Kanna no Kanna RAW novel - chapter (38)
第三十五話 ギルドに登録する流れってどの物語でもテンプレートな気がする
現実世界で列車の旅などしたことは無いが、こちらの世界に来てから旅と言えば徒歩か馬車だったのだ。その差故にか驚くほどに快適な二日間になった。列車内は比較的に安全が確保されているので、昼夜問わずに警戒を取らずに済むのが精神的には非常に有り難い。他にも、車内販売で食事まで出てきた。流石にホテルで出てくるような凝った物は売られていなかったが、それでも快適の一言に尽きる。客席側の窓から見える光景も、そこに魔獣が生息している事実さえ忘れられればとても綺麗だった。一応まだ護衛の役割は残っているのだが、これほどに快適で良いのかと少々迷ってしまうほどだ。
二日間の列車旅を終えて無事に到着した帝都『ドラクニル』の駅は、南端都市を含みこれまで何回か停止した中途駅のどれよりも遙かに規模が大きい巨大建造物だった。ディアガルの領内にある列車すべての終着点なのだ。納得の大きさだ。
駅から一歩出れば、帝都の町並みも相応に広大だ。ぱっと見渡すだけでも、これまで訪れてきた街のどこよりも巨大な街なのだとはっきり分かった。まず背の高い建物の数が段違いに多い。高層ビル、とまでは流石に届かないが、五、六階建てはありそうな物件がいくつも見えた。
「ふん、田舎者丸出しだな」
「田舎者ですが何か?」
アガットがぼそっと嫌みを口にするが、さらっと流してやる。
正確に言うと現実世界では日本の首都暮らしだったが、幻想世界では名も無い辺境の村出身で通っている。世間様の一般常識が欠落している、という意味では十分に田舎者だ。
俺の反応が面白くなかったのか気に入らないのか、アガットの表情に険が混じる。君は俺が絡むと本当に導火線短いな。これでランド曰く将来有望な隊長候補なのだから心配になる。
俺たちはとりあえず駅の側にある喫茶店に入った。ファイマの護衛依頼は帝都に到着した時点で完遂し、その精算を落ち着いた場所で行うためだ。
大きめなテーブルに陣取った俺たちは各自で飲み物を注文し、早速本題に入った。
「カンナ、レアルさん。改めてお疲れさまでした。現時点を持って護衛の依頼を完遂したとし、報酬を支払わせて頂きます」
改まった口調でファイマが言うと、彼女は隣に座るランドに目配せをした。頷きを返したランドは懐から膨れた布の小袋を取り出すとテーブルの上に置いた。ジャラリと音がしたことから、報酬としての財貨が入っているのだろう。
「金貨二十枚です。ご確認ください」
「…………そりゃまた随分と奮発だな」
日本円にして二百万円だ。しかも、彼女にはここ数週間の旅の経費も支払って貰っていたので、実質的な報酬はおそらく金貨三十枚分になるだろう。
「少々貰いすぎな気もするが?」
レアルも疑問は呈しつつ、袋を受け取り中身を確認しながらも言った。現金な話だが、払う側が宣言した以上拒む気は毛頭ようだ。お金の話だけに。
「いや。正当な報酬のつもりだ。繰り返すが、カンナ君やレアル殿がいなければ、我々はとてもではないがここドラクニルに辿り着けず命を落としていただろう」
「これは昨日ランドと話し合って決めたの。私たちの遭遇した危険の度合いを考えれば決して高くないはずよ。だから、遠慮せずに受け取って頂戴」
彼女とランドがそう言うのならば、俺としても拒むつもりはない。後でレアルと俺とで山分けするか。
「我が儘な本音を言ってしまえば、二人には引き続き私の専属護衛を担って欲しいぐらいだわ。もちろん、相応の待遇は約束する」
「や、そう言ってくれるのは嬉しいが、誰かに仕えるってつもりは今のところ無い」
「私も本職があるのでな。一個人に雇われる訳にはいかんのだ」
やんわりと断ると、ファイマはクスリと笑った。
「ダメ元で言ってみただけだからそこまで謝らなくても良いわ。けど、本気でそう思えるぐらいに二人といるのは楽しかったの。それだけは覚えていて欲しいわ」
俺としても、ファイマと一緒にいるのは中々に楽しい時間だった。第一印象こそ悪かったが、今ではもうその印象は払拭されている。対等と認めた相手が誰であれ親しく話せる人柄には好感が持てた。
「レアルさんはともかく、こんな田舎者を引き入れるとなるとあなたの品性が疑われる恐れがあります。ご冗談はお止め下さい」
「あらアガット。貴方は彼の実力を疑っているのかしら」
「いやそれは…………こいつがそこらの冒険者どもより腕が立つのは認めますが」
口惜しそうにだが、アガットは俺の実力を評価した。プライドの高さは相変わらずだが、認めるべきを認める素直さを彼は持っていた。これまでの道中で彼とは何度と無く訓練としての模擬戦をしてきたが、俺の卑怯千万な戦法に文句を口にしてきたが、あからさまな罵倒は意外と少なかったりする。がっちがちの堅物と思いきや、柔軟性が無いわけではないらしい。事実、最後の方では何でもありルール(精霊術は無しだが)での訓練では楽に勝つことは出来ず結構苦戦した。まぁ、それでも何とか勝てましたが、それはつまり相手の卑怯な行為にも咄嗟の反応が出来てきた事を意味する。どうやらランドの思惑通りに事が進んだようだ。
「いや、だとしてもこいつのような卑怯な真似ばかりをする男が傍にいれば、お嬢様の悪評に繋がります!」
「や、断ったんだからそこまで食いつかなくとも」
「そもそも、お嬢様の勧誘を断るような輩です。こちらに引き入れる価値もない!」
「断ったら断ったで面倒くせぇなおい」
「なんだとっ」
「はいはいアガット。あなたはいい加減に落ち着きなさいな」
今にも席を立ち上がろうとするアガットを、キスカがやんわりと止める。
「私としては、カンナ君が一緒にいる職場は楽しいと思いますけど、本人が嫌がるのなら無理強いは出来ないですね。…………はぁ、せっかく結婚相手が見つかったと思ったのに」
「や、おまえはおまえで大概だな」
「でも、遠距離恋愛っていうのもいいわね」
「本当にマイペースだなおまえさん」
キスカがここまで濃いキャラだとは思っていなかったよ。見目麗しい男装の麗人と思いきや、このパーティーの中では一番のボケキャラと認識している。この中で一番会話が少ないにも関わらずだ。
勧誘云々の話はここで区切りだ。
「それで、ファイマたちはこの後どうするんだ?」
「先方にはもう手紙で連絡してあるからその挨拶回りよ。私がドラクニルに到着したのは既に伝わっていると思うから、早く顔を出さないとね。カンナ達は?」
「まだ日も高いからな。今日の内に冒険者ギルドに登録申請しに行く予定だ」
「拙者はカンナ氏と同道する予定でござる」
「私はまず職場の方に顔を出すつもりだ」
となると、この喫茶店を出た時点でお別れか。
レアルは今後とも顔を合わせる予定はあるが、ファイマとはこれで一期一会になるだろうな。元々貴族と深いかかわり合いを持つつもりはない。この世界の住人でない以上、何かと面倒事の多そうな身分とのつきあいは控えていたい。というか、腹のさぐり合いが日常茶飯事の世界に足を踏み入れたくはない。
「ま、あれだ。なんだかんだで俺も楽しかったよ。あんたの護衛を引き受けたのは多分正解だったんだろうな」
「私もよカンナ。短い間だったけれど、この一ヶ月近くは本当に有意義な時間を過ごせたわ。もし困ったことがあったら言って頂戴ね。微力ながら助けになるわ」
「貴族様に助けを求めるような事態は御免被るがな」
それもそうね、と笑うファイマに、俺は別れの握手を交わすのだった。
喫茶店を出ると俺とクロエ、レアル、ファイマ等四人は別々の方向に出発した。後腐れ無いすっきりした終わり方だ。
「じゃ、早速冒険者ギルドにいくでござるか」
「場所分かってんのか?」
「駅にあった、帝都の地図が描いてあった立て札で所在は把握済みでござるよ。ここの支部はユーフォニアにある本部に次ぐ規模のギルドでござるから、近くに行けば直ぐに分かるでござるよ」
下準備はばっちりか。誰かに道を聞く手間が省けた。
「頼りになる先輩だこと」
クロエに笑いかけると、彼女は照れるようにはにかみ、獣耳と尻尾をピコピコワサワサ揺らす。分かりやすすぎる反応に、俺はほとんど無意識にクロエの頭に手を伸ばし撫でていた。小さくくせっ毛のある黒髪が指の間でくしゃりと流れた。
「わふぅッ」
「あ、悪い。つい」
気持ち的には犬を可愛がっているような心境だった。や、彼女は狼の獣人であるし、そもそも年上だ。ちょっと失礼だったか。
「あ、や…………。い、イヤでは無いでござる。むしろもっと…………」
「へ?」
むしろもっと…………なにさッ。気になるんですけど。
「と、とりあえず冒険者ギルドに行くでござるよ!」
超強引な話題転換でクロエは歩き出したが、後ろから見えるその横顔が赤らんでいるのだけは確認できた。俺は何ともいえない気恥ずかしさを覚えつつそのことには触れず、黙って彼女の後を追った。
しかし危ういな。あの黒い狼耳と毛の肌触りは癖になりそうだ。元々ケモフサには関心があったが、いざ目の当たりにすると病み付きになる。先日の宿の一件ではその獣耳と尻尾を堪能したが、中毒性がやばい。自重せねば。
やはり一国の中心地というだけあって、ドラクニルの人間の数は他の都市を圧倒していた。そして、人数でもそうだがユルフィリアよりも圧倒的に人族以外の種族割合が多い。ぱっと見でも獣人系の人々が沢山居るし、長耳を持ったエルフ族もいれば、よく観察すると水人族らしい手に水掻きを持っている人も見つけられる。子供のように小柄な者もいたが、おそらくその何割かはドワーフ族だと思われる。なぜなら、ちっちゃな背丈に似合わないごっつい武器を背負って居たりするからだ。ドワーフ族はあの小さな体に反して人間を越える膂力を持っているのだ。しかしギャップが凄いな。
軽い人間観察をしながらクロエについて行くと、彼女はとある建物の前で足を止めた。どうやら目的地に着いたらしい。
「どうやらここがドラクニルのギルド支部でござるな。立て札に羽が交差している紋章があるでござろう? あれが冒険者ギルドの証でござるよ」
「へぇ…………、ってでっかっ!?」
支部とぱっと聞くと小さいイメージが合ったが、俺たちがたどり着いた建物はかなりでかかった。学校にある体育館ぐらいありそうな面積に窓の数だけで判断すれば五階建て位はある。ぱっと目に付く周囲の建物と比べて大きさが二回りほど違った。や、高さだけ、あるいは面積だけ、との条件ならちらほらあったが、この面積で同程度の高さ、という条件付きだとこの建物が唯一か。
「拙者も支部でここまで大きなギルドは初めてでござるな。ほとんど本部と見劣りしないでござるよ」
「参考までに聞くけど、他の支部の規模ってどのくらいだ?」
「大衆食堂と同じくらいが基本でござる。宿と兼営している所もあるでござるな。帝都だけあって集まる依頼の数も訪れる冒険者の数も膨大でござるから、このぐらいの大きさでないと処理しきれないのでござろう」
こうしてギルドの前に突っ立っている間にも、武器を体の何処かしらに携えた者が出入り口をひっきり無しに通過している。
「とりあえず入るでござるか」
「そだな」
ギルドの中は思っていたとおりに大量の冒険者達で賑わっていた。内部の構造は、現実世界で以前にも訪れた市役所に似ていた。
クロエは書類らしきものを抱えて傍を歩いていた職員の男性に声をかけた。
「そこの職員のお方。申し訳無いでござるが、ギルドカードの登録、再発行はどこで行えばいいでござるか? ここのギルドを利用するのは初めてなのでござる」
「それでしたら、入り口から見て左端のカウンターですよ。後の案内は窓口職員が指示しますので」
「了解したでござる。さ、カンナ氏、こちらでござるよ」
職員の指示した窓口に行く。幸い、他の窓口と比べて並んでいる者はほとんどいない。すぐに人族女性の受付が対応してくれた。
「ようそこドラクニルギルドへ。お二人とも見ない顔ですね。当ギルドのご利用は初めてですか?」
「先程こちらに到着したばかりでござる。拙者はカードを紛失した故に再発行を、こちらの彼は新規登録をお願いしにきたでござるよ」
「畏まりました。再発行には金貨一枚。新規登録には銀貨一枚の費用が掛かりますが宜しいですか?」
「勿論でござる」
クロエはちらりと此方を見て(申し訳無いでござる)と声無く口にし、懐から金貨と銀貨を一枚ずつ取り出した。
ご存じの通り完全に無一文だった彼女だが、流石にそのままでは身動きが取れないので、当面の費用は俺が貸し出すという面目で工面している。補足すると、先程喫茶店で分かれた以降、ファイマとの連絡手段がなくなってしまう。渓谷近くの街からドラクニルまでに掛かったクロエ分の旅費は彼女自身が返済する予定だったのだが、返す相手との連絡手段が無い以上、いろいろと不都合が出てくる。なので、ファイマに対するクロエの借金は今回は俺が肩代わりし、クロエが俺に借金する形にしたのだ。俺の場合、深刻な財政難ではなかったし今回の報酬もあったのでクロエの旅費を肩代わりする分にはほとんど懐は痛まなかった。
「このご恩は必ず返すでござるッ!」とクロエは力強く決意していた。なんか、彼女の俺に対する恩がどんどん積み重なっていくな。気にするな、とは言わないがちょっと背中がこそばゆい。
「いま気になったけど、何で新規登録より再発行の方が金掛かるんだ?」
俺は素直な疑問を女性職員に尋ねた。
「ギルドカードは特殊な素材で出来ているだけではなく、その処理方法も複製不可能のための措置が幾つか施されています。その諸々の費用が本来であるなら金貨一枚なのですが、新米冒険者のみなさまには少々敷居が高いお値段です。ですので、新規はお安めにし、残りの分は依頼を受ける際の仲介料をギルドが徴収します。再発行で本来の金貨一枚を請求するのは、安易にカードを紛失するのを防いで貰うための措置です」
金貨一枚相当の物をそうぽんぽん無くされても困るか。
「では再発行の方、こちらの用紙に名前を記入の上、この印の所に血の一滴をお願いします。ナイフはこちらで用意しますか?」
「お願いするでござる」
「畏まりました。そちらの男性の方は、こちらの用紙に名前をお願いします」
「拙者はこの者の付き添いなんでござるが、再発行は時間が掛かるでござるか?」
「そうですね。ギルドのネットワークを検索し、お客様の名前と血に含まれた魔力情報を照合しますので少々時間は掛かると思います。こちらの方の新規登録が終了する頃にはそちらも完了しているでしょう」
「だったら、拙者のカードの受け渡しは彼の登録が終わってからでいいでござる。それで大丈夫でござるか?」
「勿論大丈夫です。偶にそのような方もいらっしゃるので」
女性職員の指示の元、俺は渡された用紙の空欄に自分の名前を記入した。この世界の文字はまだまだ練習中だが、とりあえず自分の名前だけは書けるようにしておいた。正直、まだ簡単な単語と数字の読み書きしかできないのが今後の課題だ。
「ちょうど良かったですね。新規登録の試験は日に三度あるのですが、その二度目がもう間もなく開始されます。定員にも空きがあるようですし、直ぐにでも受けますか?」
「じゃ、お願いするよ」
「ではそのように手続きを行います。一応、試験官の職員からも詳しい説明があると思いますが、ここでも簡単な説明をしておきますか?」
「拙者は以前にヒノイズルの支部で登録を行ったでござるが、そこと大きな違いはあるでござるか? 無いのなら拙者が道すがら説明するから大丈夫でござる」
「でしたら問題ありません。ギルドの登録試験、頑張って下さい」
社交辞令ではあろうが職員さんの応援を受けて、俺たちは彼女の言葉に従って試験会場の方へと移動した。