Kanna no Kanna RAW novel - chapter (43)
第四十話 一昨日きやがれ!という言い回しって誰が始めたんだろう
お会計を済ませると、店員さんがツノウサギからはぎ取った頭部の角を渡してくれた。
魔獣の素材を持ち込んだ場合、道具の素材になるような部位は無償で冒険者に回してくれる仕組みになっているそうだ。魔獣の解体は冒険者ギルドの専門窓口でやってくれるがあちらは有料。食用に適した魔獣に限るなら、こちらに引き取ってもらった方がいいかな。美味しく調理してもらえるし、素材も確保できる。
次回以降も食材の持ち込みを頼みそうになることを店員さんに伝えると、店員さんは笑顔で答えてくれた、たとえ営業スマイルであろうとも、女の子の笑顔は世界の宝だ。
現在時刻は地球換算で午後の三時くらいか。随分と遅めの昼食になってしまったが、晩飯の時間を遅くすれば問題ないか。
食堂を後にした俺は宿屋に戻る前に一度冒険者ギルドに向かうことにした。今日の内に職員さんにEランクで食用に適した魔獣素材の情報を教えてもらうため。珍しい種類の依頼があれば今日の内に受注処理を行い、明日に狩りを行うつもりだ。精算処理の期日さえ守れば、別に依頼を受注したその日に完遂しなければいけない義務はない。上のランクになると一週間を越える長丁場の依頼もあるからだ。
何か良い依頼はあるだろうか。もう一度ツノウサギの狩猟でも良いな。ステーキは食べたし、次はシチューにして貰おう。明日の朝一番に森で狩って食堂に持ち込み、晩飯に楽しむのもありか。だったらクロエも誘って二人で食うのも悪くないな。
そんな捕らぬ狸の皮取り算ならぬ、ツノウサギ肉算をしながらギルドに足を向けると。
「いい加減にするでござるよ!」
入り口付近のホールで大声で言い争っているのが聞こえた。誰の声かは一発でわかりましたけれども。ござるの部分で。
そこには巨乳狼耳黒髪ござるさんのクロエと、それと対峙する形で三人の男たちが睨み合っていた。や、鋭い視線なのはクロエだけだ。男たちの方は、一人の若者が他の二人を背後に控えさせる形だ。その整った顔に張り付いているのは癪に障るにやけ面。身なりはよろしく、装飾の凝った動きやすそうな鎧と、これまた煌びやかな鞘と柄を持った二本の剣を腰の両脇に装備している。
「そうかい? 少なくともお互いに実のある話だと思うが」
「自らの仕えるべき『主』は拙者自身が決めるでござる!」
「だから、その主になってやると言っているのだ」
「一昨日きやがれッ、でござる!」
その言い回しはこの世界にもあるのか。
クロエは耳と尻尾を逆立て、あからさまな怒りを露わにしていた。
と、流石に傍観者に徹していい場面ではなさそうだ。
「おうクロエ、おまえさんも依頼が終わったのか?」
「わふッ? あ、カンナ氏! お疲れさまでござる!」
剣呑な表情から一転し、クロエはパッと笑顔を向けてきた。
「お疲れさま。で、なんか揉めてるっぽいけど…………」
「あ、その…………なんというか」
困り気味のクロエがどうしたものかと説明する前に、にやけ面の男が言葉をかぶせてきた。
「なんだ貴様は。人の会話に割り込むとはマナー違反ではないか?」
「や、こいつは俺のツレなんで。言い争いをしてたから何事かと」
「ふんッ、貴様には関係のない話だ」
上から目線だな。ってかツレって言ってんだから関係ない訳ないだろうよ。
「クロエ、説明」
「あ、了解でござる」
「貴様には関係ないとーーーーー」
誰かが喚いているが耳の右から左へスルーする。
話は俺と別れた直後にまで遡る。
クロエが昨日の内に受けていた依頼はとある人物の護衛だ。
今朝に俺と別れた後、ギルド内の集合場所に向かうと、依頼主の男がそこで待っていた。護衛として雇われたのはクロエの他にも二人。ただこちらは依頼主と顔見知りのようだった。
「もしかしなくても」
「そこの失礼な男でござるよ」
ビシっと指差されたのは、三人組の先頭に立つ若者だ。迷い躊躇い一切無く『失礼』と称されて、男の顔が見事にひきつった。
はて、どっかで見たことがあるような? ま、それは置いておくか。
彼はクロエ等護衛を引き連れ、向かうのはドラクニルから一駅離れた町の付近にある岩場だ。
護衛を引き連れてこんな場所になんの用だろう?との疑問を抱きつつも、仕事なのでクロエは素直に依頼主に従って奥へと進んでいく。その際に、妙に馴れ馴れしく男に声を掛けられ、どうにも辟易していたとのこと。クロエさん、本人を前に本当にズバズバ言うね。あ、男のひきつり具合が更に増す。
岩場に入ってからしばらくすると、岩の影から一匹の魔獣が姿を現した。その岩場で多く生息する『イワトサカトカゲ』だ。名の通り、頭部に岩のようなごつごつしたトサカを持った体長一メートル程の蜥蜴だ。この世界の魔獣は見た目そのままの名前が多いな。ちなみに食べられるらしい。
現れた魔獣はこちらの姿を確認すると、すぐさま襲いかかってきた。クロエは護衛の依頼を遂行するべく、片手剣を鞘から引き抜いて迎撃しようと構えたのだが、なんとそれを止めたのは他ならぬ依頼主だった。
「こいつは僕の獲物だ!」と叫ぶと、依頼主は腰の両脇に装備していた二本の剣を構えて魔獣に立ち向かい、瞬時にこれを斬り伏せたのだ。しかも、止めをさすと妙に爽やかな笑顔でクロエの方に顔を向けてきた。イワトカサトカゲの討伐は冒険者で言えばEランクに分類される初心者向けの魔獣だ。それを討伐したのにドヤ顔を向けられても困る。
その魔獣の死体を、残った二人の護衛が袋に詰めた。依頼主が貴族であるのは最初から予想していた。どうやら今回の依頼は、金持ちの狩猟道楽であるのにこの時点で気がついた。
そこからは同じパターンが起こる。イワトサカトカゲが現れる度に、妙に気取った動きで討伐し、護衛に死体を袋に詰めさせた。また、Eランクよりも上位の魔獣が現れると今度こそ護衛の出番のようで、他の護衛と共に魔獣を倒した。この岩場は奥深くに入らなければ、最高でも適正レベルDの魔獣が主だ。特に難もなく討伐できた。
依頼主がイワトサカトカゲを合計四匹狩った時点で今回の狩猟は終了。誰も怪我をする事もなく無事にギルドに戻ってきた。
そして、ここからが(クロエにとって)驚愕の事実が発覚した。
依頼主は魔獣が入った袋をそのまま冒険者ギルドの窓口に提出したのだ。なんと、依頼主は冒険者だったのだ。さらになんと、その依頼とは『イワトサカトカゲ』を四匹狩猟だ。言うまでもなくランクはE。
「…………てぇとつまり、このお坊ちゃまはEランクの依頼をこなすために、Cランクの冒険者を雇ったってことかい」
「護衛の依頼は、Cランクからでござる。それ未満ですと実力不足の場合が多くて許可が下りないのでござる」
ちなみに、イワトサカトカゲ狩猟の報酬は銀貨二枚。比べて護衛の依頼に支払われる金額は金貨一枚と銀貨二枚ほど。しかも、それが三人。
もちろん、比べるまでもなくーーーー。
「確実に赤字じゃねぇか!」
「確実に赤字でござるな」
「馬鹿じゃねぇのッ!?」
「馬鹿でござるな」
思わず絶叫してしまった俺を許して欲しい。視界の端に顔を赤してプルプル震えている『馬鹿』がいたが、それどころではない。
Eランクは、冒険者の中では間違いなく新人だ。いくら荒事を生業にする職業であっても、依頼を斡旋仲介するギルドが無茶な内容をそれらに回すはずがない。俺の受けたツノウサギの狩猟と同じだ。Eランクになれる実力の持ち主なら、油断さえなければ問題なく一人で完遂できる難易度なのだ。
あるいは同ランクの冒険者と共に依頼をこなすという手段もある。報酬は山分けになるが、これが一番正しい選択のはず。間違っても、格上の護衛を雇ってまで行う依頼ではないはずだ。
「しかも、馬鹿はこれで終わらなかったのでござるよ」
悲しげに呟く。そうだ、この終わり方だけではクロエが憤慨していた理由にならない。話は依頼の精算時点にまで戻る。
クロエは呆れ果てて言葉を失ったが、それ以上のことを聞こうとはしなかった。報酬は問題なく支払われたし、依頼主にとやかく言える立場も無ければ義理もなかった。別れの挨拶を軽く済ませると、足早に宿の方に戻ろうとした。
その背中に声をかけたのは他ならぬ護衛の依頼主であった。
「この男は、拙者に護衛の話を持ちかけてきたのでござるよ。そこまでならまぁ話は分かるでござるよ。相手がどうあれ、報酬は良かったでござるからな」
Eランクの依頼をこなす最中の護衛。心情的には馬鹿極まりない内容だったが、逆を言えば仕事内容に対する対価は破格だ。本来であるならそんな生ぬるい環境はクロエとしては宜しくない。未熟なクロエにとって冒険者の依頼は仕事であると同時に自らを鍛えるための手段でもあったのだ。だが今は俺に借金がある立場。優先事項の序列は言うまでもない。
「別に利子も付けねぇし期限も無いから気軽に返してくれればいいのに」
「そのご厚意に甘えている身としては、一刻も早く借金を返済せねばこちらとしては心苦しいのでござる」
とのことで、クロエは貴族男の提案には前向きに考え出した。依頼主自体はいけ好かない馬鹿な阿呆だったが、仕事内容と報酬は魅力的だ。どうでも良いが、クロエの中で馬鹿(貴族男)の扱いが徐々に酷くなっている。俺か? 俺は元々の平常運転だ。
詳しい契約内容を練ろうと、クロエと馬鹿はギルドの隣にある食堂に向かおうという話になった。
ところが、ギルドを出る寸前でクロエの口からこぼれた『借金』の一言で話が拗れた。
「この男はあろう事か、借金を肩代わりする代わりに配下に下れと抜かしたのでござるよ。黒狼の者にとって主君と配下の関係は親子の血縁よりも遙かに尊いものでござる。どれほどに首が回らない状況であっても、借金の糧に結ぶモノでは無いのでござる」
ただこれはヒノイズルの人間にとっては一般常識であるが、他国のモノにとってはそうではない。冒険者としてそこそこの経験を積んできたクロエにもそのぐらいの判別はできる。内心の苛立ちを押さえ込み、クロエは自らの種族にまつわる主従への考え方を彼に教えた。
しかし、次に出た言葉が、クロエの逆鱗に触れた。
「「黒狼の掟は承知している。なればこそ、私のような高貴な者に仕えた方がアナタの為になると思うのだが?」と。この阿呆な馬鹿男は拙者が黒狼の者であると知ったうえで言ったのでござるよ」
そこから話がヒートアップを初めてからの場面に、俺は鉢合わせたのか。そう言えば当の阿呆の馬鹿男を忘れていたな。
件の男に目を向けると、怒りやらなんやらで顔色がエラい事に。
「き、貴様等…………。人が黙っておれば好き勝手に…………」
イケメンの顔が怒りで歪んでいる。整っているだけあって、凄い形相になっている。そういえば、この男の顔、つい最近に見た覚えがある…………気がする。
「や、一言も黙ってないだろ。…………無視はしてたけど」
「おい」やら「貴様っ」やら他にも文句はあったが、クロエの説明の方が重要だったので完全に聞き流していた。
「聞こえていたのかッ。たかが平民風情が貴族である私の言葉を無視などーーーー」途中で耳をシャットアウト。
「で、クロエはどうするんだ?」
「無論、この馬鹿で阿呆で恥知らずの配下になるつもりは毛頭ないでござる。一昨年きやがれ、でござる」
言い回しがグレードアップしたな。それぐらいに嫌という意味だろう。
「だってよ。脈なしだぜ、高貴な貴族様?」
「この…………人を馬鹿にしおって…………ッ!」
怒り心頭過ぎて言葉がでないとばかりだ。
「大体、先ほどからなんなのだ貴様は! これは私とそこの女との話で部外者の貴様には関係ないだろうが!」
「だから、俺はこいつの関係者だっつの。人の話聞いてた? ちゃんと耳掃除してるか? 詰まってるんじゃね?」
「黙れッ! そもそも、貴族である私からの命令に拒否する権利など、平民の身分で持ち得る筈が無かろうが! 人が下手に出ていれば調子に乗りおって!」
「…………との事ですがクロエさん」
「先代からきやがれ! でござるな」
ますますグレードアップしてるな。次あたり前世とか言い出しそう。
「というか、下手に出た瞬間が何時あったのか教えて欲しいでござる」
「あ、よせよクロエ。多分、『下手』って意味が分からない可哀想な人なんだから。とことんに甘やかされて甘やかされたお坊ちゃまなんだから。多分、叱られた事なんて皆無だろうさ」
「なるほど。いい歳して両親のことを『ぱぱ』やら『まま』やらと呼んでいそうでござるな。これは失礼した」
「ほれお坊ちゃま。そろそろオネムの時間ですよ? 家に帰らないと『ぱぱ』と『まま』が心配するぜ?」
「保護者同伴でなければEランクの依頼もこなせないような御仁でござるからな。両親は今頃、我が子の事が心配で食事も喉が通らないほどでござろう。早くかえって差し上げた方がいいでござるよ」
「あ、どうしたお坊ちゃま。顔を伏せて肩を振るわせて。
怒
なの? ねぇ
怒
なの?」
「
激怒
プンプンなのでござるか?」
………………………………。
「ノリいいなクロエ」
「カンナ氏こそ」
イェーイと、クロエさんとハイタッチ。
ブチリと、切れちゃいけない物が切れる音が。
貴族の男はもはや叫び声すら上げずただ無言に、恥辱に赤黒くさせた顔を上げると、腰の得物をつかんで踏み込んできた。切り捨て御免ってか?
(や、させないけど)
伊達に喧嘩の場数は潜ってないのですよ。これだけ挑発した輩の反応はすでに想定済みだ。
奴が一歩踏み出した先。その床にはすでに仕込みが終わっている。
貴族の男は精霊術で凍らせた床を思いっきり踏みしめ、そしてやはり予想通りに見事な転びっぷりを発揮していた。
ーーーーゴンッ!
「ぬごッ!?」
綺麗に転倒した男の体は一瞬宙に浮くと、後頭部から地面に激突し、鈍い悲鳴を上げて動かなくなった。
あれ? このパターンは昨日もなかったか?
整った顔立ちに煌びやかな装飾鎧。ついでに腰にある二本の剣。そして覚えのある気配を統合して。
「ああ、昨日に試験場ですっころんで忘れ去られてた残念貴族だ」
そしてまたも気絶している男の顔を覗き込んで、俺はようやく思い出した。
「…………そう言えばそんな輩もいたでござるな。昨日に続けて今日も気絶するとは、運が悪いのかそそっかしいのか」
……………………。
はて、なんか妙に周りが静かだな。
周囲を見ると、どうしてかその場にいた殆どの者の視線がこちらに集まって口を閉ざしている。や、あれだけ大声で騒いでりゃぁ注目も集めるか。騒いでいたのは大の字で倒れて白目を向いている貴族の男だけだったが。
ん? 貴族?
「「あ、やっべ」」
この時点で俺たちはようやく我に返った。
「おいおい、ヤバくねこれ。ちょっと調子に乗って煽りすぎたわ」
「こ、こちらこそ申し分けないでござるよカンナ氏。余りにも恥知らずな輩だった故か少々度が過ぎたようでござる」
ついつい、いつもと同じノリで挑発していたが、ここは異世界だ。あちらの世界の常識が通用しない。ここでの常識は『貴族』という存在が密接に絡んでいる。普通に考えて、一般市民が真正面から貴族に逆らうのはヤバいだろうよ。
護衛の片割れは気絶した主を必死で起こそうとその傍らにしゃがんでいるが、もう片一方からは殺気だった気配が臭いだしている。待ってほしい。あんたらの主が転んだのは俺達のせいじゃないぞ。ほら、昨日と同じで精霊術で凍らせた床は元に戻してるし。
「なぁクロエ。貴族に逆らうとやっぱり牢屋に入れられるとかあるのか?」
「ヒノイズルではあからさまな実害さえなければお咎めはないでござる。ただ、目に余る侮辱は処罰の対象になるでござるが」
「…………手は出してないが、目に余る侮辱はしてたような気がしなくもないな」
「…………土下座で済むでござろうか」
「それ以前に、DO・GE・ZAはこの国で通用するのか?」
「そこは何ともいえないでござる」
………………………………………………………………。
「ど、どどどどどどうするでござるかカンナ氏ッ」
クロエの顔が真っ青になる。
「…………とりあえず逃げるか」
「逃げてどうするでござるかッ! 拙者達がこの輩を煽りまくった場面はこの場にいる全ての者が目撃しているのでござるぞッ。このままだと冒険者ギルドの出禁! 最悪は国外追放でござるよ!?」
「ああ。だったら一言レアルに断っておかないとな。ヤバいな、連絡先を聞いて無かったのは失敗だ」
「何故にそこまで冷静でござるか! 拙者の借金はどうするでござるかッ。まだ一銭たりとも返済できてないでござるぞ! なのに冒険者ギルドの出禁などされてはどうやって金を稼げばいいのでござるかッ!」
「利子は付けねぇから気軽にいこうぜ。それに、冒険者ギルドはここだけじゃないんだ。国を一つか二つ跨げばここらの沙汰も届かないだろうよ」
「もうすでに国外逃亡が視野に!?」
冷静なのは、同じような場面に何度か遭遇しているので慣れているだけだ。店やゲーセンの出禁扱いは経験あるが、国外追放は初めてだ。
「なかなかに愉快な状況になってるねぇ小僧」
修羅場に突入しそうな場面に割って入ってきたのは、愉快とばかりに響いたそんな声だった。
「途中から見させて貰ったが、随分とまぁ煽ったねぇ」
笑って姿を現したのは、昨日に水晶のある部屋で会った竜人の老婆だった。