Kanna no Kanna RAW novel - chapter (64)
第五十九話 前口上は潰す為にある
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ゾクリッッ!!
「んなッッ!?」
突如として感じた気配に、俺の意識は一気に覚醒した。寝ていた時間は十分かそこらだろう。
この感じ、間違いない。
ゴブリンの大群に襲われたあの渓谷。いきなり現れて人を爆殺しようとしやがった奴と『同じ気配』だッ!。
俺はテントの中から飛び出し、周囲の様子を伺う。一見すれば寝入る前と何ら変化はない。だが、背筋を伝わるのは間違いなく『あの異様な気配』であった。
おいおい、あれはファイマを狙った暗殺者じゃねぇのかよ。なんでファイマのファの字も無いだろうこんな場所にいやがる。もしかしてこの野営地にファイマがいるのか? や、貴族のお嬢さまが、なんでこんなむさっ苦しい野営地を訪れなきゃならんのだ。
焦燥感に駆られた俺は、急いで気配の根幹へと向かう。方角は、野営地の丁度中央部分か。
殺気は感じられないが、それで安心できるほどに俺も馬鹿ではない。むしろ、この『異様な気配』が何を仕出かすのかが不安だ。嫌な予感しかしないぞ。
俺は迷わずに走り出し、気配の元へと走り出す。冒険者用の区画以外は立ち入り禁止だと忠告されていたが、仕方が無い。
「あ、おい貴様ッ、ここは一般人は立ち入り禁止だぞ!」
途中、野営地の内部を警備していた者に出くわすと、彼は武器に手を添えながら駆け寄ってくる。俺は入り口の時と同じく、だが急いでギルドカードと婆さんの署名入り書類を取り出し、叩きつけるように見せた。
「こ、これはあの御方の…………」
「緊急事態だッ! 四の五の言わずに付いてこいッ!」
俺の鬼気迫る様子に只ならぬモノを感じ取り、彼は神妙に頷いて俺の後に続く。
ーーーーパチンッ。
「ぬぉおうッ!?」
前触れもなく静電気が弾けるような痛みが皮膚を刺し、妙な悲鳴を上げてしまった。同時に、何か薄い膜のようなものを突き破った感触。思わず俺は立ち止まる。
「な、何だこの魔力の気配はッ。どうして今まで誰も気が付かなかったッ!?」
追従していた兵士が驚きの声を上げた。む、確かに強い魔力の気配だ。しかも相当にでかい。だが、俺が静電気のような痛みを感じる前までは薄らとしか感じられなかった。
「詮索は後だ、行くぞっ」
再び駆け出して数分も経たず、俺と兵士は野営地の中心部にたどり着いた。テントや物資が所々に置かれた周囲と違い、ここだけは物が少なく広々としていた。全校集会にも使う学校の校庭を思い出すそこには、俺の目から見ても異様な光景が広がっていた。
まず地面は中央部から半径五メートルはありそうな巨大な方陣ーーーー魔術式が描かれていた。怪しい赤の光を放つそれから、膨大な量の魔力が発せられている。
そして、その中央部にはーーーー俺が感じた気配の根幹が佇んでいた。魔術士風のローブ姿の男だ。俺達の足音に気が付き、こちらを振り向くと、刹那の間だけそのギョロりとした目と合う。
「…………む? おかしいな。ここには人払いの結界をーーーー」
「先手必勝!」
「へぶぁッッ!?」
とりあえず何かを喋る前に氷の礫を顔面にぶち込んでおく。ローブの男は勢いのままに地面を転がり、仰向けの形で停止するとそのまま動かなくなった。今の一撃で運良く気絶してくれたようだ。
前口上? んなもん聞いてやる義理も通りもない。詳しい事情は後で拷問でもして吐かせればいいのだ。
「…………いささか乱暴すぎないか?」
異常事態ではあるが、俺のあまりの行動(自覚はある)に、兵士はひきつった声で突っ込みを入れてくる。ただ、咎めの色が薄いのは、この明らさまに怪しい魔術式の方陣に、今俺が吹き飛ばした謎のローブ男が関係していると分かっているからだ。
「あのギョロ目男の身の上は今はどうでもいい。それよりも、この魔術式が何なのか分かるか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺もそこまで魔術式には詳しくないが、何とか読みとってみよう」
兵士は怪しく光る魔術式を観察し、やがておずおずと口を開いた。
「…………おそらくだが、召喚系の魔術式だな。契約を求める類ではなく、単純に遠くの『何か』を呼び出す術式だ。悪いがそれ以上のことは分からん」
「…………きな臭いな、こいつぁ」
ギョロ目男が『人払いの結界』などと怪しさ満点の台詞を吐いていた。おそらく、俺が感じた静電気と膜を破る感覚が『それ』だったのだろう。人を寄せ付けない為の措置など、よほどに大事な物を守りたいか、後ろ暗い事をしたかったかの二択。この場合は間違いなく後者だな。
俺が考えを巡らせていると、新しい足音が複数近づいてきた。人払いの結界を俺が破ったために、この魔術式の魔力を感知した野営地に残った兵士たちが駆けつけてきたのだ。
「冒険者殿ッ、これは一体何事ですかッ」
野営地の警備をしていた兵士が急いでこちらに駆け寄ってきた。
「あそこで倒れてるギョロ目の男が、ここで召喚の魔術式を用意してたらしい。ご丁寧に、人払いの結界まで使ってな。大方の人間が出払っているとはいえ、帝国軍がまだ残ってる野営地のど真ん中で大胆不敵なこった」
俺は気絶して動かないギョロ目を指さして言った。
「…………見たところ、完成間際といったところです。あとは魔力を注ぎ込むだけ、という段階ですね」
ギョロ目が気絶している今、奴から感じられる『異様さ』は希薄だった。推測すると、最後の仕上げに必要な膨大な魔力を練り上げた為、俺の『気配探知』に触れたのだろう。
「詳しい内容はあんたも分からないのか?」
「召喚系の術式なら、我が騎士団の団長殿ならば詳細も読みとれたでしょう。私程度ではそれが「召喚系か否か」ぐらいが限度です」
兵士は視線を動かし、倒れているギョロ目へと向けた。他の集まった兵士が背中に手を回し、縄で縛り上げていた。
「奴の話が聞けるようになるのは少し後になりそうですね」
「や、悪いな。出会い頭に気絶させちまって」
「…………いえ、この魔術式が発動してしまったら、何が『呼び出される』か分かったものじゃありません。妥当な判断でした」
どこぞの物語に出てくる勇者みたいに、わざわざ相手の言い分や身の上を聞いてたら、ギョロ目はその間に魔術式を完成させていたに違いない。
カンナ式必勝法の一つにこうある。
ーーーー相手の言い分は勝利した後に聞け。
警備の兵士にお墨付きをもらい、俺がホッとしたその時。
「うがぁぁぁぁああああああああああッッッ」
辺り一帯に絶叫が響きわたった。
絶叫の主はーーーーあのギョロ目だッ。
縄で縛られ、今まさに猿轡を噛まされそうになっていたギョロ目の口から、耳をつんざぐ声が発せられ、側にいた兵士たちを強引に吹き飛ばした。ローブの奥にはがりがりに痩せ細った身体があるだけなのに、どこにそれだけの力があったのか。
目は血走り大きく開かれ、眼窩から飛び出しそうなほど。激痛を耐えるように歯を食いしばり、唾液が溢れ出している。一見しただけでもまともな様子ではないと分かる。
ギョロ目は後ろ手に縛られたまま、絶叫を喉から絞り出しながら地面に描かれた魔術式の中央部へと走る。
「そいつを取り押さえろぉ!」
誰かが声を張り上げるも、ギョロ目は魔術式の中央部に到達。そして。
「ぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああッッッ」
風船が弾けたような乾いた音が木霊した。
ギョロ目は身を捩るようにして絶叫を迸らせると、体中の『穴という穴』から赤い液体ーー鮮血を噴き出し、自らが作り出した血溜まりに身を沈めた。眼球も破裂したのか目からも、鼓膜も突き破り耳からも血が溢れ出していた。
生死の是非は…………問うまでもない。
騎士団に所属している兵士なら人の死には少なからず触れてきただろう。だが、そんな彼らを持ってしても思わず目を背けてしまいたくなるような有様だ。俺もさすがに吐き気を覚えずにはいられなかった。
しかし、嘔吐している余裕はどうやら無いらしい。
中央部が赤く染まった魔術式が、急激に輝きを増したのだ。それに伴い、ギョロ目の死体から溢れ出していた血が色を失っていく。あたかも魔術式が血を取り込んでいるようにも見えた。
「…………もしかしなくてもヤバいくねこれ」
「もしかしなくてもヤバいですよ! 全員、魔術式の外に待避しろ! 急げッ」
魔術式の輝きは、直視できないレベルにまで達していた。俺と兵士たちは、目を光から腕で庇いながら魔術式から離れた。ギョロ目の死体を回収している暇など無かった。
術式の輝きが最高潮に達し、光が爆発した。
「なんなんだよこいつぁっ!?」
「おそらく、時間を掛けて練り上げる魔力を血を媒介に強引に精製したのでしょうッ! まさかこんな生け贄紛いの行為に出るとは、狂気の沙汰としか言いようがありませんっ!」
魔力の奔流が収まり、光が収束していった。目を庇っていた腕を退けると、ギョロ目の死体はどこにも見あたらなかった。
しかし、俺達はそんな『些細な事』に気を回している余裕など無かった。
「ごぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ」
未だに妖しい光を保ったままの魔術式。その中央部に、異形の姿を捉えたからだ。
全長は三メートルにも届く。異様に発達した筋肉は、腕の太さなど女性の胴回りほどもあり、手には野太い棍棒。荒い呼吸を漏らす口には鋭い牙が生え揃っている。そして頭からは、鋭い角が二本。だが竜人族よりも荒々しく禍々しい形状をしていた。
ファンタジーなモンスターでお馴染みの『アイツ』。
『オーガ』である。
部類としてはゴブリンと同じ人型の魔獣だが、それを遙かに越える巨体と凶暴性を誇り、体躯に見合う暴力を秘めた暴君だ。確か、討伐にはCランクの冒険者が複数で望むのがベスト。単独で挑むのならBランクの実力と『装備』が必須になってくる。
「ごぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ」
衝撃すら伴いそうな咆哮がまたも発せられた。
「ちっ、「お友達になりましょう」とは聞こえねぇな」
「いやいやいや、何を言っているんですかッ! むしろ「俺に血を見せろぉぉぉッッ」って言ってますよ!」
存外にノリいいなこの警備のアンちゃん。門で職務質問してるときはキャラを作っていたのか?
などとお馬鹿な事を考えていると、異常事態はさらなる混沌へ突き進む。なんと、召喚魔術式がまた強く光ると、地面の下からせり上がるようにしてまたもオーガが姿を現したのだ。
「これは、永続召喚の術式ッ」
「なんとなく想像は付くけど詳細はッ?」
「名の通り対象を永続的に召喚する魔術式です。ですが、制御が難しく下手をすれば敵も味方も甚大な被害を受けるので、術式の研究及びに使用は禁止されているはずです」
「現に使われてるけどなッ」
「私に言われても困りますッ」
「二人ともッ、漫才はそれくらいにしておけっ! 奴らが動くぞ!」
召喚されたニ体のオーガは雄叫びを上げると、その一体が棍棒を振り上げながらこちらに走ってきた。動きは一見して緩慢だが、巨体故に一歩一歩の移動距離は人間と比べものにならない。あっという間にこちらに急接近してくる。
俺と門番のアンちゃん、それともう一人の兵士が慌ててその場を離脱すると、次の瞬間にオーガは棍棒を振り下ろしていた。鈍く風を押しのける音に遅れて地面に棍棒が衝突、轟音を立てて地面が粉砕される。その破壊の光景に、俺はいつかの氷の巨人を思いだした。
俺は棍棒の一撃を避けると氷の斧を具現。無防備になったオーガの背中にたたき込んだ。だが、氷でできた刃は奴の身体を両断することなく、少し突き刺さっただけで止まってしまう。
斧が食い込んだことに痛みは感じたのか、オーガはこちらの方へと視線を向けると、振り向きざまに棍棒を振り回した。迷わずに氷の斧を手放して距離を離すと、俺が寸前まで立っていた場所を棍棒が薙払う。生まれた風圧が俺の顔を撫で、背筋がひやりとなった。
「オーガの膨大な筋力が天然の鎧を形成しています! 直接的な攻撃は通用しませんッ」
兵士のアンちゃん。もうちょっと早く教えてほしかったよ。
「「レベルを上げて物理で殴れ」とは言うが、敵がやると理不尽そのものだなっ」
氷の円錐を三つ生み出して発射するが、二つは棍棒によってあらぬ方向に弾かれ、身体に到達した一本も先端がちょっとだけ刺さっただけで特に効果を発揮しなかった。煩わしそうにオーガはそれを片手で引き抜き、放り投げてしまう。
ちらりともう一体のオーガを見れば、別方面に集まった兵士たちに向けて突撃をしていった。対する兵士たちはよく訓練された動きでオーガの攻撃を回避するが、こちらと同じに攻め手に欠けているようだ。
「冒険者殿ッ。貴殿は魔術士と見受けるが、奴に通用する魔術はーー」
「あいにくと不器用でなッ。氷での物理攻撃以外はてんで使えない」
「くっ、通常は貴重な上位属性なんだがッ」
「無能で御免なさいねッ」
「あ、いえ。責めているわけではないのですが」
俺達はオーガの強撃を何とか回避しながら、兵士の二人は手に持っていた剣を、俺は氷の斧や円錐で攻撃を加えていく。だがどれもが分厚い筋肉に阻まれて致命傷にまで届かない。せいぜい掠り傷を増やす程度だ。
「ぐぁぁぁぁッッ」
人間の悲鳴だ。もう一体を相手にしていた兵士の一人がオーガの一撃を正面から受けてしまい、吹き飛ばされていた。死んではいないようだが、すぐに戦線復帰はできそうにないな。
くそッ、このままだとじり貧だな。いっそのこと、あの炎の魔術士を倒したときのような超巨大氷槌で叩き潰すか。や、できなくもないがあれは凄まじいレベルの精神力を消費する。外したら目も当てられないし、一体を倒したとしてももう一体が残っている。安易に頼れない。
「うわぁッ!?」
思考を別に割いていると付近から声が上がった。兵士のアンちゃんが足を滑らせて転倒してしまった。その眼前では、オーガが大きく棍棒を振り上げていた。あの一発が直撃したら即死する!
「させるかぁぁッッ」
両手を前方に突き出し、倒れた兵士を庇うように氷の壁を具現。オーガの棍棒がそこに激突し、一撃で氷の壁に亀裂が入った。畜生、単純なパワーはレアル並かッ。今ので精神力をごっそり持って行かれる。
「え、え?」
「早く退けッ! 長くは保たない!」
突然現れた氷の壁と、それによって辛うじて命を繋いだことを受け入れきれない兵士は倒れたまま動けない。その間にも、オーガの豪打は繰り返され、氷に走る亀裂も大きさを増していく。
もう一人の兵士が立ち直れていない彼の首根っこを掴み、無理矢理その場から引きずり出した。その直後に繰り出されたオーガの一撃によって氷の壁は粉砕されるが、兵士のアンちゃんは無事だ。ナイスだもう一人の兵士さん。あ、どっちも名前知らない。
「あ、ありがとうございます冒険者殿っ」
「感謝は良いから打開策考えてくれ! このままじゃ嬲り殺しだ!」
「…………通常なら炎系の魔術を使って焼き殺すところだが、魔術に心得がある者は全員、ゴブリンの討伐作戦に向かってしまった。かといって、我々の装備ではオーガの皮膚を突破できるほどの切れ味は無い」
半分涙目で礼を言う一方で、もう一人の兵士は苦みを噛みしめながら冷静な様子で言った。
とにかく厄介なのはあの筋肉の頑丈さだ。さすがに鋼鉄ほどの強度はないので剣でも氷の刃でも傷は付けられるのだが、表層だけで奥まで届かない。あれだけの巨体だし生命力も相応だ。生傷をいくら増やしても倒しきれないだろう。かといって今の俺ではあれ以上に鋭い刃を作るには時間が掛かりすぎるし。
ーーーーや、待てよ。とりあえず先端は刺さるわけだ。
攻撃力は最低限あるのだし、つまりは単純なパワーが足りてないわけだ。だが、俺のイメージでは限度がある。
だったら、そのイメージにプラスの力を与えてやれば。
手詰まりなのだ、やれるだけやってみるか!
俺はまず、氷の斧ではなく『槌』を生み出す。無論、全精神力をつぎ込んだ超巨大ではなく、無理の無い程度の大きさに止める。それでも円柱の太さはオーガの持つ棍棒ほどはあるが。
俺はチャンスを見極めるべく、オーガの攻撃を他の兵士二人と同じように回避していく。回避に専念し、オーガの気配を油断なく読みとれば難しくない。狙うのは大きな一撃だ。
そして。
「ごぉおおおおおおおおおおおッッッッ」
目の前をちょろちょろと動く俺達に痺れを切らしたのか、オーガは魂が震えるような雄叫びを上げると、凄まじいほどの突進力を発揮し俺へと棍棒を振り下ろしてきた。
運が良い。他の二人だったら反応が遅れていただろうが、俺ならば突撃を仕掛けてくるよりも早くに察知できる。読み通りに繰り出された棍棒の一撃を、余裕を持って回避。大地が粉砕され棍棒がめり込むが、当たらなければその凄まじい膂力も意味がない。
大きな振り下ろしによって待ちに待った隙ができた。
これで失敗したら正直打つ手がない。
大きく飛び退いた俺は大槌を右手に持って肩に担ぎ、もう一方の手を前に突きだした。生み出すのはやはり氷の円錐だ。けれども、俺はそれをすぐさま発射せずに空中に留めた。
狙いは精霊が定めてくれる。
だから俺は、大きく槌を振りかぶり。
「だらっしゃあぁぁぁぁぁあああああああああああッッッ!!!」
手加減無しの全力フルスイング。空中に浮かんでいる円錐の底面へ、野球バットさながらに大槌を叩き込んだ。
円錐をそのままぶつけてもイメージ不足で威力が出ない。
氷の刃を直接ぶつけても同じだ。
だったら、円錐に直接打撃を加えイメージ+推進力で威力を底上げすればいいのだ。
凄まじい速度で空中を突き進む氷の円錐。直接発射した時よりも段違いの速度を持って飛来するそれはオーガの胴体部に命中。鋭い刃ですら掠り傷に留める頑丈な筋肉を食い破り、内臓を巻き込み背骨すら粉砕し、背中から飛び出していった。
「ぐ…………ごぉぉぉ…………」
身体にまん丸の穴をあけたオーガはクグモった鳴き声を上げた後、穴が空いた腹部から血をまき散らしながら音を立てて地面に倒れた。
「…………Oh」
や、想像以上の威力にびっくりである。兵士の二人も同じく驚いて硬直している。突き刺さるとは思っていたが、まさか貫通するとは予想外である。うれしい誤算には違いないが。
「…………はッ、冒険者殿! あちらのオーガもお願いします!」
我に返った兵士の片割れに言われて俺もはっとなる。
もう一体の方は…………最初に吹き飛ばされた一人を除いてまだ無事だ。ただ、最初の頃より動きに繊細さを欠いていた。あのままだと遠からず、また誰かがオーガの攻撃の餌食になる。
俺はもう一度氷の円錐を生み出し、いつでも『打撃』できるように氷の大槌を振りかぶる。こちらは準備完了だ。
兵士のアンちゃんに頷き、合図を受け取った彼は声を張り上げた。
「全員ッ! オーガから離れろぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」
アンちゃんの声が届くと、オーガの付近にいた全員がその場から離脱。
獲物が急に後退したことに疑問を持ったオーガが周囲を見渡すように首を見渡す。と、大槌を構えた俺を目に留めたがもう遅い。
「どっせいやぁぁぁぁぁぁッッッ」
再度の全力フルスイング。大槌から与えられる衝撃を推進力にし、爆発的な速度を得た円錐がオーガの頭部に命中。貫通どころか頭蓋と脳漿を派手に散らせながら首から上が消滅した。
頭を失ったオーガはその場でよろめくと、声もなく(頭無いしな)地面を揺るがしながら倒れたのだった。
強力な魔獣のニ体が、沈黙。それまでの激戦が嘘だったかのように辺りに静寂が漂った。
ーーーーガンッ。
俺は大槌の石突きを地面に突き立て。
「とったどぉぉぉぉおおおおおおおおおッッッ」
俺の勝利宣言に少し遅れて。
ーーーーぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!
その場にいた全ての人間が勝ち鬨を上げた。
「やりましたね冒険者殿ッ! さすがはリーディアル様の寄越した御方だッッ」
兵士のアンちゃんが涙をぼろぼろ流しながら俺の肩を叩いた。もう一方の冷静な兵士さんは、腕を組みうむうむと頷いている。他の面々もその場でヘタリ込んだりしていた。
「っと、さっき吹き飛ばされた兵士さんは無事か?」
「伊達に団長に鍛えられてませんから、あの程度で死にはしないでしょう。せいぜい骨の一本や二本が折れたぐらいでしょう」
明るく言うアンちゃんだったがいやいや。
「骨の一本や二本は結構重傷だと思うがッ!?」
「なぁに、我々にとっては日常茶飯事です。作戦中に出払っている魔術士の中には治癒術士もいますから、それまでの辛抱です」
「…………なかなかにバイオレンスな騎士団だなここ」
どうあれ死者が出なくて良かった。
だが、問題はこれで終わりではない。
「そういえば、最初のニ体だけで、まだ新しいオーガが呼び出されてないな」
永続式の召喚術式ーー対象を継続的に呼び続ける術式と先ほど聞いたが、それにしては三体目以降が現れていない。ただ、魔術式の光は相変わらず怪しい光を放っており、心なしかそれは徐々に強くなっているように見える。
「あの謎の男が生け贄となって生み出した魔力が、即座にオーガをニ体呼び出した時点で全て消費されてしまったんですね。ですが、おそらく術式には空気中の魔力を蓄積する仕組みも組み込まれているはず。時間を置けばまた新たな魔獣が召喚されてしまうでしょう」
とすると、ギョロ目の事情も聞かずに気絶させたのは失策だったか。奴がいてもいなくても結果が変わらないのなら、なるべく情報を聞き出してからでも遅くはなかった。
そんな後悔を表情から読みとったのか、兵士のアンちゃんは苦笑した。
「そう気を落とさないでください。私はあなたの判断は正しかったと思っています。術式に組み込まれた魔力を集める仕組みは、術士が自らの手で魔力を集めるよりも遙かに非効率です。一度限りのニ体同時召喚よりも、数十秒から数分おきに継続的に新手を召喚されていたら、それこそ手に負えなかった」
隣の兵士さんも同意見なのか頷いていた。
「だが、こいつが言ったとおり、非効率ではあるがこの魔術式は空気中から魔力を集め続けている。あと少しもすれば新たなオーガが召喚されてしまうだろうな」
「てぇことは、新手が来る前にさっさと壊しちまった方が良さそうだな」
「ですね。冒険者殿、頼んでもよろしいでしょうか?」
「応、任せな」
魔術式方陣の内側から兵士たちを待避させる。俺は方陣の円周の端に寄り、氷の剣を生み出した。
「せいやッ」
十分にイメージを練ってから、剣を地面に突き刺した。
半径五メートルの術式方陣を大地から突き出た氷の剣山が飲み込む。描かれていた幾何学模様を粉砕していった。地面から剣を引き抜き、氷の剣山を消滅させれば、小規模な隆起現象が起こったような有様だ。もちろん、術式方陣も木っ端に砕かれて色を失っていた。大規模な精霊術ではあるが、イメージをしっかり固められる時間があれば精神の消費も少ないのでこの程度は問題ない。
「…………魔力の気配がなくなりましたね。無事に召喚術式は破壊できたようです」
膝を折り、地面に手を触れた兵士のアンちゃんが確認をとる。魔術式から発せられた魔力が無くなったのは俺も感じられた。
当面の危機は去ったとみていいだろう。