Kanna no Kanna RAW novel - chapter (232)
第二百十五話 叩いて直るテレビって、もうどこの家にも置いてねぇんじゃねぇかと思うわけです
彼
の声──
彼
であってるかは不明──は、年若い青年にも、成熟した壮年にも、年月を重ねた老齢にも聞こえた。なんとも不思議な声色だった。
「あんたは──今までずっと操られてたって認識でいいのか?」
「うむ。『ヤツ』の配下に支配された上、これまで永きに渡って封印されていたのだ。思い出すだけで
腸
が煮えくり返る」
「グルルル……」とドラゴンの喉奥から唸り声が響いてくる。どうやら随分とご立腹のようだ。気持ちはわからんでもない。もしかしていたら暴れていた時に発せられた憎悪は、操られていながらも『ヤツ』とその配下に抱いた感情が漏れ出していたからかもしれない。
ドラゴンの話から推測するに、俺の咄嗟の一撃がドラゴンを正気に戻すきっかけになったようだ。
古びたテレビの直し方じゃねぇんだから、と思わなくもない。
「正確には、強い精霊の力だ。それが私の魂を大きく揺るがし、私を支配していた呪縛から抜け出す切っ掛けとなったのだ」
どうやら俺は、偶然にもドラゴンを救う最善の一手を叩き込んでいたらしい。
「しかし、あれほど強烈な一撃というのは、私が己の存在を自覚して初めてだ。危うくそのまま意識を失うところであったぞ」
「その……すんません」
ついつい普段の勢いでぶちかましてしまった。そのことに関しては本当に申し訳ない。
「まぁいい。そのおかげでこうして傀儡の身から脱却し、こうして目覚めることができたのだからな」
俺が頭を掻きながら謝ると、ドラゴンは苦笑気味に言った。
それにしても、どうして精霊たちはドラゴンを助けるように懇願してきたのだろうか。
今まで俺の意思に呼応して声を発することはあっても、あちら側から呼びかけてくることなどほとんどなかったのに。
まさか魔獣を助けてなどと──魔獣?
「どうした?」
「や、俺が今まで見てきた
竜
と、随分と印象が違って、ちょっと不思議な感じだからさ」
ヴァリエのような飛竜を含む、竜の魔獣はこれまで何度か見たことがある。けれども、俺の目の前にいるドラゴンはそのどれもとまるで違う。
知性があるとか、言葉が話せるとか、そんな単純なことではない。
もっと根本的な部分で『魔獣』の枠組みから違うように思えて仕方がないのだ。
「さすがは『かんな』の子だ。あるがままを『直感』で読み取るか。なればこそ、シルヴェイトもお前を認めたのだろう」
「──!?」
「お前がシルヴェイトを解放してくれたのだろう? それに関しても深く感謝する」
シルヴェイトの存在はレアルにだって話していないのに、どうしてこのドラゴンが知っているのだ。
「彼女の気配をお前から強く感じる。風の精霊たちがお前の側にいると嬉しそうだ。それに──おお、どうやらシルヴェイト以外からも『理』を授かっているようだな」
俺はいよいよわけがわからなくなってきた。
この『ドラゴン』という存在は、一体何なのだ?
シルヴェイトの名を──いや、それ以前に、精霊を認識できている時点で異常なのだと、ここに来てようやく気がついた。
幻想
世界に来てからというもの『精霊』という存在を知識として知っていた者はいても、実際に認識している者には会ったことがない。
それに、こいつは俺のことを『かんなの子』と呼んだ。
セラファイドやシルヴェイトの口からもその言葉は出てきた。俺の名前と同じ響きで、けれども確固たる意味を持った呼び名。
「やれやれ、まだ気づかぬのか」
「なんだと?」
「ならば──これでどうだ」
ドラゴンは翼を大きく広げると、高らかに吼えた。
──背筋がゾクリと震えた。
ドラゴンの方向に恐怖を感じたからではない。むしろ逆に、全身に高揚感が湧き上がった。
彼の叫びに呼応するように、俺を取り巻く『風の精霊』が気配を増した。精霊たちの歓喜に近しい感情が溢れ出す。
──そして、最も強く精霊の気配を感じたのは正面から。
大いなる嵐が確固たる存在感を放ち、こちらを『見据えている』ような感覚が
過
る。
「まさか──っ!?」
俺は大きな勘違いをしていた。
最初から答えは分かっていたのだ。ただ、それを受け入れるには俺はこの世界の常識に染まりすぎていた。
あるがままを、素直に感じ取れればよかったのだ。
そう、俺がシルヴェイトの存在を感じ取った時のように。
「そのまさかだ」
目を見開く俺を、ドラゴンが真っ直ぐに見据えた。
「我が名は風の精霊竜『フラミリス』。精霊を守護する者なり」
俺の目の前にいるのは『精霊』に連なる存在だった。
精霊たちがあれだけ必死だった理由もこれでわかった。操られていた
仲間
を助けてほしかったのだ。