Kanna no Kanna RAW novel - chapter (6)
第六話 こおり の きょじん が あらわれた
ようやく姿を確認できたのは、身の丈三メートルを軽く超える、巨人だ。氷でできているのか、白を強調した半透明。首のない全身甲冑の外観で、手には身の丈に合う巨大な剣。
「…………アイスゴーレムって奴か?」
「ゴーレムは知っているのか。そうだ、魔力によって偽りの生命を注ぎ込まれた、自動人形だ」
氷のゴーレムはちょうど入り口を塞ぐ形で俺たちの前に立ちふさがる。
すんなり通してくれそうな雰囲気ではないな。
「…………勝てるのか?」
「どうだろうな。ゴーレム系統は、制作者の力量次第で強さの度合いが大きく変わってくる。少なくとも、あのサイズのゴーレムを作れる術者はなかなかの腕の持ち主だろう」
剣を引き抜く動作は狼の群と退治したときと変わらず、だが表情から滲み出る緊張感は隠せていない。
「私が仕掛けるから、その隙にカンナはお嬢さんを連れて先に逃げろ。奴がこの場の守護者であるなら、この場から逃げ出せさえすれば深追いはしてこないだろう」
「…………了解」
肯定の音を発するのに、口が重かった。彼女の案が一番確実であり、それをおれも理解していた。それでも、レアルを囮にしなければならない事実が心に重くのし掛かる。
「心配するな。私も少し打ち合ったら直ぐに逃げる。自殺願望は持ち合わせていないからな」
僅かに振り返ったレアルの横顔には、笑み。
その顔に、俺は腹を括った。
一度、背負っている娘さんの方を向く。彼女は恐怖に震えているのか、俺の躯に顔を押しつけてその表情は伺えない。けれども、俺もレアルと同じく笑みを向ける。
こんな場所で死んでいられない。俺とレアルは同じ言葉を心の中で唱えているはずだ。でなければ、あの城から二人そろって脱出などできるはずがなかったからだ。
「では……………………行くぞっ」
大地を踏み砕くほどの勢いで、レアルが駆けだした。重量のある巨剣を振りかぶりながら、そうとは思えないほどの速度を出し、氷の巨人へと突っ込む。俺もぐっと両足に力を込め、いつでも走り出せるように身構える。
狙い目としては、レアルが一撃を入れた後だ。それによって守護者の攻撃目標をレアルへと定めさせ、彼女を追撃している最中に俺が逃げ出す。単純だがこれぐらいしか策はない。ならば、そこに全力を注ぐのみだ。
ゴーレムはレアルの接近に反応し、剣を振りかぶる。
そして、衝突まで残り僅かというところで、ゴーレムが跳躍した。その巨体からは想像できない高らかな跳躍だ。
勢いの付きすぎたレアルはなにもない地点に剣を振り下ろし、バランスを崩しかける。が、俺はそれを最後まで見届けていられない。いる暇などない。なぜなら空高く跳躍したゴーレムの着地地点は、まさしくレアルの後方で走る準備をしていた俺の立つ場所だったからだ。
「ちょッ、嘘だろぉぉぉおおッッッ」
これまでの人生で数えるほどに見事な超反応だろう。ゴーレムが跳躍の最高高度に達する前に、俺の躯は横方向へと走り出していた。巨人が俺のいた地点に剣を叩きつけながら着地。重力と膂力が合わさり、地面が粉砕、衝撃で掘り返される。その震動に足を取られる。またまた人生の中で己をほめたくなるほどのバランス感覚で転倒するのを耐えると、脱出口へと方向転換。
コメカミの当たりに寒気を覚える。俺はその感覚に従って躯を前方に投げ出す。頭の位置が立っていたときの半分になったとき、その直ぐ上を風を巻き起こしながら大質量が通過。顔から地面に倒れ込み、すぐさま視線をあげると、宙を直線に突き進む氷の巨剣。ゴーレムが投擲したのだ。
「娘さん、無事かッ」
「ぶ、無事だよッ…………」
怖々とした返答を耳にしながら急いで立ち上がりゴーレムの方を向くと、無手になったゴーレムの腕から、バキバキと音を立てて氷が伸びだし、数秒もせずに新しい剣ができあがっていた。
「勘弁してくれよッ」
俺はもう一度走り出そうと足に力を込める。同時に、ゴーレムはもう一度剣を投擲しようと振り被る!
「でやぁぁぁぁッッッ」
巨体の横合いに、凄まじい衝撃が走った。レアルがゴーレムの腕に斬撃を打ち込んでいた。人間の大きさからしては巨大な剣。だが氷の巨人からすれば質量の差は歴然。だが、レアルの見舞った一撃は、ゴーレムの躯に完全に打ち勝っていた。氷の巨人は一瞬の滞空の後に、地面に倒れ込んだ。
「なんつー馬鹿力だ」
味方ながら、その逸したパワーに戦慄する。
「今のうちだ、カンナッ」
鋭い声に頷く暇も惜しく、俺は出口に向けて駆けだした。今度こそッ。
だが、現実とは無情だったらしい。
氷の巨人が、地面から立ち上がらぬ内に、強引に剣を投げたのだ。ねらいはレアルでもなく俺でもない。投げ損ねたのかと考えたのが早計だった。投げ放たれた氷の巨剣が、俺の目指す出口の直ぐ上に命中したのだ。
見た目相応の重量と速度が合わさった衝撃は、出口付近を完全に粉砕し、どぉぉんと音を立てて崩してしまった。俺はすぐさまには目の前の光景を受け入れられず、走ることも立ち止まることもできず、徒歩で出口のあった場所までたどり着いた。
脱出口を塞いだ瓦礫の山に手を触れて、俺はようやく現実を知る。
「完全に、閉じこめられた…………」
唯一の活路を閉ざされ、絶望感が全身を支配していく。
それでも俺は、砕けそうになる両脚に活を入れる。背中にのしかかる『重み』が、絶望に浸るのを拒絶させる。
「八方塞がりだな」
いつの間にか俺の横にまで近づいていたレアルが、肩で息をしている。どうやら氷の巨人と切り結んでいたらしい。
「あのゴーレムを作ったのは相当の実力者だな。かなり緻密な自動制御がなされている。一国の宮廷魔術士クラスだ」
「それってどのくらいすごいんだ?」
「十人いれば、千人規模の部隊と正面から打ち勝てる」
「化け物かッ」
と、レアルの姿を視界に入れた瞬間、閃いた。
「あ、そうだレアル、ちょっとパスッ」
「はッ? お、おいカンナッ」
俺は娘さんをレアルへと強引に押しつける。レアルが何かをいう前に、俺は一気に駆け出す。
俺が走り出すと、氷の巨人が俺のいる方へと躯の向きを変えた。
「レアルッ、「壊せッ」」
一度だけ、俺は彼女の背後を指さした。
「ーーーッ。クソッ、承った!」
こちらの意図を瞬時に汲んでくれたレアルが、崩れた脱出口へと剣を構えた。不思議と、出会った当初から彼女は俺の言わんとする事を最小の伝達で読みとってくれるのだ。
「死ぬなよカンナッ」
叫びながら、瓦礫の山へと剣を横に薙ぐ。剣圧に、かなりの量の瓦礫が吹き飛ばされる。そのまま続けて、レアルは剣を振り回した。
氷の巨人はレアルの行為を完全に無視し、走り回る俺へと向きを変え続ける。思った通りだ。
どうしてかは不明だが、巨人の攻撃目標はずっと俺だったのだ。
思い返せば、氷の巨人は出現してからずっと俺たちに攻撃を向けてきた。脅威となる攻撃力を保有するレアルを完全に無視する形だった。
俺ではなく、俺が背負っていた娘さんだった可能性も否定できなかったが、ゴーレムはレアルの側にいる少女には見向きもしない。
それがわかればやることは単純だ。俺とレアルの最初の役目を逆転させればいい。俺が巨人の注意を引きつけている間に、レアルには出口の掘削作業をしてもらう。これが現時点での適材適所だ。
問題があるとすればーーーー。
「うぉおおッッ」
巨人がまたも跳躍し、大上段から剣を振り上げて襲いかかってくる。俺は悲鳴を上げながら前方に飛び込む形でジャンプ。背後で地面が割られるが、俺は即座に前受け身で体勢を立て直して走り出す。
ーーーー俺が掘削作業が終わるまで生き延びられるかである。
「バイオレンス過ぎるだろう俺の異世界ライフッ」
俺を呼びだした姫様とその一族郎党に新たな復讐心を決意しつつ、レアルから離れる形で走る。攻撃目標は俺であるが、レアルの行動に目標を変更しないとは限らない。
大きな移動手段が他にないのか、氷の巨人は幾度と無く跳躍を繰り返し、俺もそのたびに魂がすり減る気分でジグザグに進路を取り回避していく。脚がもつれてしまえば最後、俺はあえなくあの重量に圧殺され挽き肉になる。全力で走りつつもバランスに意識を向けるのは結構大変だ。
この世界にきてから、もう何度も味わった「背筋に伝わる寒気」がまたも来た。巨人の跳躍の度に来たそれは、回避の指針にもなっていたのだが。
どうにもそれまでとは色合いが違った。
振り返れば、ゴーレムはそれまでとは違った動作をとっていた。跳躍するために踏ん張るのでなく、その場で大きく剣を振り上げていた。また剣を投げる気だろうか?
だが、ゴーレムは氷の剣を投擲するでもなく、その場で剣を地面に叩きつけた。地面が粉砕され、その後に隆起していくのは無数の氷山。大量にそそり立つ氷の剣山が、地面を砕きながら俺に向かってきたのだ。剣を投げるよりも速度は遅かったが、その範囲は数倍以上。
「ーーーーっッ」
辛うじて氷山の隆起の直撃だけは免れるも、隆起の余波に巻き込まれて俺は宙に投げ出された。
「ぐッ…………ッ」
頭から落下しなかっただけが幸運だ。背中から地面に叩きつけられた俺はそのまま転がり続ける。落下の衝撃で酸素が口から吐き出され、酸欠に視界が赤黒く明滅する。
ガンッと躯に何かがぶつかり、動きが止まった。
全身が軋むように痛むが、どうにか上体を起こす。一直線にできあがった氷山からかなりの距離が離れている。それだけ吹き飛ばされたという意味。氷山の発生点を見れば、ゴーレムが、足音を立てながらこちらに近づいてくる。
「カンナッッッッ」
レアルが掘削作業を中断し、ゴーレムに向かって駆け出す。が、いかんせん距離が離れすぎている。ゴーレムの動作自体はゆっくりだが、体積ーー歩幅が違う。彼女が追いつく前に、ゴーレムがこちらに到着する。
俺は全身の痛みに、立ち上がりかけた躯が膝を突く。
「ふざけんなよ…………この野郎」
痛みはあるが、死ぬほどではない。死んではいないなら、この躯はまだ動くはずだ。迫り来る氷の巨人を睨みつけながら、俺は歯を折れんばかりに噛みしめ、両足に力を注ぐ。
「ぬーーーーがぁぁぁぁッッッ」
油切れを起こした関節が悲鳴を上げるような痛みを走らせながら、俺は立ち上がる。氷の巨人がもはや目の前だ。
絶望に浸っている暇はない。恐怖を覚えている余裕もない。
ただただ、生き残るために。
前に進むために、諦めている場合ではない!