Kanna no Kanna RAW novel - chapter (54)
第四十九話 憧れはしないが痺れた休日
冒険者ギルドへの登録から始まり、続けて決闘騒ぎなどのイベントが続けざまに起こってから一週間が経過した。ドラクニルを訪れた当初の慌ただしさが嘘だったかのように、今は極平穏な日々が続いていた。
や、ギルドの依頼をこなすために、森や岩場の中で氷を乱舞させていたりはしたが、それまでに比べては穏やかであった。クロエも借金返済の為に真面目に働くことができて満足そうだ。
ーーーーちなみに、イワトサカトカゲのトサカを煮込んだシチューはやはり旨かった。
調理前のトサカは名の冠する通りに岩そのものの硬さだったが、煮込みに煮込んで柔らかくなったそれは、シチューの味がこれでもかと言うほどに染み込み、豚の角煮に近しい歯ごたえとそれ以上の旨みを持っていた。
あ、言い忘れていたが、イワトサカトカゲの狩猟依頼はちゃんとした形で完了した。規定量をなるべく肉を傷つけずに確保したので、ツノウサギと同じように報酬に上乗せがされた。懐具合がさらにほくほくになる。
この一週間でこなした依頼は、最初の二件を除けば四つだ。その内、魔獣狩猟が二つと、素材狩猟が二つの半々だ。言うまでもなく、魔獣の方は美味しく頂ける個体。素材の方は受けたい魔獣狩猟の依頼が無かったので半ば暇つぶしだ。
さて、忘れてはならないのは、俺が日本人で現代社会に埋もれる高校生であることだ。学生には一週間のうち、黄金のように貴重な日が二つある。
そう、土・日曜日の休日だ。
この世界には別に現実世界のような決まった休日は無いのだが、気分的には一週間に一日程度は完全休養日があってもいいじゃないか。
と、言うわけで、今日は宿の部屋に籠もって読書に勤しんでいた。文字の読解練習をかねて、この世界についての勉強である。
今日のお題は『三歳児でもわかる魔術講座』である。
一応、ファイマからは魔術ーー及びに魔力については教わってた。ただ、板書もなにもない青空教室だったので、すべてを覚えているのかは怪しい。生憎と完全記憶能力などと言う便利な能力は持っていない。なので、復習の意味も兼ねてこの本をチョイスしたのだ。
俺にとってはファイマ先生の授業の再確認だが、あえて説明しておく。
魔力とはこの世の森羅万象に宿る目に見えないが確固として存在する『物質』だ。これは極めて不安定な物質であり、これだけではほとんど何の効果も持たない。ただし、この不安定さは万能性も秘めており、魔術式という『方向性』を与えてやることにより様々な現象を引き起こすのだ。
個人に属性適性の差があるのは、正確にはその人物に宿った魔力が『属性』という指向性を得るからである。
ーーーーここまでの説明が、三歳児向けの説明文を高校生向けに解釈した内容だ。
「…………改めて読んでみると、精霊とは性質が結構違うよな」
魔術士にとっての魔力のように、俺は精霊を使って現象を引き起こしているが、やはり別物だと再確認させられた。
精霊はこの世のどこにでも存在する自我無き意識の集合体だ。目に見えないが紛れもなく存在しており、その点では魔力と近い。
ただし、やはり決定的な違いは『意識』の有無だ。彼らは自ら事を成そうとしないが間違いなく意識を持っている。俺の求めた現象を可能な範囲でなら喜んで引き受けるが、逆に無理難題には確固として拒絶する。
例えば火属性が得意な魔術士であるならば、困難ではあろうがどうにか水属性などの他の属性魔法は扱える。が、精霊術は逆にどうあっても己の適性以外の属性は扱えないのだ。これだけを聞くと不便に聞こえるだろうが、それを越える利点はやはり引き起こせる現象の幅広さだ。およそ『氷』に関係する現象であるのならば、イメージさえ固めれば現実に具現できる。複雑な公式入らずに直接答えが出せるのだ。しかも、魔術なら『魔力の捻出→術式構成→魔術式発動』の三行程が『イメージ→発動』の二行程で済む。この発動の早さも精霊術の強みだろう。
けれどもやはり、最大の弱点はイメージーー精神力を多大に使った精霊術が破壊されたときの『フィードバック』だろう。生み出した現象が精霊を介して俺に繋がったままの状態で崩壊すると、それを構成していた精霊の『痛み』が俺の精神に跳ね返ってくる。極度のフィードバックが起こると、精神を通り越して肉体を傷つける場合もあるのだ。
「『氷』ってぇ物量攻撃ってのがネックだよな」
言うまでも無いが、氷は『固体』だ。そして、俺の精霊術を使った攻撃はその『固体』の強度や質量で攻撃力を得ている。精霊の恩恵があるので、普通に作った氷も『鉄』に近しい強度を持っているし、イメージを強めればさらに硬度は増していく。けれども、それを普通に破壊してくる輩もいるにはいるのだ。これが炎や風の精霊術であるならば、現象を真正面から打ち消されても多少はマシだろう。どちらも実体を持っておらず不定形なのだから。
実は、その弱点を克服した一つの技を開発中なのだが、なかなかに難しい。ある程度なら制御できるのだが、戦闘に通用するほどの効果が未だに発揮できない。完成すれば強力な武器になると思うのだが。
そこまで考えて、俺は『ふぅ』と息を吐いて本を閉じた。随分と思考に耽って頭が疲れました。休憩を入れようか。
「そしておまえはなにをやってる?」
俺は部屋のベッドに腰を下ろして本を読んでいたのだが、床にはクロエが胡座で座って「うんうん」と唸っていた。や、本を読んでいる最中にやってきたので入室を許可したのだが、
「ヒノイズルでは週に一日は国民全員が休日を過ごす日があるのでござる。なので今日は働かずに明日への英気を養っているのでござるよ」
…………もしかして、ヒノイズルの文化って現実世界の日本人が持ち込んだんじゃねぇの?
「や、そこじゃねぇよ。部屋に来るのはかまわないが、なぜに唸る必要がある。調子が悪いなら戻って寝てろよ」
「調子が悪いわけではないのでござるよ。ただ、なにもせずに黙って過ごすのは時間がもったいないので、鍛錬していたのでござる」
そういったクロエは胸の前に、両手の平を二十センチほどの間隔を離して向かい合わせ、またも唸りだした。
すると、向かい合わせた手のちょうど中間地点に『バチリ』と閃光が光る。そこから定期的に紫電が走った。
「…………魔術の訓練か?」
「そうでござる。拙者は魔力が少なく、黒狼としての素質を無駄にしているでござるからな。時折こうやって魔力の増加と術式の練習を兼ねて訓練しているのでござるよ」
体内に保有できる魔力量は、筋力と同じで使用と回復の繰り返しで増加する。だが、魔力の総量は訓練云々以上に才能が重要となってくる。ここら辺の差が一般人と魔術士の大きな壁だ。
「はっきり言って、このままでは魔力で身体を強化するにも、術式を使って敵を攻撃するにも魔力の量が圧倒的に少ないのでござるよ。せいぜい、敵に直接触れて感電させるぐらいしかできないのでござる」
人間スタンガンか。伝わらないだろうし、肩を落として自嘲に苦く笑うクロエに言える台詞でもないか。
「…………同期に冒険者になった者は軒並みにBランクに昇格しているし、拙者と同じ雷の適性を持った者など既にAランクの高みにいるのでござる。対して拙者は未だにCランク止まり。外道に操られて人様を付け狙う暗殺者になり果てる始末。はぁ…………今更ではありますが、やるせないでござるなぁ」
クロエの一人語りがだんだんとネガティブな方向に傾いていく。普段は陽気だが、一度気落ちすると途端に暗くなるなこの狼さん。耳も尻尾も力なく垂れている。
「いかに体力を鍛え、技量に磨きを掛けても、一定以上の魔力を持つ者には歯が立たないでござるよ」
「相手に触れて感電させられるなら、それはそれで十分に武器になると俺は思うが」
相手の動きが鈍ったところで致命打を与えればいいのだろうが。
「そもそも相手に触れられないのでござるよ。いくら反応ができていても、その反応に身体の方が付いて行かないのでござる。本気を出した黒狼の速度に追いつける者はそういないでござるよ。絶対的に魔力の劣る拙者では必然的に速度も劣るので、追いつける道理など無いのでござる」
どうやら、魔術士ではなくとも魔力の優劣は戦闘に関して非常に大きな要素らしい。
と、そこで俺はふと気がついた。
「…………随分と普通に会話してるけど、それは続けられるんだな」
『それ』とは、クロエが行っている両手の平を合わせて電気を発生させている訓練だ。会話を続けてから気落ちで肩を落としている間にもずっと絶え間なく、一定のリズムで雷光が走っている。
「これでも幼少の頃より続けているでござるからな」
「…………具体的にはどんな訓練なんだ、それ」
「魔力を一定量に放出しつつ、術式を維持し続ける訓練でござる。今は室内であるために低出力で行っているでござるが、本来ならもっと強い魔力で行う訓練でござる。この程度の出力なら寝ながらでも維持できるでござるが、本気を出すと十分も経たずに魔力が底をつくでござるな」
「ふぅん…………」
「ってカンナ氏ッ、危ないでござーーーー」
試しに、俺はクロエの制止を聞く前に、その両手の間で発生する電気に指を突っ込んでいた。
結果。
ビリリリリリリリリリリッ!!!!!
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」
「か、カンナ氏ィィィィッッ!?」
とても小さな反応だったので軽く痺れる程度かと油断していたが、実際には絶叫がでるほどの痛みが指先から全身に走った。
その瞬間、電撃の痛みとはまた違った痛みが脳裏を突き刺していた。
けれども、それが何かを理解する前に、俺の意識は途絶えていた。
「まったく、いったいなにを考えているでござるかカンナ氏はッ! 危うくこちらの心臓が止まるかと思ったでござるよ!」
「や、本当にスマン。悪かった」
電撃で失神した俺は、十分ほどで目を覚ました。意識が覚醒すると、目の前にあったのは半泣き状態のクロエだ。俺が意識を取り戻したのを確認すると、今度は泣き顔を引っ込めて激怒した。今回は全面的に俺が悪いので素直に叱られる。
「や、あそこまで強烈だとは思ってなかったから」
意識が戻った後でも、頭がクラクラしている気分だ。
「いかに魔力の総量が少ないと言っても、拙者の適性は雷でござるからな。雷に対しては耐性がありますし、『威力』に限って言えばそこそこにあるのでござるよ」
あれでそこそこか。本気で電撃使ったら俺は即死するな。
「…………つーか、あれを敵にぶっ込めば十分に通用すると思うが? 普通に戦闘不能にできるだろう」
「言ったでござろう、あれは訓練であると。自らの手の間で雷を発生させるのは楽でござる。これを敵に向けて、指向性を与えて行使するとなると難易度は跳ね上がるのでござる。相応に消費する魔力の量も増加して、とても実戦に通用するほどではないのでござるよ。直接注ぎ込むにもやはり、敵に触れなければならないでござるしな」
そうは問屋が卸さないか。
直接触れる関係上、腕に防具を装備すればそのまま打撃攻撃も可能だろう。ただ、直に触れなければならないのなら、今度はその装備した防具が邪魔になる。第一、彼女の武器は片手で扱える剣であるし、腕の防具を強固にすればその分だけ重量がかさみ剣速が鈍る。一撃の重さよりも鋭さを重視している彼女の本来の戦い方を捨ててまで魔術を扱うのに極振りするのもどうか。
…………ん、待てよ?
つまりは、今まで通りの戦い方をそのままに、魔術を上乗せすればいい。剣術と魔術を別々に扱うのではなく、一つの手段に合体させればいいのだ。
「なぁクロエ。敵さんに電撃当てるとしたら、おまえさんどうやってる?」
「それはやはり手の平を相手に当てて、でござるな」
「なるほどなるほど。じゃぁよ、今聞いて一つ思いついたんだが」
俺が頭の中に浮かべたのは、某有名なロボット宇宙戦記アニメだ。ビームなライフルやソードを持った白い主人公機の方ではなく、地上で遭遇した渋いオッサンが乗る青い一本角の生えた敵マシンだ。特に、あれが持っていた鞭やら剣が今回の肝である。
もし俺の想像が可能であれば、クロエのコンプレックスを多少なりとも解消できるかもしれない。
こうして、平穏で(物理的に)刺激的な休日は過ぎていくのであった。