Kanna no Kanna RAW novel - chapter (247)
第二百三十話 百の想いと百の言葉を超えた、たった一つのこと
「あー駄目だこれ。
全
っ
然
力が入らねぇわ」
渾身の一撃を放った俺の躰が、そのまま自由落下を始めた。風の精霊術で落下の速度を軽減しようにも、意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。
この高度から落ちたら、死ぬな。
割と絶体絶命の危機なのだが、どうしようもないので仕方がない。
救いの手は意外なところから伸ばされた。
フワリと、躰を柔らかい風が包み込み落下の速度が大幅に減衰したのだ。
自然のものでない。精霊によって起こされた意図的なもの。
「全く、無茶をする男だ」
首を動かすのも億劫になりながら、声がする方に顔を向ける。俺と同じ高さに、ファイマとクロエを乗せたフラミリスが飛んでいたのだ。俺を包み込んでいる風は、フラミリスが精霊に語りかけたものだった。
「おぅ、助かったぜ。それに、ファイマとクロエのこともありがとな」
下を見れば、聖堂は単なる瓦礫となっている。フラミリスに彼女たちのことを頼んでてよかった。おそらくあの直後、ファイマたちを乗せて空に逃げたのだろう。
「カンナ、無事──じゃぁないわねよね、その有様だと」
「もう身体中バッキバキだよ」
ファイマは安心したような呆れたような顔になっていた。俺の体はもうそりゃぁ酷いことになってるだろう。
「カンナ様! 私はもう……もう……正直、途中は呆れ果ててしまいましたが……ぐしゅ……あれこそが、戦士の有り様。互いの全てをぶつけ合った誉れ高き戦い……あのような戦いを目にできた事は、末代までの語り草です……ぐしゅ」
「目汁と鼻汁で顔がすげぇことになってるぞ、お前」
なぜかクロエは涙を流しながら感動していた。口調まで変わっている。そこまで上等なのかは分からないが、クロエにとっては心に響くものがあったのだろう。
俺たちはゆっくりと、崩壊した聖堂跡に降り立つ。
「ぐっ、やっぱり
痛
ぇな畜生……」
背中が地面に接した途端、思い出したように激痛が走る。
「「カンナ(様)ッッ!!」」
フラミリスから降りたファイマたちが駆け寄ってくるが、俺はそれを手で制止した。信じられないといった表情をする彼女たちだが、俺はギリギリと錆び付いたように動かない関節を動かして立ち上がる。
まだ、やり残しがあるのだ。
一歩を踏み出すたびに気絶しそうになるが、それでも俺は足を動かす。
そうして辿り着いたそこにあるのは、爆発でも起こったかのように大きく円形に陥没した場所。
中心地の底には、目を閉じたレアルが仰向けになって倒れている。すでに竜の鱗も砕け散り、竜の四肢も翼も消滅して元の姿に戻っていた。
俺は陥没の斜面に足を取られそうになりながら、彼女の側に向かった。
「あ……ぁぁあ……」
近づいてくる気配で意識が戻ったのか、レアルは呻きに近い声を漏らしながら目を覚ました。
「わ……私は……」
「よぅレアル。目ぇ覚めたか」
「カン……ナ?」
俺の姿を確認したレアルは大きく目を見開き、そして力を抜くと溜息を零した。
「そうか…………私は負けたのか」
「ああ、俺の勝ちだ」
実際に結果を口にすると、感慨深い。
あのレアルに勝ったという事実が、いよいよ現実味を帯びてきた。おそらく、レアルも同じなのだろう。
俺はレアルの側で片膝をついた。
「ボロボロだな」
「お互い様だ」
レアルは微笑みを浮かべた。あれほど荒れ狂っていた怒りの感情は消え失せていた。
「悔い……がないとは口が裂けても言えん。ああそうだ、悔しいさ。己の未熟が嘆かわしい。戦いを始めて一年足らずの者に敗北したのだからな」
「そりゃ……ご愁傷様」
「お前が言うな! ……だが、不思議と晴れやかでもある」
「そりゃ、あれだけ大暴れしたらなぁ」
「だから、お前が言うな」
巫女の支配がどうのこうのとは、もう聞くまでもないな。
もう、互いの想いは伝わっている。百の言葉に勝る一撃を幾重にもぶつけ合ったのだから。
けれども、百の想いに勝る一つの言葉を、伝えていない。
レアルの上半身を抱き上げる。
近距離で視線が交錯する中、彼女は言葉を紡いでいく。
「カンナ、私は剣の道以外はろくに知らん女だ」
「知ってる」
「Aランク冒険者だ竜剣だと囃し立てられようとも、己の気持ちから目をそらし続けるような臆病者だ」
「それも知ってる」
「その上、巫女の言葉に惑わされ、お前に剣を向けた愚か者だ」
「全部知ってるよ」
「そんな女にお前は──」
「ああ、そんな女にだよ」
今度は俺の番だな。
「逆を言うと、だ。俺はでかい乳に目がない」
「知ってるさ」
「可愛い子に真に迫られたら断れない程度には節操がない男だ」
「知っているとも」
「ついでに言えば、こう見えて奥手なわけよ。惚れた女とガチでぶつかり合わないとダメな程度にはな」
「身をもって体験したさ」
「そんな男でも──」
「そんな男にだ」
ここまで随分と遠回りをした。
だから伝えよう、俺の気持ちを。
受け入れよう、彼女の気持ちを。
奇しくもそこは、かろうじて無事だった祭壇の前。
誓いを交わし合う場所で
俺たちは──。
「愛してるぜ、レアル」
「私もだ。愛しているよ、カンナ」
百の言葉に勝る拳を交わし。
百の想いに勝る言葉を伝え。
そして俺たちは幾万の言葉と想いに勝るキスを。
重ねたのだった。