Kanna no Kanna RAW novel - chapter (70)
第六十五話 戦略シミュレーションから無双系にモデルチェンジした戦場
俺たちが動き出すと、それに併せてリザードマン達も行動を開始した。
魔獣社会に武功があるかは不明だが、こちら側の大将の首を狙って一斉に蜥蜴魔獣達が襲いかかってきた。ゴブリンとは違い、見事に統率されてた動きだ。
だが、
「うぉおおおおおおおおおおおッッ」
剣をーー否、『矛』と化した得物を、レグルスは気迫と共に振るった。範囲内にいるリザードマンは十体ほどが纏めて胴体を両断され、身体が上下に分かれながら絶命した。
「わふぅッ、竜剣殿の剛力が極まったでござるよッ」
味方でありながらも、クロエは一瞬で十の魔獣を葬ったレグルスに戦慄していた。俺が持ってきた『柄』を連結させ、得物の全長が伸びて斬撃の半径が広がったのだ。遠心力も増すだろうし『剣』の時よりも取り回しは難しそうだが、こういった集団戦であれば『矛』の制圧力の方が効果的だろう。
「…………や、本当に俺って必要か?」
「カンナ氏、もうちょっとやる気出すでござるよ!」
なんかもうレグルス一人でリザードマンを全滅させられそうな気もするが、クロエに叱られてモチベーションを上げる。
「よいしょぉッ!」
氷の槌を振るい、氷砲弾を叩いてリザードマンへと発射する。レグルスが横幅に強い殲滅力があるならこちらは直線距離だな。射程延長上にいるリザードマンが揃って粉砕、あるいは圧殺される。味方が居ると問答無用に巻き込むから、狙う際は確認しないと危険だな。
「拙者に言わせれば、カンナ氏も十分に大概でござるから。殆どタイムラグ無しでそこまで威力のある魔術はそうないでござるからな」
「え、マジで?」
「自覚ないでござったよ、この御方」
俺が砲弾を用意して無防備になっている間、クロエは俺に迫り来るリザードマンを『雷刃』を使用した雷撃の剣で切り捨てていく。切れ味の増した刃の元、リザードマンの身体は豆腐に糸を通すように容易く両断される。
「って、それって使いすぎると柄が熱くなりすぎて火傷するんじゃなかったか?」
「常時使っていたらそうでござるが、刃が届く寸前に発動して」
言葉の後に手近にいたもう一体のリザードマンを切り捨てる時、魔獣の身体に到達する寸前に刃に雷光が纏い、刃が敵を通過した直後には消えている。
「すぐに解除すればそれほど熱が籠もらないと先ほど気がついたのでござるよ。無制限、とまでは行かずとも扱える回数は確実に増えるでござる」
説明文すら口にするクロエ。だいぶ余裕があるなこいつ。
先頭のレグルスが『矛』を振り回して道を文字通り切り開き、それに続いて俺が氷砲弾で敵の数を減らし、レグルスや俺に迫る討ち漏らしはクロエが『雷刃』を使って残らず切り捨てていく。進撃の目標地点は大蜥蜴に騎乗したジェネラルゴブリンだが、そこにたどり着く前に他のジェネラルゴブリンが接近してきた。他の個体は別の方角から騎士団と冒険者達の方へと迫っている。彼らには負担を掛けるが、レグルスが騎竜ゴブリンを倒すまで耐えて貰うしかない。
こちらに接近してくるジェネラルゴブリンに、俺は氷砲弾を放つ。が、最初に大将格のゴブリンを吹き飛ばしさらには配下のリザードマンも多数討たれている。不意打ちにはならずに巨体に似合わない軽快な動きで迫る氷の砲弾を回避した。この技は手順が掛かる分、『起こり』を見られると余裕で回避されるな。
俺は舌を打ち、氷砲弾から通常の円錐攻撃に切り替えようとイメージを練ろうとするが、それよりも早くに脇からクロエが飛び出した。迫り来るクロエに対してジェネラルゴブリンは斧を振り下ろすが、クロエは紙一重を見極めて斧を回避すると、すれ違いざまに鎧の隙間を『雷刃』の剣で切り裂いた。鈍い悲鳴を上げながら、ジェネラルゴブリンは痙攣して動きを止めた。雷撃の刃に感電したのだ。
そこへすかさずレグルスが肉薄し、無防備なジェネラルゴブリンの胴体を鎧ごとぶった切った。豪快の一言に尽きるな。あの鎧は俺の今現在で出せる一番の攻撃力である氷砲弾(超巨大槌を除いて)でも突破できない強度だった。それを一撃で両断するとか。明らかにこの戦場の中で攻撃力が突き抜けている。
「や、マジで俺は必要なんかね?」
とボヤきつつ、俺は今し方大物の一体を討伐した二人に近づくリザードマン達に向けて氷円錐の雨を降らせた。威力は無いが動きを止める程度の効果はある。周囲の魔獣が足を止めている隙に、二人は後ろに下がり俺と合流する。追撃しようとする弓矢は氷の膜を使って遮った。
「飛び出すのは良いが、一言欲しいね」
「君なら問題なくフォローしてくれると信じているからな。実際にそうしてくれただろう?」
「はっ、信頼が重たいねぇ」
だが、悪くはない感覚だ。
「…………竜剣殿はずいぶんとカンナ氏を信用しているのでござるな。もしかして、お二人は面識があるのでござるか?」
何気ない発言に、レグルスは肩をギクリと震わせたが、俺はクロエの頭を軽く叩いて。
「今は目の前の魔獣を殲滅するのが先だ。いいな?」
「了解したでござるッ」
クロエは浮かんだ疑問を脇に置いた。
「…………すまない」
「なぁに、そんな鎧を着てるんだ。色々と事情があるのは察せるさ。それにしても、よく『アレ』が収まるな」
と、俺は自分の『胸板』を指で軽く叩いた。一瞬、『彼』は意味不明とばかりに首を傾げたが、俺の動作の意味を読みとると反射的に鎧の『胸部』を隠すように左手を動かした。
「き、君は何をッッ!?」
「ああ、『やっぱり』そうかい」
「ーーーーーッッ!?」
どうやら間違いはなかったようだ。声の高さや『耳』は何かしらの方法で誤魔化しているが、俺にはどうやら通じないらしい。
「や、今は聞かねぇよ。クロエに言ったとおり、目の前の魔獣を相手にする方が先決だしな」
「ッ、覚えていろよ『カンナ』!」
初めて『レグルス』が、俺の名前を呼んだ。そこに含まれていた声色は、まるで気の置けない『相棒』を叱るような感情だ。俺は我知らずに笑みを浮かべていた。先日にどうにもギクシャクとした空気で終わってしまったが、兜越しとは言えこうして顔を合わせられたのが嬉しい。
(不思議でござる。どうにも竜剣殿とカンナ氏が顔を合わせているのを見るとこう…………『もや』っとするでござるな)
クロエの小さな小さな呟きは戦場の喧噪にかき消され、俺とレグルスに届かなかった。
上位個体の一つを瞬殺した事で、味方陣営の士気が増したのを背中に感じた。先ほどの動揺で下がった分は取り戻せただろうな。
「二人とも、うれしい誤算が一つだ」
もはや名前を呼ぶことに躊躇いが無くなったのか、レグルスは愉快そうに槍を振るいながら言った。
「我々を危険視したジェネラルゴブリンが、一斉にこちらに向かってきている。最大戦力で一気に我々を潰す算段だな。だが、おかげで他の者達に掛かる負担が減る」
「…………それって拙者達の負担が極めて増すという意味ではござらんか?」
「諦めろ。こいつは冷静に見えて、意外と頭の中は脳筋だ」
考えずに突っ込むか、考えながら突っ込むかの違いだ。
「それは今までの戦いぶりを見てれば分かるでござるよッ」
「…………オマエラ、後で覚えていろよ?」
おかしい。冷気には強い俺の背筋が寒くなったぞ。クロエも尻尾の毛が逆立っていた。
レグルスの言葉通り、別の方面へと進んでいたジェネラルゴブリン達の気配が一斉にこちらを目指していた。全部を同時に相手にするにはちょいと無理がありすぎるな。
「一体一体に手間を掛けていれば勢いに圧殺されるな」
「見敵必殺で行くしかねぇだろ。俺が周囲のリザードマンを相手にするから、お前さんら二人でジェネラルゴブリンを倒せ。一体に時間を掛けずに速攻でだ」
隊列を組み替え、今度は俺が先頭になる。氷砲弾を生み出し撃ち放つが今回は今までのと少しイメージを変えた。砲弾の底面に槌が命中すると、砲弾はその時点で粉砕し、細かく分かれた無数の礫となり前方にいるリザードマンを襲った。散弾銃をイメージしたその攻撃は広範囲に威力を及ぼし、リザードマン達を薙ぎ払った。
二足歩行の人形蜥蜴が倒れると、その先にはこちらへ向かってくるジェネラルゴブリンの巨体。リザードマンを蹴散らして俺が作った『道』を二人が駆け抜けると、ジェネラルゴブリンが大斧の振り被る暇もなくクロエが鎧の隙間を切り裂き、悶えるそいつにレグルスは矛を振り下ろして二つに両断した。
「…………オーバーキル過ぎだろ」
ジェネラルゴブリンは顔だけが露出している全身鎧なのだ、間接部にはどうしても隙間を作らなければならない。レグルスの豪快な一撃も凄いが、クロエの鎧の隙間を迷わずに狙える技量にも舌を巻いた。
援護ばかりにも気にしていられない。クロエが攻めに回ると当然俺へのフォローが無くなる。一見すれば魔術士である俺に、リザードマンが接近戦を挑んでくる。
「レグルスほどじゃないが、うぉらぁッッ!」
斧を具現化し大回転。流石に敵の剣や盾ごとを両断するには至らなかったが、近づいてきた数体を切り裂き残りは弾き飛ばす。離れ際には斧から片手を離しながら振るい、氷手裏剣を投げて体勢を崩した蜥蜴にトドメを刺す。ついでに斧を回転を付けながらぶん投げ、追加で接近してきた奴らに叩きつけた。
「カンナッ」
「あらほらさっさっとなッ!」
呼ぶ声に答え、そちらに振り向きざまに円錐を連続発射。直線上にいるリザードマンを次々に射殺し、次なるジェネラルゴブリンへの道を開く。そこにすかさずレグルスが走りジェネラルゴブリンを強襲する。
「カンナ氏ッ」
「えんやこらっとなッ!」
別方向からの声には、氷の槍を投擲してやり、リザードマンを一直線に串刺しにしてやった。一塊に息絶えたリザードマンを足場にクロエは跳躍、ジェネラルゴブリンの頭上を飛び越えると同時に首をはね飛ばす。
「ごぉぁぁぁぁぁああああッッ」
「だぁぁッ、うるせぇぇッ! ちょっとは休ませろやッ!!」
ヤケクソ気味に砲弾を生み出し、手間を省いて手甲で打って発射。「ちょ、そんな殺生なッ!?」と悲鳴を上げていそうなジェネラルゴブリンの顔面に命中。貫通はしなかったが頭蓋を顔の中央から潰されて倒れた。おお、槌ほど威力はでないが手甲で殴りつけるのもありだな。
「「カンナ(氏)ッッ」」
「オマエラもちょっとは遠慮しろよッ!?」
完全に俺にフォローを委ね、後先考えずに突貫する二人に俺は怒鳴った。スパ○ボにだって一ターンに使用できる援護攻撃の回数に限度がある。声を張り上げながらも精霊術での援護は欠かさずに行う俺に誰か愛の補給を頼む。できれば巨乳のナースさん辺りが欲しい。この世界にナースさんっているのか?
ーーーーげぎゃぁぁぁぁッッ。
「ん? おわぁぁぁッッッ!?」
俺の側にどこからかリザードマンが吹き飛ばされてきた。慌てて避けると、その先にいたリザードマンの複数を更に巻き込んで吹き飛んでいった。あの勢いだし、巻き込んだ側もされた側もただでは済まないな。
ちなみに、リザードマンが飛んできた発生源は、矛を振るった格好のレグルスがいた。
どうしてか、兜の奥にある目が、ゴミ溜めの汚物を見るようなものに感じられた。
偶々か? 本当に偶々こちらに飛んできたのか?
…………下手に突いたらやぶ蛇どころか竜が出てきそうな予感を覚えた俺は言葉を飲み込んだ。
うむ、真面目に頑張ろう。