Kanna no Kanna RAW novel - chapter (9)
幕間1 本命登場
「ほんっとうに、有月って頼りないわね」
「ですね。カンナ君がいれば、もう少しましな状況になっていたかも知れませんね」
「…………美咲さん、彩菜さん、本当に勘弁してください」
カンナが故郷に思いを馳せる数日前。
「何でほいほい人の頼みを聞いちゃうわけ? 困っている人を助けたいって思うのは人間としては美徳でしょうけど、時と場合を考えてよ。巻き込まれるこっちの身にもなって欲しいっての」
女友達の片割れである、柊美咲。まさしく元気溌剌といった感じの可愛らしい少女で、男女ともにクラスでは人気がある。運動神経は抜群で所属の空手部ではエースを誇り、大会での優勝経験も有る。
「ご、ごめ」
「まぁまぁ美咲さん。これ以上はいいでしょう。有月君が残念なヘタレイケメンであるのはもう周知の事実ですよ。あんな綺麗なお姫様に頼まれていやとは言えないでしょう」
もう一人は浅葱彩菜。美咲とは対照的に落ち着いた様相で、美咲と負けず劣らずに美少女である。同学年内ではトップの成績を誇り、常に成績第一位を飾っている。さらには全国を対象としたテストでも、トップクラスの成績を有する秀才だ。
「……………………」
そして二人に挟まれているのが、出雲有月。十人とすれ違えば十人がイケメンと断ずる整った顔立ちをした少年だ。無論、女子達からはすさまじい人気を誇り、男子からもその人あたりの良さから慕われている。文武両道を地で行っており、毎度のテストでは常に総合成績十位以内をキープしているハイスペック。
まさに、神に愛されているとしか言えない才能の持ち主だ。
「でもま、考えようによっては悪いことばっかりじゃないかもね。事情も分からずに放り出されるよりは」
「ですね。カンナ君の事も気になりますし、まずはこの場に留まって情報を収集。最低でも一般常識の獲得が最優先ですね。隙を見て脱出すればいいでしょう。有月君もそれでいいですね?」
少女二人の意見に、少年は口を挟めない。口を挟む度胸もなかった。
ーーーー三人が会話を重ねていたのは、お城のとある一室。
カンナが一人の女を連れて城を脱出した三日後、異世界からの来訪者が新たに召喚されていたのだ。
今は通過儀礼のような事情説明が終わり、休憩用の客室に通された後である。
「やっぱり、アヤもカンナがこっちに来てるって思う?」
「一昨日の出来事と、私たちに起こった出来事を比較すれば、可能性は高いでしょう。私たちを包んだ光は、彼が消えたときに観測できたものとほぼ同質と考えられます」
この二人の少女、実に逞しい。普通はこんな状況に放り込まれ、一応の事情説明はされていたとしても、こうも落ち着いた会話はできない。身内だけの空間に入れば泣き言の一つも吐くのだが。
「ってことは、カンナもあの美人さんに召喚されたって事になるけど」
「とっさに有月君の口を止めたのは正解ですね。あそこで下手に問いただせばあちらの警戒心を生み出していたでしょう。さすがは美咲さんです」
「でしょ? 有月の残念ぶりはこれまでのつきあいで把握してたしね」
ところがこの二人、当初は若干の焦りや不安を隠していなかったが、時間をおかずに現状を冷静に受け止めていた。無論、今でも不安は残っているが、それでも客観的な判断を下せるまでの余裕を取り戻していた。
間違いなく、友人一人の影響である。
「あ、あの彩菜さん、どうしてカンちゃんの事を聞いたらまずかったの?」
おずおずと口を開いた有月は、未だに痛むわき腹をさすっている。姫様にカンナの事を聞こうとする寸前、空手部在籍の友人に肘鉄を打ち込まれたのだ。ちなみにカンちゃんとは、有月が幼なじみの少年を呼ぶときの呼称である。
彩菜はため息を吐いてから答えた。
「いいですか? 仮に姫様がカンナ君を召喚していた場合、それを私たちに説明しないのは不自然なんです。もしかすれば、私たちが聞けば答えてくれるかもしれません。言い換えれば、聞かれない限りは答えないという選択をしている可能性があります」
「でも、お姫様がカンちゃんを召喚したとは限らないじゃないか」
「だったらだったらでかまいません。姫様が本当に知らないと言う意味ですから。けれども、もし姫様があえてカンナ君の事を伏せていたとするならば…………」
己の不安を押し殺すように、彩菜の眉間に小さな皺が寄る。
「カンナ君は、彼女にとって非常に都合の悪い存在になっている可能性があります。あまり考えたくはありませんが、最悪の場合は…………」
そこまで言って、彩菜は先の言葉を戒めるように唇を噛んだ。
彩菜の言わんとする所を読みとり、美咲がポンと親友の肩を叩いた。
「大丈夫だって。そりゃ私だって心配だけどさ、あのカンナだよ。なんだかんだで無事に決まってる」
「そ、うですよね。すいません。みなさんを不安にさせるような事を言ってしまって」
「いいのいいの。アヤがそういう役をしてくれるお陰で、私たちはいっつも助かってるんだから」
二人が友情を育んでいる中、有月は若干、蚊帳の外感を味わっていた。それに耐えきれず、何とか言葉を選ぶ。
「で、でも、どうして二人はお姫様をそんなに警戒するんだ? 僕には、あのお姫様が悪い人にはとても見えないんだけど」
微笑み合っていた女子二人は、途端に揃って溜息をつき、やれやれと肩を竦めた。
「え、なんなのその反応」
「今まであんたがどうして女絡みのトラブルに巻き込まれてこなかったのか、本当に不思議でならないよ。や、今は現に巻き込まれてるけど」
「間違いなく、カンナ君がしっかりと手綱を握っていたのでしょう。あの人がいないと、有月君の駄目っぷりに拍車がかかってしまいますね」
「さっきから、僕のMPががんがん削り取られてるんですけど…………」
口を開く度、心に棘が捻り込まれていくのは気のせいではないはずだ。
「あの姫さんはね、私たちと話している間、ずっとにこにこと笑ってたけどね。一度も目が笑ってなかったの。気づかなかった?」
「…………ごめん、分からなかった」
「ま、私のは直感だからね。けど、私はこの直感を信じてる。美咲は?」
「そうですね…………。強いて言えば姫様の立ち回りが完璧すぎた所でしょうか」
「完璧って、何が?」
「言葉を運ぶタイミング、仕草、表情の変化。その全てが、人を安心させ、話を聞き入るように仕向ける最適な立ち回りをしていました。あれほどの事を自然とこなしている人を、私は見たことがありません」
「つまりは、演技をしてるっていいたいの? 彩菜さん」
「あれが天然という可能性も否定できませんが、警戒してもよい類だと、私は判断しました。それが私の役回りでもありますし」
九十九%信用できる相手であっても、残りの一%を疑うのが、カンナを含めた四人組の中にいた彩菜の役割だった。
「でも、美咲さんの印象と合わせると、あながち間違いとも言えないでしょう」
「だから、こんな暑苦しい真似もしてるんだしね」
実はこの三人、部屋に通されてからずっと、備え付けのベッドの布団を頭から被り、小さな声で会話をしていたのだ。仮に同じ部屋に誰か居たとしても、至近距離でないと会話の内容を聞き取るのは不可能だった。
「もしかして、盗聴を疑ってる? でも、ぱっと見この世界の科学技術って僕らの世界よりもかなり劣ってると思うよ? 城の外をまだ見てないから、一概に断言できないけど」
「甘いですね有月君。別の世界から私たちを召喚した技術。魔術と呼ばれてはいますが、あれは私たちにとっては未知の技術です。その技術を利用した盗聴器が有ってもなんら不思議ではありません」
「さすがはアヤね。さすがにそこまでは考えられなかった」
「ぼ、僕も…………」
「あんたには最初から期待してないけどね」
「……………………」
クラスでは男女ともに人気のある有月だったが、友人達の間ではヒエラルキーが最低辺である。それだけの実績を重ねてきているのである。
「で、アヤ。今後の方針は?」
「先に話した通り、まずはこの世界の常識を含んだ知識の入手。最優先は文字の読解と金銭感覚です。この二つがなければ、城を脱出したときに私たちは確実に路頭に迷います」
「あの…………本当に逃げ出すの?」
有月達を召喚した姫は彼に「この世界を救って欲しい」と祈っていた。それを一度引き受けた有月としては、逃げるという選択肢は躊躇われた。
が、彩菜は容赦なかった。
「少なくとも、私たちにそんな義理は有りません。姫様は美辞麗句を駆使していましたが、纏めてしまえば彼女が求めていたのは戦闘力。つまり、我々はいずれ戦場に駆り出されるかもしれません。私はこの歳で大量殺戮者の汚名を得るのはごめん被ります」
「私も同感。たかが三人に世界の命運を任せるとか、たまったもんじゃないわ。つまりは問題を押しつけられてる訳だし。自分の問題は自分で解決して欲しいわ」
カンナの場合、召喚主の内面に気がつくまで二つ返事で「OK」しそうになっていた。ある意味で、彼よりも非常にリアリティのある意見。相手が女性であり、同性だから出た言葉なのかも知れない。
「だが、本当に困ってるかもしれないだろ?」
「食い下がるわね有月。もしかして姫さんに一目惚れでもした?」
「そ、そんな訳じゃないけど…………」
言いよどむ有月は、頬を赤らめながら顔を伏せてた。有月の顔の温度は上がったが、対して他二人の視線は温度を失っていた。
気を取り直して。
「当面の方針はアヤの言ったとおりで。けど、どうせならもうちょっと踏み込まない?」
「美咲さん、何か提案でも?」
「姫さんの考えはどうあれ、せっかく異世界に来たんだもの。もうちょっと異世界っぽい事をしてもいいでしょ。たとえば『魔術』を覚えるとかね」
三人を召喚した姫は断言していた。
有月達はこの世界において、類希なる魔力を有していると。いろいろと怪しい人物ではあるが、その部分は信じていいはず。何せそれを目的に召喚したのだし。
…………某男子高校生一人はこれに当てはまらなかったのだが、この三人が知る由もない。
「いずれ城を脱出するにしても、自衛手段は有った方が良いと思う。私や有月は同世代の中ではそこそこ動けるけど、それだけじゃ心許ない」
美咲は空手部のエースとして相応の自信が有るが、そこに自惚れは入り込んでいない。ここにはいない友人が、単なる技術や腕力では勝利につながらないのを教えてくれたからだ。
事が荒事に関わると、美咲は彩菜以上に冷静な判断を下せる少女なのである。
「アヤ言ってたよね。私たちはいずれ戦場に駆り出されるって。でも、現時点じゃ私たちはまだまだ素人も良いところ。それはあちらも分かってるはず。だから、しばらく私たちは戦いに赴くための訓練をさせられると思うんだ。だったらそれに便乗して、可能な限りの戦闘技術を吸収した方が絶対に良いはずよ」
「道理ですね。私の場合、二人と違って完全にインドアでしたから、魔法を覚える恩恵は一番有るかもしれません」
「アヤを悪く言う訳じゃないけど、足手まといが居なくなるだけでも大きいわ。それと平行して、この世界の知識をできるだけ多く学ぶ」
「決まりですね。有月君も良いですね?」
「正直、僕の意見って反映されないよね」
「多数決ですから」
こうして、異世界に新たに召喚された三人の少年少女達は動き出す。
そして、彼らが親愛なる少年との再会を果たすのは、これよりしばらくの後である。