Kanna no Kanna RAW novel - chapter (3)
第三話 ヒモは嫌なので雪山捜索にでます
「くぉぉぉぉぉッッッ! ささささささ寒い!」
冷気が肌に突き刺さる。瞬きする眉毛が凍ってバリバリする。何より猛然と吹き付けてくる突風に躯が吹き飛ばされそうだ。
「…………大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇけど大丈夫だ! 死ぬほど寒いけど大丈夫だ!」
「その連呼は私の不安を駆り立てるんだが」
「良いから前向いて歩けッ。転んでも助け起こせるほどにこっちには余裕ねぇからな!」
と叫びながら、積もった雪に足下をとられて転びそうになる俺。
「…………そんなに余裕がないならどうして付いてきた」
「宿代払ってもらってその上恩人の女に一人働かせるとか居心地悪過ぎなんだよ。俺はヒモになるつもりはねぇぞ!」
「ヒモ?」
「女に養ってもらってる無職男子の総称だ!」
はい、神城カンナです。
現在、極寒の山中を登坂しています。竜で越えたあの山脈です。
また端折りすぎたな。とりあえずまたまた順序説明。
山脈を越え、その麓に降り立った俺たちは特に何らアクシデントに遭うでもなく無事に付近の村にたどり着いた。俺の想像の中にあった田舎の村とほとんど差異はなく、のどかで平和な村。
レアルは真っ先に宿屋に向かい部屋を取り、凍えていた俺に風呂を勧めてくれた。風呂を沸かす時間も惜しく、慣れない火属性魔術で湯を温めてくれる始末。俺はお世話になりっぱなしで申し訳ない気持ちになりつつ、だが風呂への欲求にあらがえずお言葉に甘え、暖かいお湯の中にダイブ。今までで一番気持ちよく入れた風呂だった。躯の芯から暖まる感覚に、俺は風呂に涙をこぼした。あれ? 俺ってこんなに涙もろかった?
風呂に入って一息ついた俺がほくほくしながら宿屋の一階に戻る。この宿屋は二階を客室に、一階を食堂にしており、普段から村の住人の舌を満足させているらしい。
が、今は食事に舌鼓を打つ客の姿はなく、深刻な顔をしたレアルと複数の村人がテーブルを囲っていた。雰囲気余り宜しくない。
その場に姿を見せるかを迷うが、村人の一人が俺の姿を発見し、それにつられてレアルも振り返った。
「カンナか、風呂はどうだった?」
「最高でした。…………で、どういう状況よ、これ」
本来なら、笑いながらレアルに風呂を勧める所だが、さすがにそんな空気でないのは俺だって読める。
「実は、今日の昼頃に山に入った少女が未だ帰ってきていないらしい」
「山って、あのでっかい山か?」
この付近の山と言えば、雲を突き抜けるほどに高いあの山脈以外にないはずだ。なんでまた?
「彼女の母親が最近風邪を引いたらしくてな。あの山には、薬効のある山草が生えているらしい。おそらくそれを取りに行ったのだろう」
「そりゃまた母親思いのいい娘さんで…………」
と言い掛けて、俺は現時刻を思い出す。慌てて窓の外を見れば、夜の闇が空を覆っている。
「おい、もう日が暮れちまってるじゃねぇか!」
「そう、もう夜だ。そして、あの山は日が落ちると天候が崩れやすい。だからこの村の人は必ず日が落ちる前に山を下りる。が、それを知らないはずのない少女が未だに戻ってきていない。なにか問題があったと考えて間違いない」
「だったらこんな場所にたむろってる暇なんてねぇじゃねぇか。早く迎えに行ってやらにゃぁ」
「分かっている。だが、あの山には危険な魔獣も生息している。夜行性な為に、昼に山に入るのは問題ないらしいが」
「…………おいおいマジかよ」
魔獣ーーつまりはモンスター。ファンタジーの代名詞その三である。聞こえに違わず、人に襲いかかる危険な動植物の総称だ。
「夜の山に入るのは、力のない村人にとっては自殺行為だ」
ここまでの説明で、ようやく村人だけではなくレアルがこの場に参加している理由を察した。
「つまり、その娘さんの捜索を頼みに来たわけだ、この人たちは」
「その通りだ。さて、君はどう思う?」
「ん? 早く助けに行こうぜ」
「………………………………」
あら? 何か変なこと言ったか?
「…………人の話を聞いていたのか、君は?」
「早くしないと娘さんが魔獣の餌になるってことだろ? だったら早く助けにいかにゃならんだろうがよ。あ、そうだ。なぁなぁ村人さん達よ。なにか防寒具とか貸してくれよ。そのぐらいは融通してくれ」
「いや、だから魔獣が出てくるといっているんだが」
「だから聞いたって。娘さんがおいしく(お食事的に)戴かれている猟期的現場なんざ、俺は見たくも想像もしたくねぇぞ」
「まさか、君も来る気かッ」
「何なんだよさっきからいったい。(設定では)傭兵のレアルに娘さんの救出を依頼しに来たんだろ? その人達。で、レアルはそれを承諾した。違うのか?」
「確かにその通りだが! 私一人で行くつもりだったのだが!」
「なに言ってんだい。俺も行くに決まってるだろうが」
「こんな事は言いたくはないのだが、この村の人々と君には何の縁もないんだぞ?」
「でもレアルは助けに行く気満々でしょうよ」
「それは私個人の気持ちだ。だが、同行者である君の意志を蔑ろにはできないだろう。だから聞いたのだが…………」
堂々巡りし始めた言葉の応対に、俺はバンッと机を叩いた。
「細けぇこたぁどうだっていいんだ! できることがあって、やる意志があるなら、躊躇ってる暇なんざねぇんだよ! レアルがそれを望んで、力があるなら俺はそれにいくらでもつき合う!」
と、言うわけで、最初に戻る。
「俺らが登り始めた途端に吹雪が来るとか運悪すぎだろ!」
「むしろ、我々がこの吹雪を呼び寄せてしまったと不安になるな」
後に、冗談から出た誠の発言です。覚えておいてください。
「ってかどうしてお前さんはそんな軽装でケロっとしてるわけ!?」
「耐寒魔術を掛けているからな。これ一枚で事足りる」
俺はモコモコのジャケットを羽織っていてさえすこぶる寒いのに、レアルは例によって例の如くライトアーマー一丁に、簡単な外套を羽織っているだけだ。
「魔術って便利だなおい」
「私はこの系統に特化しているだけだ。属性魔術はからきし。戦いで頼りになるのはこいつだけだ」
背中に背負う大剣を強調するように担ぎ直す。
確かに凄かった。城から脱出するときに衛兵やら騎士やらがわらわらと襲ってきたのだが、あの大剣の一振り一振りで例外なく吹き飛ばされていました。全身鎧で固めていた重装甲兵も何のそのである。単騎戦力がゲームに出てくる戦国武将並じゃねぇだろうか。
「それでカンナ。薬草の生息地帯は未だ先か?」
「あともうちょい歩く」
俺は手元の地図と、村人に教えられた地形の特徴とを己の周囲と照らし併せ、現在地を確認する。俺の背中には荷袋が一つ。娘さん用の子供向け防寒具だ。
娘さんが昼間に山へと入ったとき、格好は軽装だったと聞かされている。たとえ無事な娘さんを見つけても、この天気だ。吹雪に体温を奪われ、動けなくなっている可能性は大きい。
その場合、レアルが娘さんを背負って下山しないといけないのだが、万が一に魔獣に襲われたとき後手に回りかねない。だからこそ俺はレアルの後に続き、二重の意味での荷物持ちをかって出たのだ。
「まったく荷物持ちなど。明らかに後付けの理由だろうに」
「レアルもそれが必要だと分かったからこそ、俺を連れてきたんだろ?」
最初は村人の一人に頼もうかと思っていたらしいが、彼女の冷静な思考は俺を連れていく選択をした。彼らよりも、俺の方が足手まといにならないと判断したのだ。
「君も大概にお人好しだな。何の縁もない娘のために」
「別に好意十割って訳じゃねぇよ。わりと打算もある」
「確かに。あの後金勘定の話を始めたとき、村人達の顔がかなり微妙な感じになっていたな」
見ず知らずの他人のために、こんな寒い思いをしているのだ。ある程度の見返りを求めても罰は当たらないだろう。とりあえず、一泊分の宿代と数日分の食料。それと少しばかりの金銭を成功報酬として確約した。
「まったく、思慮が深いのか、そうでないのか。本当に判断に困る男だな、君は」
「ほめてるのかそれは」
「どうだかな」
会話で寒さを誤魔化しながら、俺らは目的地へと徐々に近づいていった。目指すは薬草の生息地点。そこを起点に捜索していく方策だ。娘さんもそこを目指していたはずなので、手がかりがあるかもしれない。
そして山を登り始めて三十分近く。無事に到着。暗がりながらも、吹雪に埋もれつつも生い茂る薬草群を発見。周囲の地形を確認するが、村人の情報通りだ。