Kanna no Kanna RAW novel - chapter (26)
第二十五話 リアルにそんな先生はいるのだろうか?
何故キスカとこれまで殆ど会話が無かったと言えば、それは偶然ではなく半ば彼女が意図的に俺を避けていたからだとか。ファイマと同性である彼女は、アガットとランドに比べて最も彼女に近しい護衛だ。それだけに、ファイマの守護に細心の注意を払い、雑談等の会話を最低限に留めるようにしていた。加えて、ファイマやランドは既に俺にある程度の信頼を置いているが、俺とレアルはやはり外部からの協力者だ。万が一の裏切りがないとも限らず、これまで俺たちの観察に徹していたのだ。
だったら何故この段階で俺と普通に会話をしたのかを問うと、キスカの目から見ても俺たちが信頼に足る人間であると判断できてきたからだそうだ。もし俺がファイマに害をなす気なのならば、その隙は幾らでもあった。だが、結局俺はファイマに害を成す素振りを見せず、二度目の覆面の襲撃でも身体を張ってファイマを守った。もはや俺たちを疑う余地はないと確信ができたのだ。
さて、ようやく従者三人とのまともな交流を終えると、次なる問題が浮上した。
「これがリアルファンタジーの弊害かッ」
「君は時折意味不明な事を叫ぶな。それも異世界の文化か?」
「…………間違ってはないな」
俺たちの目の前に広がるのはゴブリンの『残骸』である。もちろん、レアルが無双しランドたちが迎撃した魔獣の成れの果てだ。
ゲームだとモンスターの死骸はすぐに消滅するが、リアルなファンタジーの世界ではもちろん自然消滅などしてくれない。魔獣の死骸は普通に残るし、時間が経過すれば当たり前のように腐る。そして、腐った死体は疫病の元になるか、あるいは『アンデット』系統の魔獣に変貌する。
冒険者や旅人にとって、排除した魔獣の『処理』は当然のマナーであり義務なのである。そして俺たちは、現在進行形でその義務を遂行中なのである。
ーーーーというか、死体が積もりすぎて馬車の進行方向を妨げている。
「馬車の中にある荷物に何でスコップがあるか分からなかったが、こういう理由だったんだな」
「数体ならともかく、こういった道具で一カ所に纏めて、一気に燃やさないと時間が掛かりすぎる」
レアルは言葉の通り、手にしたスコップでゴブリンの死体を掬い、道脇の一カ所に纏めていく。俺はといえば、氷でスコップを作り、同じ作業を行っている。死骸を掃いているとは思わず、赤色や緑色をした雪を処理していると自らに言い聞かせて作業に没頭する。そう思っていないとちょっと厳しい。
「周囲に燃えるモノが無いから良いけど、森の中とかだったらどうするんだ? 下手すりゃ山火事だ」
「森の中であるのなら、原生する魔獣が死体を勝手に処理してくれる。腐ってもそれが肥料の代わりになって森の一部になるので問題はない」
魔獣によっては、死骸の一部が様々な道具制作の素材となる場合があり、冒険者によってはそれを求めた『魔獣狩り』を生業にしている者もいる。ここら辺はRPGで定番の流れだな。ちなみに、ゴブリンの死骸は有用性が殆ど無く、極稀に所持していた武器が貴重品だったりするが、百匹狩って一つあるかないかぐらいの低確率だとか。
「魔獣の死体処理は討伐者の義務ではあるが、基本的には放置で問題ない。今言ったように、その付近に生息する魔獣が食料代わりに処理してくれるからな。ただ、さすがにこの量だと処理しきれないだろうし、肥料になろうにもここのような乾いた土地ではそれも難しい。こういった場合はやはり燃やすか、あるいは埋めるしかない」
と、言うわけで、俺とレアルはせっせと死体を一カ所に集めていく。
この間、アガットとランドが何をしているかと言うと。
アガットはファイマの側に張り付いて護衛の任務を継続中。ファイマをおそった覆面たちは、とりあえず最初に現れた人数に限れば、先ほどの四人を含めすべて撃退できた。だが、更に追加がないとも限らず、一層に警戒を強めている。馬車の荷台でキスカと共に警戒中。
ランドは、死んだ三人と未だ意識を戻さない最後の一人を取り調べ。所持品や人相で襲撃犯の背後関係の手掛かりが無いかを探っている。気を失っている奴に関しては、意識が戻り次第尋問するらしい。
「素直に口をわるかね。曲がりなりにも暗殺に雇われた輩が」
「思わん。それでも態度や口振りだけでも読みとれる情報という物はある。尋問は専門外だからこれ以上は何も言えないが、ここはランド殿に任せるほか無い」
俺は刑事ドラマのとあるシーンを思い出す。取調室で、担当刑事が容疑者を尋問するシーン。スーツ姿のランドが覆面を取り調べる光景を脳裏に浮かべた。ダンディなイケメンは次元を隔てた先にあるファッションも見事に着こなしていた。
などという妄想はともかく。
「レアル、今回の襲撃をどう見てる?」
「おそらく君と同じ予想だ。百歩譲って、ゴブリンが待ち伏せをするのはまぁ理解できる」
「百歩譲るんだ」
「アガットにはああ言ったが、珍しい事例だ。滅多にない。ただそれ以上に、幾ら同族とは言えこれほどのゴブリンが一挙に襲いかかってくるなどあり得ない。一つの群にしても、あまりにも密集過多だ」
五体満足の死体は少ないが、それでもざっと軽く見積もって百以上のゴブリンの死骸が散らばっている。
「せいぜい集まって二十や三十。それ以上になれば、同族であれ様々な齟齬が生じてくるだろう。縄張り争いや、餌の取り分などな。自然現象ではなく何かしらの外因があったと見て間違いない」
予想というか俺の場合は、ゴブリン全体から感じた雰囲気が、本能ではなく何かしらの意図的なモノを含んでいたのを察したからだ。
「外因に心当たりとかあるのか?」
「世には『魔獣使い』という輩もいるにはいる。何かしらの手法を使って魔獣を従え、使役する術は存在する。かく言う私自身も、特定個体の竜と契約を交わし、任意に呼び出して使役できる。これも大まかな括りで言えば魔獣使いの一枠だ」
聞いた話だけで結論を述べれば、魔獣はある程度は行動制御可能のようだ。現実世界でも猛獣使いとかいたしな。
「ただ、私の言う『契約』は契約者と契約対象に相互理解が必要だ。その為に、契約対象に高度な知性が求められる。とてもではないがゴブリンとは無理だ。一方的に支配権を強いる契約もあるが」
そもそも、ゴブリンは魔獣としては最低ランクの能力しかない。魔術的な契約を結ぶほどの利点は無い。
「これほどの量を操るぐらいなら、もっと高位の魔獣を従えた方がよほどに効率がいい」
とはいえ、とレアルは馬車の方をちら見して付け足す。
「我々を抜きにゴブリンとは言えこの物量をぶつけられれば、ファイマや他の面々とて余裕は持てなかったろう。そこに暗殺者共の襲撃などあれば、君が気が付かなければ防ぎようが無かった。あの場にいた全員が前方のゴブリンどもに集中していたからな。ま、あの状況では当然か」
「てぇことは、ゴブリンをけしかけてきた奴と暗殺者の背後はイコールで結ばれてるって事か?」
「そう考えるのが自然ではあるな。色々と不可解な所は残っているが。すべてが状況証拠であり、双方が全くの別件である可能性もある」
それを言ってしまうと切りがない。事実の究明はこの時点で一旦終了する。後はランドが覆面の生き残りから情報を仕入れることを願う。
それから一時間ぐらいを使って、ようやくゴブリンの死骸を一カ所に纏め終わる。雪掻きならぬゴブリン掻き(語呂悪いな)とともに、俺の精神もガリガリ掻きながらの作業だった。
出来上がったゴブリン死骸の山はなかなかの大きさになった。山の表面から緑色の手や足、頭が突き出ている光景は本当に気持ちが悪い。
「じゃ、ちょっと離れててね」
ファイマに言われて、俺たちは彼女の後ろに下がる。それを確認したファイマは、ゴブリンの山に向けて手を翳す。小さくぶつぶつと呟くと、覆面を潰した時のような幾何学模様ーー術式が中に浮かぶ。それも両手に一つずつ。
最初に右手の術式が光を放つと、風が死骸の山へと向かう。切り裂く、吹き飛ばす等の攻撃的な現象は起こらない。
およそ一分ぐらい風が吹き続け、その次に左手の術式から火の玉が放たれた。大きさは拳よりも少し大きい程度。あの死骸の山に火を点火するにはちょっと火種が小さい。
だが、火の玉が死骸の山に触れるか否やという瞬間、轟っと音を立てて激しく燃えさかった。火の大きさは一気に膨れ上がり、積上がった死肉を飲み込み燃え移る。
「ファイマ嬢は風系の術式を得意としていたと聞くが、まさか炎系統もここまで使えるのか。恐れ入る」
「いえいえ。前にも言ったとおり、私が習得しているのは、風系統の魔術式が中心。他の三系統は冒険者の必要最低レベルを納めている程度よ。もちろん炎属性もね」
「だが、この火力は炎属性の中級はあるぞ?」
「これは風系統の魔術を工夫して使っただけですよ。多分、カンナなら理解できるんじゃない?」
ファイマに問われた俺は、少し考えてから昔に理科の授業内容を思い出した。
「最初の風の魔術で、特定の気体を集めたんじゃねぇのか? で、次の火の玉で一気に燃え上がったと」
「正解ッ」
パチリと、ファイマは小気味の良く指を鳴らした。
「空気中の成分を分解して、酸素だけを集めたの。効果が出るまで少し時間が掛かるから戦闘には使えないけど、大きな火種が欲しいときには結構重宝する方法なのよ」
赤毛魔術士の説明を受けてもレアルはいまいち理解できないようで首を傾げるだけだ。現実世界だと中学生なら誰でも知っている科学の実験だが、この世界の人間にとっては希有な知識か。
「ちなみに、今回は酸素を中心に集めたけど、これを水素に置き換えるとここら周辺が吹き飛ぶぐらいの威力になるわね」
「水素か…………水素燃料とかに使えそうだな」
現実世界では水素を燃料とした新しい技術が開発されていたが、一番ネックなのは水素の補給事情だ。空気中から水素だけを取り出すのにかなりコストが掛かる様だが、幻想世界の魔術を使えば簡単に水素を供給できそうだ。
そんな俺の呟きに、ファイマの目が鋭く光った。本当に光ったと思えるほどに、彼女の目つきが変わった。草食動物が肉食獣に変貌した具合の豹変だ。
「ちょっと、今の話を詳しく」
「へ?」
ガシッと、ファイマに両肩を捕まれる。
「水素を燃料に? その発想は無かったわ。そうよね、あの爆発力は確かに有効よね。異国では『蒸気機関』なんてモノが開発されてるんだもの。熱を利用した新しい動力は既に存在するわ。だったら、蒸気なんて使わずに熱をそのまま利用すればいいのよ。酸素だったら燃焼だけで大したエネルギーは確保できないけど、水素の爆発力なら問題ないわね」
あ、これは俺がファイマの前で初めて精霊術を使った時と同じ顔だ。好奇心や研究意欲が暴走している。
「私もまだまだね。国の宮廷魔術士たちを馬鹿にできないわ。私も結局は魔術を戦争の道具としてしか見てない。視点がどうしてもそっち寄りになる。そうよ、魔術って言うのはもっと自由であるべきなのよ。攻撃魔術なんて所詮は魔術という分野のほんの一部でしかない。それが魔術の発展に繋がっているのは事実だけど、不要と切り捨てられた理論であっても、他の分野には欠かせない要素かもしれないのよ。重要なのは、既存の先入観に囚われず、ありとあらゆる可能性を模索する発想力。今後の魔術発展には必要なの。そう自由な発想力がッ!」
「落ち着け」
スパンッ!
「はうッ!? …………あ」
俺のはたきを頭に食らい、ファイマは我に返った。俺とレアルの何とも言えない温い視線に気が付き、顔を赤くする。
「ご、ごめんなさい。私ってば、興味のあることが目の前にあるとついつい周囲に目が行かなくなっちゃうから…………」
「や、いいんだけどさ」
死骸の山が燃え盛るシーンが背景でなければ放置しても構わなかったのだが。肉が焼ける臭いに、そろそろ俺の不快指数が限界を超えそうである。
「悪いが、その話は渓谷を抜けてからで良いか? もうちょいと安全な場所に落ち着いたら幾らでも話を聞くからさ」
「そ…………うよね、今はこんな話をしている場合でもないわよね」
少なくとも、ゴブリンの燃え滓を側に熱中する話ではない。
「ファイマ嬢、できれば私にも『サンソ』や『スイソ』とかいう『カガク』について教えて欲しいのだが。私だけ話に着いていけないのはそこはかとなく寂しい」
レアルが手を挙げてそんな願いを出した。教室で先生に質問したがる子供みたいだな、と俺は何ともおかしく思った。
「あら、そのぐらいだった喜んで。科学について興味を持っていただけるだけでも嬉しいわ」
こっちはこっちでそんな子供の質問に答える先生みたいだな、とも思った。こんな若くておっぱいの大きい美人な先生だったら、俺はもっと真面目に授業を受けていただろうか。
おっぱいが気になりすぎて授業にならなかったろうと結論を出した。