Kanna no Kanna RAW novel - chapter (78)
第七十一話 驚き絶叫四段活用ですよババア様──報酬と昇格のお話
ビバ翌日。
最後の最後に医者の診察を受け、健康体のお墨付きを貰った俺は晴れて退院となった。帝立──つまりは国が直々に運営するだけあって、町医者が営む病院とは規模が段違い。表に出て改めて病院の外観を眺めるとその壮大さは壮大だった。病院と知らなければ『城』と勘違いしてしまいそうだ。
や、付近にそれよりもさらに一回り以上巨大な『城』があったので間違いはないだろう。他でもない、ドラクニルの中心地でありディアガル帝国の心臓部でもある『皇居』だ。帝立だけあって、国の重鎮や万が一の場合は皇族も利用するのだから付近に建っていても不思議ではないか。帝都内でもっとも巨大な建造物だけあって遠目から眺めたことは何度もあるがここまで至近距離で見たことはない。一番高い『塔』の部分なんか見上げるだけで首が痛くなる。
──どうやってあんな高いもの作ったんだ?
や、どうせ便利な魔術とかあるんだろう。地属性魔術は建設現場では大活躍するらしいし。
「カンナ氏! お勤め、ご苦労様でござる!」
「俺は出所したヤクザか」
病院から出た俺を一番に出迎えたのはクロエだ。レアルは忙しいだろうし、この街で他に仲の良い同世代はいないので仕方がないが。あれ、実はぼっち予備軍?
「これからどちらに行かれるのでござるか?」
「とりあえずギルドの方に顔を出すつもりだ。リーディアルの婆さんに、報酬の件とか色々と問いつめておきたいからな」
「では拙者もご一緒するでござる」
「…………暇なのか?」
「酷いでござるッ!? 一人でギルドにいくのはちょっと寂しかったのでござるよ! あと拙者も今回の成功報酬に関して手続きをしなければならないのでござる!」
クロエをちょいちょいイジりつつ俺たち二人はギルドに向かった。
そして、いつものごとくに受付嬢のシナディさんに話を付け、俺とクロエは婆さんの執務室を訪れたのだが。
「ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎギルドマスターですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!?」
「クロエ、五月蠅い」
レアルから、俺が真実を知ったのが伝わったのだろう。婆さんは椅子に座るなりさらっとクロエに身分を明かした。
「ギルドマスターでござるよッッ! ギルドのマスターでござる! ギルドでマスターでござるよ! ギルドなマスターなのでござるよ?!」
直訳だな。妙な四段活用。しかも後の二つは微妙に意味が通らない。
「しかも元Sランク!? 冒険者にとっては天上人にも等しい御仁でござるぞ! どーしてカンナ氏はそこまで冷静なのでござるかッ!」
「や、俺もレアルに聞かされたときはふつうに驚いたわ」
「なんで昨日の内に教えてくれなかったのでござるかッッ!」
「忘れてた」
「軽いでござるぅぅぅぅぅッッッ!」
頭を抱えながら絶叫するクロエを傍目に、件のギルドマスター様は腹を抱えて大爆笑だ。さらにそれを傍目に、シナディさんが困った様子で頭を振っていた。
一頻りに笑い終わった婆さんは、目尻に溜めた涙を拭う。
「や、悪気は無かったんだ。ただ、アンタ等の驚く顔が見たくてついつい隠しちまったんだ。許してくれ」
「めめめ滅相もないでござる! ギルドマスター殿から謝罪を受けるほどの事ではないでござる!」
「そうだぞクロエ。この婆さんに改まる必要なんて無いぞ。むしろ偽証罪で慰謝料請求するぐらいが丁度良い」
「…………あんたはあんたで変わらなすぎだろう」
「これは失礼しましたババ…………失礼、ババア様。慰謝料を寄越して欲しいのですがババア」
「確かに畏まる必要はないがアンタの場合はもうちょい遠慮しな! というか言い換えた意味ないだろ! 最後は直できたね!」
「…………カンナ氏のそういうところは、本当に凄いと思うでござる」
昨日の時点で十分に驚かされたのだ。ちょっとぐらい仕返ししても罰は当たらないだろう。
「ったく、小憎たらしい男だねおまえさんは。まぁいい。改めて自己紹介しておこうか。冒険者ギルド、ドラクニル支部のギルドマスターをしているリーディアルだ。若い頃は元Sランク冒険者にして『千刃』の名を頂いていた。ま、だからといって今までどおりの接し方でかまわないからね」
冒険者の天上人を前にガチガチに緊張していたクロエは、本人の了承を得ると少しだけ肩の力を抜いた。「いいのか?」とシナディさんに視線を送るが、彼女は苦笑を浮かべながら頷いた。
「さて、と。自己紹介はもういいだろうさ。早速だが本題にはいろうかね。まずは小僧の報酬に関してだね」
レアルからは依頼達成のサインは貰っていないが、話は昨日の内に彼女から直接婆さんに通されていたらしい。俺は依頼の受注書をそのまま婆さんに提出する。
「まずはご苦労だったね。事の顛末はレアルの奴からすべて聞かせて貰った。随分と活躍したらしいね」
「ったく、たかがお届け物じゃなかったのか? えらく働かされたぞ」
「こちらの落ち度、としか言いようがない。今回のレイド依頼は、Cランクに任せるレベルじゃぁなかったよ」
Aランクの魔獣こそ出現しなかったが、規模で言えばBランクを中心に部隊を編成し、最低一人のAランク冒険者が同行するべき難易度と現在では判断されたようだ。後の祭りだが。
「レアルも言ってたが、アンタを寄越さなかったら冒険者にも騎士団にも相当数の被害が出ていただろうね。ギルドマスターとして、礼を言うよ」
「全くだ。追加報酬は期待できるんだろうな?」
「謙遜の欠片もないね。小僧らしいといえばらしいが」
婆さんが目配せすると、シナディさんは報酬の入った布袋をテーブルの上に置いた。
「元々の依頼報酬、銀貨五枚に追加報酬で金貨二十枚だ」
日本円に換算して二百飛んで五万円。予想を遙かに越える額だ。
「オーガをニ体に、リザードマン多数。そのほか危機的状況を回避できた貢献度を考えりゃぁそのぐらいは当然さ」
「すごいでござるよカンナ氏! 金貨十枚を越える依頼報酬はBランクにならないと得られないでござる!」
「つまり、アンタは一流の冒険者と同じだけの成果を挙げたって事だ」
正当な報酬ではあるが、あまりの額に少しだけ気後れしてしまう。良いとこせいぜい金貨五枚前後だと思っていたからだ。
続けてクロエもレイド依頼の報酬を受け取る。こちらは元々の報酬である金貨二枚の所に、四枚の追加報酬が上乗せされた。ジェネラルゴブリンを何体か討伐したことが高評価の一因だ。
「ついでに、その実力に偽り無しとし、黒狼っこにはBランク昇格試験の受験を許可しよう」
「やったでござるよカンナ氏!」
諸手を挙げて大喜びするクロエの頭を撫でてやる。「わふぅ」とだらしない笑みを浮かべるクロエだ。本当に狼か?
「これこれ、喜ぶのは早いよ。それはBランクにきっちり昇格してからにとっておきな。まぁ、実力は申し分ないだろうさ。後は面接試験でヘマをしなきゃ合格は問題ないかね」
Cランク昇格試験からは腕っ節だけではなく教養の面でも能力を求められる。
「紳士的な貴族が相手なら問題ないが、礼儀の『れ』の時も知らない屑みたいな貴族もギルドに依頼してくるからね。そこいら辺の対応力も高ランク冒険者には必要だよ」
「うぅぅ…………。そこに関しては不安一杯でござる」
「心配だったら、昇格試験対策にギルドが開催してる『貴族相手の交渉講座』があるから受けときな。ソイツを真面目に受けたら、昇格試験の時はほぼ間違いないだろう」
「そうするでござる」
上のランクに行けば行くほど、依頼人が『貴族』の割合が大きくなってくる。報酬の支払い能力が一般庶民のキャパを越えてしまうからだ。それだけに貴族との対応能力は必須スキルだ。
や、俺はしばらくDランクでのんびり活動させて貰うから問題ない。とりあえず、ドラクニル支部で受けられる『美味い魔獣』を制覇するまでは考えなくていいだろう。『現実世界』に戻るまでの時間と生活費を稼ぐために冒険者になったのだ。出世欲はほとんどない。
「なにを他人事みたいな顔をしてるんだい、小僧」
クロエに講座の説明をしていた婆さんの顔が俺の方を向いた。
「や、ぶっちゃけ他人事だが」
「馬鹿を言うでないよ。言っておくが、アンタには黒狼っことは別にCランクの昇格試験を受けて貰うんだからね」
……………………今なんと?
鳩がマグナム弾を食らったような顔をしているだろう俺に、婆さんが嘆息混じりに言った。
「鉱山でアンタがどれだけ大暴れしたのかは、レアルだけじゃなくて依頼を受けた冒険者たちからも報告を受けてる。とてもDランクに収まるような実力じゃないのは把握済みだ。冒険者たちから「あの白髪の若者はどこのどいつだ!」ってぇ問い合わせが受付の方に殺到してるくらいだしねぇ。対応に困ってるよ」
「あーーーーーーーーッッッ!?」
すっかり忘れていた。
あの場にはレアルとクロエだけではなく、冒険者や騎士団も戦っていたのだ。氷の雨を降らせたり砲弾とばしたり斧を振り回してたし。戦場に飛び込んだ時も空から思いっきり氷砲弾ぶっこんだからな。目に付かない方がおかしい。
「さすがはカンナ氏! Dランクに昇格して一ヶ月も満たない内にCランクに昇格するための実績を積むとは!」
クロエがキラキラした目で褒めてくるがいやいや。
「ったく、実力を隠すなら隠すでもうちょいとやりようがあったろうに。ま、あの状況じゃぁ仕方がなかったとも思ってるが」
叱責とも呆れとも取れる婆さんの言葉に、俺は己の迂闊さを呪いたくなった。
「だいたい、鉱山での大暴れ以前に野営地でオーガをニ体撃破したんだろうさ。この時点で実力的にはCランクでも問題ないと判断できるよ。こいつは野営地でアンタと戦った騎士団員から証言が取れてる」
聞けば聞くほど言い逃れの言葉が潰されていくようだ。それでも俺は喉から音を絞り出すように口を開いた。
「…………俺は別に『上』を目指すつもりはねぇぞ」
「アンタにとって、冒険者家業が日銭を稼ぐための手段に過ぎないのは重々承知してるよ。だがね、冒険者ギルドってのは『良く』も『悪く』も公明正大が大原則だ。冒険者の『実力』や『報酬』に対しては誠実でなきゃぁならん。明らかに上のランクを目指せる人材を低ランクで遊ばせておけば、ギルドの面子に関わってくる」
婆さん個人に実力がバレるのならば話は別だが、今回は多数に俺の実力が知れ渡っている。冒険者同士の繋がりもあるだろうし、レイド依頼を受けた者とはまた別の冒険者にも噂が広がっているだろう。
「…………もし断ったら?」
「断れると思ってるのかい?」
言葉が発せられると同時に、肌を貫かれるような気配が室内を蹂躙した。俺の横に座るクロエは「ひぃ…………」と耳を垂れ、怯えた悲鳴を上げた。シナディさんにしても額に脂汗を浮かべ、圧倒されぬよう眉間に皺を寄せる。
俺の目の前にいるのは人当たりの良い婆さんではなく、Sランクの高みに至った規格外の存在だった。
「…………脅しか」
「さぁね。好きに受け取りな。しかしやるね。私の『気当たり』を前にして欠片も調子を崩さないか。Cランク程度なら下手すりゃ卒倒してるんだが。肝の座りが半端じゃないねぇ。ますます将来有望だ」
絶対の強者が浮かべる凄みのある笑みに、俺は拒否権が無いことを今更ながらに思い知ったのだった。