Kanna no Kanna RAW novel - chapter (41)
第三十八話 可愛いものには(物理的に)刺がある
水晶の置かれた部屋を後にすると、俺たちは職員に勧められた安宿に泊まった。稼ぎの少ない冒険者にも良心的な宿賃でギルドカードを掲示すれば長期の利用も可能。さすがに風呂こそ無かったが、近所に大衆浴場があったので問題はない。
竜人の婆さんの提案を受け入れた翌日、冒険者ギルド支部を訪れた俺は無事にギルドカードを手に入れた。言われたとおりに二枚だ。
「良いですか? くれぐれも! 決して! 二枚とも! 同時に! 無くさないで! くださいね!?」
昨日からお馴染みの女性職員が対応してくれたのだが、カードの受け渡しの時に何故か鬼気迫るような念の押し様だ。やはり、あまり前例のない処理は受け入れ難いのか。無くさないように専用の入れ物を購入した方が良いかもしれないな。それと、あの婆さんには機会があれば礼を言っておきたい。
二枚のギルドカードにはしっかりと俺の名前が記載されている。
「これでカンナ氏も晴れて冒険者の一員でござる」
「微妙に手間取った分だけ、なんか感慨深いな」
小さなトラブルに見舞われつつも、結果オーライなので良いとしよう。
早速依頼を受けてみるとしよう。
「では、カンナ氏、頑張るでござるよ。拙者も一日も早い借金返済のために誠心誠意で働くでござる!」
「じゃ、程々に頑張れよ」
「わふゥッ!」
またも頭を撫でてしまうと、クロエのやる気が激増した。尻尾と耳をビンビンに立ててCランクの依頼が貼ってある場所へ走っていった。
彼女の腰には昨日のうちに武器屋で仕入れた片手剣を差している。もちろん出資者は俺。クロエのもっとも得意とする得物は『片手剣』では無いらしいが、使い心地は今彼女の腰にある物が一番近いらしい。
離れていくクロエの背中を一瞥してから、俺は職員さんに向き直る。
気を取り直した職員さんからの説明が始まる。
「カンナ様は初登録と言うことで、最初の依頼のみこちらで指定した依頼をこなして貰います。まずはそれで受注処理の流れを覚えていただき、以降の依頼は壁にある掲示板より内容を確認の上、ご自身の判断でお選びください」
簡易チュートリアルみたいなもんだな。新人には優しい対応だ。俺はゲームの説明書はしっかりと読み込む派だ。
「依頼の種類は主に三つです」
魔獣の討伐等の狩猟系。
錬金術や調合に必要な触媒、素材を持ち帰る採取系。
このどちらにも該当しない雑事系。
「今回はどの系統になさいますか?」
「じゃ、討伐系で」
「かしこまりました。ではこちらになります」
職員さんが取り出したのは依頼状と思わしき一枚の紙だ。中央部には角の生えたウサギの様な絵(かなり精密だ)が描かれており、下部に依頼に関する簡易な説明が書かれている。
「依頼状にも内容は記載されていますが、こちらを受付の方に提出すればより詳しい説明が職員の方からされます。その詳細を聞いた上で納得していただけたのなら受注証明書にサインを頂きます。これで依頼の受注処理は完了となります」
と、依頼状とは別の紙ーー無記名の受け付け証明書を取り出した。
「ちなみに、この依頼は『ツノウサギ』の指定数狩猟ですね」
「狩猟って言うと、部位を持ち帰ればいいんですか?」
「ツノウサギの角は軽くて丈夫なので、加工すれば長持ちする道具として。肉の方は通常の家畜よりも高級とされている食材の一種です。今回は角の一定数を納品して頂ければそれで依頼は完了ですが、なるべく傷つけずに肉の方も納品していただくと追加報酬が生じます。この追加報酬は狩猟系のどの場合にも適用されます」
某モン○ンを思い出す。アレは捕獲すると追加報酬が生じるシステムだったがそれと同じだ。
「これはどのようなランク、種類の依頼であっても言えることですが、いかに報酬が魅力的でも、身に余る欲を出さないことが大事です。特に魔獣によっては単純な討伐よりも特定部位の採取が極端に困難な個体も存在しています。その事を念頭に依頼を行ってください」
「…………肝に銘じておきます」
魔獣を相手に油断をするつもりはないが、職員さんの話を聞いて一層に気が引き締まる。モ○ハンに近いシステムだとしても、ここは俺にとっての現実だ。この都市にたどり着くまでそれはイヤでも体験してきた。
「こちらの依頼を受けますか?」
「お願いします」
さぁ、いよいよ俺の冒険者としての初依頼が始まるのである。
狩猟対象であるツノウサギはこの大陸の森林部にならどこにでも生息している。高級食材の扱いになっているのは、家畜や通常の兎よりも危険度が高いため、戦闘力を持たない業者では捕獲できないからだ。
俺が向かうのは、ドラクニルから南部に歩いて三十分ほどの場所にある森だ。
「はい、確認が取れたよ。ツノウサギは森の比較的浅い位置に生息しているからすぐに見つけられると思うよ。だからといって油断は命取りになるから気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
森の入り口に設けられた関所の兵士に依頼書を見せ、侵入の許可を貰う。
この森は都市の付近にある天然素材の宝庫として重宝されており、そこに生息している動植物の乱獲を防ぐためにディアガルが公的に管理しており、密猟者などの不法侵入を防ぐために森を囲う形に塀が佇んでいる。関所以外の場所から不正にこの塀を乗り越えようとすると、塀に備えられた魔術が反応し、すぐさま関所から兵士が駆けつける仕組みになっている。
さらに言えば関所で警備しているのは全員が竜人族だ。戦闘の光景は実際に見たことはないが、戦闘力は全種族中でトップクラス。少ない人員で警備するならもってこいの配置と言えた。
両腕と両足の装備を今一度確認してから、俺は森へと入り込んだ。
思い返せば、幻想世界に来てからここまで木々に溢れた土地を訪れたのは初めてかもしれない。今までは雪山、草原、渓谷が主だ。遠目に森を見ても訪れたことはなかった。
「心なしか空気が美味い。これがマ○ナス○オンって奴か」
などと呟きつつも、周囲への警戒は怠らずに進んでいく。
森に入ってから芋虫のような魔獣やお馴染みのゴブリンやらと遭遇したが、求めているウサギの魔獣が一向に出現しない。や、魔獣以外の動物にもはち合わせたりしたが、鹿ーーっぽい何かーーや兎であっても角が生えていなかったりと。ツノウサギは高級食材ではあるが、超レアな魔獣ではない。ただ、魔獣を含む多種多様な動植物が生息する森の中で、お目当ての一種族を捜すのは思っていたよりも大変のようだ。
捜索を開始してから二時間を要してから、ようやく角の生えた兎型の魔獣を発見した。
いよいよ狩猟するか、と意気込むところで、俺は思わず唸ってしまった。
「…………ちッ、可愛いな畜生」
ツノウサギは、人間で言う眉間の位置に鋭い角が生えている以外は、兎そのもの。頭頂から生えた長い耳に、ふっくらとした体毛にまるっとした尻尾。何より、あのつぶらな瞳が憎い。いかに魔獣とは言え、殺すのは躊躇ってしまう。
や、これまで既に何体も魔獣を殺してきているし、止むを得ない状況だったとしても殺人も犯している。今更『可愛い』と言うだけで殺すのに躊躇するのは間違っている。
そんな葛藤に内心が揺らいでいると、不意にツノウサギと視線が合った。
「キシャァァァッッッ!」
ーーーーーーーーあの可愛らしく愛らしい顔はどこに行ったのだろうか。
ツノウサギは視線の先に俺を確認すると、激しい奇声を上げて牙をむき出しにし、一瞬だけ力を溜めて勢いよく飛びかかってきたのだ。事前と事後のギャップが激しすぎだ。天使と思いきや般若もかくやとばかりだ。
後に聞いた話だが、あの可愛らしい外見とは裏腹に、ツノウサギは自分の数倍以上の相手に対しても恐れも知らず躊躇いもなく襲いかかる、非常に獰猛な肉食獣なのだ。あの愛らしい見た目に慣れない冒険者は反応が遅れ、大惨事に陥ることが多いようで、付いたあだ名が『初心者殺し』。
「うわぁぁッッ!?」
幸いにも、俺はウサギが動き出すよりも前に殺気を感じ取り、顔の変貌よりも早く体が反応した。情けない悲鳴を上げながら横に飛び退く。
鋭い角を振りかざして飛びかかってきたツノウサギは俺が寸前までいた空間を直進すると、その背後に生えていた一本の木に直撃。軽快な音を立てて、名前に冠される第一特徴の角が根本まで木の幹に突き刺さった。人間の肉体など軽く貫通してしまいそうな鋭さと勢いだ。
『初心者殺し』の刺突をどうにか回避した俺は、即座に氷の斧を生み出し、次なる攻撃を迎え撃とうと構えたのだが。
ウサギは木の幹に角を突き刺したまま、じたばたともがいていた。
…………深く刺さりすぎて抜けないのか。
これも後に聞いた話だが、ツノウサギは間違いなく獰猛な肉食獣であり、初心者殺しの異名を持っている。ただ、頭の方は余りよろしくないようで、獲物が目の前にいるとそいつを狩る事に頭の全てが支配されて、周囲の状況を完全に忘れてしまうらしい。
こうした木が生い茂った森の中では、今俺の目の前にある何ともアホな状況によく陥る。ツノウサギが生息する地域では日常的な光景だとか。
そんなことを現時点で露も知らず、俺はもがいているツノウサギの背後に注意深く近づき、刃を潰した大斧をウサギの首に叩きつけた。骨が折れる感触が柄から伝わってくると、ウサギは動きを止め木にぶら下がる格好で脱力した。
狩猟目標の一匹目をどうにか確保だ。
確か状態の良い肉は追加報酬の対象だ。『血抜き』をぶら下がったままの状態で施す。今まで食用に適した魔獣に出会ったことは無かったが、やり方自体はレアルに教わっていた。
それが終わると、ツノウサギを張り付けになった木から引っこ抜いた。こいつが中々に大変で、最後は精霊術で作った氷の巨大ペンチを使い、何とか角を抜き取ることに成功。途中で角が折れないか冷や冷やしたが、頭蓋を含めたウサギの角は想像以上に頑丈だった。加工は大変だろうが、素材としては優秀だな。
ツノウサギの死体は、ギルドの方が支給してくれた狩猟用の袋に放り込んでおく。頑丈で水も通さない、結構な優れ物だ。ついでに、精霊術で冷気を作り出して袋の中に充填させておく。これで、簡単にウサギの肉が腐るのを防いでおく。
二匹目は特に苦労も無く発見できた。と言うのも、ツノウサギの種族としての気配を覚えられたからだ。それを頼りに森を歩くと、初遭遇に掛かった時間が嘘だったかのようにすぐにツノウサギを見つけられたのだ。
一匹目で対ツノウサギの狩猟方法を発見できたのが今日一番の幸運だ。危機感を覚えることもなく、常に木を背後にする形でツノウサギと対峙。即座に飛びかかって来るところを冷静に回避。角が木に刺さって張り付けになっている所で首を強打して絶命させる。あとはローテーションのように血抜きして木から角ごとウサギを引っこ抜き袋に詰め込んでいく。
そこからさらに一時間が経過するころには、ギルドの指定討伐数である五匹のツノウサギの狩猟が完了していた。しかも、最後の一匹など発見したときには既に角が木に突き刺さってもがいていた。『これでいいのか?』と突っ込みを入れつつ、容赦なく絶命させて確保した。
日はまだ天に高く昇っており、昼を少し過ぎた頃だ。気配のセンサーを凝らせばまだまだツノウサギは狩猟できそうだったが止めておく。厳密に禁止はされていないが、魔獣の狩猟を指定数以上行うのをギルドは推奨していない。いくら害の多い魔獣とは言え、必要以上に狩ってしまうとその付近の生態系ーー言い換えれば食物連鎖ーーを破壊する恐れがあるからだ。もちろん、ゴブリンのように討伐を推奨されている種類も居るが、ツノウサギはそこに含まれていない。
引き際を間違えないのが、長生きをするコツである。俺は素直に森の入り口へと引き返すことにした。
ただ、帰り道の途中に一匹のツノウサギと遭遇したので、こいつだけは狩猟した。指定数分は全てギルドに提出しなければならないが、それ以上の狩猟はその全てが冒険者の所有物になる。
何度も言うが、ツノウサギの肉はちょっとした高級品。その味は流石に気になったので、己の食用に確保したのだ。
俺はまだ味わったことのない料理への期待感を抱きつつ、冒険者ギルドを求めてドラクニルへと帰還したのだった。