Kanna no Kanna RAW novel - chapter (79)
第七十二話 かんな は 「二級フラグ建築士」と「中二病」な しょうごう を げっと した
ここで改めて説明を加えておこう。
『貴族対策』の講習は月に二度行われる。講師はBランク以上の冒険者。さらにその監督としてギルドの事務員が付く。これは、知識の面では事務員が勝るが、実際に『貴族』との交渉に『冒険者』として対応する現役ーーあるいは引退した冒険者の方が、教える側としては適しているからだ。勿論、講師役の冒険者の経験談が必ずしも『成功』につながるとは限らず、時折事務員からの補足説明が入る。
この講習だが俺にはまだ(?)必要ない。Cランクに昇格するための試験はギルドが指定した特別依頼の完遂と、一般教養等のCランク以降に必要な知識に関する筆記試験だからだ。
Cランクからは貴族からの依頼も増えてくるが、実際にはギルド受付での窓口対応で終わり、貴族との直接交渉は少ない。
Cランクで解禁の『護衛』依頼に関しては、貴族よりも『商人』が相手だ。特に駆け出しや中小規模の商人にとって、Cランクの護衛はお手頃値段で雇えることが多い。依頼を出す理由も『命を守るため』と言うよりは『万が一に備えて』という方が圧倒数。商人が街と街の間を移動するための最中に行う最低限の防犯対策だ。
なお、これがBランクを雇うレベルになると『暗殺』などの『本気で身の安全を図る』レベルのかなり危ない仕事になる。それだけに護衛対象の身辺や敵となる者の情報が必要不可欠になり、貴族との対応能力が求められてくるのだ。
後、貴族との対応力が求められるのは希少な魔獣素材の狩猟だな。素材の単価も危険度も跳ね上がるため、これはギルドの窓口対応だけでは意志疎通が不足になりがち。なので貴族と冒険者、そしてギルド職員を交えた三人以上で話し合い、折り合いを付けるのだ。三者面談だな。
説明が長くて申し訳ないがもう少し付き合って欲しい。
先に説明したが俺に必要な対策は筆記試験。知識の面に関しては主にCランク以降に属する魔獣の生態が問題の大半を占めている。これは、以前に購入した『魔獣図鑑』を読み込んでいるので意外となんとかなる。現実世界では勉強にさほど意欲は沸かず、授業内容を聞いていても頭に入ってこなかった。だが、幻想世界で魔獣に関する知識は冗談抜きに命の危機に関わる。人間、命の危機を覚えると苦手な分野も覚えられるものだ。
ここで述べた通り、俺に貴族対策の講習を受ける義務はないのだが。
威圧感を引っ込め、いつもの調子に戻った婆さんから。
「アンタこのままじゃぁ近い将来、確実に貴族とトラブル起こすよ。いい機会だから黒狼っこと一緒に受講しておきな」と、耳に痛いアドバイスを頂いた。ギルドに登録した初っぱなから問題(ルキスの件)を起こしたからな。今までルキス以外の貴族と接したことがほとんどなかったが、以降もそうとは限らない。素直に助言に従うことにした。
ギルドに顔を出した四日後。装備の整備や食べ歩きで時間をつぶして迎えた貴族対策の講習会である。
俺とクロエの他に、講習会を受講するのは十五人ほど。ギルドの登録試験の時は若者ばかりだったが、Bランクの昇格を目指す者となると老若男女バラバラだ。比率は男性がやや多いが女性も普通にいる。
どうやらこの講習を受けるほとんどの者が先日のレイド依頼を受注していた冒険者だった。あの依頼にはCランクの者が三十人ほどが参加しており、この場にいない面子はまだ治療院で療養中だとか。
なにが困ったかって? 講習会が実施される会場を訪れると、中に集まっていた冒険者達の視線が一斉に俺に集まった事だ。
「…………帰ろうかな」
「まぁまぁ。忌み嫌われている訳ではござらんし」
居心地の悪さに呟くと、クロエに背中を押されて会場内を進む。空いている前方の席に腰を下ろすと、ガタイの良いオッサンがおもむろに立ち上がりこちらに寄ってきた。
「よぉクロエの嬢ちゃん。おまえさんも来たんだなぁ」
「あ、バルハルト殿、互いに息災で何よりでござる」
今回のレイド依頼でクロエと親しくなった冒険者らしい。あの戦場でも確か顔は見たな。
「んで、そっちの兄ちゃんが噂の『白夜叉』か。初対面じゃぁねぇよな。俺の名はバルハルト。よろしくな」
陽気な名乗りとともに差し出された握手を握り返しながらいやちょっとまてやおい。
「その中二臭い名前はもしかしなくてもそれは俺のことか」
○魂か? 俺は銀髪でも天然パーマでもないぞ。や、髪は白いが。
「どうやらあの戦場にいた誰かが、カンナ氏の白髪と赤目を見て「まるで夜叉(鬼)だな」と呟いたらそれが噂と同時に広がってしまったようでござる」
何でも、(幻想世界の中で)有名な娯楽小説の中に『白髪赤目の鬼』が登場するらしく、謎の異名はそこから付けられてしまったらしい。
「マジでかい。つーかクロエ、おまえさては知ってたな?」
「…………先日の仕返し(ギルドマスター云々)でござる」
少し膨れたクロエがプイっと視線を逸らした。本人的には怒っているのだろうが、俺からすると萌えキャラ的な仕草でむしろご褒美です。
「がっはっは。他の野郎達も悪気があってそう呼んでるわけじゃねぇよ」
運が良い…………と言って良いかは不明だが、白髪の人間も赤目の人間もいるにはいる。両方を兼ね揃えた者は滅多にいないが、だからといって忌み嫌われたり迫害の対象にはならないと。
「ただそう呼びたくなるぐらいに派手な登場の仕方と活躍だったからな。しかも、誰に聞いてもそんな特徴の冒険者はCランクは見たこと無いって口を揃えてるし、職員に聞いても『守秘義務』の一点張りだ。しかも今日まで一度もギルドに顔を出してないってんだ。いろいろと憶測が飛んでまぁ『白夜叉』の名が定着しちまったんだよ」
この四日間の食べ歩きは、婆さんから頂いた『ドラクニル版お手軽グルメガイド』を元にしたプチ観光だったのだ。「意図せずデカイ依頼をこなしたんだ。数日は鋭気を養いな」と良い笑顔で。ギルド内で囁かれてた噂を知ってたな。おそらくバルハルトのおっちゃんが今教えてくれた状態になると見越してだろう。おのれあのババア、覚えておけよ。
「ま、有名税と思って諦めな兄ちゃんよ」
「諦めたくない! ーーーーけど手遅れなんだろうなぁ…………。あ、俺はカンナだ。こちらこそよろしく」
「おう」
そのまま俺たち三人は何気ない会話で花を咲かせた。や、会話の内容と言えば鉱山でのレイド依頼ぐらいしかないんだがな。しばらく話し込んでいると、会場の扉が開かれ、一人の冒険者とその後にギルドの制服を着た職員が入ってきた。
落ち着いた物腰に、レアルほどではないが長大な剣を背負っている冒険者の方に見覚えがあった。俺がギルドの登録試験を受けた時の担当試験官だ。
「ありゃぁ『
後より答えを出す者
』じゃねぇか」
バルハルト他、冒険者達が揃って息を呑んだ。俺とクロエは揃って首を傾げた。またしても中二爆発ネームだ。
「なにその名前」
おっちゃんが俺の小声な発言にぎょっとした顔になる。
「おまえさん達、このギルドに来て日が浅いな? 『
後より答えを出す者
・アンサラ』はドラクニル支部でトップクラスの実力を持つAランク冒険者だぞ!」
「「…………へ?」」
「剣の技量に関して言えば間違いなくこのギルドで随一だ。騎士団に所属している元Aランクの『竜剣』を除けば、ドラクニルの中で最も有名な冒険者の一人だろうな」
Bランクってレベルじゃなかったぞおい。クロエを睨みつけると、彼女は慌てて首を横に振った。
「まさか、たかが登録試験にAランク冒険者が担当になると誰が予想できたでござるかッ。というかよく考えたらそんな凄腕によく一撃を喰らわせたでござるなカンナ氏。そちらの方が驚きでござるよ!」
俺も驚いたわ。
や、先日から知り合いの身バレがおかしい方向に突き抜けている。レアルの奴は騎士団長で元Aランクだったし、婆さんは婆さんでギルドマスターな元Sランク。知り合いじゃ無いが、登録試験の担当官が実は現役のAランク冒険者だったり。
や、ちょっと待てよ。この展開はもしや。
「クロエ、おまえどこぞのお嬢様ってぇ事は無いよな?」
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「……………………無いでござるよ(サッ)」
「今の間は何だよどうして目ぇ逸らすんだ吹き出てる冷や汗はどこから来たッ!?」
反応からして既に、いろいろとアウトだ。ついでに目がアクロバッティグに泳いでいる。眼球辺りの筋肉とかどう動いてんだ?
「せ、せせせせ拙者がそそそそそんな高貴な御方達のごごごごご令嬢だなんてそそそそそそんなわけがああああああるはず無いでごごごごござるよ」
「…………クロエの嬢ちゃん。どもり過ぎだ。隠し事とか致命的に向いてねぇなおい」
この狼娘。確実に黒だ。クロエだけに(上手くない)。バルハルトが悲しい者を見るような視線をクロエに送る。
クロエは冷や汗流し目を泳がせそっぽを向いたまま、ちらちらとこちらの様子を伺っていた。俺はガシガシと頭を掻いてから。
「…………詮索しないからこっち向け」
「うぅ…………、申し訳無いでござる。…………拙者は貴族ではござらんからな?」
「はいはい」
何なんですかね本当に。あとこの世界で知り合った人間って誰だっけ。あぁ、ファイマ達がいるか。一応は貴族と身の上を説明していたが、お家の詳しい背景は不透明だ。実家の階級とかな。
(…………実はおうーーーーや、ウェイトウェイト)
世の中には言霊ーーという恐ろしい
因果律
が存在している。曰く、口に出した言葉には力が宿り、現実に顕現すると言うもの。根拠もない謎法則だが、この時ばかりは恐ろしくなって俺は心の中であってさえその続きを押し止めた。よし、旗は折れた。
ーーーー後日に気が付いたが、推定お嬢様なクロエの『初めて』を頂いてしまった事実に俺は愕然とした。
「…………いい加減に始めてもいいかな?」
だが、そんな未来を思い浮かべるよりも先に、会場の最前部で講習の準備を終えた冒険者ーーアンサラの困ったような声に、俺たちは今更ながらに周囲の状況を思い出した。
「聞いている分にはかなり愉快な話だったんだがね。他の人たちにも迷惑が掛かるからちょっと静かにしていてくれ」
苦笑を混ぜたお叱りに、俺とクロエ(ついでにバルハルトのおっさん)は揃って頭を下げたのだった。