Kanna no Kanna RAW novel - chapter (90)
第八十三話 新技開発パートin牢屋(物理の勉強は真面目にしましょう)
街のゴロツキではあったが特に目立った前科もなく、身内同士での派手な喧嘩を止めるための逮捕だったためか、タマルは牢屋に入れられてから僅か二日後に釈放されることとなった。
「ではカンナのアニキ。申し訳ないですが俺はここで失礼しやす。頂いた金はすぐに三倍に…………いえ、十倍にして返すんで待っててくだせぇ!」
「や、三倍でいいから。気長に待つから焦らずに行け」
「くぅぅぅッ! こんな
野郎
をも気遣ってくれるアニキの心意気、ますます感服いたします!」
…………なんかタマルのキャラが凄いことになっていた。出会い頭に胸ぐらを掴んできた時の凄みはもはや欠片もない。どうしてこうなった。最初の
登場
はキャラを作っていたのかもしれない。
それはそうとして、一足先に牢屋から出られるのならば、丁度いいか。
「おいタマル。外に出るんならちょいと頼まれてくれないか?」
「アニキの為なら鉄砲玉でも特攻でも何でもしまっさぁ!」
やめてくれ。どっちも死ぬじゃん。なんでこいつの好感度異様に高いんだ?
「冗談はさておいて、だ。冒険者ギルドに行ったら、シナディさんって受付嬢にオレが牢屋に拘束されていることを伝えてくれ。あ、それとこいつも持っていけ」
俺は自身のギルドカードのタマルに手渡した。
「こ、こいつはアニキのギルドカードじゃねぇですか。大事なもんじゃないんですかい?」
「俺はちょっとだけ事情があってな。特別に同じギルドカードを二枚持ってるんだ。こいつはその片割れだ」
魔力を持たない俺は、この世界では指紋の代わりとなる魔力波動を登録できない。そのために婆さんの特別な計らいで、カードを二枚発行してもらったのだ。このカードに登録されている魔力波動は俺の名義になっているので、このカードを持ったタマルは俺の使いだと認めて貰えるはずだ。
「へぇ…………。さすがはアニキですね」
どこらへんが「さすが」なのかは、聞かぬが花だろうな。
ギルドカードの片割れを託し、タマルの釈放を見送った俺は今度は暇をもて余すこととなった。そこで俺は一人っきりになったのを機に、ファイマから与えられたアイディアを元にした新たな精霊術の技巧に挑戦することにした。
おさらいにはなるが、俺が着手していた『冷気』を戦闘中に操る為には色々な課題が積み重なっていた。
冷気を集めるのに時間が掛かってしまい、維持し続けるのにも高い集中力が必要となり少しでも気を抜くと冷気が拡散して使い物にならなくなる。今のままでは相手に『ヒヤッ』とさせる程度の用途しか無い。それはそれで使い様はあるが、今欲しいのは新しい攻撃力だ。
そこで、ファイマが目を付けたのが『反応氷結界』。
より正確に言えば、その効果を宿した氷結晶だ。
ーーーー持続的に氷の結晶体を具現化出来ないか。
そうなのだ。反応氷結界の為に開発した氷結晶ではあったが、何もその使用目的を『防御』という枠組みに納めなければならない道理はない。
「要領は氷結界を作るときとあんまし変わらないな」
ファイマに教えを与えられるまでの時間に反し、試作品第一号は殊の外あっさりと完成に至った。
出来上がった氷結晶の大きさは、氷結晶よりも大きめ。中は空洞状になっている。
「…………大きさだけじゃ結界と混ざるな。この際だ、形も差別化しておくか」
以降、結界を込めた氷結晶は立体菱形。新型氷結晶は純粋な丸形で統一する。これなら、懐に手を入れたときに手の感触だけで判断して取り出せる。
出来上がった試作第一号を、牢屋の壁に向けて投擲する。ガラスが砕けるのにも似た音を立てながら氷結晶が砕け散ると次の瞬間、結晶の空洞に溜め込まれていた『超低温』の冷気が吹き荒れた。牢屋の中を漂う空気中の水蒸気が一瞬にして凍結し、きらきらと幻想的な光景を演出した。
冷気をそのままに冷気単体で空気中に集束させたから拡散しやすいのだ。ならばあらかじめ冷気を溜め込む『器』を用意してやり、そこに冷気を充填させてやればいい。幾つか同質の物を用意しておけば戦闘中に余計な集中力を割かずに済む。
「『氷爆弾』ってところかな。ちょいと安直すぎる気もするが」
シンプルなイズがベストである。や、違うか。
そこから俺は、上階の駐在警邏達にバレないように、氷爆弾の結晶を量産しては実験を繰り返していく。仮に警邏達がこちらに巡回してきても、精霊に頼んで冷気を拡散してもらえば少し肌寒い程度にまで気温は元に戻る。
実験を進めていくなか、俺はふと『極限まで温度を下げたらどうなるんだ?』という興味に駆られ、好奇心に任せて氷爆弾に込める冷気をとことんまで下げることにした。すると不思議なことに、氷爆弾の結晶内部の空洞に謎の『液体』が発生したのだ。
「…………や、普通は凍るだろうさ」
謎の現象に俺は首を捻った。
疑問は
さておき
、結晶の内部には『超低温』を通り越して『極低温』が込められている。ここまで極端な低温にすると精神の
容量
を相当に圧迫され、新たな氷爆弾を作ることも、この『極低温』の氷爆弾を長時間に結晶体のまま維持することもできない。気を抜くと暴発しそうになる。小型化も難しく、他に作った爆弾よりもさらに一回りほど大きくなっている。
だが、一度作り出してしまった以上、その成果を試さずに元に戻すのも勿体ない。仮に、極寒の吹雪に見舞われようとも、『氷結の理』を身に宿す俺にとっては
そよ風
も同然なのだし。
直後に、俺はこの勿体ない精神と見通しの甘さに激しく後悔した。
極低温の氷爆弾を炸裂させた結果、体に仕込んでいた反応氷結界の半分近くを消費することとなったのである。
氷爆弾の製造を中断し、命綱である氷結界の再量産に勤しんでいると、上階の方から騒がしい気配が伝わってきた、タマルが釈放されてからおよそ五日後だ。
ーーーーどうやら、俺の目論見は成功したらしい。
しばらくすると、緊張した様子の駐在警邏が階段を下りてきた。
「…………釈放だ、外に出ろ」
「ういぃっす」
気の抜けた返事をしながら、解放された牢の扉から外に出る。そんな俺に、警邏は珍妙なものを見るような目を向けてくる。
「ん? 俺の顔に何か?」
「あ、いや。別になんにも…………」
彼の心境に察しが付いていた俺は特に追求はしなかった。
階段を上り、地上一階に出ると警邏駐屯所の待機室に出る。そこには数人の警邏と共に、俺が求めていた人物の姿があった。
「…………君はいったい何をやっているんだ」
「や、不幸な行き違いってやつ?」
顔までを覆う全身鎧姿の騎士ーーーーレグルスの呆れたような声に、俺は笑って言葉を返した。
俺がタマルに伝言を頼んだのは、シナディさんの上司であるリーディアルの婆さんーーーーそこから師弟の繋がりを持つレグルス=レアルに話を通すためだったのだ。
ギルドと帝国軍は別組織なので直接婆さんに力を借りることは出来ないが、婆さんを経由して帝国軍に所属しているレアルになら話は別だ。街の治安を任されている警邏隊は帝国軍の下部組織であるため、帝国軍の中でも高い戦力を持っているレアルならば何かと融通が利くと考えたのだ。
『竜剣』の武勇は警邏隊の中でも轟いているらしく、レグルス(鎧姿の時はこっちで呼ぶ)と話す警邏達は緊張と憧れの表情に、ついでに俺に対しては怪訝な表情を向けている。
レグルスが手続き諸々の書類にサインし警邏に提出すると、俺は晴れて釈放されたのであった。
コネと権力は使いよう、とはよく聞く話である。