅の傭兵という設定だ。契約の次第では危険な魔獣の駆除等も引き受ける(らしい)職業なので、不自然ではない。
「通称のブレイズリザードは全長が二メートル程ですが、この地を支配していたブレイズリザードは小山ほどもある超大型種だったと記録に残っています。はぐれたのではなく、生息地付近の補食対象を食い尽くし、新たな獲物を求めてこの地にやってきた、というのが有力な説ですね」
「それは初耳だな。ともすれば、爬虫類種と言うよりはむしろ竜種に匹敵する危険度だったかもしれんな」
ここでファイマが冒険者、という名称を出したが、これはなにも未開の地をゆくロマン溢れる情熱家達を指しているわけではない。
最近のRPGにはおなじみであろうが、この世界には冒険者ギルドなるものが存在している。大体のゲームで共通しているのが、市民等からの依頼を引き受け、仕事を求める者に仲介する役割を持った組織だ。そして、この冒険者ギルドに登録した者を総称して『冒険者』と呼ぶのだ。これもファイマ先生の授業で習いました。余談だが、未開の地にロマンを求める冒険者はいるにはいるし、そう言った調査系の仕事もあるにはあるとか。
そんな便利な仕事斡旋場があるなら、冒険者ギルドで護衛を募集すれば良かっただろうに、とファイマに聞いた。俺とファイマが出会った街にも冒険者ギルドの支部があり、確かに彼女もそれは考えてた。ただ、以前に言っていたとおりに、まず雇った冒険者が本当に信用できるかの問題があった。付け加えて、あの街からディアガルへの道程が長く、その条件で護衛を引き受けてくれる冒険者が現れるのは望み薄だった。俺とレアルの目的地がディアガルだったのは、ファイマにとってはまさしく幸運にほかなら無かった。
「少なくとも、ここ十年はそれ程までに危険な個体は確認されてないから、魔獣に関しては最低限の警戒で大丈夫だろう。問題はやはり『敵』の襲撃だ。渓谷にいる間は、道中の警戒と深夜の見張り番をもう一人追加する。それで問題ないな?」
「異議なーし」
「了解した」
俺とレアルはそれぞれ答えた。これまでの無駄飯食らいの不名誉を返上すべく、せっせと働こうか。