Kanna no Kanna RAW novel - chapter (67)
第六十二話 大将が最前線で暴れていいのはゲームの中だけだと思う
「ーーーーッ、総員ッ、警戒態勢ッ! 魔術を扱える者は準備しておけ! …………って、団長ッッ!?」
クロエが不意の矢に倒れると、ダインは即座に団員達に命令を下した。だがその最後に、突然その場を駆けだしたレグルスを見て驚愕する。
彼は一目散に倒れたクロエの元へと走り寄った。
「ちっ、邪魔だッ」
舌打ちを一つに虚空へ剣を振るう。すると、またもやどこからか飛来した矢の奇襲を真っ二つに断ち切っていたのだ。矢の発射地点が分からないままに、風を切る音と戦場で培われた勘で飛来する矢を迎撃したのだ。
二度の矢襲に、ダインは新たなる敵の姿までは確認できなかったが、矢が放たれた地点を見極めた。
「洞窟の上部だ! 魔術で団長を援護しろ!」
指示に従い、騎士団で魔術を扱える十と余名が即座に魔術式を発動した。また少し遅れて冒険者側も同じく何人かが魔術式を構築。一斉射撃によりダインが指した地点に魔術が次々に着弾していった。付近の岸壁が吹き飛ぶと砂塵が舞う。
さすがだ、とレグルスはダインの見極めに感心しつつ、クロエの元に到達した。急いで傷口を調べようと身を起こす。だが、不思議なことに矢は間違いなく彼女の胸に突き刺さっていたが、それにしては服に傷口から吹き出た血が付着していない。
「失礼」
意識がないことを承知で、断りを入れてからレグルスはクロエの胸元を引き裂き、矢が突き刺さった傷口を確認した。と、そこで目にした物に驚いた。
なんと、矢の先端はクロエの肉体に届いておらず、その直前で『氷』の板によって食い止められていたからだ。
「…………なるほど、『彼』か」
クロエの口元に耳を寄せれば、定期的な呼吸音が聞こえる。矢の衝撃で気絶はしているようだが、命に別状はない。
レグルスは彼女の体を左肩に背負い、立ち上がる。この場に放置しているわけにもいかないし、彼女が生きていると分かれば格好の的になる。
「むんッ」
直前の一矢とは別の方角から矢が飛んできた。しかし、レグルスは人間一人を背負いながら巨剣を片手で振るい、そうとは思えないほどの剣速でまたも矢を打ち払った。
「防御陣形ッ。風の魔術で矢を散らせッ」
ダインは矢の射手が複数だと判断すると、その位置を特定するための時間稼ぎに素早く指示を出した。騎士団へと向けてどこからか矢が放たれたが、魔術によって吹き荒れた風に煽られ、あらぬ方向へと飛んでいった。
その間に、クロエを担いだレグルスは急いでダイン達部下の元へと戻る。
「団長ッ、いきなり突っ込まないでくださいッ」
「すまん。だがあのままでは彼女が危険だったのでな」
意識のないクロエを肩から降ろすと、近くにいた団員に彼女を預ける。
「おい、嬢ちゃんは無事なのかッ」
バルハルトがレグルスに詰め寄った。
「矢の衝撃で意識が飛んでるだけだ。治療術式を掛ければすぐにでも目を覚ますだろう。それよりも」
レグルスは山の側面に開いた洞穴…………その上部に目を向けた。先ほどの魔術で舞い上がった砂埃が消える。だが、その目には視界が晴れるよりも早く、奥に蠢く存在を捕らえていた。
洞穴の上部は、下からは壁に見えるがおそらく岩が切り出ており足場を形成していたのだろう。そこから顔を出したのは、蜥蜴の顔。だが、それは野生の四足歩行生物ではなく、二本の後ろ足で大地を踏みしめ、開いた両手には武器と防具を装備していた。
最初の一体が顔を出すと、同じような顔が次々に現れ、洞窟の上部に二十以上の蜥蜴型二足歩行魔獣が姿を表した。
「矢を放った時点で分かってはいたが、『リザードマン』か」
単独の討伐レベルはCランク。単体能力においてもゴブリンを大きく上回る魔獣だが、何よりも恐ろしいのは発達した知能による集団戦闘力。経験のある冒険者はオーガ十体とリザードマン十体、相手にしたく無いのは間違い無く後者だ。リザードマンの連携戦闘は熟練の冒険者であっても油断すれば返り討ちにあう。さらに、剣や盾だけではなく、弓矢や槍なども扱い、距離を置いても油断ならない相手だ。
「そんな馬鹿なッ、事前の偵察でリザードマンが確認された報告は無いぞッ!?」
「落ち着けダイン。戦場での不測の事態は日常茶飯事だ。それに、前ばかり向いてもいられん」
レグルスは現れたリザードマン達に注意を払いながら周囲に目を向ける。最初の一集団を皮切りに、山壁の岩に隠れていたリザードマンが次々と姿を表してきた。多方向から矢が飛んできていたのだし、当たり前だ。
「戦力を二分にしておくのは得策ではないな」
「…………ッ、冒険者達と合流するッ、総員急げッ」
団長の呟きを正確に読み取ったダインが大声で叫ぶと、騎士団は離れた位置にいる冒険者達の方へと向かった。彼らの動きを察した冒険者達も同様に動く。
彼らが合流するために動いている間にも、リザードマン達は数を増やしていく。果たしてどこに隠れていたのか、あっという間に、蜥蜴の顔ぶれが百を越える。
「ったく、こんな数のリザードマンが、どこに隠れてたんだかなッ」
バルハルトの言葉はこの場にいる全員も同感だった。だが、レグルスが思い浮かべていたのは少々異なる。
(これほどの数のリザードマンがいるのに、どうしてゴブリン達が大集団を作るのを見逃していたのだ?)
リザードマンは確かにゴブリンよりも高度な知能を有するが、だからといって人間に等しいほどではない。根幹にある弱肉強食の本能は、他の種族が幅を利かせて大集団を作るのを許すはずがない。リザードマンの百体もいれば個体数十倍のゴブリンであっても殲滅は可能だ。だとすれば、自分たちが相対していたのはゴブリンではなくリザードマンの大集団だったはずだ。
(随分ときな臭い)
ふと、この状況に既視感を覚えた。
(まさか、『奴ら』か? だがこの場に『彼女』の姿は無いはずだ。…………だとすれば、『奴ら』の目的は『彼女』その物では無かったということか?)
思考を巡らせるが、答えを導いている暇はなかった。
周囲の壁面から姿を現したリザードマン達は壁を滑って大地に降りると、地響きをあげながらこちらへと突進してくる。
「おい竜剣ッ、洞窟の方からも来やがったぞ!」
槍使いの冒険者が声を張り上げた。洞窟の内部からリザードマンが溢れ出したのだ。既にリザードマンの総数は二百を突破していた。
「…………考えるのは後にしようか」
今は現状を打開する方が先決だ。人数ではリザードマンに劣っているが、戦力で言えばこちらが上だ。ゴブリンほど楽ではないが、問題なく対処できるだろう。
(だが、油断はできないな)
レグルスの脳裏にはある種の確信があった。
『敵』の手札は、まだ完全には出揃っていないと。最後の札が切られた時、どう対処すべきか。
彼は微塵の油断も抱かぬように、大剣の柄を握り直すのだった。