Kanna no Kanna RAW novel - chapter (47)
第四十四話 むしろ武器とは投げるべきでは?
「やったでござるなカンナ氏! 流石でござるよ」
クロエが狼尻尾をぶんぶん振り回して駆け寄ってくる。
「まだ勝った訳じゃぁないさ」
「けれども、これで人数の上では対等でござるよ」
確かに、一人でも相手を減らせたのは非常に大きい。
数週間の訓練と勘の良さだけでは限界があり、地力の差は歴然だった。加えて精霊術に縛りを加えた状態だ。トリッキーな戦術が上手くハマったから良かったが、あのまましばらく続けていたら俺は護衛A、Bによって遠からず戦闘不能に追い込まれていたに違いない。
「あの坊ちゃんの実力はどうだ?」
「性根はともかくとして、言うだけはあるでござるな。軽く見積もってもCランクの実力は身につけているでござる。負ける気はしないでござるが、そう簡単に勝たせてはもらえないでござるな」
お金持ちでイケメンで実力保持者か。ちっ、リア充が。性格の点でそのすべてを帳消しにしさらにマイナス補正なので羨ましいとは思わないが。
「なるほど…………。じゃ、相手の数も減ったし、ちょいと作戦変更だ」
俺が手短に作戦を伝えると、クロエは少しだけ躊躇うがすぐに頷いた。
ーーーー特別な意図があったわけではなかったが。
作戦の変更は、それほど定石から離れていない。ただ、俺はどうにも気になる事があった。
婆さんが仕切り直しを宣言するときに見せた、坊ちゃんの顔だ。
あの屈辱に満ちた顔の裏に、どうにも嫌な予感を覚えたのだ。
簡単に終わらせてはくれそうにない確信が、胸の奥に満ちていた。
ーーーー非常にどうでもいいが、護衛Aは登場してから戦線離脱するまで一度も喋ってないな。恥ずかしがり屋か?
などと、シリアスぶち壊しな思考であった。
会場の中央部にて両陣共に再び向かい合う形で対峙し、婆さんが試合再開の宣言を行った。
俺とクロエは簡単な打ち合わせ通りの立ち位置に移動しようとしたが、それよりも早くに坊ちゃん陣営に動きがあった。
先ほどは坊ちゃんVSクロエ、俺VS護衛の対面図だったが、それとは逆の形になった。つまり俺の正面に坊ちゃんが来たのだ。
ーーーークロエと打ち合わせたのは、対峙する相手を入れ替えるという作戦とも呼べない内容だった。
意図せずにあいてからその位置になってくれたのは良しとしておこうか。もしかしたら相手にも特別な作戦があるのかもしれないが。
「貴様、よくも卑怯な手を使ってーーーー」
「へぇい隙ありッ!」
もはや得意技となりつつある斧(決闘再開前に戻しておいた)の全力フルスイングを、喋っている途中の坊ちゃんにぶち込んだ。咄嗟に二本の剣でどうにか防ぐが質量差は歴然、坊ちゃんが吹き飛ぶ。この様子だと作戦とか考えず感情で俺の相手を選んだようだ。
吹き飛びながらも坊ちゃんは見事なバランス感覚で体勢を立て直すと剣を構えた
対峙する相手を入れ替えたのにはちゃんと意味がある。相性の問題だ。俺が残った護衛Bを相手にする場合、相手も警戒するだろうからもう下手な小細工は通用しないだろう。力押しをするにもあの強固な防御を突破するのは難しい。一方で、坊ちゃんは見た目や動きを重視していたのか出会った時そのままの格好。豪華ではあるがあからさまに護衛よりも防御力は低い装備だ。技量では俺の方が劣るだろうが、攻撃力で勝る為にごり押しも可能だ。
そして、クロエが護衛を引き受けてくれるなら俺は坊ちゃんとの相手に専念できる。クロエの技量なら護衛Bの防御を突破できなくても長時間粘り続けることが出来る。
「こ、このッ! 不意打ちとはどこまで卑怯なッ」
「よーいどんはされてるぜお坊ちゃん!」
相手の前口上に付き合ってやるほどに俺は誇り高くないのである。
下からかち上げるように斧を振るった。今度は剣で受けずに飛び退いて避ける。続けて袈裟切り突きだしブン回しと連続で攻撃を重ねていく。そのどれもが回避あるいは受け流される。端から見れば、俺の攻撃はすべて空振りに終わっている。だが、状況の優位がこちらにあるのは坊ちゃんの苦い表情が証明している。
「ほらほらどうした坊ちゃん! 避けてるだけか! ご大層な実力ってのは口先だけかいっ!?」
「ぐッ、この平民ーーーー」
「言わせねぇよダボがぁッ!」
「ぐぉッ!?」
斧を振るった隙を見て反撃にでようとする坊ちゃんの腹に、旋回させた斧の柄を突き込んだ。たぶん、「平民風情が!」とか言いたかったのだろうが、聞いてやる義理は無い。
今の攻撃は豪華な胸当ての部分に当たったのでダメージはない。感触からして護衛A、Bに当てたときと同じだ。あの胸当てもミスリル合金だ。傷の一つも付かない。
しかし、確実に削れているものもある。
「た、たかがEランクのーーーー」
「言わせねぇっつってんでしょうが!」
上段からの小細工無しの振り下ろし。本来なら避けられるだろう隙の大きな一撃だったが、坊ちゃんはそれを避けずに正面から防御してしまう。結果、倒れこそしなかったがバランスを崩しそうになりながら後退を余儀なくされる。
坊ちゃんの技量なら問題なく回避できたのに、どうしてそうしなかったのか。それは彼の冷静な判断力が俺の絶え間ない『口撃』によって失われているからだ。
「お行儀の良い決闘ごっこがしたいならお家に引きこもってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
「こ、このッ」
「反論は受け付けないぜ! ずっと俺のターンだひゃっはぁッ!」
「ーーーーッ!」
「激オコプンプンってかッ? もう言葉もないって感じだな!」
精神論ですべてが片を付くほどに世の中は甘くはないが、その部分が結構な割合を占めているものまた否定できない。いかに超人的な能力を秘めていようが精神面が劣っていればそれは致命的な弱点になり得るのだ。
勝つための罵詈雑言は俺の数少ない得意技の一つである。
ーーーー確実に悪役スキルだが存外に気に入っている。
俺の『口撃』によって怒り狂う坊ちゃんが、憤怒に顔を赤黒くさせる。
「殺すッ! 貴様はこの手で切り刻んで殺してやる!」
クロエと戦っていたときの様になっていた剣戟はもはや見る影もなく、坊ちゃんはがむしゃらに剣を振り回す。
劣る者が勝利を掴むための鉄則の一つ。
ーーーー敵の精神を揺さぶり、全力を発揮させない。
ただでさえメンタルが弱いところに、卑怯な手(否定はしない)で護衛の一人を倒されたのだ。それまで相手をしていたクロエとはまるで違うタイプの俺が相手になったと、様々な要因が奴にとって悪い方向に傾いた。
クロエの言ったとおり、坊ちゃんは普通に強い。そこは素直に認める。正面から戦えば勝てるかどうか、という相手だ。
けれどもとことんまで煽られたお坊ちゃんを相手にするのは素人よりも容易い。二剣による絶え間ない連携も隙のない攻撃ももはや存在しない。武器を両手にそれぞれ持つ利点を手放した隙だらけの攻撃にならば、技量の劣る俺とて対処できる。
闇雲に振るわれた右の剣に向けて、俺は『待ってました』と力を込めた斧の一撃を重ねた。
ゴギンッと鈍い音を立てて、坊ちゃんの手から剣が弾き飛ばされる。どうやら握りも甘くなっていたらしい。
「ガアアァッ!」
意味ある言葉すら発せなくなったのか、獣じみた声で吠えると坊ちゃんは逆の剣を強引に振るった。斧を思いっきり振るった後なので反撃も出来ず、だが余裕を持って後退してそれを避けた。
相手の得物は残り一本。しかも完全に冷静を失った相手だ。後は力任せに防御ごと叩き潰せる。
ーーーーここでケリを付ける!
俺がトドメを刺そう『斧を構えた』その時だ。
坊ちゃんも俺の動きと同時に、同じく距離を離すように後退し、剣を失った右手を腰の後ろに回した。その部分には、小物を入れる為のポーチ状の袋が下げられており、そこに手を突っ込んだのだ。そして、再び右手が俺の視界に入ったとき、手の中には俺が予想もしなかった代物が握られていた。
ファンタジーの世界には余りにも不釣り合いなその器物。
ーーーー拳銃だ。
混じりっけのない殺意と怒りを銃口と共に俺に向けてくる坊ちゃん。
照準はまっすぐ俺の眉間に合わさっている。
彼我の距離は斧の間合いからは離れている。今から踏み込んでも間に合わない。こちらがあちらに届く前に奴の拳銃から発射された弾丸が俺を穿つ。
坊ちゃんが浮かべた表情は、憤怒の中にありながらも勝利を確信した笑みだ。整った顔立ちを醜く歪めるほどに口の端っこを歪めている。
そしてーーーー。
「死ねえごがぁッッッ!?」
ーーーー坊ちゃんの鼻面に、俺が投擲した斧がめり込んだ。
実は、坊ちゃんが腰の後ろに手を回した時点で既に俺は投擲のフォームを開始していた。そして、銃を取り出して構えた時点でもやは投げる直前だ。いつかのようにやり投げの要領で発射したのである。
多分、最後に坊ちゃんが笑ったのは、勝利の確信と冷静を失った思考で俺がどのような恰好をしていたのか、視界に収めていながらもそれを判断できていなかったのだろう。
別に、坊ちゃんがまさか銃を持っていたのを予想していたわけではなく。ただ単に普通に斧の投擲でトドメを刺そうとしただけだ。
斧を投げちゃいけないなどと誰が言った?
ーーーーそろそろ、本格的に槍投げの練習をしていた方が今後便利かもしれないと思い始める。
顔面に斧をめり込ませた坊ちゃんは、派手に転倒した斧の先端は尖っているタイプではなく平べったいので死にはしないだろう。それでも鼻は完全に折れたかな。不細工になった顔からは鼻血が結構な勢いで流れており、完全に意識は途絶えている。
嫌な予感は多分、坊ちゃんが最後に隠し持っていた拳銃だったのだろう。取り出されたのが最後の最後で良かった。
「完・全・勝・利ッ!」
ビシッと、ポーズを決めてみる。
正直、ここまで持ってくるのに多少は手こずると思っていたが、蓋を開ければ特に目立った難所もなく、初っぱなからこちらのペースだ。決闘開始と同じ相手と戦っていたらこうまで簡単には終わらなかった。策がハマりすぎてテンションがおかしいレベルに到達している。だが、テンションがマックスでありながらも戦いの調子を崩さないこの精神構造は俺の数少ない長所の一つだ。
………………………………。
はて、妙に場が静かだな。俺が坊ちゃんの相手をしている間にも、クロエは護衛Bと激しい攻防を繰り返していたはず。こちらの不真面目極まりないやり取りとは一線を介する、実力が伯仲した見応えバッチリの戦いだ。現実世界では立派に興行収入が得られるぐらいの。
気になってそちらに目を向けると、どうしてかクロエも護衛Bもだ。そしてあろう事か主審の婆さんや副審の試験官。ついでに女性職員さんもを口をぽかんと開けて俺の勝利のポーズに目を向けていた。
ーーーーふむ、どうやら俺の勝ち様に見蕩れているのか。
などとおかしくなったテンションでそんな事を考えていたが、もちろん違う。俺の最後の一撃があまりにもあまりすぎて言葉を失ってしまっていたのだ。
その後、残った護衛Bは一対二の状況に降伏を主審に宣言。グダグダのままに坊ちゃんとの決闘は決着を迎えた。
結局、護衛の二人はろくに喋らなかったな。