Kanna no Kanna RAW novel - chapter (71)
第六十六話 鎧の奥に仕舞われていたのは・・・・・
更に数体のジェネラルゴブリンを連携で葬り去ると、とうとう業を煮やした大将格の騎竜ジェネラルゴブリンが動き出した。大蜥蜴の腹を蹴り、地響きを上げながら駆け出す。
氷砲弾では避けられる。俺は足止めをしようと手甲で地面を叩き、騎竜ゴブリンの進行方向上の地面を凍らせた。スリップして倒れたところでレグルスが止めを刺せばいい。だが、凍てついた地面は騎竜ゴブリンが乗った瞬間に粉々に粉砕された。しまった。ゴブリンの巨体と全身鎧、それに大蜥蜴が加わった重量を転倒させるには氷の強度が足りなさすぎた。
速度を些かも落とすことなく騎竜ゴブリンは斧を振り上げ、レグルスに襲いかかった。全体の質量に加えて速度の乗った超重量級の一撃。レグルスは矛を頭上で旋回させ、その勢いを利用して迫る斧に矛を合わせた。
「ちぃッッ!」
激しい激突音の後、なんとレグルスは耐えきった。本当に、あの細身でどれだけの力が秘められているのかが気になる。しかし、この場で随一の攻撃力を持つレグルスであっても騎竜ゴブリンを倒すには至らなかった。駆け抜けた騎竜ゴブリンは遠く離れた位置で向きを変えると再び突撃を仕掛けてくる。
今度の狙いはクロエだ。彼女はこの瞬間、リザードマンを相手にしていてそちらに目が向いていない。
「やばいッ。クロエッ、避けろ!」
俺の声に反応したクロエが、急接近してくる騎竜ゴブリンに気がつき、辛うじて斧の猛威から逃れた。身体を投げ出す形で回避したクロエがそのまま地面に倒れると、リザードマンが声を上げながら彼女に襲いかかる。そんな不届きな輩は漏れなく俺が放った氷の雨霰で蜂の巣になった。
他人の事ばかり気にしても居られない。騎竜ゴブリンの次なる標的は俺だった。俺の俊敏性はクロエに比べれば蝸牛である。避けている暇はない。渾身の力を込めた氷の壁を具現。ついでに手甲にも氷を覆わせ、即座にできる防御の最大を展開する。
次の瞬間、凄まじい衝撃が襲った。氷の壁は腕の物も含めて砕かれ、両足の踏ん張りも利かずに俺は地面に転がった。さらには腕に仕込んでいた反応氷結界も発動してしまった。
「か、カンナ氏ッ、大丈夫でござるかッッ!?」
「あんまり大丈夫じゃーーーんぐッ…………ないな」
駆け寄ってきたクロエの手を取りすぐに立ち上がるが、引かれた腕にビリビリと痛みが走る。氷が破壊された反動もキツい。あの突撃は何度も防げる攻撃力じゃないな。反応氷結界も無くなり、後二、三発貰えば腕の骨に罅が入るか、精神力が枯渇しそうだ。
「奴は他の個体とは別格だな。おそらく大蜥蜴に乗っていなくとも、単純な膂力は上回っている。私も油断すれば力負けするレベルだ」
声に緊張を滲ませたレグルスも俺たちと合流した。
「やべぇな。騎士団と冒険者達の方に突っ込んでったらそれこそ蹂躙されちまう」
「幸いは、奴の狙いがこちらに絞られている所だな。ッ、伏せろッ」
鋭い声に従って頭を下げると、頭上で轟音が響く。繰り返して突進を仕掛けてきた騎竜ゴブリンの一撃をレグルスが相殺してやり過ごす。至近距離で轟く金属音に、鼓膜を突き抜けて視界すら変調をきたしそうだ。クロエは手で両耳を押さえて涙目になっている。獣人であり五感が俺よりも敏感な彼女にこの音は酷だろう。や、それは『レグルス』も同じか。
「あとどのくらい防げそうだ?」
「幾らでも…………と言いたいが、私よりも先に『柄』が保たないな」
レグルスは心配そうに矛の『柄』をさすった。彼女が使っている矛は別途の『柄』を連結して延長している。その構造上、連結部の強度は他の部分よりも劣っているのだ。
「一応は頑丈に作ってあるが、二十も三十もあの一撃とぶつかり合えば破損するだろうーーーーなッ!」
また轟音が響き、心なしか剣と『柄』の連結部がギシギシと悲鳴を上げたような気がした。俺としてはむしろ、二十も三十も打ち合えると言外に宣言したレグルスの方に戦慄する。
「『剣』で打ち合えば、さすがに力負けしてしまうだろう」
「で、でも、我々を討てないことに痺れを切らしたあの大将格が、いずれ他の者達を狙わないとも限らないでござるッ 早くなんとかせねばッ」
残りのジェネラルゴブリンは騎士団と冒険者達が連携して数は少なくなっている。しかし、あの大将格を俺たちが討てなければ彼らに確実な死者が出る。彼らとていざというときの覚悟はあるだろうが、犠牲が出ないのが最善には違いない。
「カンナえもんッ、何か手はないでござるかっ!?」
「こんなシリアスな場面にメタ発言ぶっこんでんじゃねぇよこの駄犬がッ!?」
人を便利グッズを満載したポケット装備の短足ネコもどきロボットと一緒にするな!
「せ、拙者は犬ではござらんよッ。誇り高き黒狼でござるよッ」
「やかましいッ。問題はそこじゃねぇよござる娘ッ」
「いや、ここは大事なところでござるよ! 拙者は決して犬ではないでござるからして!」
ワフッと抗議するクロエだがいやいや、今まさに『ワフッ』てなったじゃん。紛れもなく犬じゃん。ベッドの上でもワンワンワフワフでクゥゥンってなるしないやピンク色の回想をしている暇ではない。
「…………人を働かせておいてずいぶんと余裕があるな貴様ら」
突撃をしてくるゴブリンの一撃を相殺しながら、レグルスの声にまたしても這い寄る寒気に俺たちは気を取り直した。や、あなたも余裕あるよね…………とは口にできない。
真面目な所、時間を掛けていられないのは本当だ。それはなにもあの騎竜ゴブリンだけに限った話ではない。そのことを、俺はこの戦場で誰よりもいち早く気が付いていた。
「ちっ、やっぱり『そう』くるか」
俺は鉱山の側面に開いた大きな穴ーー洞窟を睨みつけた。その奥から嫌な気配が強く漂ってきたからだ。
野営地に設置された召喚術式。そして、この戦場に溢れたリザードマンと十を越えるジェネラルゴブリン。それらから推測すれば、この後に何が起こるかは素人にも分かる。
「ここまで来たらもう何も驚きはしないが、よろしくない状況らしいな」
俺の表情から状況を察したレグルス。図らずも渋面を浮かべながら俺は率直に答えた。
「…………少したら敵の増援が来る恐れがある」
「な、なんとッ。それはまことでござるかッ!?」
クロエの悲鳴に俺は頷くしかない。
俺は手短に、野営地で起こった出来事を二人に説明した。
洞窟の奥からは、野営地に設置された魔術式と同じ気配が感じられた。『例の魔力』もだ。既に新たな魔獣が召喚されたか、あるいはこれから召喚されるのかは流石に判別不明だが、遅いか早いかの違いで結果は変わらない。遠からずこの戦場に追加の敵が現れる。
幾らレグルスが無双を誇っている元冒険者ランクAだとしても、その体力は無限ではない。他の冒険者、騎士団員だって同じだ。Bランクの魔獣を果てなく討伐していればいずれは力尽きる。
いよいよ、考えている時間が無くなった。
俺は決断する。
「レグルス、クロエ。こっからは時間の勝負だ。あの大将格の相手は俺がする。その間に二人はあの洞窟に突入して『元凶』を断て」
「な、何をおっしゃるのでござるかカンナ氏ッ。幾らあなたとて『
ジェネラルゴブリン
』を一人で相手にするなど無茶でござるッ。ここは協力して奴を倒す方が先決でござるッ」
「時間の勝負だって言ってんだろッ! あいつに時間を掛けてりゃぁ今度こそ相手にできないほどの魔獣が出てくるッ! そうなる前に、最大戦力で魔獣の『出元』を破壊する必要があるんだよッ」
問答している時間すら惜しい。ここまで来てしまえばもう後先を考えている余裕もない。いつかのような超巨大槌ならば、騎竜ゴブリンの鎧も大蜥蜴も纏めて叩き潰せるはずだ。俺は気絶を覚悟で精霊術を行使しようとイメージを練り上げる。問題は、あの巨大質量をどう命中させるかだ。ぎりぎりまで引きつけてから、直前で具現化して不意打ち気味に当てるしかないか。
「…………ならば、札を切るべきは君ではなく私だ」
いざ、大槌を生みだそうとしたところで、それを制止したのはレグルスだった。何故か取り付けていた『柄』を分離させ、矛から『剣』へと得物を戻す。
「奴はーーーー私が仕留める」
言葉が発せられた途端、莫大な量の魔力が鎧姿の騎士から溢れ出した。何らの現象を具現したわけでもないのに、空気を震わせるような魔力の気配に俺もクロエも息を呑む。
「な、なにをするつもりでござるか竜剣殿?」
レグルスは答えの代わりとばかりに足下に魔術式を構築した。素人でも並ではない量の魔力が含まれていないと分かる。俺よりも知識があるクロエはその術式を目に、これから行使される魔術式の正体を口にした。
「これはーーーー支援術式。それも強化系でござるか?」
「あいにくと効果時間が僅かな上、使った後の反動が凄まじくてな。タイミングが掴めなかったが、どうやらここが正念場だ。ならば惜しむ理由はない」
仕上げとばかりに、剣の切っ先で地面を突く。その一突きが起爆剤になったかのように、魔術式から光の粒子が溢れてそれらはレグルスの体に吸い込まれていった。
「『ドラゴニック・レイジ』ーーーー発動ッ!」
レグルスの気配が衝撃を伴うほど急激に増した。視覚の上では魔術が発動する前後に変化はないが、巨人が傍らに佇んでいるかのような圧倒感。味方でなければお近づきになりたくない類のそれだ。
一向にレグルスを含む俺たちを蹂躙できない事に苛立つ騎竜ゴブリンは力任せに大蜥蜴の腹を踵で蹴ると、大蜥蜴諸共に雄叫びを発しながら突っ込んでくる。突撃の速度はコレまでで一番速い。
対してレグルスの動きは緩慢だ。悠然とした動作で剣を背中へと振りかぶる形で構える。そして、迫る大将格の魔獣を迎えようと『ゆっくり』と一歩を踏み込んだ。
ーーーーバゴンッ!
踏み込みはたったの一歩。その小さな一歩を踏んだだけで大地が足の形そのままに陥没した。レグルスの体重が増したのではなく、踏み込みに込められた『力』が地を割ったのだ。
彼我の距離は瞬く間に縮まり、咆哮を発したジェネラルゴブリンが斧を繰り出す。速度と質量を伴った重撃に対してレグルスは。
『吹き飛べ』
淡々とした声の刹那後、この戦場に来てから最も巨大な轟音が俺の至近距離から発せられた。気が付けば大蜥蜴の首は体から分離し、乗っていたゴブリンは進行方向とは逆ーーつまりは真後ろに吹き飛んでいった。首を失った大蜥蜴の体はそのまましばらく走り続けたが、やがては転がるように地面へ倒れた。
正直に言おう。
何が起こったのか、本当に分からなかった。
気が付いたら大蜥蜴の首が胴体から落ち、ジェネラルゴブリンの巨体がその背中から弾き飛ばされた。そのぐらいの事実しか認識できなかった。
「『ドラゴニック・レイジ』はやはり力加減が難しいか。今のでジェネラルゴブリンの方も仕留められればよかったが、些か手元が狂った」
声を聞いて、ようやくレグルスが剣を振り下ろした格好でいたのに気が付く。
俺の動体視力を遙かに上回る速度で、斬撃を放ったのだ。
ピシリと、硬質な物体に罅が入る音。音の出所を見ると、レグルスが纏っている全身鎧の至る所に亀裂が走っていた。まさか、ジェネラルゴブリンを遠くへ弾き飛ばすほどの力に、鎧が耐えきれないのか。
「こちらも案の定か。やれやれ、色々と特注品なので安くはないのだがな。また小言を言われそうだ」
連結していた柄を解除したのも、よりと同じくその反動に耐えきれないと判断したからだ。
弾き飛ばされたジェネラルゴブリンはまだ生きていた。どれだけタフなのだろう。
だが、無傷とはいかない。手にしてた大斧は刃の部分が半ば以上に崩壊しており、身に纏っている重厚な鎧もひどく歪んでいた。口や耳からも血を流しており、まさに満身創痍。ジェネラルゴブリンは瀕死の体を引きずり、どうにか洞窟の方へと逃れようともがく。魔獣としての破壊本能よりも、生物としての生存本能が勝ったようだ。
「悪いが、見逃してやれるほどに博愛主義ではないのでな」
レグルスは短い助走から一気に踏み切り、ジェネラルゴブリンに向けて跳躍した。軽く五十メートルほど離れている距離が一瞬で零に近くなる。驚くべきはジェネラルゴブリンの巨体を五十メートルも吹き飛ばした腕力か。その距離を一度で跳躍した脚力か。
斜め上の上空から急接近するレグルスを目に逃げられないと悟ったのか。ジェネラルゴブリンは最後の悪足掻きに破損した大斧を振るい、迫り来るレグルスを迎え撃とうと雄叫びを上げた。
大地を揺るがす激震が一瞬だけ伝わる。
レグルスが宙から振り下ろした大剣は半壊した大斧ごとジェネラルゴブリンの巨体を両断し、さらに勢い余り局地的な地割れを引き起こした。
「あれが…………元Aランク冒険者の真の実力でござるか」
一流とされているBランクの、更にほんの一握りの才ある者のみが到達しうる高み。その一端を垣間見たクロエは畏敬の念を色濃くして呟いた。
「や、強い強いとは思ってたが、あそこまで突き抜けてるとはね」
両断されたゴブリンの亡骸に背を向け、レグルスは剣にこびり着いた血糊を振り払いながらこちらに向かう。その威風堂々とした姿に、とある『天才』が重なって見えた。後の世に『名』を遺すと思わせる、未来の英雄とはあのヘタレやレグルスのような者のことを言うのだろうな。
「そういえばカンナ氏。どうにも竜剣殿と面識があるようでござったが、いつあのような御方と知り合ったのでござるか?」
「ん、お前さんまだ気が付かないのか」
と、俺は言ったが仕方がないかと納得した。『レグルス』の声は男性のそれだし、特徴的な部分は鎧に魔術的な何かが付加されており視覚の上では誤魔化されているしな。達人と呼ばれる者は戦場の動きだけで個人を特定できるらしいが、クロエと『レグルス』はそれほど長い時間つきあっていない。俺にしたって、この世界に来てから成長した『勘の良さ』がなければ気が付くのには時間がかかっただろう。
ーーーーミシミシミシ。
妙な音が聞こえてきた。発生源を見れば、こちらに戻ってくるレグルスの鎧に走っていた亀裂が、一歩進むごとに範囲が広がっていく。ジェネラルゴブリンにトドメを刺した一撃が決定打になったのか。
俺たちの側にたどり着いたとき、遂に限界に達した。決定的な破壊音が響くと、『彼』のーーーー否、『彼女』が纏っていた鎧はバラバラに砕け落ち、その内側にいた者が露出した。
「ご苦労様、『レアル』」
「…………やはり、君は気が付いていたか。あの鎧には幻影と変声の魔術式が組み込まれていたのだがな」
そう、この戦場で一騎当千で無双で剛力を振るっていた幻竜騎士団団長『レグルス』の正体は、銀髪エルフ耳隠れ巨(あるいは「爆」)乳のレアルさんだったのだ。
「…………………………………………」
反応が薄いクロエの方を向くと、彼女は口をあんぐりと開けてレアルの顔を見つめていた。あの仮面の奥にある素顔が予想外すぎたらしい。そりゃああの重装甲の奥に収まっていたのが顔見知りとはいえまさか女だとは思うまい。
「……………………や、しかし」
もはや鎧は崩壊し『鎧』としての機能も外見も殆ど失っていた。辛うじて一部が残っているが、素肌やインナーが露出している。しかも残っている一部が局部に限られていることもあり、見方を変えれば
「ビキニアーマーか。コスプレじゃなくてリアルに見られる日が来るとは思わなかった」
鎧が半ば以上に崩壊した為か、押さえ込まれていた巨乳が解放されその圧倒感をこれでもかと言うぐらいに露わにしている。隠れるべき場所はしっかり覆われているが、それでも収まりきらない柔肉と丘二つで形成された深い谷間が俺を魅了する。ここが戦場でなければ両手をあわせて拝んでいたに違いない。
「…………あまりじろじろ見られるのはさすがの私も恥ずかしいのだが」
彼女は剣を持っていない左手で胸部を隠す。ぶっちゃけそれだけで隠れられるほどの質量ではないのだが、彼女が嫌がっているのなら仕方がない。俺は惜しむ気持ちを堪え、非常に惜しいと思いながら目を逸らした。けれども脳裏にはしっかりレアルのビキニアーマー(仮)姿が『録画』されていた。揺れ具合もバッチリです。
ありがとうございました。