Kanna no Kanna RAW novel - chapter (242)
第二百二十五話 誰もが待ち望んでいるセリフが飛び出す回
それは、レアルにとっては最大の侮辱にも等しい言葉に違いない。己の最大の武器を汚されて憤りを感じない方がおかしい。
現に、俺の言葉を聞いてレアルの怒気が高まる。
けれども、俺はどうしても我慢がいかなかった。
俺の躰は見た目ほど無傷ではない。表面上こそ目立った損傷はないが、繰り返し放った
衝撃手甲
の反動で、右半身が軋みをあげている。
加えて、さっきの振り下ろしをまともに受け止めたせいで、躰の全体が悲鳴を上げている。口の端から血が垂れたのも、内部に負ったダメージのせいだ。
それでも俺は、まだ二本の足でしっかりと地面を踏みしめている。
「こんなもんじゃねぇはずだ。俺が知ってるレアルの剣は、もっともっと重い。それが見る影もねぇのはどういう了見だ」
かつて、俺はレアルと手合わせをしたことがある。それは単なる鍛錬の一環であり、互いにそれを承知していた。けれども、その時に受けた彼女の剣は『重かった』。
力という意味ではなく、そこには彼女がこれまで積み上げてきた多くのものが込められていた。
だからこそわかるのだ。
あの時の剣に比べて、今レアルが振るっている剣がいかに軽いかを。
「おいレアル、
期
に
及
んで手ェ抜いてんじゃねぇぞ」
「ふざけるな! 私は手加減など──」
「だったら『余所見』してんじゃねぇ!!」
「──ッッ!?」
俺と打ち合っている最中、レアルの意識が時折こちらから逸れていた。それに気がつかない俺と思っていたのか。あまりにも甘く見られたもんだ。
「舐めんのも大概にしろ! 俺と
本気
でやりあうってのに考え事なんて甘すぎんだよ!」
「わ、私は──」
「まぁいいさ。そっちがやる気ねぇってんならかまわねぇ。徹底的にぶちのめすだけだ!!」
動揺を見せるレアルに、俺は
衝撃手甲
を叩きつけた。反動で躰が更に軋みを上げるが、俺の中にはそれを上回る怒りがあった。
レアルは再度剣を盾代わりにして防ぐが、踏みとどまることができずに大きく後退した。
「最初の威勢はどうした! 手が止まってるぞ!」
そこに俺は拳の乱打を加える。
衝撃手甲
の出力を弱め、威力よりも連射力を上げて打ち続ける。
「──ッ、──ッ!?」
言い返すこともできずに、レアルは俺の乱打を防御するのに必死になる。これだけの威力と手数を捌ききるのはやはりレアルというべきか。
だがやはり、ふとした瞬間に剣捌きが鈍る。同時にまるで心ここに在らずといった具合に苦悶の表情を浮かべるのだ。
「だから甘いってんだよ!!」
再び威力を戻した
衝撃手甲
の一発をレアルに打ち込む。ハッとなったレアルは辛うじて剣で防ぐが、俺はその剣ごとレアルを打ち抜くつもりで腕を振り抜いた。
「ぬがぁぁぁぁっっっ!?」
躰が宙を舞い、受け身を取ることもできずレアルの躰が床に叩きつけられた。
俺はあえて追撃をせずに、剣を支えにして立ち上がるレアルに言ってのける。
「元Aランク冒険者ってのはこの程度なのか! 竜剣の二つ名が泣いてるぞ、レアル!!」
それは意図せず、ファイマの指示に従う形となっていた。けれども、この時の俺の頭からはそんなの吹き飛んでいた。ただ、目の前の女に対しての怒りをぶちまけただけだった。
「くっ…………
殺
す!」
「いまだかつてこんなに物騒な『くっころ』聞いたことねぇな!?」
脊髄反射でツッコミを入れてしまった俺だったが、すぐさま表情を引き締めた。レアルから衝撃を伴うほどの膨大な魔力が溢れ出したからだ。
「いいだろう! そんなに私を怒らせたいのか! だったら望み通りにしてやろう!!」
おっとぉ、これはもしや
アレ
か。
「
竜の怒り
──発動!!」
いつか強大を魔獣を屠ったレアルの切り札。竜人族の強靭な肉体があって初めて使うことを許される、超身体強化魔術式。
レアルの気配が圧倒的に増す。姿形は変わらずとも、まるで巨人を相手にしているかのような威圧感。
「死んでも恨むなよ……カンナァァッッ!」
『竜の怒り』と、文字通りに怒りを孕んだ叫び声を放ち、レアルは剣を振り被る。
下手を打てば確実に死ぬ。なのに俺は死の恐怖を抱く前よりもレアルの一挙動に集中していた。
身体能力が大幅に強化されたレアルの踏み込みはまさに神速。おそらく見てからでは迎撃は間に合わない。
だから──見極めろ。
精霊を通し、世界の動きを感じ取れ。
思考よりも先に体を動かせ。
あるがままを受け入れ、あるがままを体現しろ!
──バゴンッ!!
踏み込みの音を置き去りに、レアルが目前に迫っていた。『
瞬
く
間
』という言葉がこれほど似合う瞬間もそうないだろう。
繰り出されるのは、相手を殺すことだけを考えた振り下ろし。どれほどに硬い防御を構えたところで問答無用に圧殺する一撃。
──それを俺は、ゆっくりと捉えていた。
セラファイドやシルヴェイトと邂逅した時と同じだ。精神が圧倒的に加速し、己以外のすべてが色を失い停滞する世界。
意識してこの状態になったわけではない。極度の緊張感やらなんやらで走馬灯状態になっているのかもしれない。
そんな中でもジリジリとレアルの剣が迫ってくる。現実では、彼女の振り下ろしがとてつもない速度で放たれていることがわかる。
防御を固める──無理だ。どれだけ防御を固めたところで、手甲よりもそれを支える俺の躰が潰れる。
迎撃するか──
衝撃手甲
一発では威力が足りない。
だったら──
二発分
を打ち込めばいい。
右腕だけではなく、左腕にも
衝撃手甲
を具現。
ありったけの空気を溜め込み、両腕の
衝撃手甲
を同時に打ち込んだ。
急速に世界が色を取り戻し、超威力の物体がぶつかり合う。
一瞬だけ音が消え去り、次に巻き起こったのは暴虐。衝突の余波で無事だった聖堂の床が残らず粉砕され、壁の窓は残らず全て内側から吹き飛ぶ。狭い範囲に地震と台風が同時に起こったかのような破壊が撒き散らされた。
────ガンッ!
そして、破壊の嵐が止んだ時、何かが音を立てて地面に突き刺さった。
レアルの手から弾き飛ばされた大剣だった。
「なんだ……と?」
己の手の中から剣が失われている。現実に何が起こったかは分かっているはずなのに、それを事実として頭が受け入れてくれない。自失呆然といった風に、レアルが呟いた。
言葉にしてみれば簡単だ。
俺の拳が、レアルの剣に勝ったのだ。
とはいえ、俺も無事ではない。
重魔鉱の手甲こそ原型を保ったままだが、氷の手甲は完全に砕けた。両腕の感覚もまるでない。骨が折れたのかあるいは砕けたのか、痛みすらないので判別つかない。
それでも俺は、歯を食いしばり強引に拳を握った。『ミシリ』と嫌な音がどこからか聞こえるが、構わずに全力を込める。
「だらぁっっ!!」
「がっ!?」
固めた拳がレアルの頬を捉え、そのまま殴り飛ばした。
もう何度目になるのか。レアルの躰が地面に投げ出される。
はっきり言って、ダメージの度合いで言えば俺の方が遥かに上だろう。
衝撃手甲
の酷使で、躰で無傷な部分を探すのが難しいほどだ。先ほどのぶつかり合いで、確実に骨の何本かは折れているだろう。
けれども、この瞬間に俺が立っており、レアルが倒れている。それがこの戦いの現状を物語っていた。
なのに、俺は欠片も嬉しくはない。
あるのは失望感と怒りだ。
レアルは
竜の怒り
を使ったものの、むしろ頭にきているのはこちらの方だ。
「ふざけんな、認めねぇぞ俺は」
「カン……ナ?」
未だ倒れたままのレアルが顔を上げる。その目に向けて俺は怒りを込めて言った。
俺の知っているレアルは、綺麗でかっこいい女だ。どれほどの逆境にあっても決して折れぬ強い意志を持ったすごい女だった。
俺が一番好きだったあの強い意志を宿した目が、今は見る影もない。
だからこそ、怒りが湧く。
巫女に支配されていようが関係ない。姿形はそのままであっても、そこに俺が想いを寄せた存在はいない。
いつまでも中途半端な気持ちで戦う彼女を、俺は認めない。
「俺が惚れたのは、強く気高く綺麗で爆乳のレアル・ファルベールだ! こんな弱い女に惚れたなんて、俺は
絶
っ
対
に認めねぇぞ!」
俺は偽らざる本心を
彼女
にぶつけたのだった。