Kanna no Kanna RAW novel - chapter (57)
第五十二話 見た目が悪い食材ほど美味いとは言うが、やっぱり見た目も大事だと思います。特に色とか。
悩みをコンディションに直結させない図太さが俺の数少ない取り柄の一つだ。レアルとの後味の悪い別れを迎えたその翌日。小さな悩みを胸に抱きつつも俺は今日も今日とてギルドの方に足を向けた。
まず最初に向かうのは、ギルドの隣に併設されている食堂だ。昨日に預けた魔獣食材が調理完了しているはずだからだ。普段は昼食か晩飯にいただくのだが、今回のは朝食として食べるのが一番良いらしいからだ。
「いったいどのような魔獣を仕留めたでござるか? 拙者、ちょっとワクワクしているでござるよ」
「ふっふっふ、まぁ行ってみりゃぁ分かる」
ドラクニルのギルドでは金になる依頼ばかりを受けていた為に、クロエは食用魔獣の狩猟は殆ど受けていなかったのだ。ギルド横の食堂であれば金さえ出せば魔獣食材の料理も食べられるが、材料持ち込みよりかなり値段が高い。借金返済のために、彼女は食堂ではひたすら『安く多く味は微妙』な料理ばかりを頼んでいたのだ。そこに俺から『安くて美味い飯が食えるぞ?』という提案に一も二もなく食いついたのだ。
ーーーーこれで道連れができた。
食堂の扉にはいると、昼に比べてまばらだが少なからずの冒険者達が朝食をとっていた。俺たちは空いている席に腰を下ろし、すぐさまやってきた女性従業員に昨日もらっていた魔獣食材料理の引換券を渡した。受け取った瞬間、従業員の顔が小さく引き攣ったのを俺は見逃さなかった。すぐさま元の営業スマイルに戻ったが、些細な変化にクロエもただならぬ気配を感じたようで、表情に不安が浮かんだ。
「…………カンナ氏、本当に今日出てくるのはどのような魔獣なのでござるか? 拙者、ちょっぴり胸がドキドキしてきたでござる」
最初のワクワクとは真逆のドキドキだろうよ。安心しろ、俺も同じベクトルにちょっぴり胸がドキドキしてる。や、間違いなく美味いとは聞いているんだが、見た目がなぁ。
「ちょ、カンナ氏ッ! その遠く見るような目は何なのでござるかッ! 拙者はいったい何を食べさせられるのでござるかッ!?」
いよいよクロエの不安が大きくなり始めた頃に、従業員さんが料理を運んできた。
メニューの内容は一般的な朝食メニューだ。パンにサラダとスープだ。パンは近所のパン屋から出来立てホヤホヤを仕入れており、サラダも産地直送の新鮮さだ。
そして、今回の魔獣食材を利用した料理はスープである。
…………その鮮やかな『紫色』のスープは、見た目からは想像できないほどの食欲をそそる良い匂いを漂わせていた。
「む、紫ッ!? 緑や赤色のスープは経験あるでござるが、さすがに紫色はないでござる! 魔女が怪しい儀式で使う謎の液体っぽいでござるよ! これはいったい何のスープでござるか」
「『ダンシャクバッタ』のスープ、だそうだ」
一言で表現すれば、巨大なバッタ型の魔獣である。体長はおよそ一メートル前後。大きさを除けばバッタそのものの生態であり、よく田畑に出没しては農作物を食い散らかす害獣だ。ちなみに、この紫色はダンシャクバッタの体液の色である。
や、魔獣図鑑で調べたとき驚いたね。食用も可という記述に、俺はシナディさんに確認をとったほどだ。何でも、ダンシャクバッタの血や肉には人間に必要な栄養源が多分に含まれており、かつ胃に優しく消化もしやすいので病人食に最適だとか。
「この毒々しい色のスープが、でござるか?」
「この毒々しい色のスープが、だ」
この説明は食堂の従業員にも確認済みだ。もっとも、『虫』という時点で食材として手を伸ばす冒険者は滅多にいない。俺だって、現実世界で虫を使った料理の存在は知っていたが実際に食したことはない。しかし、魔獣食材の魔力に魅入られた俺は、『見た目こそヤバい』が『美味い』という話にどうしても抗えなかったのだ。
「では、いただきます」
料理の前に、手と手を合わせて一礼。食材になった生き物への感謝がこの礼の意味なのだが、今回ばかりはこのキワモノ料理を食する己への祈りが殆どだった。説明ではいかに栄養満点の美味料理と聞かされてもこの紫色を前にするとどうしても信じきれない。
「安心するでござる、骨は拾うでござるから」
「不安になるようなこと言うなッ。ええいっ、南無三!」
意を決した俺は半ばやけくそ気味に紫色の液体をスプーンに含んで
飲み込んだ。果たしてその味わいとはッ…………。
「って、味噌かッッッ!?」
なんと、この魔女が儀式で使う実験材料のような色合いのスープは現実世界で慣れ親しんだ、だが遙かに凌駕する美味い味噌汁のような味わいだった。程良い塩気と独特の風味が舌を包み込み、喉を通して胃に染み渡る。
なるほど、疲れたり弱まった胃にこれほど『効く』料理は無い。見た目からしては予想外すぎる。
「え? ミソ?」
俺の声に目を見開いたクロエは、自らの紫色のスープに口を付けた。舌で味わいゆっくりと飲み干すと、クロエは微妙な表情を浮かべて呟いた。
「…………詐欺ではなかろうか。この見た目で高級味噌と同じ味わいというのは。懐かしく思いつつも釈然としないでござるよ」
素直に感動するには見た目が悪すぎる。現実世界でも経験のない旨味が溶け込んだスープなのに、見た目が悪すぎる。二回言いたくなるほどに見た目が悪すぎる。あ、三回目。
このダンシャクバッタの名前は貴族の階級に由来しており、この一つ上を『ハクシャクバッタ』となっている。体長二メートルを誇るこの巨大バッタもやはり高級食材。ただし、ダンシャクバッタがEランクに対し、ハクシャクバッタの狩猟難易度は一気に跳ね上がりCランクに及ぶ。さらに上には『コウシャクバッタ』と『ダイコウシャクバッタ』がいるのだが、これらは超危険種としてギルドに認定されておりBやAランクの冒険者がチームを組んで討伐に向かうレベルだ。ダンシャクバッタ、ハクシャクバッタの大きさから想像すると、コウシャクバッタを想像するのは恐ろしいな。
や、見た目は確かに悪すぎる(四回目)が、間違いなく美味い。味噌が恋しくなったらまた狩猟しよう。クロエにその旨を伝えると究極の選択を迫られたように盛大に迷った挙句「またご相伴に預かりたいでござる」と絞り出すように言った。ヒノイズルでは家庭料理の一種であるが、国外に一歩出るとそれを食材として扱う場所は皆無。久しぶりに味わう懐かしき味噌の魅力には勝てなかったようだ。
紫な味噌汁との邂逅を経て、俺たちは食堂を出てギルドに向かった。謳い文句は伊達では無いようで、胃を中心に身体の隅々にまで体が暖かくなってきていた。つまりは絶好調である。見た目さえ克服してしまえば、あのスープはかなり需要がありそうだ。
俺とクロエのランクは離れているので、いつもの通りに別れてそれぞれの場所に向かおうとしたのだが、それよりも早くに声が掛けられた。シナディさんだ。受付ではなくその外で声をかけられるのは珍しいな。
「カンナさん。リーディアル様がお呼びです。緊急の用件が無いのでしたら、今から執務室の方に向かってください」
「婆さんが?」
「…………カンナ氏、次はどんな問題を起こしたでござるか?」
「人をトラブルメーカーみたいに言うなッ! 少なくとも前回の件はおまえにも原因あるからなッ!?」
困った子を見るようなクロエの目に俺は叫んだ。「冗談でござる」と笑うクロエ。この狼さん、だんだんと遠慮がなくなってきているな。
「あ、いえ。別にカンナさんが何かしらの問題を起こした、という訳ではありませんので」
「あ、そなの」
知らず知らずの内に、という事でも無さそうで俺はホッとした。
「拙者もついて行っていいでござるか?」
「カンナさんがよろしければ問題ないですよ」
そんなわけで俺とクロエはシナディさんの案内の元、婆さんの執務室に訪れたのである。
勝手知ったるなんとやら、部屋に通されると俺とクロエは遠慮なく部屋中央のソファーに腰を下ろした。婆さんも特に咎めずにいつものように対面に座った。
「おまえさん、Dランクに昇格する気はあるかい?」
婆さんはそう話の口火を切った。
俺よりも先に驚いたのはクロエだった。
「カンナ氏は冒険者になってまだ一ヶ月も経過していないでござるよ? や、カンナ氏の実力を疑うわけではござらんが、少々早急すぎると思うでござるよ」
「単純に冒険者になってからの時間を見れば早すぎるだろうさ。けど、この小僧のEランク依頼をこなした実績を見ればあんたも納得できるさ」
と、婆さんは手元に持っていた書類をクロエに差し出した。書類を受け取り、クロエは記述された内容に目を通すとまたも驚きに目を開いた。何が書かれているのだろう、と俺も横から目を通すと、右上には俺の名前が書かれており、箇条書きにされた欄には俺がここしばらくに依頼として狩猟・討伐した魔獣の名前が記されていた。どうやら、俺が冒険者になってからの実績の一覧のようだ。
「依頼をこなした数は十件以上。しかもその結果判定の殆どが最良だ。狩猟対象が食用魔獣ばかりってぇのが気になるがね」
「カンナ氏、どれだけ食い意地がはってるのでござるか」
おい、二人揃って呆れ顔はやめろ。クロエはさっきその食い意地のご相伴に預かっただろうが。味噌汁の感謝はどこに行った。
「その小僧が食いしん坊なのは今はどうでもいいのさ。過去にも似たような実績を積んで早い内に昇格した者はそう珍しくはない。冒険者として最低限の実力と心構えができていると判断できる」
どうやら、食材を美味しく狩猟する事を念頭に動いていたことが、最上級の評価をもらう結果になったのだ。食いしん坊のつもりはないが。
「レアルの知り合いって時点でただ者じゃぁ無いと思ってたがね。あ、そのことでの贔屓は一切無いよ。他の職員と話し合った公正な判断の元に下った判定だ」
「普通のEランク冒険者はこれだけの最良判定を受けるのは難しいでござるからな。なるほど。確かにこれだけの実績があるのならば昇格も納得でござる」
クロエは書類を返却しながら言った。
「で、どうだい小僧。これだけの最良を重ねてるから、昇格試験は免除。あんたさえよければこの時点でDランクに昇格だよ」
「え、試験無いのか?」
「EからDへの昇格試験は、実績を省みて免除される場合があるのさ。もっともそれ以降、Cへの昇格からは例外なく試験を受けてもらうがね」
Cランクへの昇級試験からは、実力のほかにも様々な面から冒険者を評価する試験が行われる。
下位ランクの依頼主は一般市民や個人経営の小さな店舗主がほとんど。だが上のランクに移ると貴族や規模の大きな商人が増えてくる。特にBランクからは国家からの依頼が舞い込むこともあるほどだ。当然、直接それらと顔を合わせた交渉を行う機会も増えてくる。そのときのために、ある程度の教養が必要になってくるのだ。
とりあえず、今は上のランクに興味はない。富も名声も求めてはいないが、上のランクで受けられる食用魔獣の狩猟依頼には魅力を感じる。ドラクニル付近に生息するEランクで食せる魔獣はほぼ全て網羅してしまったからな。
自然と答えは決まっていた。
「Dランクへの昇格、お願いします」
「うっし。じゃあギルドカードをシナディに預けな。カードの方に昇格の手続きをしてもらう」
俺は懐から二枚のギルドカードを取り出し、シナディさんに渡した。彼女は恭しくそれを受け取り執務室を出て行った。
「さて、小僧への件はこれで終わりとして、だ。黒狼っ子の方もいることだし、こっちの用件も済ませちまおうかね?」
「わふ? 拙者にでござるか?」
予想外にクロエは首を傾げた。
「確かあんたは、このギルドにきてカードの再発行を行ったね」
「そうでござる」
「悪いとは思ったがこっちで詳しく調べさせてもらったよ。どうやら、以前はBランク昇格試験を受けられる直前にまで実績を積んでたらしいね」
「結局、長期間依頼を受けなかったペナルティでその実績はすべて無駄になってしまったでござるが…………」
と、クロエは肩を落とした。Bランクへの昇格に必要な実績は、DからCへと昇格する為の実績に比べてかなり厳しいらしい。Bランクは腕利きの冒険者と称されており、ギルドに登録した者達にとって憧れの地位であり、目指すべき高みだ。相応の実績が必要になってくる。
なおAランクより上はもはや人間を超越したレベルの実力者が切磋琢磨しているランクなので、さすがにそこを本気で目指す者は少ない。Bランクが良くも悪くも現実的なランクなのだ。
「そこで朗報だ。今日からCランクから上の冒険者に数十人規模の『レイド』の募集をかける予定だ」
「レイド…………でござるか」
レイドとは、ギルドが出す依頼方式の一種で、個人ではなく複数の冒険者に呼びかけて行われる集団依頼だ。主に大量発生した魔獣の一斉駆除や逆に個人では手に余るような凶悪な魔獣を討伐する際に発生する。緊急性がほかの依頼よりも高い場合が多く、それだけに依頼としての実績や報酬は高い。
「ドラクニルから少し離れた山場にゴブリンの大規模な巣が発見されたらしい。付近に町村は無いんだが、あいにくと魔導列車の線路が近くに通ってる」
「確か列車には、魔獣除けの結界魔術具が設置されていたと聞いているでござるが」
「残念なことに、あれは知性を持った類の魔獣には効きにくいんだ。しかも、ゴブリンはなまじっか賢いから、列車に積載された物資を強奪しようと線路に岩を積んだりして進路を妨害する。それでたまに魔導列車に被害が出たりすんのさ」
「けどよ、ゴブリンなんて集団作ってもたかが数十だろ? それなりの腕を持つ冒険者を五人や六人そろえれば殲滅できるんじゃねぇの? 何十人も冒険者がいたら逆に人数が余りそうだが」
Cランクへのレイド依頼ならDランクになる俺には直接関係ない。だが、ふとした疑問を婆さんに投げかけた。
「言ったろ? 大規模な巣だって。通常時ならあんたの言うとおりなんだが、今回はタチが悪いことに『上位個体』が確認されてんのさ」
「上位個体?」
以前に渓谷で襲撃を受けた一件で、ゴブリンはある一定以上の集団には発展しにくいと教わった。あの時は自然では無く何かしらの人為的な要素があり、極めて例外に近いケースだ。
けれども、婆さんが言う今回の件に関しては、自然な形でありかつ極めて珍しいケースだという。それが上位個体の存在だ。
あるいは突然変異種とも呼べるこの個体は、魔獣の集団の中から突如として出現し、他の同種族よりも遙かに強力な力を有しているのだ。この上位個体は同種族にとっては王のような存在であり、これが出現した時に限り、一つの強大な力を持った頂点の元に意思の統一がなされる。集落の長を束ねる存在が乱立している時は不可能な、大規模な群も形成が可能になるのだ。
「ゴブリンの討伐ランクはEランクだが、その上位個体となると推定でBランクの能力を秘めているだろうさ。そしてそいつに率いられるゴブリンの数は最低でも五百を越える。あたしの見立てじゃ千に届くと思ってる」
「千…………ねぇ」
小さな領地の軍隊レベルの数だな。それだけの数を率いる個体となると、確かにゴブリンの中では飛び抜けている。なるほど、レイドと呼ばれる大規模集団で挑むには納得の数だ。
「いくらゴブリンとはいえ、さすがにこの数をCランクの数人で挑ませるには荷が重すぎる。だからこそのレイドだ。それに、魔導列車は国営で動いてるからね。国の方から実働部隊が出されてギルドと合同で事に当たるつもりだ。というよりは、こいつは国からの依頼でもあるんだがね」
戦力を充実させ万全を期す、という表向きの理由のほかに、国営の施設の防衛に冒険者に任せきりでは国も面子が立たない、という裏の理由もあった。
「話を戻すよ。このレイド依頼はBランクより上は無条件だが、Cランクではある程度の実績を積んだ奴にのみ受注を許可する予定だ。記録の上では、黒狼っ子はこの条件を満たしていない。けど、あたしの推薦で受注可能にしてある。あんたさえよければこれに参加してみるつもりはないか?」
「いいのでござるか?」
「この前の決闘騒ぎの時にあんたの動きを見させてもらったが、実力的には十分に上のランクでも通用すると判断した。それで、このレイド依頼でしっかりとした功績が残せたなら、ペナルティで抹消された実績を復活させてやるよ。もっとも、その後にBランクへの昇格試験を受けるための査定と、試験そのものはきっちりと合格してもらう必要があるがね」
降って湧いた好機に、だが唐突な話にクロエは答えに迷った。
「悪い話じゃないと思うけどね。なにもアンタに上位個体を倒せって話じゃない。そいつ等はBランクより上の冒険者が担当する手筈になってる。Cランクの冒険者達に求めてんのはその露払いさ」
「そうで…………ござるか」
なおも迷いを見せるクロエが助けを求めるようにこちらを向いたが、俺は肩を竦めてそれを流した。
「俺に聞いてどうする。そこら辺の判断力も、上の冒険者になるために必要な条件なんじゃねぇの?」
「かかかッ。口先だけはもう既に一人前の冒険者かもしんないねぇ、小僧は」
「それは絶対に褒めてないよな」
愉快そうに笑う婆さんに、俺は半眼で睨んだ。悪意は皆無なのは分かるが、笑って言われるとさすがにイラっとくる。
婆さんの笑い声を耳に、クロエは小さな深呼吸をしてはっきりと答えた。
「その依頼、受けさせてもらうでござる」
真剣なクロエの眼差しを受け、婆さんは不敵な笑みを浮かべるのであった。