Kanna no Kanna RAW novel - chapter (84)
第七十七話 這い寄るのが混沌だけとは限ら無い
色々あったが、後日に行われたCランク筆記試験は特筆する問題もなく合格できた。やはり、明確な目標があると苦手な勉強も捗る。
と、言うわけで晴れて俺の冒険者ランクはCランクに昇格し、ギルドカードの色も青に至った。結果だけを見ればスピード出世そのものだな。内実は波瀾万丈に重傷も添えて、ではあるが。
ようやく俺を取り巻く状況が落ち着きを取り戻した一方で、クロエは逆に忙しくなりそうだった。俺が筆記試験を終えるのと入れ違いに、Bランク昇格試験となる依頼が発行されたのだ。
依頼が発行されると、ギルドからBランクへの昇格を望む、条件を満たした冒険者に指名が入る。定期的に発行される類ではないし、また一度に受けられる人数も限りがある。強制ではないのだが、一度逃すと今度は順番待ちになってしまう。クロエは迷わずに指名を承諾すると、昇格試験の依頼に向けて頻繁に貴族対策の講習に顔を出したり、装備の点検をしたりと余念がない。
や、落ち着いたとは言ったがそれは身の回りの話だ。俺も俺でやるべき事は定まっていた。
目下の懸念は戦闘力の底上げだ。アンサラレベルの相手になると、『不意打ち』と『奇策』に『勢い』が加わっても、俺自身の戦力が低すぎて色々とカバー仕切れない。今上げた三つの内、一つでも潰されると確実に詰む。せめて、どれか一つが無くても勝ち目を見いだせる程度の戦力アップが必要なのだ。
「一番簡単に手を付けられるのは、精霊術の扱いだよなぁ」
生兵法は怪我の元。今更新しい武術に手を出したところで一朝一夕で身につくものでもない。すでにある手札をもっと飛躍させる方法を考えるべきだ。
鉱山の一件から少し思うところがあった。
召喚術式が敷かれていた野営地にてオーガと戦った時のことだ。あの時は、咄嗟に思いついた『氷砲弾』でどうにか撃退できた。だが、本来オーガとは天然の筋肉が持つ高い防御力とは裏腹に魔術的な攻撃に弱く、あの場にまともな魔術士が居ればたやすく撃破できたのだ。
精霊術と魔術は似て非なるのは他ならぬ俺が知っている。だが、似て非なるとは逆を言えば似ている部分もある。導くための過程はまさしく『非』だが、導かれる結果だけを見れば『似ている』のだ。
「単純に思いつくのは『冷気』を直接相手にぶつけるって感じなんだがなぁ」
氷の精霊術は何も『氷』を生み出すだけに限らない。純粋な冷気を発生させることもできる。それを使い、対象を凍り付かせる事ができないかと試したのだが、どうにもうまく行かなかった。
『超低温を生み出し発射する』という形だけは出来上がった。ただし、非常に効率が悪い。超低温を手元に生み出す事自体は普通にできた。だが、どうにも周囲の温度と混ざり合い、冷気が拡散してしまう。少しでも意識を別に逸らすと、実戦に通用する冷気の温度を維持できないのだ。かなりの集中力が必要なので冷気を維持したままの移動したり発射したりが不可能だった。せいぜい『ちょっと寒気がする』程度が限度だ。
実の所、この『冷気』の扱い。今まで本格的に手を出さなかったのは訳があった。
霊山の麓村で、氷の大精霊である婆ちゃん(巨乳美女)から指導を受けたときにまで話は遡る。
指導とは立派に聞こえるが、内容は連日ひたすら氷の具現、造形の繰り返しだ。また、咄嗟のイメージでも間違いなく精霊術を行使でき、かつ必要ないときは逆に精霊術が暴走しないように意識的なスイッチのオンとオフが切り替えられるようにと。ご存じ、それほど出来の良い頭でもないので際限なく反復練習しかなかった。
ただ、婆ちゃんの指導で疑問に思ったのが、彼女の教えでは『氷』を具現する方法を優先的に教わる一方、冷気を使って直接対象を凍らせる事に関してはほとんど触れなかったのだ。現実世界でプレイした様々なゲームでも、氷属性魔術と言えば氷で生み出した物体による質量攻撃の他に、冷気そのものを操作してダメージを与える技も存在していた。ベターな所で言えば、相手の躯を凍り付かせて動きを阻害するとかな。
俺はゲームの話を抜きにして、婆ちゃんにそのことを尋ねたのだ。
「そうねぇ…………。これが純粋な『魔術』だったのなら、カンナ君の言うような『技』も使えたんだろうけどねぇ」
およそ『氷』の範疇に収まるならば、魔術とは比べものにならないほどに自由度の高い精霊術。ただし、一方で魔術と比べてどうしても劣ってしまう部分も間違いなくあった。
以前にも説明した『イメージ依存』『フィードバック』の他にもう一つ、『生物』を直接凍らせる事が非常に困難、という制約があったのだ。
「カンナ君も体感しているから分かると思うけど、精霊術は『意志』の力で行使するの。だけど、この意志の力は生物ならばどんな存在でも有している。精霊術を会得している是非に関係無しにね。生物を直接『凍結』させようとすると、対象の『自我』が干渉しちゃって精霊術がうまく発動しないのよ」
また、視覚的な意味でも具体的なイメージが容易い『固体』である氷はそれだけ具現がしやすく、逆に目に見えない『冷気』を操るのはイメージがしにくいから、というのもある。以上の理由により、物体を凍り付かせる方向よりも、氷を具現化して操る物理特化な戦闘法に傾いたのだ。
「焦らなくても良いわ。君は『理』に至っているの。今は感覚的でしか
理
を操ることしかできなくても、精霊術を極めていけばいずれは使いこなせるはずよ」
大精霊の婆ちゃんには悪いが、その『いずれ』を待っていては遅いかも知れない。早急に、お手軽でかつ有用な手段を得なければならない。ご都合主義? 何とでも言え。
ここ数日に全くの無成果だったのか、と聞かれるとそうでもない。『冷気』とはまた別ベクトルではあるが、戦闘時に有効になりそうな新技の開発には成功したのだ。が、それ以上はあまり芳しくない。
こんな時、彩菜の奴が居てくれたらな、と現実世界に居るであろうロリっ子な高校生を思い浮かべる。あいつの頭脳なら良い案の一つや二つ、楽に考え出してくれたろうに。
と、そんなこんなにここ数日で早々に行き詰まった俺は、気分転換もかねて帝都内の散策に出かけていた。
「…………おっぱいの大きい年上のお姉さんとにゃんにゃんしたい」
久々に出てきた唐突な下ネタにすれ違う人々がギョッとしたが、俺は素知らぬ顔で歩みを進める。
多分、露出狂の人たちは一般人の
ああいった
反応が病みつきになって犯行を繰り返すのだろう。美女で乳がたゆんな露出狂は大歓迎なのだが、悲しいことにこれまで一度も遭遇したことはない。
脂ぎったメタボな
露出狂
ならエンカウント経験ありだが、その時はスマホに局部を含む全身を激写し、それに怯んでいる隙にシバき倒した。メタボな
露出狂
は会社の重鎮であり、日々のストレスに耐えかね、その発散のために
露出狂
に至ったらしい。ん? ルビが違った気がするが…………まぁいいか。
しかし、あのおっさんは運がいい。もし美咲と一緒にいるときに遭遇していれば、彼女の
急所蹴り
が発動していただろう。
妙な方向に脱線したな。おっさんのその後? 似たような趣味の奥さんゲットして仲良く
脱衣
生活送ってるってよ。中々に形の良い乳をした可愛らしい奥さんだとさ。
…………待てよ? あの変態が似たような趣味の嫁さんをゲットしたのだ。つまり、だ。俺にだって、前触れもなく唐突に下ネタを口走ってしまうような彼女が出来ても不思議ではない。可愛くて乳が実っていれば少しぐらいの変態性は
許容範囲内
だ。
極限まで残念な思考を繰り返しながら、行く当てもなく歩き続ける。と、なにやら良からぬ雰囲気が前方から伝わってきた。何事か、とそちらに向かうと、どうしてか覚えのある気配を感じた。早歩きで人混みの中を抜けると、気配に偽り無く知った顔を見つけることが出来た。
「ーーーーだから、私にはこの後にも予定があるの。残念だけど、あなたとのお遊びにつきあっている暇はないわ。他を当たって」
「おやおや、このボクの誘いを無下にしてもいいのかな? こう見えて、ボクは貴族のお偉方に何かと顔が利く。なぁに、ちょっとそこの店でお茶をするぐらい良いじゃないか」
「お断りよ。お茶を一緒にするつもりが、いつの間にか路地裏に連れていかれたら堪らないわ」
状況を簡潔に説明すると、だ。身なりの良いいかにも『チャラい』風貌の青年が、おっぱいの大きい赤毛な女性に言い寄っているシーン。
おかしいな。俺は別にイベントフラグを建築する技能は持ち合わせていないはずなのに。や、知り合いのトラブルに遭遇したのが幸運か不運なのかは判断に迷うな。
チャラがいくら言い寄っても女性の態度は取り付く島もない。心の底から迷惑そうな顔をしている。ま、正解だろう。口調こそ優しいが、にじみ出る下種な気配は俺でなくとも感じ取れるほどだ。ただ、身なりの良さからおそらくチャラ男は貴族の子弟か何かだろう。明らかな非がチャラ男にあっても、一般人が太刀打ちできる相手ではないのだ。誰もが見て見ぬ振りをし、彼女らの側を離れようと足早になる。
や、彼らを責めるつもりは全くない。むしろ、嫌な光景を見せられた通行人に同情すら寄せたい。
ーーーーさてと、だ。
俺は気配を殺し、そっとチャラ男の背後に忍び寄った。
「ーーーーいい加減にボクの言うことを聞いた方がいいよ? ボクのパパは皇居勤めのエリートだ。君程度の女の子の将来を左右するぐらい、簡単なもんだ」
「その女の子程度の将来を左右するために親の威を借るなんて、とことんまで見下げた男ね。そこら辺の平民の方がよっぽどに紳士的だわ」
「…………ちッ、人が下手にでていれば調子に乗りやがって。ちょぉっとだけ痛い目を見ないと解らないようだな」
「なに? 思い通りにならないからって暴力を振るうわけ? 貴族の一員としてはあるまじき行為ね。恥を知りなさいッ!」
「なッ!? お、お前ーー(ガシッ!)ーーん? 何だこの腕は」
からのッ。
「あーどっこいしょ」
チャラ男の背後から腰に手を回し、奴の両足を地面から引っこ抜くようなイメージで持ち上げる。
俺の体は、背後に向けて綺麗なブリッジを描き、
「ごばぁぁッッ?!」
俺の両腕に抱えられたチャラ男の脳天が、地面に突き刺さった。
秘技『這い寄るジャーマンスープレックス』である。
喧嘩を物理的に止めたい時に重用する、対象に顔を見せずに意識を刈り取る技だ。コツはヘソを意識することである。
抱え込んでいたチャラ男の胴を解放すると、彼の体はバタリと地面に倒れた。よし、生きているな。最後の瞬間は手加減したしな。気絶させつつ余計な怪我を与え無い力加減は心得ている。
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場を沈黙が支配した。周りにいた通行人も、あまりの光景に足を止めていた。一ヶ月前にも似たような空気を味わった覚えがある。
「…………え、ちょっと。え? なに? え、どういうことッ?」
寸前まで言い寄って来ていたチャラ男が、前振り無く後ろ投げされたのだ。状況を飲み込めなくとも無理はない。だが、彼女が落ち着くまで迄悠長に時を待っている暇も無い。
混乱から立ち直るよりも早く、俺は彼女の腕を掴んだ。
「ーーーーって、カンナ!? え? 何でアンタがここにッ!?」
「久しぶりだなファイマ。ほれ、騒ぎになる前に逃げるぞ」
少しずつ場の空気が騒がしくなる中、俺は赤毛さんーー久々に再会した女魔術士のファイマの腕を引っ張り、その場を後にしたのだった。