Kanna no Kanna RAW novel - chapter (63)
第五十八話 かんな は いどう しゅだん を てに いれた
依頼を受けたその日の内に列車に乗り込む。客席で揺られながら食堂のお姉さんにもらったサンドイッチを頂いたが、今までの魔獣食材料理と違わず非常に美味であった。卵の濃厚な味わいと、さっぱりとした野菜の味わいをパンで挟み込んだそれは納得の一品であった。
もらったタマゴサンドを平らげた俺は、満腹にほっこりしながら帝国軍・冒険者達の合同作戦が行われる地の最寄り駅に到着。既に日は沈んでいたので駅の側に建設された安宿にて一泊。夜が明けた早朝に出発した。
宿屋の店員に聞けば、野営地に着くのは朝から発てば昼頃に到着すると言っていたが。
「…………最低でも三時間は掛かるって事だよなぁ」
会話する相手もなく、娯楽の道具もなく、一人っきりで歩いて三時間である。ぶっちゃけ暇だ。馬車に乗って寝ながら移動、であれば多少はましだったろうが、件の野営地付近を通る馬車の定期便が都合良くあるはずもない。さらに言えば、この一帯はどうやら荒れ地らしく、平坦な道が地平線の先まで続いており、代わり映えがしないので視覚的にも飽きる。
仕方なしに、昨日のルキスの一件で消費した反応氷結界の水晶を補充しておく。そういえば胸当ての穴が空いたままだな。帰ったら修理するなり新品に買い換えるなりしなければ。
が、ちょっとした集中力が必要なだけで新しい氷水晶を生み出すのは十分も掛からず、再び暇を持て余す。それでもどうにか一時間ほど歩き続けたのだが、とうとう限界がきた。
「だぁッ! 暇だッ、そして重いッ」
背負っていた『お届け物』が地味に重い。衝動的に投げ出したくなったが、さすがにそれは思い留まる。代わりに、その場にゆっくりと置き、俺は座り込んでしまった。
この長物、『重量』だけを見ればこれまで町と町の間を移動するときに背負っていた旅道具の総量の方が重い。しかし、無言で運び続けているとそれ以上の重さに感じられるから不思議だ。おそらく、誰かと会話でもしていれば気が紛れて重さを忘れてしまうのだろう。
「そーいや、クロエは大丈夫かね」
婆さんの話によれば、冒険者・帝国軍の合同作戦の開始は明朝となっていた。とすると、今頃はゴブリンが大量発生しているという鉱山へと出発しているだろう。
一応、クロエにも反応氷結界の水晶をいくつか渡してあるが、気休め程度。俺から大きく離れた地点での動作確認はまだしていない。それに頼らずに討伐作戦が終わることを願おう。
あちらの心配は良いとして、問題はこちらの『お使い』だ。一度座り込んでしまうと、再びこの重い『長物』を運ぶのが億劫になってくる。きちんとした依頼なので放り出すわけにもいかないし。
「はぁ、面倒くさい」
俺はほとんど無意識に手の中に小石程度の氷を生み出し、ぽいっと投げはなった。氷のつぶては平坦な道を『スイスイ〜〜』と滑ってやがて視界から消えた。それを見送っていると、
「……………………………………ん?」
なんかちょっと閃きそうな予感。
俺はもう一度氷を生み出す。先ほどよりも一回り小さい固まりだ。同じように投擲すると、氷はまたも『スイスイ〜〜』と地面を滑って視界から消え去った。
三度氷を生み出す。今度は平べったい円盤状の形だ。またまた投擲するとやはりやはり『スイスイ〜〜』と滑って行く。
「……………………………………あ」
この瞬間、俺は反応氷結界に続く新たな便利技を思い至ったのである。
ーーーーーーーーーーーーー二十分後。
「ひゃっふぅぅぅぅぅッッッッ!!!!!!」
俺は興奮の絶頂にあった。ぐんぐんと後ろへ流れる景色に、向かいから吹き付ける風圧に心が躍っていた。体感速度は成人男性が全力で走っているのと同じ程度か。
俺が至った結論はズバリ「氷に乗せて運べばいいじゃん」である。
よくよく考えれば、『滑るもの』と思い浮かべれば『氷』と一番に連想できる。俺の生み出した氷の滑りやすさはルキスが身を持って証明してくれた。
最初は荷物(長物)を氷の上に載せて押せば良いと思っていたのだが、実際に作ってから「そもそも自分ごと乗ればいいじゃん」と言う結論にたどり着いた。
…………と言うわけで、俺は現在、自分が生み出した楕円形の平たい氷の上にスノーボードのように乗り、平坦な道を爆走中である。あ、お届け物の『長物』は氷の板の上に置いて、落ちないようにしっかりと固定している。
や、最初はバランスを苦労したさ。現実世界でもスケートボードはおろかサーフィンもスノーボードもスキーもしたことがない。何度かすっころび生傷を増やしはしたが、精霊術の便利度は伊達ではない。バランスが崩れそうになるところを氷の板を『操作』して強引に誤魔化した。これが天然物の氷であればここまで上手く事は進まなかっただろう。
また、精霊術で遠距離攻撃をしているときの応用で、軽い推進力さえあれば後は精霊に命じて速度の調整もできる。これで片足で地面を絶え間なく蹴らなくても継続して走行が可能だ。
スケートボードならぬ『アイスボード』の誕生である。ネーミングが安直? 『しんぷるいずべすと』だ文句あるかッ。
それまでの暇な道中とはオサラバし、快適な移動手段を確保した。風を切る感覚が心地よい。現実世界でバイクにハマる人の気持ちがよく分かる。ただ走っているだけなのに楽しくてたまらない。
ただ、しばらく軽快に走らせていると、若干だが疲労を感じた。アイスボードを走らせるのに継続的に精霊術を使っているので、精神に負担が生じたのだ。調子に乗っていた俺は滑っていた速度を落とし、小走り程度に留めた。
思い出すと、長時間の継続的な精霊術の行使は試したことがない。普段は即時に発動させていたか、反応氷結界のように作って放置だった。このままだとアイスボードの長期利用が難しいな。ドラクニルに戻ったらこの辺りを要開発だな。
速度は落ちたがそれでも快適な移動は続き、駅の宿から出発して二時間ほどで俺は無事に野営地に到着した。
野営地が見えてきた時点で、俺はアイスボードを解除した。さすがにこのまま乗り付けたら奇異な目で見られる。
布に包まれた長物を背負い直し、俺は野営地の入り口へ向かう。野営地は簡易ながらも木の柵で囲われており、外敵の襲撃から備えるような作りになっていた。
俺は出入り口となっている柵で覆われていない地点にまで歩み寄ると、その付近で警備に当たっていた兵士に呼び止められた。
「失礼。ここは現在一般の方は立ち入り禁止になっている。用が無いならお引き取り願おう」
「えっと…………、自分はギルドの依頼でやってきた冒険者です。こちらが自分のギルドカードと、依頼の証明書」
すぐさまに俺は自身のカードと依頼証明書を取り出して警備の兵士に見せた。兵士は証明書に記された婆さんの署名を目にすると驚いた。
「これは…………リーディアル様の署名ッ。すると、貴殿はあの御方の使いかッ。これは失礼したッ」
「い、いえいえ、お勤めご苦労様です」
最初に見せた不審者に対する態度に文句はない。警備としての役割を全うしていただけだしな。ただ、警備の慌て具合に少しだけたじろいだ。
「んで、お届け先の『レグルス』さんって、今いる?」
「申し訳ありませんが、団長以下主だった者は作戦遂行中でして、現在この野営地には物資の警護の為に残った十数名しかいません」
「あ、やっぱり?」
野営地の中にほとんど人の気配は感じられなかった。
「だったら、野営地の中で待たせてもらっても良い?」
「団長へのお届け物でしたら、後ほど自分が届けますが」
「婆さーーリーディアル様にはなるべく手渡しの上、本人のサインを貰って欲しいって指示があったので」
「そうでしたか。それでしたら問題ないでしょう。もし野営地の中にいる者に身分の確認をされたら、ギルドカードと依頼状に書かれたリーディアル様の署名を見せれば問題ないでしょう。ただ、軍の機密がありますので、なるべく冒険者達が寝泊まりしていた区画以外は立ち入らないようお願いします」
「分かりました。具体的にはどこらへんですか?」
「野営地の北側。入り口からだと左側に進んだ一角ですね。冒険者ギルドの紋章がかかれた立て看板とテントがあるのですぐに分かると思います」
「了解です。ありがとうございました」
警備の彼と別れて、俺は冒険者達が寝泊まりしていた区画を目指す。
…………しかし、警備の態度の変わり具合には少し驚いたな。
別に上から目線でも高圧的でも無かったし、職務に忠実な印象だった。それが婆さんの署名を見せた瞬間に妙に軟化した。まるで最上級の客を相手にしたような対応の仕方だった。たかがギルドからのお使いにあれほど態度を変えるものだろうか。や、不審者を相手にするような態度をとられるよりはマシである。ただ、婆さんとここにいる騎士団の団長がただの『知り合い』で無いことは想像に難くない。帰ったら無理のない範囲で聞いてみるかね。
警備の人が言っていたとおり、冒険者達が利用していた区画はすぐに分かった。俺はギルドの紋章が描かれているテントの一つに入り、腰を下ろした。私物らしい私物もなく、安そうな布が数枚置かれているだけなので、誰がどこを利用しても良いのだろう。
・・・・今頃、クロエたちはゴブリンを相手に頑張っているのだろう。新開発したアイスボードがあれば、今から向かっても余裕で追いつき飛び入り参戦できるだろうが、その気はまったくない。まぁ、死なない程度に頑張って貰おう。
その間に、俺は持ってきた携帯食であるショッパい干し肉を水筒に入れた水で流し込み、空腹を満たす。そして寝る。や、さすがに物資の警護をしている兵士さんを話し相手にはできないだろうし。
と、言うわけで、俺は横になって目を瞑った。どんな悪状況であれ、頭を固定して落ち着けるならどこでも寝られるのが、俺の数少ない取り柄の一つである。
閉じた視界の中、俺はすぐに微睡みの中に意識を落とした。
しまったな、どのくらいで団長さんたちが帰ってくるのかを聞いておけば良かったな。